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第1部 その1「コスプレ趣味とか?」

 ここは城際山西しろぎわやまにし高校。大都市とそのベッドタウンの中間にある、ほどほどに栄えた場所にある学校だ。

 ショッピングセンターが併設された城際山駅から西に十五分ほど歩くと見えてくる。偏差値が特別良くも悪くもない、生徒数七百人程度の平凡な学校だ。

 そんな小さな世界で、少年少女は青春時代を謳歌しようとしている。


 高校二年になって既に一か月半。春から初夏に向けて季節は動いていた。

 風が爽やかな放課後の一時、佐久間さくま 優紀ゆうきは大変なミスを犯してしまった。


「……佐久間さん?」

「……浅香くん」


 本校舎四階の端にある資料室。めったに人が来ないこの部屋は、所狭しと書棚が並ぶ。資料室とは名ばかりの、事実上の倉庫となっていた。優紀はほとんど人の出入りがないこの場所を、いつも着替えに利用していた。

 まだ着替え始めるところで、その瞬間を見られたわけではない。それはいい。

 そんなことよりも問題なのは、制服に着替える前を見られたことだ。


 全身を包む真っ黒でピチピチのインナーに、身体の各所を守るように配置された蛍光色のアーマー。髪は普段のショートボブではなく、ロングのツインテール。しかも銀髪。

 さらに、事実上守られていないが校則で禁止されているメイクもばっちり。これは素顔を隠す目的も兼ねている。

 しかも、そんな努力の甲斐もなく、陽壱には見破られてしまった。


 見られてしまった。

 これは非常にまずい。


「あ、ああー、ごめん、出るね」

「う、うん、こっちこそ」


 陽壱は慌てて資料室から出て行った。きっと先生に頼まれて何かを取りに来たんだろう。放課後にも人の手伝いをする。彼らしいと言えば彼らしい。


 優紀にとって、浅香 陽壱は少し特別な存在だった。

 入学当時、同じ中学校の友達がいなく孤立していた優紀に、彼は気軽に声をかけてくれた。陽壱の周りには自然と人が集まっていて、その中にいれば優紀は孤独を感じなかった。

 そんな優しく懐の深い陽壱のことを、きっと好きなんだと思う。ただ、彼には好きな人がいるという噂も聞いていたので、それ以上踏み込むことはしなかった。きっと自分では敵わないし、迷惑だから。

 

 二年に進級した優紀は、陽壱と別のクラスになってしまう。本来の引っ込み思案な性格から、新しいクラスに若干馴染めなかった。そのまま一カ月と少し過ぎ、相変わらず輪の中に入れずに少々孤立していた。

 時々『こんな時に浅香くんがいれば』などと都合のいいことを考えてしまう自分に、自己嫌悪をしたこともある。


 だからこそ優紀は、この事実を陽壱に知られることは避けたかった。もちろん、陽壱以外にもだが。


(なんとかして、ごまかさなきゃ)


 まずは制服に着替えよう。

 優紀は手首にあるスイッチを押した。


『change clothes』


 小さな機械音声が聞こえる。


「制服に」

『all right』


 優紀の体は淡い緑色の光に包まれる。五秒ほど経過したところで光は消えた。

 そこにはセーラー服にメガネ姿の優紀が立っていた。ショートボブというよりはおかっぱと表現した方がしっくりくる黒髪に、長身を隠すための猫背。普段の学校での姿だ。


 優紀自身は、全くの無自覚だがかなりの美少女だ。美女という表現が適切かもしれない。日本人にしては深い掘りに切れ長の瞳。厚めの唇は色っぽさすら感じさせた。女性としては長身であることや、メリハリのきいたスタイルもその魅力を際立たせる。


 が、実際にはそんなことはなかった。

 本人はその大人しい性格から、長身な自分を恥ずかしいと思っていた。長い前髪と猫背で自身の顔を隠すのも、その自信のなさからだ。


 そういったことの副産物として、今まではあの格好でも正体がバレたことはなかった。

 陽壱に見破られて少し嬉しいと思う自分を、優紀は無理に押し込めた。

 そんなことよりも大事なことがある。


 なんとか誤魔化さなければ。

 自分が地球防衛隊の一員であることを。


「よし」


 息を整え、資料室のドアを開ける。まずは陽壱を探さねば。


「やぁ、佐久間さん」

「うわっ」


 ドアの横には陽壱が立っていた。

 優紀は思わず声を上げた。

 まさか、先ほどの格好を問い詰められるのではないか。優紀の心臓は激しく脈をうった。


 地球防衛隊の規約にはこうある。

【現地住民に正体が発覚した場合の手引き(日本語訳)】

 手段い:該当記憶の抹消

 手段ろ:現地協力員として登用

 手段は:殺処分


 《は》は論外だとして、《い》も《ろ》も問題がある。

 記憶の消去はかなりアバウトで、人によっては十年くらいの記憶が飛んでしまった例もある。

 登用も、こんな危険な仕事を同級生、ましてや憧れの男子に押し付けるわけにはいかない。それに、あの姿をまじまじと見られるのは恥ずかしすぎる。


 幸い、まだ現場を見られたわけじゃないので誤魔化しようもあるはずだ。

 例えばなんだろう。コスプレ趣味とか?

 無理がある。どうしようか。


 優紀の思考は一向に定まらなかった。


「佐久間さん」

「は、はい」


 陽壱の呼びかけに、優紀は声が裏返った返事をする。

 

「内緒にしとくから、大丈夫だよ」

「え?」

「コスプレすること」


 陽壱はいい奴だった。

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