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第3部 その7「私を振った罰だよ」

 陽壱も見たことのない格好をした美月は、普段よりもいっそう女の子らしくなっていた。

 あまりの可愛さに見惚れていると、シャツの袖を引っ張られる感覚に気付く。


「ほら、早速」


 小声で指摘する恭子は、少しむくれた様子だった。


「おはようございます。それ、やっぱり似合いますね」

「おはよう。深川さんのおかけだよ」


 どうやら、恭子の服装は美月が見繕ったようだ。

 彼女の言葉が真実なのであれば、二人はライバルのはずだ。陽壱は自分たちの関係がよくわからなくなってきた。


「おはよういちー」

「お、おはよう」

「ん? なんかついてる?」

「いや、なんでもないよ」


 今日の美月を直視するのは、なかなか苦労する。

 そもそも好きな相手なのだし、恭子からの情報もある。それで緊張しないわけがなかった。


「これ、どう? 昨日恭子先輩と買い物したんだよ。バイト代少し使っちゃった」

「……うん、似合う」

「へへー、よかった」


 ふにゃっと笑う顔はいつも見ているはずなのに、今日は特別に眩しく見えた。


「さあ、行こうか陽壱くん。両手に花だよ。それと、今日くらいは恭子と呼んでね」

「きょ、恭子さん」

「うん、とっても嬉しいよ」


 陽壱を間に挟み、右に恭子で左に美月という配置で歩き出す。

 右隣とは手の甲同士が少し触れるくらいの距離。

 そして、左隣の存在に対しては、妙にそわそわしてしまっている。

 陽壱は両側それぞれから、なんとも言えないむず痒さを感じていた。

 そうして、三人の歪なデートが始まった。


 季節柄、外は雨だ。出歩くのに不向きな天気なのは予想していた。

 事前に決めていたとおり、駅近くの商業ビル内にある映画館へと向かう。

 地下道で繋がっているため、濡れずに済むのがありがたい。

 美月が観たいと言っていた作品は、漫画が原作の実写版シリーズの完結編だ。恭子も興味があったらしく、満場一致で観に行くことに決定した。


「よういちなんて、最初はバカにしてたんですよー。漫画は実写にしたらだめだって言って」

「陽壱くんはこだわり派なんだね」

「でも、レンタルしたのを観たら手の平ひっくり返して、俺が間違ってたって」

「認めるところが可愛いね」


 話題は自分なのに、なぜか両隣で盛り上がっている。

 陽壱を挟む距離は、だんだんと狭くなっていた。


 映画館の席も同じ配置で座り、劇場が暗くなる。

 陽壱は少し居心地の悪さを感じて、肘掛けに手を置かずにいた。それは嫌な気分なのではなく、気恥ずかしさからくるものなのは充分に自覚している。


「陽壱くん、これはデートだよ」


 闇に紛れて、恭子が耳元でささやく。くすぐるような吐息に、陽壱の体は震えた。

 膝の上に置いていた右腕を掴まれ、肘掛けに置かれる。その上から、細い指が重ねられた。

 少し冷たいすべすべした感触は、陽壱の思考を停止させた。本編上映前に流れる予告編の内容は、全く頭に入らなかった。


 予告編が終わった頃、慌てたような動きで左手も肘掛けに乗せられた。そこには既に美月の右手が乗っていて、陽壱の手が重なる形になる。

 右側と違い、柔らかく温かい。ささやかに握られるその手を、同じくらいの力で握り返した。


 そのままの体勢で映画は進み、ちゃんと観て内容も理解できたのだが『すべすべしてて、柔らかかった』という感想しか出てこない結果になった。


 その後は、フードコートで昼食をとったり、ビル内の小物店を眺めたり、楽しくも部分的に緊張する時間が過ぎていった。

 雨雲に隠れた日が落ちかけた頃、いつものお洒落なコーヒーチェーンに入る。ここでお茶をしたら、そろそろ解散になるような時間だ。


「深川さん、悪いんだけど、陽壱くんと二人で話させてもらえないかな」

「いいですよ。あっちで待ってますね」


 恭子の頼みに何かを察したのか、美月は二人が見えない場所まで移動していった。

 陽壱の向かいに座った恭子は、飲み物を口に含む。陽壱と同じ、スパイス入りのミルクティーだ。


「今日はありがとう。とても楽しかったよ。夢のようだった」


 優しくはにかむような表情は、陽壱の知る恭子とは違って見えた。それは、生徒会の副会長であり学校の先輩という肩書ではなく、ひとりの恋する少女だった。


「こちらこそ、楽しかったです」


 口から出た言葉は、お世辞でも社交辞令でもなく、本心だ。


「今日の目的を覚えているかい?」

「はい」


 前置きを少なく、すぐに本題に入るところは恭子そのものだった。陽壱は少しだけ安心した。

 ただ、次にくる言葉を考えると胸が痛む。


「じゃあ、答えは出たかな?」


 無理をしていつもの口調でいるのがわかった。

 勘の弱い陽壱でもわかるほど、その瞳は不安を隠せていない。


「恭子さんは魅力的です。人としても、異性としても。今日、それを改めて感じました。でも、やっぱり」

「“美月が好き”でしょ?」

「はい」


 恭子はカップの中身を一気に飲み干した。


「実は少し脈あるかもって思ってたんだよ。普段しないような格好までしてさ。でも、ここまではっきり言われると諦めるしかないや」


 恭子は袖で目を擦る。


「わかった。これ以上好きな男の子を困らせはしないよ」


 陽壱はかける言葉が見当たらず、黙って話を聞くしかなかった。


「ただし、条件が二つある」

「条件?」


 目頭を押さえながら、反対の手で指を二本立てる。

 意地でも涙は見せないつもりのようだ。


「ひとつは、浅香くんから深川さんに告白すること。すぐじゃなくていい。君のタイミングで」

「はい」


 予想はしていたが、時間の猶予があるのは意外だった。

 呼び名を戻したことも含み、恭子なりの気遣いなんだと思う。


「もうひとつは?」

「浅香くん、次の生徒会長に立候補しな」

「え?」


 それはまったくの予想外だった。驚いて間抜けな声を上げてしまう。


「浅香くんは人の中心になるべきだと思う。私の恋人になるなら、独占したいから別だったけどね」

「人の中心?」

「そう。君にはその能力がある。能力があるのに正しく使わないのは、ずるいことにも感じられるよ。それに、深川さんが副会長をやれば、四六時中一緒にいる違和感が消滅する」


 周りから『人たらし』とか『また浅香か』などと言われていることは知っている。だが、ずるいと言われたのは初めてだった。

 さらに、最後の言葉には惹かれるものがある。


「ひとつめは、いつになるかわからないけど、約束します。ただ、ふたつめは考えさせてください」

「いいよ。存分に悩んでおくれ。私を振った罰だよ」


 恭子は先程とは違い、晴れやかで儚い笑顔を浮かべた。


「私の言いたいことは終わり。深川さんと変わってくれるかい? 今のこと全部伝えるから」

「えぇ……」

「そりゃそうさ、それこそ私が卑怯者になってしまう」


 コロコロ表情を変える先輩は、いたずらっぽく笑った。

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