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神算日露戦争  作者: いばらき良好
第3章
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3の6 怒りの黒溝台

 二十四日の未明、中山大佐が第三師団長の大島義昌中将を連れて戻って来た。

「少々遅れました。昨夜は第三師団でお世話になりました。大島義昌中将殿をお連れしました」

 秋山は二人に敬礼する。

「中山大佐ご苦労だった。大島中将殿、秋山好古少将であります。部下が有り難うございました。陣地の引き継ぎをお願い致します」

「こちらこそ案内役がいて助かった。我々も昨夜には入れたのだが、同士討ちになりそうだと中山大佐が来てくれて、助言を貰った。引き継ぎの件、確かに受けた。あと一時間で配置に着く。よくぞ守ってくれた、秋山少将」

 秋山支隊は孤軍奮闘していたが、李大人屯の近くに第三師団は居たのだ。ロシアへの無言の圧力は、ロシアに全力攻撃をためらわせたに違いない。これには感謝したい。

「では、一時間後に、秋山支隊は敵中突破して韓山台に向かいます」

「承知した。ご武運を」

 大島中将は、静かで度量の広い人だった。師団長という格なのであろうか。眩しい朝日に二人、熱い敬礼を交わした。


 秋山支隊の本隊は、騎兵二個連隊、歩兵二個大隊、野砲一個中隊、工兵一個大隊であるが、連戦で定員割れしている。

 この秋山率いる二〇〇〇名は、いったん南へ下がり、迂回して韓山台に入った。敵が全周包囲ではないので助かった。


 配下の三岳支隊長の三岳莵勝中佐が、出迎えてくれた。

「この旗が来るのを待っておりました。ようこそ秋山少将殿」

 秋山の旗は、騎兵第一旅団旗である。三岳中佐らは、各師団から合流した騎兵で、全体として秋山支隊となっている。

「三岳中佐ご苦労。引き続き韓山台防衛を頼む」

 互いに敬礼を終える。

「はい。北方正面の敵は狙撃兵でして、遠撃ちして来ます。スナイパーが一万人なんて、ふざけたものをロシアは作ります。戦場の基本で、頭を低くしていれば当たりません」

 陣地防衛にも慣れたようだ。秋山に注意点を教えてくれた。

「それは騎兵潰しであろう。野戦で騎兵は良い的になってしまう。敵の西軍大将もやるものだ」

「これは浅慮でした。申し訳ありません」

 三岳中佐は頭を下げる。

「報告に感謝する。いくさの始めに大事な話が聞けて良かった。敵を知れば、よい戦い方も出来るだろう。野砲中隊を連れて来たので、三岳中佐、大砲を撃ってみるか?」

「はい。是非とも」

 名誉挽回とやる気だ。騎兵が大砲を撃つ機会など滅多にない。

「少し撃ってみて、手応えを伝えてくれ」


 三岳中佐が行って、秋山は従兵に昼飯を頼んだ。

 もともと韓山台は二〇〇〇人用の陣地であった。兵糧も少ない。ここに八〇〇〇人が集まる。もちろん戦闘中の兵糧補給は大変であるから、長期籠城戦は出来ない。

 騎兵は攻めこそ重要で、後方や側面から敵を崩すのだ。

 飛び出すしかない。

 受け取った握り飯には、麦が混じっていた。聞くと、総司令部指導の脚気予防対策らしい。実のところ日本軍の兵糧は、少ないのかもしれない。

 習志野の家族はちゃんと食べているだろうか。

「おい、葉書をくれ」

 秋山は筆まめだ。決して文才派ではないが、家族は可愛い。いくさを前に、遺書など残すつもりは無い。明るく生きて、風のように死ねばよい。

 一男三女のために、子供たちの虫取りの絵を描いた。かぞえ七歳の長男信好が、虫取り網を持ち、笑顔の三人娘と、トンボが空を飛ぶ。トンボは後退しない勝ち虫だ。ロシアに勝って飛んで帰るからな。

「父は遼陽奉天に、叔父は旅順に日本海」

 そんな一文を書き副えた。

 葉書を従兵に託して、酒を飲む。昨夜は全く寝ていないので、少しうとうとした。


 若い頃の自分は小学校の先生だった。大阪や愛知で見覚えのある少年少女たちが、笑顔で秋山の周りを囲む。「秋山先生」と皆が親しく呼ぶ。

「秋山少将殿、秋山少将殿」

 はっ、と目が覚めた。夢からうつつに返る。


「お疲れの所、済みません。沈旦堡から豊辺大佐、黒溝台から種田大佐が到着です」

「よし、行こう」

 秋山は立ち上がった。そうじゃった。わしは元先生だからな、子供らを守らにゃいけん。日本、韓国、満洲、どこの子供も同じだ。必ず笑顔の国を作ってやるからな。

 火を焚いて、八人の連隊長が集まっていた。

「ご苦労だった。被害は?」

「死者一九名です。申し訳ありません」

 秋山は無言で合掌した。黒溝台は激戦だったようだ。

「あれだけの敵に、よく纏めてくれた。今考えるのはこれからの事だ。命令通り、騎兵で敵の後方撹乱を行う。

 騎兵連隊の三、五、八、十三、十四の騎兵二〇〇〇とAKM、工兵五〇〇で出陣する。工兵には、鉄道破壊と陣地設定を頼む。移動は、工兵も乗馬、荷も馬で運ぶ。

 三岳中佐には、残りの五五〇〇を任せるので、韓山台を守ってくれ。

 出発は今夜二十四日、満洲の月の出は二十一時半。それまでよく休んでおくように」

 息も凍る真冬の戦いだ。こちらも嫌だが、敵も嫌がる。幸い満月を少し過ぎた寝待月で、目が慣れれば明るさは大丈夫だ。強行すれば凍傷も多いだろう。短期決戦しかない。

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