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神算日露戦争  作者: いばらき良好
第3章
13/33

3の3 怒りの黒溝台

 児玉が、旅順陥落の報に喜んだのは元日の夜の事である。

 東京の大本営も同じで、早速満洲軍に、第三軍を解体して一個師団を引き抜き、大本営直轄として金州に置くつもりだと伝えて来た。

 児玉は、戦力の引き抜きには反対、乃木の更迭には大反対である。旅順で苦戦したのは、参謀と大本営の横槍のせいであり、乃木は一度命令を受ければ猪突猛進、やり切る男である。

 日本に上京中の満洲軍高級参謀の井口省吾少将(後方担当)に指令し、大本営参謀次長の長岡外史少将と共議させた。


 その結果、大本営は、解散ではなく第三軍を再編するとして、第十一師団を引き抜き、後備第一師団と合わせて鴨緑江軍を作り、鴨緑江軍は韓国駐劄軍の隷下にする。第三軍は、第一、第七、第八、第九の各師団と騎兵旅団、砲兵旅団とする案を示した。

 大本営直轄が韓国駐劄軍に代わっただけで、満洲軍からの戦力引き抜きに違いはなく、第八師団や騎兵、砲兵の転属など、日本の大本営は勝ちに油断して、最強の陸軍国ロシアと対峙しているという緊張感が無くなっていた。


 それからは、満洲軍総参謀長の児玉と大本営参謀次長の長岡とで、電文合戦となった。

 結局、児玉は、第八師団と後備第八旅団および秋山好古少将の騎兵第一旅団を現状維持とさせて、田村久井少将の騎兵第二旅団を満洲在地のまま第三軍に編入させる事で押し切り、鴨緑江軍は大本営の条件を飲んだ。

 それは大本営が天皇陛下に願い出れば、強行裁決出来るからだ。


 一月十二日、明治天皇の御裁可が下り、鴨緑江軍が創設された。軍司令官には、前第十師団長の川村景明中将が、大将に昇進して親任された。

 児玉は、新しく鴨緑江軍司令官として赴任して行く川村大将と、煙台の総司令部で会談した。

「川村君、昇進おめでとう。今後は韓国駐劄軍の指揮下に入り、満洲軍の指揮から外れるわけだが、引き続き大山総司令官とわし達に協力してほしい。異例な頼みとなるが、日本は一つだ。ロシアとの決戦に是非とも参加してもらいたい」

 軍人は命令が全てだ。しかし児玉は、それを無視する独自行動を願っていた。

 川村大将は沈黙し、決意した面持ちで口を開いた。

「状況の厳しさは、よく解かっています。承知しました。たとえ命令違反となっても、日本の勝利の為に、私は喜んで死にましょう。この命お預けいたします」

 児玉の無理難題を、川村大将は快く聞き入れてくれた。とても強い男だと思う。

「川村一人を無駄死にはさせない。日本を救う立役者になってくれ」

「はい、一番に旅順から戻って来ます。ロシアに勝ちましょう」

 児玉も期待する川村大将は、新司令官としてやる気に満ちていた。


 午後には、待望のハンス医師が、衛兵たちとやって来た。

 最近の児玉は忙しく、喧嘩ばかりで頭が痛い。実際に頭痛が割れんばかりに酷かった。理性を失っては、作戦で失敗する。せめてロシアとの決戦が終わるまで、冷静さを保ちたい。困った時の神頼みが、ハンス医師であった。

「こんにちは児玉将軍。私は聞いた、あなたは頭が痛い。診察します」

 片言の日本語を覚えたようだ。ひと月半で驚きの上達である。医者はさすがに凄いものである。

「来てくれて有り難う。早速診てくれ」

 児玉は医療器具で腕を絞められた。ハンス医師は、英語で語り出した。

 弟子の医師が通訳してくれる。

「血圧が一八〇の一一〇です。正常は一三〇の八五ですから、血管が破裂しそうです。もしも脳で破裂すれば死にます。ハンス医師の薬を飲んで下さい。酒、煙草、塩、油を減らして、怒ったら深呼吸して下さい。もし脳出血になってしまったら、ハンス医師は脳外科ではないので、手術出来ないそうです。児玉将軍は今戦えなくなるのは不満でしょう。歴史通りに勝ってもらいたいそうです」

 日本語を少し解するハンス医師は、黒い顔に白い歯で笑顔となった。その様子から、児玉は重症だが、今は死なぬらしい。

 他にも聴診器を当て、触診もしてくれた。特に異常なし。ハンス医師から、未来の降圧剤と鎮痛剤を分けてもらった。


 ハンス医師が語るには、歴史とは枝分かれの連続で、すべての人間のその時の決断で、別の結果が生じるそうだ。未来人のハンス医師は、この世の人間とは違うから、その行動は別世界を作り続けている。一人でも多く治療して、歴史の可能性を多くの人に託したい。そんな気持ちだと言っている。

 児玉はそんなハンス医師に感動し、遼陽の野戦病院の視察も是非にと頼んだ。

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