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第1部 その4「三人って、どうでしょうか」

「よういちー」

「はいはい、美月」


 優紀のアルバイトを見てしまった翌日の帰り道、陽壱と美月は腕を組んで歩いていた。それはもう、べったりとくっついて。

 美月の甘い香りが間近に漂う。肘あたりにそこそこ大きい胸が当たる。陽壱の緊張は限界に近づいていた。嬉しいのは嬉しいのだが、急展開すぎる。


(ちょっと近くないか?)


 小声で美月に緊急事態を伝える。


(大丈夫だよー)


 美月はのんびりとした口調でささやき返した。

 いたずらっぽい笑顔と耳元の小声で、陽壱は膝から崩れそうになる。必死に感情を押し殺し、なんとか平常心を装った。


 こんな状態になったのは、お洒落なコーヒーチェーンで《ろ》を選んだからだ。現地協力員とはすなわち囮。ノイズと呼ばれる怪物を引き寄せる餌のことだ。バイト代は出ない。あくまでも協力だから。


「しかし酷い会社だよな」

「でも、うるさい以外は危なくないからいいんじゃない? えへへー、よういちー」


 美月の演技力は凄いと陽壱は思った。本当の恋人のように接してくれる。

 二人はノイズを呼び寄せるため、カップルの演技をしていた。

 昨日、優紀はこう言っていた。


『ノイズは宇宙人が嫌がらせのために作った物なんです。仲の良い若い男女がいると、大気中のノイズ粒子が集まって嫌な音を出します。その音はそのカップルにしか聞こえません。地球に来た宇宙人の誰かが、それを持って来ちゃったみたいです。その後始末が、有限会社 地球防衛隊の仕事です』


 なぜか、この説明だけは妙に流暢だった。

 そんなわけで、今の陽壱は最高の体験をしていた。これが演技でなければどれほど嬉しいことか、とも思いつつ。


 うるさいだけで危害がなければいいじゃないかとも思ったが、宇宙人の出生率が下がった要因として深刻な問題になっているらしい。あの音で人間性が明らかになり、破局するカップルがたくさんあったとのことだ。

 まだ地球人類への影響が少ないうちに処理をしておきたいと、宇宙人から各国政府に申し出があり、地球防衛隊は発足したそうだ。


「これだけやってるのに出てこないな」

「そうだねー、よういちー」


 二人は、例の公園の前をしばらくうろうろしている。ノイズはある程度の広さの空間がないと発生しないらしい。

 それをどこかで優紀が監視している。嬉しいとは言え、さすがに恥ずかしくなってきた。学校の知り合いにも見られるかもしれない。


「あっ、よういち!」


 美月が公園を指差した。陽炎のように景色が歪んでいる。昨日より大きいサイズだ。

 カップルの親密具合によって、その大きさは変わると優紀が言っていた。つまり、昨日よりは親密に見えるということだ。


(ん? 昨日?)


 そんな疑問を感じた瞬間、ノイズの音が響いた。頭が割れそうになる。とっさに陽壱は美月をかばうように覆い被さった。小さく「きゃっ」と聞こえたが、体が動いてしまったものは仕方ない。


 五秒ほどだろうか、体感的にはもっと長い時間だった気もする。

 公園を光が包み、音が消えた。


「ふぅ、大丈夫か美月」

「う、うん、だ、大丈夫」


 陽壱の腕の中にいる美月は、耳まで真っ赤になっていた。

 陽壱の腕の中にいる美月。

 陽壱の腕の中。


「わぁっ! ごめん」


 慌てて美月から離れる。

 陽壱も自身の頬が紅潮しているのを自覚した。


「ありがとうね」


 はにかむような美月の表情に、陽壱は頷くことしかできなかった。


「大丈夫ですかー?」


 上空から優紀の朗らかな声が聞こえる。高校生離れしたスタイルと大人びた美貌が、派手な衣装によく映えている。普段の彼女とは大違いだ。

 どちらが本当の佐久間 優紀なのか、陽壱にはわからなかった。


「おー、大丈夫だよー。お疲れ様ー」


 陽壱が手を振ると、キラッキラの変身ヒロインみたいな優紀も小さく手を振り返した。

 本当に、普段の優紀とは違う。

 着地したヒロインは、そそくさと公園の遊戯に隠れた。制服に戻った優紀は、普段のメガネに普段の猫背だった。


「ありがとうございました」


 陽壱たちに向かい、深々と頭を下げる。


「いいよいいよ。これで目標は達成できそう?」

「それが、まだまだなんです」

「目標多くない?」

「多いよねぇ」

「多いですね」


 三人そろって頭を抱えた。


「あ、あの」

「ん? どうした佐久間さん?」


 優紀がおずおずと声をかける。


「ノイズは男女が仲良ければ仲良しなほど、邪魔をしようと大きいのが出てきます」

「昨日より今日のが大きかったもんねー」

「だから、だからなんですけど」

「だから?」

「だからー?」


 優紀は大きく深呼吸して、思い詰めた表情でその提案を口にした。


「三人って、どうでしょうか」

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