5の4 ロシア革命なる
ポーツマス条約で、日露戦争は終結した。
児玉源太郎総参謀長は、大山巌総司令官の指示で、浦塩包囲中の満洲軍に、停戦と現状待機を命じた。
さらにヨーロッパの明石元二郎大佐に、極秘でロシアの撹乱続行を指示した。それはロシアの復讐と再軍備を阻止するための苦肉の策である。
浦塩は武装解除され、日本各地からもロシア人捕虜が帰国した。
これらの捕虜に対して日本人の対応は優しかった。近隣の百姓が野菜を分けてくれたり、川で魚を釣ったり。帰国前には、軍服の破れを補修して体面も保たれた。
しかし、ロシア政府は帰還兵に冷たかった。お前らのせいで負けたのだと、危険な工場労働や、シベリア未開地で農奴にされるなど、散々だった。
国民の不満は、すぐに伝染する。
十月十九日、モスクワのカザニ駅から全国へと鉄道ストライキが拡大し、数日で鉄道から全業種にまでストライキは広がって、ロシアは収拾がつかなくなった。
首都サンクトペテルブルクに潜入していたレーニンは、持ち前の演説力で革命の同志を募り、労働者、農民、軍人の多くに賛同者が生まれた。
二十六日、ソビエト(評議会)が誕生し、レーニンは議長となった。レーニンが夢にまで見たロシア全国に燃えるような赤旗が揚がったのだ。
六月のフィンランド独立宣言とロシアのソビエト成立に刺激されて、十一月にはポーランドでも、独立デモが実行された。ワルシャワには、およそ八万人が集まり、連日、総督府前で気勢を上げた。
さらに、ウクライナのキエフでも反政府暴動が起こった。もともと黒海地域での反ロシア運動だったが、ウクライナ全土にまで拡大している。
そのような情勢で、皇帝ニコライ二世は個人資産を奪われないように、属領の都市キエフ、ワルシャワ、リガ、および首都サンクトペテルブルクから、内陸部のカザニへと資産を大移動させた。その金額は合計すると二十六億金ルーブル(約二十六億円、現百四兆円)もの大金となった。その他にも証券や国債、宝石や絵画もある。
しかし、カザニはレーニンの通ったカザン大学のある土地で、生まれ故郷からも一二〇キロと近距離である。
すかさず、ソビエト赤軍の一派が奪いに来た。革命の資金としては、多ければ多い方がいいに決まっている。
ロシア帝国軍の「白軍」とソビエト赤軍が戦闘となり、ここからロシア内戦へと拡大した。
この間にも皇帝の個人資産は、ウラル山脈を越えてエカテリンブルク、西シベリアのオムスク、さらにバイカル湖畔のイルクーツクへと避難した。
「皇帝陛下、ここはもう危険です。避難いたしましょう」
侍従兼国務顧問官のベゾブラーゾフは、首都サンクトペテルブルクでさえも、今となっては安全でないとニコライ二世に訴える。ソビエトの勢いは、もう誰にも止められない。
「私がロシアだ。砂糖に群がる蟻どもに国家が動かせるものか」
生れついての皇帝に、死の恐怖は無いのだろうか。いや、日本の大津で斬られているので、最大限の強がりなのかもしれない。
「蟻ではなくスズメバチです。一時的に、軍隊をまとめて避難しましょう。あくまで一時的です。寄せ集めの革命軍には、国家運営は出来ないでしょう。必ずや再び陛下の下に国家は統一されます」
一時的に、を強調した。ニコライ二世は金持ちだ。ベゾブラーゾフは、権力と多額の給金が欲しいので、皇帝に簡単に死なれては困る。
「避難の候補地は?」
普段なら最低三十分は激高して怒るニコライ二世だが、今日は理解を示した。帝王学を学んでいるので、我がままだが、馬鹿ではないのだ。
「シベリアのイルクーツクが良いでしょう。鉄道さえ防御できれば完璧です。革命軍が仲間割れし始めるのを、高みの見物です」
皇帝の個人資産二十六億金ルーブルが存在するイルクーツクを選択した。
「では、王宮の机も絵画も全部持って行くぞ」
「恐れながら、陛下は再び帰って来るのですから、机や絵画はそのままが宜しいかと」
逃げ遅れて捕まったらギロチン刑だ。急がせるしかない。
ニコライ二世は、ふんふんと肯いている。考えているのだろう。
「そういうことか。皇后と子供達に避難すると伝えよ」
「かしこまりました」
ベゾブラーゾフは退出した。自分はニコライ二世のお気に入りだ。皇帝は、我がままな性格だが、誇り高い所を刺激すれば、うまく操縦出来る。
しかし、皇后アレクサンドラは最近、ラスプーチンという祈祷僧を重用している。聞く所では、皇太子アレクセイ殿下の体調不良を、超能力で治すらしい。
ラスプーチンは邪魔者だと、ベゾブラーゾフは敵意を燃やした。




