2の4 神算二〇三高地
五人は船艙の扉を潜った。
「ここには未来の医薬品、武器、北海道米、紙幣があります。すべて宝の山です。ただし、紙幣はこの時代では使えませんけど」
秋山が説明する。医薬品も大事だが効力は解からない。常日頃、あまり期待出来ない薬を知っている児玉は、武器に一番の興味があった。
「武器とは一体全体何ですか?」
「AKMという三〇連発小銃が二〇〇〇挺あります」
秋山が答えると、思わず「おおぅ」と感嘆の声をあげた。児玉は満洲の戦場に欲しいと思った。
そこで、ハンス医師が軽く手を上げた。
「歴史についてまとめました」
「発表を頼みます。皆座れ、座れ」
児玉たちは、床に座ってハンス医師の講義を聴く。狭い船艙が、さながら学校と呈した。
「アメリカ合衆国の大統領は、大富豪のドナルド・ジョン・トランプです。人口は三億一三〇〇万人で、世界の警察と呼ばれる最強の軍隊があります。世界経済の中心で、国民総生産は世界一位の一五兆ドルです」
「キューバ共和国の大統領は、ミゲル・マリオ・ディアス=カネル・ベルムーデスです。キューバは社会主義共和制を取っています。教育と医療は無料なので、国民の平均寿命は七十八歳と、とても優秀です」
「日本国の天皇は、令和天皇です。太平洋戦争で日本はアメリカに無条件降伏しました。とても平和な民主主義国家で、国民総生産は世界三位の経済大国です。自動車産業と電気製品が優れています」
「ロシア連邦の大統領は、プーチンです。ロシア革命で皇帝は退位し、家族全員殺されました。革命後に成立したソビエト社会主義共和国連邦の指導者がレーニンです。レーニンの死後はスターリンが独裁体制を築き、大粛清で二〇〇万人を殺し、飢餓で一〇〇〇万人を殺しました。スターリン死後に数代の代表が代わり、ソ連は解体されて、ロシア連邦となりました」
「中華人民共和国の国家主席は、習近平です。辛亥革命で清朝皇帝は退位し、のちに満洲国を作って皇帝となりましたが、敗戦で退位し、軟禁生活を送りました。革命後に成立した中華民国の臨時大総統は孫文です。その後の実力者は袁世凱から蒋介石となり、共産党に破れて台湾に移りました。中国本土には共産党の中華人民共和国が建国され、毛沢東が独裁体制を築き、文化大革命で知識人一〇〇〇万人を殺しました。毛沢東死後は数代の代表が代わり、現在も共産党一党独裁体制を布いています。人口は一四億人と多く、国民総生産は世界二位で、世界の工場と呼ばれています」
通訳の山本大尉の言葉を、児玉は必死に手帳にメモした。知っている事は、台湾総督の児玉が、孫文を支援していたことぐらいだ。未来人とは本物のようだ。
皆が一呼吸を置いた。情報の一つ一つが重要だ。
「日本の無条件降伏とは何だ?」
田中少佐が、質問した。肩が震え、憤まんの表情が見える。
通訳を経て、ハンス医師は冷静に答える。
「その当時、原子爆弾という最強兵器が完成します。この爆弾は、一発で都市が一つ消滅するほどの威力です。爆発力も甚大ですが、放射線を発して生命を根絶やしにします。
アメリカは、この原子爆弾を大型飛行機で広島と長崎に落としました。そこで昭和天皇は降伏を決定しました。敗戦後、軍部と財閥が解体されて、国民主権の商業国家となりました」
今度もまた、深い内容だ。将来、最強兵器の時代が来るのだ。
「児玉総参謀長殿、各国にて革命が起こる中、未来の日本には令和天皇陛下がご在位です。ならば戦争に負けなければ良いと仮定しますと、ロシアに勝ち、アメリカに勝ちでありますね」
田中少佐が、意見した。児玉にも正解は解からないが、決心は変わらない。
「日露戦争には勝つ。その為にはハンス医師、日本に協力してほしい。医師として病人や怪我人を救ってくれないか。どうか頼む」
児玉は頭を下げた。
「リーダーが尊敬する児玉将軍です。満洲の『民主化』を約束して下さい。それならば医師として働かせて頂きます」
正直、百万の味方を得た気分だった。
「もちろんだ。では今日から君は満洲軍医学顧問のハンス・コハン医師だ。宜しく頼む」
児玉は、ハンス医師と堅い握手を交わした。
その後、五人の合議で物品の活用は次と決まった。
一、AKM二〇〇〇挺は、大連の兵站将校に託して、満洲の騎兵秋山支隊に渡す。
一、医薬品は、大連野戦病院に七割、佐世保海軍病院に三割で移送する。
一、北海道米とカナダ小麦は、札幌農学校に送って研究と増産をさせる。
一、オイルタンカーは、五島列島の福江島に移送し、レーダー利用を図る。
神隠しとは不思議だが、児玉は、得る物が多い出逢いに感謝した。AKM三〇連発小銃を「旅順」で使ってはどうかとも考えた。しかし、コンクリート要塞に隠れた敵兵には、そう簡単に銃弾は当たらないだろう。ならば真上から大砲の砲弾を雨のように落として、陣地ごと壊すしかない。そうだ、その手があったか。今の苦境を切り開くには、集中砲撃しかない。
それから児玉たちは、AKM二〇〇〇挺の満洲移送を兵站将校と調整し、大連野戦病院に行って薬品庫を確保し、未来薬を搬入した。
「こちらは新たに満洲軍医学顧問となった米国人のハンス医師だ。新薬は少ない。だから大切に使ってほしい」
初めに児玉が注意する。
「黒人医師」と「新薬」に驚きや疑問の表情を見せた現場の医師たちは、ハンス医師から薬の効能を聞くうちに大感激に変わった。今まで治せなかった病気が治せるからだ。
ハンス医師は、陸軍で流行りの脚気について、現場に意見する積極さである。
「脚気は、ビタミンB1の欠乏です。豚肉と玄米を食べて下さい。重症者にはビタミン剤を飲ませて下さい」
これから旅順戦に行く児玉は、ハンス医師にしばらく大連野戦病院で働くようにと要請した。後を頼んだ現場医師たちも、学ぶところが多いだろう。




