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神算日露戦争  作者: いばらき良好
第2章
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2の3 神算二〇三高地

 海軍に連絡すると、秋山たち小隊が走って来て整列した。

 貧しい日本では馬車など贅沢で、社長か大臣でないと使わない。軍人の基本は乗馬か駆け足である。

「児玉閣下でありますか。秋山真之中佐であります。お待たせして申し訳ありません。港に連絡船を用意してあります。いざ、参りましょう」

 秋山は若く凛々しいが、独断の傾向があるらしい。挨拶を省略して案内した。

 一方で、陸では機密を守るという意味もある。児玉は海軍秋山中佐を評価した。


 ただ無言で陸海軍人約五〇名が、港に向かって歩き、全長一〇〇メートル程の巡洋艦に桟橋から乗船した。

 それから二〇ノットで二時間半、船上で主な説明を受けた。

 一二一年後の未来から来た黒人医師のハンス・コハンはアメリカ人。キューバの医大で医療を学んだ。英語とスペイン語を話す。船は三万トン積載オイルタンカー。商船なのに武器を積んでいたので、問い詰めると民主化革命の大志あり。未来のチャイナは酷い悪政だったらしい。

 二十日に旅順封鎖中の連合艦隊が発見し、秋山が特使を務め、大連の東方沖の長山群島に船を隠した。夜に電話してきたのは、秋山の意見が通った結果である。

 秋山は暗記した詩を朗読するように、流暢に報告をした。物事の細部や特徴などに関する観察眼も良い。無口でも弁舌家でもない正確さは、やはり参謀なのだ。

「ざっと、このような経緯です。到着しましたら、児玉閣下もご質問下さい。英語で通訳いたします。それからハンス医師は、神隠しで仲間ともはぐれ、母親とも生き別れの孤独な青年です。ご配慮お願い致します」

 秋山が言うのは、未来人に同情するだけではなく、保護も考えろという意味だろう。児玉は大将、そして年長者だ。責任は自分が取るしかない。

「承知した」

 児玉が確認したいのは、歴史とその未来人が日本に協力してくれるかである。


 別の一方で、児玉の直近の気がかりは旅順攻撃であった。

 海軍と作戦を詰める必要があるので、秋山に聞いてみる。

「ところで話は変わるが秋山中佐、海軍でもバルチック艦隊が、先月の十月十五日に母港リバウから出航したことを知っているだろう。二正面作戦とならないように、旅順艦隊と戦っていられる期限などは、何か決まっているのか?」

 児玉は素直に尋ねた。つまり旅順放棄までの時間だ。

「正確な期限はありません。少しでも早く旅順艦隊を排除し、味方の艦艇を修理して、来航するバルチック艦隊を全力で迎撃する。連合艦隊の全員は、敵を道連れに討ち死にする覚悟です。

 乃木閣下には何度もお願いしましたが、二〇三高地を占拠して観測隊を置き、遠方からの山越え砲撃で、旅順港の戦艦を焙り出して頂きたい。海上での戦闘は、連合艦隊が責任を持ちます。これは時間との戦いです」

 秋山の意見は筋が通っている。

「旅順の二〇三高地の件、わしも考えていた。乃木も苦戦しているが、攻略までの日数は、敵味方の兵力バランス次第である。わしの責任で、最大限に急がせるから、海軍は待っていてくれ」

 児玉も真摯に応えた。

「有り難うございます。さあ着きました、あの船です」

 秋山が示す方を児玉も見ると、遠い島蔭に超巨大な船が浮いている。まだ距離が有るのだろうが、島のようだ。到着までの時間がもどかしい。

 警備の水雷艇を横目にして、巡洋艦は艦長の絶妙の操船により、タンカーとわずか一、二メートル幅を残して平行に横付けされた。


 縄梯子が下ろされ、陸海軍のお客はタンカーに乗り移る。

 秋山に続いて児玉。乗り込んでまず驚いた。信じられない位、広くて大きい。

 タンカーでは、多くの日本海兵とともに黒人青年が、握手で出迎えてくれた。年齢は判らない。肌は薄茶色で黒人ハーフなのかも知れない。不安な目をしている。

「私はハンス・コハン医師です。お逢い出来て嬉しい」

 英語で挨拶した。児玉はドイツ語を学んだが、挨拶くらい英語で応える。

「わしもです。児玉源太郎大将です。未来からの友よ。ようこそ」

「あれ?」とハンス医師は、急に相好を崩した。何やら機嫌が良い。

「あの児玉将軍ですよね。満洲で二倍のロシア軍に勝った、児玉将軍ですよね」

「おい、だれか通訳してくれ」

 児玉の頼みに、ハンス医師をお世話していた海軍大尉が通訳した。

 一二一年後のアメリカ人が、なぜ児玉を知っているのか、理由を知りたい。

「なぜ、この児玉を知っているのだ?」

「私たちの革命リーダーが、児玉将軍を尊敬していました。リーダーは満洲人ですが、船内で突然、消えてしまいました」

 残念そうな表情に、児玉は聞いていた神隠しだと理解した。居ない人の気持ちは聞けないのが道理。質問を変えた。

「日露戦争には勝ったのか?」

「解かりませんが、児玉将軍は勝ちました」

 いい知らせではある。海軍が苦戦したのかも知れない。未来はいささか疑問だ。

「歴史を聞かせてくれ。日本とロシアと他の国だ」

 真面目なハンス医師だ。サギではないだろう。

「少し時間を下さい。記憶を整理します」

 ハンス医師はノートを出して、メモを取り始めた。児玉は、細かい外国人もいるものだと感じたが、医師という医学研究者は、やはり真面目なのだろう。


「児玉閣下、ハンス医師、寒いので船内に入りましょう」

 秋山が、機転を利かせてくれた。多分、末端の兵に聞かせる内容ではないという意味もあるだろう。昼間の気温は六度くらいで、茶でも一服したい処であった。

「では、ハンス医師を中心に、わしと田中少佐、秋山中佐と通訳大尉殿で話そう」

 児玉は、ことを焦り過ぎだったと反省した。通訳が一歩前に出て背筋を伸ばす。

「申し遅れました。自分は、山本信次郎海軍大尉であります」

「児玉源太郎陸軍大将である。通訳を宜しく頼む」

 互いに敬礼した。五人は、船尾の艦橋を目指す。歩く距離は長い。

「山本大尉は、フランス語と英語に堪能で、将来は海軍外交の主役になる男です」

 秋山が紹介をした。確かに優秀なのは、児玉にも解かる。

「うちの田中国重少佐も、今は参謀だが、必ず大将にまでなる人物です。宜しく」

 児玉の絶賛的紹介に、田中少佐は恐縮して頭を下げた。

 艦橋では海軍士官が、マニュアル書と計器を比べて、何やら議論していた。

「そのまま、そのまま。閣下、船艙へ」

 敬礼する士官たちを制し、秋山は階下へ先導した。ハンス医師もノートをひと睨みし、考えてまたメモを取る。

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