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神算日露戦争  作者: いばらき良好
第1章
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1の1 キューバ革命の炎

 九月十日、アフリカ南西部にあるアンゴラ共和国ルアンダ港。

 黒人医師ハンス・コハンは、大きな緊張感に包まれていた。これから中華人民共和国で革命を起こす予定だ。少数民族や貧困者のために医療を行うのがハンスの役目だ。

 リーダーは満洲族の金志元ジン・ジーユアン

 乗り込む船は、沖合のシーバース(海上係留施設)に停泊するパナマ船籍の三万トン積載オイルタンカーで、アメリカのCIA(中央情報局)が武器や資金とともにチャーターしてくれた。

 おそらく何か秘密で、大きな取引があったに違いない。

 港の汽笛が鳴った。小型ボートによる荷積みも、もう終わるだろう。


 そのとき突然、港の一角で騒ぎが起こった。武装した集団が、一般人を銃床で突き倒しながら、こっちへ突進して来る。まさかの手榴弾も近くで爆発し、何人かが吹き飛んだ。

 咄嗟にハンスは身構えた。

 自動小銃を構えたリーダーが叫ぶ。

「ハンスさん、敵だ。船に乗れ。やつらは中国の軍人だ」

 ハンスは咄嗟に近くのモーターボートへ飛び乗って、エンジンを始動させた。

「リーダーも乗って」

「おうさ、少し早いが出航だ」

 桟橋を駆けてジャンプし、リーダーも飛び乗った。急発進させて波を押し切る。

 敵の銃弾がハンスの耳元の空気を割く。リーダーは自動小銃をオートにして後方へと乱射した。アクセルは既に全開だ。ハンスは速度とともに、血中のアドレナリンが上昇して全身が熱くなるのを感じた。

 後方を見ると、敵も船で追いかけて来るらしい。中国本土で戦う予定だったが、相手は戦場を選ばないようだ。

「リーダー、すぐ出航ですね。無線で伝えましょう」

「ああ、頼む」

 ハンスは携帯無線を手に取った。

「船長、こちらハンス。港で敵と戦闘になった。すぐに出航してくれ。じきに追いつく」

「了解した、ハンス」

 巨大なオイルタンカーの始動は、それなりに面倒だ。エンジンを始動し、錨を巻き上げ、それからゆっくりと前進し始める。

 沖のタンカーに追い付いたハンスとリーダーは、自動小銃と無線機を肩に掛けて縄梯子を昇った。援護よろしく、タンカーの広い甲板上から満洲族の同志たちが、追いかけてくる敵船に銃弾の雨をお見舞いした。

 奥の敵兵が、タンカーに向かって無反動砲を構えた。

「危ない!」

 咄嗟にリーダーが狙撃して、ロケット弾は天空に飛んで行った。


 アフリカ喜望峰を越え、途中で食料も調達し、順調な航海であった。

 九月二十七日、フィリピン沖を通って東シナ海へと入ったが、レーダーや衛星情報によると、進路上で巨大な台風と直撃するようだ。

「ハンスさん、午後から海が荒れるようだね」

 リーダーが再び船長から情報を仕入れて降りて来た。

「三万トンのタンカーです。少々揺れても大丈夫でしょう」

 ハンスは、航海の間ずっと船艙で医薬品の仕分け作業をしていた。アメリカは多種の薬剤を譲渡してくれていた。

「ハンスさん、昔、君にチェ・ゲバラになってくれと言ったのを憶えているかい?」

 リーダーは懐かしい目をした。


 チェ・ゲバラとはキューバ革命のカリスマである。

 キューバ革命とは、軍事クーデター政権であるバチスタ大統領の腐敗政治を、一九五九年に倒したカストロ率いる社会主義革命のことである。

 チェ・ゲバラは、アルゼンチン出身で喘息持ちの医師。カストロの右腕として、ゲリラ部隊を指揮、訓練、あるいは治療して活躍した。キューバが新政権となって、彼の国連での演説は世界から大絶賛された。常に貧しい人のために戦い、ボリビアで捕えられて処刑された。享年三十九歳。

 ゲバラが「やあ(チェ)」といつも挨拶していたので、人々は親しみを込めて、チェ・ゲバラと呼んだ。


 チェ・ゲバラが革命を始めたのが二十八歳。ハンスも今、二十八歳である。

「あれはキューバで初めて逢った時でしたね。息子さんが怪我した時の」

 沢の岩場で骨折した男の子のために、熱風の中を二時間かけて往診に行った。

「有り難う。息子の治療も、祖国の救済にも付き合ってくれて」

 中国式に両手を合わせて礼をした。

「医者として困っている人を助けるのは当然です。それに中国では、少数民族がいじめられ、子供たちは医者にも掛かれないのでしょう。なら、往診に行くまでです」

 ハンスの揺るぎない信念だ。

「ハンスさん、絶対に死ぬなよ。そして一人でも多くの人を救ってくれ」

 リーダーはいつも真剣な表情で物を言う。よく通る声とこの視線が、周りの人を熱くするのだ。

「ハンスさん、我はカストロよりも同じアジア人の児玉将軍が好きなんだ。昔の満洲で日本は二倍の兵力のロシア軍に勝った。その時の作戦は児玉将軍が描いた」

 リーダーは、少し照れて頭を搔いた。

「知りませんでした。じゃあリーダーはその児玉将軍になって下さい。今度の革命は絶対成功しますよね?」

 不安なハンスに、リーダーは大きく頷いて応える。


「大丈夫だ。中国では常に権力闘争があり、政権転覆の野心家も多い。

 始めに、アメリカに亡命中の法輪功(気功を主体とした思想集団)創始者、李洪志リ・ホンジーが呼びかけて、一億人が人権デモ行進を行う。すると経済格差に不満の失業者や自由を求める若者たちが大勢騒ぎだす。これを抑え込もうと人民解放軍も各地で騒ぐ。

 世界各国はメディアを通じて、共産党指導部に非難と民主化の圧力を加えるだろう。

 我々は大連に上陸浸透し、満洲各地で旗を揚げる。そのためのAKM(近代化カラシニコフ自動小銃)二〇〇〇挺なのだ」


 一九五九年から東側諸国で使われた口径七・六二ミリ三〇連発のAKMは、もはや旧式武器となり、世界中で大量に余っていた。これは設計がシンプルで耐寒耐熱、砂塵でも正常に作動するという優れモノだった。

「持久戦に備えて、シンガポールで種や食糧を仕入れていましたね」

 船艙の一角に新しい荷物が増えていた。

「そうだ、夏の短い満洲で米はキューバ産もアフリカ産も適さない。代わりに日本の北海道米を手に入れてやった。かなり美味いそうだ」

「じゃあ今度、皆で食べましょうよ」

「そうしよう、カナダ産の小麦もあるぞ。ははっ」

 ハンスとリーダーは屈託なく笑った。その瞬間も心の隅で迫り来る戦闘を感じていた。


「ところでなあ、頭痛と肩こりなのだが、何か薬はないか?」

 リーダーは肩に手を当て、首を左右に振った。

「リーダーでもプレッシャーを感じるのですね。失礼します」

 ハンスは、リーダーの額に手を当てて体温を確認し、眼を見て貧血・黄疸なし、首筋のリンパ節に触れて腫れもなし、手首の脈を取った。

「咳や喉の痛みは有りますか?」

「いや、無い」

「たぶん緊張性の頭痛でしょう。こっちは寒いので首筋が冷えないように注意して、鎮痛剤を飲んで下さい」

 もうここは秋の北半球。冷えるのは当前だ。ハンスは薬箱を開いた。

「ハンスさん、我はあなたを仲間にして正解だった。医療機器がなくても、正確に診断できるのは凄い。戦場で役立つのはそういう事なのですよ」

 人から言われてみると、そうなのかとも思った。ハンスの医療は別段普通である。

「留学したキューバ仕込みです。最新機器に頼らない医療は、アフリカや南米奥地で、キューバ医師の最大の強みにもなっています」


 ハンスの母国アメリカと違い、キューバには物品がない。一言でいえば、貧しく平等な国がキューバなのだ。

 しかし、良い所もある。

 アメリカの大学は入学金と授業料が高額で、黒人の入学制限も暗黙のルールとして実在している。アメリカの差別は根が深い。

 キューバでは、医療費と教育費が無料。外国人留学生には生活費まで無料で、僅かながら小遣いまで支給される。キューバの外国人医師養成には一つ条件があって、医師となって帰国したら、貧しい人々の為に働くこと。この理念に世界中から毎年九〇〇〇人もの学生が集まって来る。

 ハンスは、黒人差別のないキューバで自由に医療を学べたことに感謝している。

「キューバ革命には理想があった。我々もキューバ革命の炎を消してはならない。祖国満洲のために我々も頑張ろう」

 リーダーは自分で言って納得し、二人は固い握手をした。


 ここで低いエンジン音がふっと止まった。電灯も消えて真っ暗になる。

 何か異常があったようだ。

「何だ、どうした、バッテリーは?」

 頭脳が戦闘モードに切り替わったのであろうリーダーは、手探りで艦橋に向かった。

 ハンスは懐中電灯を探した。

 ここで何故か海に浮いている船が、上下にガタガタと震えた。まるで地上の地震のようだ。言い得ぬ不安から逃れるように、ハンスも上層へと向かった。


 艦橋では船員たちがパニックになっていた。

「電気系統だめです。レーダー使えません。エンジン停止、漂流状態です」

「やっとここまで来たんだ。明日には大連に到着できる距離だ。トラブルで中国海軍に拿捕される訳にはいかない」

 リーダーが叫んだ。まだ昼過ぎだが外は台風の影響で暗い。風は叩き付けるように強くなった。

「修理を急げ」

 船長が部下に命令する。チャーター船員たちは、客人のハンスたちを現地に送り届けるのが仕事で、その後は逃げる。民主革命は好きにやってくれというポジションだ。

「これを使って」

 機関室に向かう船員にハンスが懐中電灯を渡すと、白人船員は「ちっ」と舌打ちした。

 こんな黒人差別はまだ良い方だ。それもハンスが客人だからだ。


 ハンスは一人で甲板に出て、荷綱が緩んでいないかを確認した。

 故郷ニューオーリンズでもハリケーン(台風)は最大の脅威だった。大河ミシシッピ川が氾濫すると手が付けられない。そこには母親が一人いる。

「何だ、あれは?」

 上空に光の輪が見えた。円形で緑のオーロラにも見えるが、違和感がある。本来のオーロラは、南極と北極の近くで見える地磁気と太陽の粒子が衝突して光るカーテンである。ここは極地方ではないし、上空のそれは低空だし、人工的な感じがした。

 太陽も星も見えない厚い雲なのに、なぜオーロラが?

 たしか、オカルトやSFでは、地震兵器があると噂されているが、まさか。

 一瞬、空が光って雷鳴が轟き、ハンスは意識を失った。

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