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神算日露戦争  作者: いばらき良好
第5章
30/33

5の5 ロシア革命なる

 日本の満洲軍は、秋に続々と帰国した。年末までに移動完了となる。

 十一月二十日、児玉は、大山巌総司令官や四人の軍司令官、鴨緑江軍の川村景明司令官とともに、参内して明治天皇に、戦闘報告をした。

 かなりの緊張であるが、そこは皆が大将。自慢と武勇伝は得意である。

 旅順攻撃のご説明の所で、漢文調に朗々と述べていた乃木希助大将が、突然言葉に詰まり、はらはらと涙し、床へと泣き崩れてしまった。

「お預かりした多くの将兵を死なせて、我は生き恥をさらしております。どうか切腹をご命じ下さりませ」

 乃木は涙し、床に額を付けて平伏した。

「乃木ぃーっ」

 児玉を始め、一同は驚いてうなった。

 責任を感じているのは児玉も知っていたが、まさか陛下の前で、それを言うのか。どう取り繕うか、全員が迷ってしまった。

 ここは宮中、神聖な陛下の御前である。

 明治天皇はゆっくりと歩み寄り、乃木の肩に手を当てて、仰った。

「息子たちも全員死んだそうだな。辛いのは解かるが、朕より先に死んではならぬ。乃木には、皇孫迪宮(のちの昭和天皇)の教育を頼みたい。近々、学習院院長に任命するので、我が子と思って育てなさい」

 陛下が、内大臣や元老を通さず直に意見を述べるのは異例であった。

 児玉は感謝でいっぱいである。乃木の辛さや戦場の兵士の事まで、陛下にはご理解いただいていたからだ。

「もったいないお言葉です。最後のご奉公をさせていただきます」

 乃木は立ち直り、何とか無事に戦闘報告は終了した。

 児玉は深く拝礼し、いつまでも陛下のお心遣いに感激していた。


 退出後に児玉は、ロシア革命が日本へ飛び火する可能性について、桂太郎首相の相談に答えた。

 天皇家が未来永劫続くためには、共産革命による廃帝など、あってはならない。

 しかし、聞くところでは、ロシアの惨状は凄いらしい。ヨーロッパから明石大佐の報告では、秩序の交代が、ドミノ倒しの勢いである。

 児玉は、革命テロ防止のために、今よりも警察力を強化することを提案した。


一、天皇・皇族方の身辺警護をする主殿寮の皇宮警察署を、宮内大臣直属の皇宮警察本部に拡大する。

二、新たに総理府を設置し、内務省から総理府直属へ、警察庁を移管する。

三、陸海軍から独立した、憲兵軍政と司令を統括する憲兵本部を新設する。


 桂首相は会談後に動いて、枢密院議長の伊藤博文元老や、参謀総長の山縣有朋元老にも相談し、最終的に明治天皇の御裁可を得た。

 陸軍、海軍に続き、憲兵が第三の軍隊となった。憲兵本部が新設されて、憲兵総長には、前鴨緑江軍司令官の川村景明大将が親任された。

 任務は、従来の軍警察に加えて、行政武装警察の意味合いも含まれる。テロや反乱鎮圧、占領地の治安維持などで活躍するだろう。


 児玉は今までの作戦能力を買われて、元老の山縣有朋から「次期総理」にと打診された。二人は同じ長州人である。魅力的な話ではあったが、ロシアの内戦が拡大して一波乱有りそうな時期だ。満洲の防衛にも作戦が必要であるからと、陸軍に残る旨を述べて丁寧に辞退した。

 お詫びに満洲発展と民主化の思案も披露した。ハンス医師との約束の民主化だ。

 児玉の代わりに大山巌を元老にと、山縣にお願いする。

 考えて置こうと前置きした山縣は、自身の参謀総長職を児玉に譲ると内示した。


 一方、桂首相は過去において、日露戦争遂行のための議会工作をしていた。

 それは立憲政友会総裁の西園寺公望に政治協力を依頼し、戦後に首相の座を譲ることを密約している。

 慣例では、次期総理大臣は元老会議で決まる。

 しかし、今回は桂首相の根回しが良かったのか、山縣有朋派の桂から、伊藤博文派の西園寺へと、静かに禅譲が行われた。

 ただし、組閣には両派からの注文人事が付きつけられる結果となった。

 西園寺は、原敬の入閣にはこだわった。


 明治三十九年(一九〇六)一月七日、明治天皇から西園寺公望に大命降下され、西園寺内閣が発足した。内閣総理大臣西園寺公望、外務大臣小村寿太郎、内務大臣原敬、大蔵大臣阪谷芳郎、陸軍大臣寺内正毅、海軍大臣齋藤實、司法大臣松田正久、文部大臣牧野伸顯、農商務大臣松岡康毅、逓信大臣山縣伊三郎。


 翌日の八日には、明治天皇のご臨席で戦時表彰と新任拝命式が行われた。

 児玉は、大山巌が元老になったことを喜んだ。

 注目すべきは、朝鮮総督の伊藤博文と、満洲(関東州をふくむ)総督の山縣有朋であろう。

 山縣自らが満洲へ乗り込むとは大胆である。伊藤博文が朝鮮王なら、自分は満洲王だと対抗したのであろう。すでに児玉の満洲発展案も話してある。

 台湾総督が佐久間佐馬太大将、沿海総督が大島義昌大将、アムール州総督が木越安綱中将、樺太総督が楠瀬幸彦少将である。外地には軍政が敷かれた。


 西園寺首相の初仕事は、鉄道である。

 ポーツマス条約でロシアから手に入れた満洲の東清鉄道を整備し、さらに国内の鉄道行政を管轄する鉄道院が設置された。

 総裁には、児玉のよく知る相棒、前台湾総督府民政長官の後藤新平が就任した。


一、新設された総理府に、逓信省鉄道局と鉄道作業局を移管して鉄道院を置く。

二、鉄道国有法を発行(主要十七私鉄を買収する。四億七九四〇万円。自動連結器採用、全国共通運賃、軌間一〇六七ミリ)

三、軽便鉄道法を発行(鉄道新設は、免許・敷設工事計画・営業収支概算書のみの簡易申請とする。五年間の政府補助金付、軌間七六二ミリ以上)

四、東京駅建設に四〇〇万円、丹那トンネル工事に二六〇〇万円、清水トンネル工事に一五〇〇万円。

五、関門連絡船と関釜連絡船に加えて、青函連絡船一五〇万円、稚眞連絡船一五〇万円を設ける。

六、満洲鉄道株式会社を設立(朝満関沿亜を所掌、資本金一億円、現物一億円、漢釜鉄道の買収二〇〇〇万円、本社は大連、標準軌採用で一四三五ミリ)

七、樺太総督府鉄道を新設(東部本線「オハ―眞縫―豊原―大泊」、西部線「眞縫―内幌」、(八〇〇万円、軌間一〇六七ミリ)

八、台湾総督府鉄道の追加工事(縦貫線「基隆―高雄」四六〇万円、軌間一〇六七ミリ)

 これら鉄道院特別会計は、総額六億七千万円。


 一方、満洲善後条約により、関東州購入に二千万円を支払う。

 さらに、東洋拓殖株式会社が設立され、総裁には、前軍務局長の宇佐川一正陸軍中将が就任した。朝鮮と満洲、沿海州とアムール州の開拓と金融業を行う。資本金は一千万円で、本社は漢城に置かれた。

 この三事業で、ちょうど七億円(現二十八兆円)が使われる。戦前の国家予算が二億五千万円だったから、大変な出費である。


 児玉は、さらに医学研究を熱望した。戦争で多くが死に、生き残った若い命は大切だ。

 具体的には、ハンス医師の薬をこの世に再現させるべく、皇室寄付金でもって財団法人を作る。もちろんハンス医師の知識だけが頼りだ。国民を救う陛下のお姿には有り難さが増すであろう。

 この件については不敬ではないかと心配で、田中光顕宮内大臣、松方正義枢密院議長、西園寺公望首相に相談し、細部を調整して頂いた。

 主要施設は三ヶ所。総裁には親王家を頂き、理事長には実力者を選んだ。

 このお願いにしばらく時間が掛かったが、明治天皇の御許可が下ると、問題は解決した。


 ㈶聖路加国際病院に改名。伏見宮貞愛親王総裁、渋沢栄一理事長、築地明石町にある。

(一八七四年健康社に始まり、築地病院を経て、聖路加病院となった)


 ㈶北里研究所を設立。有栖川威仁親王総裁、北里柴三郎理事長、白金土筆ヶ岡にある。

(一八九三年土筆ヶ岡養生園に始まる結核治療施設である)

 同時に有栖川宮様は、麻布別邸にてご自身の結核治療を受けられる。


 ㈶理化学研究所を設立。閑院宮載仁親王総裁、高峰譲吉理事長、駒込に新設。

 道路対岸の六義園は一六九五年に柳沢吉保が造営。三菱財閥三代総帥の岩崎久弥の所有であったが、閑院宮様に寄付された。


 ハンス医師の持って来た未来の北海道米とカナダ小麦は、札幌農学校で増産され、皇室にも献上されている。

 児玉の家にも、明治天皇から御下賜品として頂き、有り難く賞味した。

 愛妻まつも絶賛のお米である。ふっくらして、つやもあり、甘い。さすがは未来だ。

 戦場が長かったので、愛妻の手料理は、いい休息となる。

 煮物を肴に一杯やっているが、たまには昼酒も良いだろう。

 何気なく妻が言った。

「戦争も終わったし、税金も安くなりませんかね。商店街は大変なようです」


 普段、買い物をしない児玉は、気が付かなかった。そうだ、税金だ。

 庶民は大変だ。今も戦時増税のままなのである。

 市街宅地は地租二〇%である。戦前の三・三%か、それ以下でないと復興に差し支えるだろう。戦争の犠牲で若者も少ない。

 財政は、軍人の仕事ではないが、国家国民のためには無視できない。

 児玉は、酒の途中で軍服に着替え、家を飛び出した。

 西園寺首相と共議する。減税をすれば総理の人気も上がるだろうと褒めると、西園寺首相も乗る気になった。


 その結果、大蔵省を経て議会を通し、復興減税が決まった。

 地租は地価の三%、所得税は収入の一〇から三〇%、法人税は利益の三〇%。

 酒造税、煙草税、石炭石油税は卸値の三〇%。

 関税は国際情勢に合わせて政府が決める。

 相続税、家屋税、船舶税、営業税、砂糖税、醤油税、織物税、その他戦時税は廃止。

 今年の新年度の四月一日から開始と決まった。

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