3の8 怒りの黒溝台
満洲の冬の日の出は、日本時間の八時だ。
ロシア西軍本陣を探して、多数の斥候を出した結果、敵は南へ移動して、黄臘坨子に在る事が判った。
しかし、規模について夜間目視は出来ない。焚き火の数からは推定五万、その南に同数の日本軍が対峙しているという報告だ。
児玉総参謀長は、どうやって増派したのだろう。乃木大将が来たのであろうか。
二十五日朝六時、うっすら空が白み始め、敵将は伝令を多数、頻繁に出し始めた。かなり煩い人間なのであろう。そのお陰で秋山には、敵将の居場所が判った。
工兵五〇〇を下がらせた。
秋山は、第三、五、八、十三、十四の五人の連隊長に攻撃目標を伝え、一〇分後に突入するとした。
竹筒の酒を飲む。数が少ないとか、寒いとかは関係ない。
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」
節を付けて詠んでみた。上杉鷹山だ。
物事の結果は、人の「情熱」と「運」で決まる。
秋山はそっと騎乗した。雪と氷の静かな世界だ。
廻りには配下の騎兵が寄せて来て、整列した。互いに覚悟を決めた良い面構えだ。
秋山は号令を発した。
「いざ、突入。大将首を討て」
一団は原野を疾駆した。
秋山も馬で先頭を駆ける。二〇〇〇の人馬は、一気に敵軍へと雪崩れ込んだ。
ロシア軍後方の荷駄兵は逃げた。
秋山は拳銃を放ち、逃げ遅れた敵兵には、蹴りを入れる。乱戦だ。雪の大地には、真っ赤な敵の血がにじむ。
遠くから歩兵が散発的に撃って来たが、ここで止まるつもりはない。ひたすら本陣へ。
コサック騎兵が、一〇〇人規模で打ち掛かって来る。
「何が最強だ。日本男児ここにあり」
秋山の銃弾が部隊長の頭を撃ち抜いた。残りは味方のAKMが薙ぎ払う。
次から次へと迫るコサック騎兵。
しかし、目標はまもなくだ。
「行け、行け」
秋山は配下にも、愛馬にも気合いを掛ける。
「敵を撃て」
命令一下、AKMが連射する。そこに左横合いから鉄砲玉の雨が襲った。
「うわっ!」
秋山の左腕に当たった。熱く強烈な痛みだが、まだまだ。死ぬまでは死んでない。
「片腕など、くれてやるわい」
敵本陣に突入した。あわてるロシア参謀連中を、拳銃で撃ち殺す。味方も集まって来て、AKMを連射する。
敵大将は、馬上で背を向けた。戦場で目立つ勲章を着けるなど馬鹿野郎だ。見栄を張るのもいい加減にしろ。
「あそこだ。逃がすな」
秋山は、拳銃二丁とも全弾撃ち切った。左手がこれでは弾込めが不自由だ。
ならばと太刀を抜いた。重い割にはバランスがよく、しっくりと手に付く。
感覚の重い左手で手綱を引き、距離を詰めた。
敵将は立派な髭の爺さんで、口に泡を吹いて口汚く罵った後、サーベルを抜いた。
騎士魂はあるらしい。それでも煩くわめきながら逃げる。
「問答無用、陣定に勝負せよ」
秋山の渾身の一撃は、敵サーベルごと身体を真っ二つに斬った。
敵将の亡骸は、馬ごと地面に転がった。
「うおーっ、やったぞ、引き上げじゃ」
秋山騎兵二〇〇〇は、怒濤の勢いのまま引き上げた。




