5の7 ロシア革命なる
「ハンス医師、帰りは一緒にタンカーに乗ろう」
ハンスを訪ねて来た児玉将軍が言った。お互いにロシア仕事を終えていた。
「何であのタンカーなのですか?」
突然のお誘いにハンスは戸惑った。日本は鉄道ブームである。
「君たちの三万トン積載オイルタンカーを東京湾で使いたい」
「それはなぜに?」
「神算」の児玉将軍は、今度は何の思いつきであろう。
「思いがけなく三億円が手に入った。そこで石油化学工場を川崎に造る。陸軍工兵の精鋭が三ヶ月で造る計画だ。石油輸送には、あの船しかない」
ハンスは東京で医薬品研究に自作の石油製品を使っている。
試薬や溶媒など多岐にわたるが、輸入より国産なら使い勝手がいいのは当然で、外国製品を船便で数ヶ月待つこともないだろう。
「ご一緒します」
いい話だ。すぐにハンスは、控えの一室から旅行鞄を持って出た。
「行きましょう」
佐世保海軍病院の医師たちに別れを告げて、二人と従者らは港へ向かった。
佐世保湾内に未来のオイルタンカーは係留してある。
ハンスが乗るのは久しぶりだった。
思えばこの世界へ来たのが一九〇四年十一月で、今は一九〇六年四月十日である。もう一年五ヶ月も経っていた。
海兵たちがテキパキと出港作業をしている。
児玉将軍が先にタラップを上がり、船長らしき人が敬礼した。
「船長の野内文治少佐であります」
「児玉です。よろしく」
ハンスにも野内船長は挨拶してくれた。穏やかな人である。
「ハンス医師です。お邪魔します」
「日本海海戦では小さな水雷艇の艇長でしたが、今度は逆にでっかい船です」
そう言ってほほ笑んだ。
広い甲板を歩っていると、革命に出発した昔を思い出す。悲願の「民主化」と「医療」であった。
清国領で日本が管理する満洲は、議会もあって良い方向へと進んでいた。
タンカーはゆっくり沖へと出港した。
ハンスは海を見ていた。玄界灘は波が高いが、大きなタンカーは揺れずに進む。
児玉将軍がコーヒーをくれた。
「台湾では新しくコーヒー栽培を試している」
「頂きます。キューバにもコーヒー園は多かったです。たしか、熱帯高山の冷涼多雨気候が最上でしたよね」
風味がいい。二つ目の故郷キューバの赤い大地と青々とした木々の景色が目に浮かんだ。
「そうだ。隣国ジャマイカのブルーマウンテンの栽培方法を参考にした」
「美味しいです」
正直な感想である。
「商売としては量が少ない。まだまだ高級品だ。だが最初の一歩は、何でもこんなもんだろう」
風が出て来た。玄界灘は波が高いが、巨大なタンカーは少しも揺れない。
「船内へ入ろう。東京の桜も散りそうだ」
児玉将軍が促した。
ハンスは、例の船艙に入った。がらりとして荷物はないが、ここが一番落ち着く感じだ。
ごろりと床に寝た。仕事が忙しくて、久しぶりに一人となった。
東京では、聖路加国際病院、北里研究所、理化学研究所での治療と医学研究、創薬で引っ張り凧だった。
思うにアメリカと違い、日本に黒人差別は無かった。「外人」とか「黒人」とかの拒絶は当然あるが、アメリカ的な「嫌がらせ」は日本には無かった。良い国だ。友にも恵まれた。
第三の故郷、日本に愛着が湧いていた。
うとうとしていた時、なぜか船の天井に光の輪が見えた。
「あの光だ」と驚く間もなく雷鳴が轟き、ハンスは意識を失った。
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