エピローグ
それから10年が経った。 ルークは15歳になり、すっかり逞しく育っていた。 ついこの前まで鼻水を垂らして「かあしゃん〜」と泣いていたというのに、今では剣を背負い、胸を張って立っている。
子育ては、あっという間だ。
ついこの間まで、「かあしゃん! かあしゃん!!」とうるさくて、ピーピー泣いていた子どもが、自分の背丈よりも大きくなって、声変わりもした。
「鼻水垂らした、甘ったれだったのにな…」
コーデリアはぽつりと呟いた。
(いつの間に、こんなに大きくなったんだろう?)
子育ては嵐のようだ。 その渦中には、『もう二度と平穏など訪れないのでは?』と考える。 一人の穏やかな時間など一切ない。
だがそれも数年で通り過ぎ、また静けさが訪れる。 一人に戻るだけなのに…。
(寂しいな…)
けれど、子どもを育ててきて、喜び、怒り、悲しみ、楽しみ…他にもたくさんの宝物を子どもにもらったんだと気づく。 もう二度と、あの時間は戻らない。
壁に貼ってある、子どもの描いてくれた自分の絵を見ると、自然と顔がほころんだ。
(生まれてきてくれて本当にありがとう…)
子どもがいなければ、出会わなかった仲間、話さなかった人もいただろう。
(あんたがいたから、私はここまで生きてこれた…)
*
旅立ちの日。
「母さん、行ってくるよ」
その声は、少年ではなく、もう立派な“冒険者”のものだった。
「私がいるから大丈夫」
エリスも、ルークの隣に立っていた。二人はきょうだいのように育ち、時に喧嘩し、時に励まし合いながら、共に大きくなった。
コーデリアは二人の背中を見つめ、胸の奥に熱いものを感じた。 誇らしさと寂しさが入り混じり、言葉にならない。
「……気をつけて行けよ」
ただ、それだけを絞り出すように告げた。
ルークは力強く頷き、エリスも笑顔で答えた。
だが――
「ううっ……ルークぅぅぅ……!」
ミランダは、ルークにしがみつきながら号泣していた。
「エリスぅぅぅ……大切なノートは持ちましたか……!?」
ノエルも、ハンカチで目を覆いながら、声を震わせていた。
「おい、なんであんたたちが泣くんだよ……」
コーデリアが呆れたように言うと、
「だ、だって、心配じゃない!この子たちが、モンスターに食べられたりしたら……!」
「コーデリアさんは、大丈夫なんですか?!心配で吐きそうになりませんか?!」
「……あんたたちが見守るのも大事だって言ったんだろう」
そう思ったが、コーデリアは口には出さなかった。 代わりに、静かに微笑んだ。
「ルーク、エリス。私たちはここで待ってるからな」
「うん、行ってきます!」
ルークとエリスは、背中をまっすぐに伸ばし、村の坂道を歩き出した。 その背中は、希望と冒険に満ちていた。
コーデリアたちは、その背中を見送った。
「しばらく寂しくなるわねえ……」
ミランダが、鼻をすすりながら言った。
「でも、ミランダ道場にはたくさんの子どもたちがいるじゃないですか」
ノエルが、そっと肩を叩く。
「それもそうね。今日も“美拳・初級編”の授業があるし……」
「魔法研究所だって、弟子がいるんだろ?」
「はい。昨日、“魔力でパンを焼く術”を教えていたら、爆発しましたけど……」
コーデリアは、二人を見て笑った。
「さ、私もモンスター退治の仕事に行くか!」
その声は、母として、剣士として、そして仲間としての力強い宣言だった。
今日も風が吹いている。 誰かが旅立ち、誰かが待ち続ける。 そして、絆は変わらずそこにある。
――おしまい。 でも、物語はまだまだ続いていく。




