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数日後――。 一行はフォルテスを離れ、森を抜けた先にある小さな村、「ココノハ」にたどり着いた。 空気は澄んでいて、畑には野菜が元気に育ち、鶏が道を堂々と横断している。 のどかで平和そうな村だが、最近は森から現れる魔物、特に羽虫型のモンスターに悩まされているという。
村の入り口に立った瞬間、コーデリアは耳にした。
「女剣士だって?」
「しかも子ども連れ?」
「一体何ができるんだ?」
ひそひそと囁く村人たち。 その視線は、まるで「女は大人しく子育てと家事をしろ」と言わんばかりだった。
コーデリアは剣の柄に手を添えながら、心の中でつぶやいた。
(鍋は爆発するから剣を選んだんだよ……)
そんな中、村長が現れた。 丸眼鏡をかけた、腰の曲がった優しそうな老人だ。 しかしその顔には、切実な思いが滲んでいた。
「剣士様、どうか、頼みます」
「報酬は安いが、村の食料は分け合える。どうか!」
コーデリアは即座に頷いた。
「報酬のことは心配しなくていい。子どもたちに食べさせる食料さえあれば十分だ」
村長は感激して、目元をぬぐった。 後ろで村人たちが「え、いい人だ…」とざわついている。
ノエルは、子どもたちを村長の家に預け、防御結界を張った。 結界は、彼が研究所時代に開発した“虫よけ魔法”を応用したものらしく、見た目はただのキラキラした泡。
「警戒を怠らないでください。羽虫型のモンスターは厄介ですよ。毒を持つものもいますから。あと、羽音がうるさいです」
「分かってるよ。ルーク、エリス、いい子にしててね」
「はーい!でも、かあしゃん、羽虫ってどのくらいの大きさ?」
「……ルークの顔くらい?」
「えっ!?こわっ!」
「ねえ、羽虫って、食べられるの?」とエリス。
「エリス、それは聞くな」
コーデリアは剣を携え、村の境にある森へと向かった。 背中には、母としての責任と、剣士としての誇り。 そして、羽虫に負けたらルークの晩ごはんが“野草スープ”になるというプレッシャー。
「よし……虫退治、行ってくるか」
その声は、晴れた空に吸い込まれ、 村人たちの「本当にやる気だ…」という驚きと共に、森へと響いていった。
森の入り口。 コーデリアが剣を抜こうとしたその瞬間、すでにモンスターと戦っている人物の姿が目に飛び込んできた。
あまりに鮮烈だった。
身長はコーデリアより頭一つ分高く、しなやかで長い四肢。 腰まで伸びた黒髪の三つ編みが、戦いのたびに優雅に揺れる。 顔立ちは端正で、濃いアイシャドウと真っ赤な口紅がばっちり決まっている。 深いスリットの入ったオリエンタルな衣装を纏い、武器は――素手と足。
「ちょっと!この服買ったばかりなのに、汚れちゃったじゃない!今日のお化粧も台無しよ!」
モンスターを蹴り飛ばしながら、文句を言うその姿は、まるで舞踏会の主役が戦場に迷い込んだかのようだった。
コーデリアは一瞬、剣を構えるのを忘れた。
「え…?男……?女……?どっちだ?」
「……?…?」
横にいたノエルも混乱している。
その人物は、華麗な回し蹴りで羽虫型モンスターの群れを蹴散らし、 重心の低さとしなやかな動きで、まるで踊るように敵を処理していく。
(……すごい。あれは、並の格闘家じゃない。レベル70、いや80くらいはあるんじゃないか…?)
だが、惚けている場合ではない。 コーデリアは剣を抜き、声を張った。
「こちらは私がやる!」
ザシュッ!ザシュッ! 剣が風を切り、魔物の羽根が舞う。 二人の戦いは、まるで舞と剣の競演だった。
その人物は、優雅に汗を拭いながら振り返る。
「あなた、女の子でしょ?どうして剣を振ってるの?あと、もう少しきれいな恰好をしたら?」
コーデリアはカチンときた。
「うるさいな。私の勝手だろ!」
「その言葉遣いも、女の子らしくないわよ!」
コーデリアは顔を歪めた。 確かにその自覚はある。 でも、こちとらファッションより機動性重視。 動きやすい服が正義なのだ。
「……あんただって、その服動きにくいだろ。てか、多分男だろ?なんでそんな恰好してるんだ?」
「はあ?!それこそ私の勝手でしょ!人の服にケチつけるなんて、女の子らしくないわよ!」
「うるさいな!私はコーデリア、村長からこの羽虫討伐を任されたんだ!」
「私はミランダよ。そうなの?じゃあ私も依頼受けておけばよかったわあ。ねえ、報酬、分けなさいよ!」
「なんでだよ?!嫌だよ!」
「どうしてよ?!私だって戦ってるじゃない!」
「私には子どもがいるんだ…よ!」
その瞬間、親玉らしき巨大羽虫が現れた。 コーデリアは一瞬で距離を詰め、剣を振り抜く。
ザシュッ!
羽虫は真っ二つに裂け、地面に落ちた。
やがて、森は静寂を取り戻した。 モンスターはすべて倒され、地面には羽根と靴跡だけが残っていた。
ピュー、とミランダが口笛を吹く。
「やるわねえ、あなた。それに、ママなの?!ほんとに?!」
「そうだ…」
「え、子ども何歳?」
「5歳だけど…」
「男の子?女の子?」
「男の子だ…」
「私、子ども大好きなの!会わせて!ねえ、お願い!」
「え…?!」
コーデリアは剣を構えたまま、ミランダのあまりの勢いに押されて後ずさる。
「うちの子に何をするつもりだ?!」
「別に捕って食うわけじゃないんだから。そしたら、報酬はあなたのものでいいから!ね、いいでしょ?子どもに会わせて!」
「……し、仕方ねえなあ……」
コーデリアは剣を鞘に収めながら、ため息をついた。
(なんだこいつ……強いけど、キャラが濃いな……)
ミランダは満面の笑みで手を叩いた。
「やったあ!」
こうして、羽虫退治は無事に終わり、コーデリアとノエルは、ミランダを連れて子どもたち元へ戻った。
子どもたちは安全な小屋の中で、ルークがエリスに「羽虫って何味かな?」と聞いているところだった。
ルークとエリスは、ミランダの登場にきょとんとした顔をした。 背が高く、腰まで伸びた金髪、濃いアイシャドウに真っ赤な口紅。 深いスリットの入った衣装に、万遍の笑顔。
「……だれ……?」
「私はミランダよ」 とミランダが答える。
コーデリアは肩をすくめながら言った。
「私が行ったときにはもう羽虫と戦ってて、あなたたちに会いたいって、ついてきたの」
ノエルは、改めてミランダを上から下までじっくり見た。 その視線は、研究者特有の“分類したい欲”に満ちていた。
「あの、僕はノエルです。ええと……失礼ですが、ミランダさんは……女性ですか?それとも……」
ノエルの声は、途中でフェードアウトした。 性別という基本的なカテゴリー分けに、脳が処理落ちしたらしい。
ミランダは、満面の笑みで腰に手を当てた。
「ノエル、あなた!正直なのね!」
そして、スッと指先でノエルの顎をクイッと持ち上げた。
「わっ……!」
ノエルは、反射的に半歩後退。 背の差が、なんとも言えない圧を生んでいた。
「でも、性別なんてどっちでもいいじゃない。そんなの気にしたって意味がないわ!人生は楽しく生きた者が勝ちよ!」
コーデリアは、横で腕を組みながらつぶやいた。
「そうなのか…?」
だが、ミランダの目は輝いていて、好きなことをとことんやることの何がいけないことなのか?と問うているようだった。
コーデリアは、ルークとエリスの反応を見守る。
ルークは、ミランダのゴージャスすぎる姿に目を丸くし、母親のローブの後ろにそっと隠れた。
「かあしゃん……この人、誰?なんか、キラキラしてる……」
少し怖かったらしい。だが、エリスは違った。 彼女はミランダのそばにすたすたと歩み寄り、じっとその顔を見つめた。 アイシャドウ、口紅、まつげの長さ、三つ編みの編み込み具合まで、真剣に観察している。
「ねえ、ミランダさん、どうしてそんなにお化粧してるの?」
ミランダはしゃがみ込み、エリスと目線を合わせた。 その仕草は、まるで舞台女優が観客に語りかけるような優雅さだった。
「あら、可愛い子。だって、生まれてきたからには、私は美しく可愛くありたいの 」
エリスは、しばらく考え込んだあと、真剣な顔でノエルを見上げた。
「ノエルおじさん!お化粧して、キレイにしてるんだから、ミランダさんは女の人よ!だって、ママもお化粧するでしょう?」
ノエルは、目をぱちくりさせた。 その単純明快なロジックに、研究者としての思考が一瞬で崩壊した。
「あ、ああ……そうか。化粧をしているのだから、女性、か。 僕が、難しく考えすぎていたのかな……」
(※ノエル、性別の定義に哲学的迷路から脱出?)
コーデリアは、ミランダが子どもたちに「可愛いは正義よ!」と語るのを横で聞きながら、内心で静かに突っ込んだ。
(……私はすっぴんなんだけど。もしかしてエリスに男って思われてる?)
眉毛も描いていない。リップもなし。髪もただ結んだだけ。 動きやすさと洗いやすさ重視の“実用一点突破スタイル”である。 それでも、ルークには「かっこいい」と言われているので、(まあ、いいか…)と思った。
ルークも、エリスの言葉に納得したのか、ミランダのきらびやかな衣装をそっと触った。
「きれいだね。絵本の王女さまみたい」
ミランダは、二人の子どもたちの純粋さに、感動で目を潤ませた。
「ああ、なんて純粋でかわいい天使たちなの!ほんっとにかわいい! この子たち、世界の宝よ!守らなきゃ!」
そして、ルークとエリスをぎゅっと抱きしめ、頬ずり。 子どもたちは最初こそ「くすぐったい!」と笑っていたが、すぐにミランダの温かさに懐いた。
コーデリアは、少し離れたところでノエルに囁いた。
「……まあ、キャラは濃いけど、悪い人じゃなさそうだな」
ノエルは、まだ「化粧=性別」の理論をぶつぶつと反芻している。
「ねえ、ルークくんとエリスちゃんって、どっちが年上なの?好きな色は?好きな食べ物は?将来の夢は?あと、私のことどう思う?」
「質問が多すぎる!」
コーデリアがツッコミを入れると、ミランダはケラケラと笑った。
「だって、子どもって最高じゃない?素直で未来があって! 私、子どもと遊ぶの大好きなのよ!昔、孤児院でボランティアしてたの!」
ミランダが目を輝かせて語ると、ノエルは少しだけ表情を緩めた。
「……そうなんですね。なら、子どもたちの前では、あまり顎を持ち上げないでくださいよ」
「うふふ、気をつけるわ!ねえ、コーディ」
「コーディって…馴れ馴れしいな…」
「いいでしょ?コーデリアだから、コーディ!かわいいわ」
「それで、なんだ?」
ミランダは、くるりと一回転してから、両手を胸の前で組んだ。
「あなたたち、これからどこへ行くの? もし良かったら、私を仲間に加えてくれないかしら? 私、子どもたちと一緒にいるのがずっと夢だったの!」
コーデリアは、思わず固まった。 いきなりの申し出。
「……えっと」
コーデリアは、視線をそらしながら言った。
「ちょっと考えさせてくれ……」
(いや、悪い奴じゃなさそうだけど……テンションが常に最高潮だし、ちょっとめんどくさそう…)
(でも、ミランダがいたら、強いモンスター退治もできて、報酬も増えるかもしれない……)
(いやでも、子どもたちに悪い影響はないのか…?)
コーデリアの脳内では、理性と感情と報酬が戦っていた。 “旅の安全”と“子どもたちの笑顔”と“ミランダのハイキック”が、脳内会議で激突している。
村長から報酬としていただいた食料――野菜、干し肉、卵、そして謎のスパイス数種。 それを前に、コーデリアとノエルはしばし沈黙していた。
「……そういえば、私たち、料理できないんだったな」 コーデリアがポツリとつぶやく。
「僕は、火加減を魔法で調整しようとして鍋を吹き飛ばしました……」 ノエルは遠い目をして語った。
仕方なく、そのままの干し肉や野菜をかじる一行。 子どもたちは文句も言わずに食べていたが、どこか寂しげな顔をしていた。 ルークは「にんじんって、こんなに硬かったっけ……」とつぶやき、エリスはスパイスを眺めて「これ、食べていいの……?」と不安げ。
そんな空気を察してか、ミランダが颯爽と現れた。
「どうしたの?みんな、顔が“干し肉”みたいにしょっぱくなってるわよ!」
「ええと…その、料理が苦手で……というか、できないんだ……」 コーデリアが肩を落とす。
「もれなく爆発します……」 ノエルが真顔で補足した。
「じゃあ、私が料理するわ!」
「えっ、あんた料理できるの?」
コーデリアが半信半疑で尋ねると、ミランダはウインクひとつで答えた。
「ふふん、見てなさい!この美拳の使い手は、フライパンも華麗に操るのよ!」
ミランダは、報酬の食材を手に、軽やかに鍋を振り始めた。 その動きは、まるで舞台の上で踊るよう。 包丁さばきは華麗で、トマトが空中で三回転してからスライスされ、 干し肉は拳で叩いて柔らかくし、卵は片手で割って「スクランブルエッグ」に。
謎のスパイスも、ミランダの手にかかれば「ミランダ流・アレンジ料理」に早変わり。 鍋から立ち上る香りは、どこか異国風で、ほんのり甘く、ピリッと刺激的。 その香りに誘われて、子どもたちの目がキラキラと輝き始める。
「おお……なんか、すごい……」 ノエルが思わずつぶやいた。
「料理って、爆発しないんだ……」 コーデリアが感動していた。
ミランダは、お玉をくるりと回しながら、聞く。
「あんたたち、今までどうしてたのよ?」
「えっと……食べ物は途中で買ったり……その辺の野草を食べたり……」 ノエルが申し訳なさそうに答える。
「野草って……それ、ウサギの食生活じゃないの!」
「一応、火は通してました……たまに爆発しましたけど……」
ミランダは、腰に手を当てて、ビシッと指を立てた。
「いい? 美しさは体の内側からが基本よ! それに、子どもたちの成長のためにも、自炊はした方がいいわ。 買ったものばかりじゃ栄養も偏るし、肌も荒れるわよ!」
その説得力と迫力に、コーデリアとノエルは顔を見合わせて、同時に小さく頷いた。
「……ごもっともすぎて、何も言い返せないな……」
「はい……反論の余地がありません……」
ミランダは満足げに微笑み、鍋の蓋を開けて湯気を立ち上らせた。
皿の上には、色とりどりの料理が美しく並べられていく。 野菜のグリル、干し肉のスパイス炒め、ふわふわ卵のハーブ添え―― どれも見た目も香りも抜群で、まるで王宮の晩餐のようだった。
「さあ、召し上がれ!ミランダ式・おもてなしのフルコースよ!」
子どもたちは歓声を上げながら食べ始め、コーデリアとノエルも一口食べて目を見開いた。
「……うまっ!」
「これは……食べたことのない味です……!」
ルークは口いっぱいに頬張りながら、目を輝かせて叫んだ。
「かあしゃん、これ、魔法の味だよ!」
その言葉に、ミランダは満面の笑みを浮かべて応えた。
「あらやだ!魔法の味だなんて、うれしいこと言ってくれるじゃない!おかわりもあるから、いっぱい食べてね!」
エプロン姿のミランダは、お玉をくるくると振り回しながら、鍋の前で軽やかに踊るように動いていた。 その姿は、まるで“頼れるお母さん”のようだった。
コーデリアは、料理をほおばりながら、感動のあまりミランダの手を握った。
「ぜひなはまひはひっへくふれ!!」
「えっ?」
「……ごめん、口にごはん入ってた。 ぜひ仲間になってくれ!」
ミランダは目を潤ませながら、コーデリアの手を握り返した。
「もちろんよ!こんなに素敵な仲間たちと一緒に旅できるなんて、最高だわ!」
ルークは満腹でゴロンと横になりながらつぶやいた。
「ミランダしゃん、ずっといて……毎日このごはん食べたい……」
エリスは真剣な顔で言った。
「次は甘い物を食べたい!」
ミランダはくすくす笑いながら、子どもたちの頭を優しく撫でた。
「いいわよ」
こうして、料理の腕前で信頼を勝ち取ったミランダは、仲間となった。 剣、魔法、育児、そして料理――このパーティ、意外とバランスがいい、かもしれない?




