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44 スキル『デバッグ』とは

 炎が掻き消え、一瞬でアモンの後ろまで斬り抜けたドットと、圧倒的な剣圧によって両断されたアモンの上半身は宙を舞い、力無くドサリと地面に落ちる音を立てた。


「いいねぇ……。出来りゃあもう少しだけ……お前と……」


 こと切れたアモンの顔はとても満足気だった。

 魔に身を窶した魔族も魔物と同様、その肉体が残る事は無い。

 アモンを間違いなく倒した事を示すように、その肉体が塵となって宙へ消えてゆく。

 人類を脅かす最大の脅威の一つを討ち滅ぼしたはずだったが、ドットの表情はとても暗いものだった。


「やはり、魔竜リンドヴルムにバグを引き起こしても『EventID:0000130405』の呼び出しを防ぐ事は出来なかったか……」


 ドットの背後からあまり聞きなれない女性の声が聞こえ、慌ててドットがそちらへ振り返るとそこにはずっと探し求めていた全身を黒のローブで包んだ、あの魔導師の姿があった。


「お前は!?」

「ドット。少し話をしよう。リンドヴルムが倒された以上、最早私がドットに抗う術は無い。お前が私に触れでもすればこの世界の終焉は免れ得なくなる。だから私の知りえる情報を全て話そう」

「魔王に与する者が何を!!」

「これは命乞いではない。ただこの世界の終焉を少しでも先延ばしにしたいだけだ。もし私の話を聞いてくれるのならば、『SceneTest』の『EventID:0000139999』を呼び出せ。私はそこで待っている」

「何……を……!?」


 目の前でそう言い放った黒衣の魔導師にドットは喰って掛かろうとしていたが、瞬きすらした覚えがないのにも拘わらず、次の瞬間にはそこに黒衣の魔導師の姿は無かった。

 それどころか先程まで廃墟と化したガット城に居たはずだったのに、そこには平穏無事なガット城の様子が広がっており、周囲の兵士達はドットが急に大声を出した事に驚いているような様子を浮かべている。


「ドット様!? どうされましたか?」

「え!? ど、どういうことだ……!? レイン百騎長は父上と共に魔王城へ進軍していたはずでは……?」

「ドット様もご冗談が過ぎます。いくら御父上と私の腕を見込んでいただいているとはいえど、我々だけで本拠地まで攻め入るのはまだまだ厳しいですよ。せめてもう少し周囲の魔物の発生を抑えられるように日々精進させていただいております」


 そう言ってドットに話しかけてきたレイン隊長はドットの言葉を冗談と受け取ったのか、笑いながらそう答えた。

 城内は何処もここも先程までの緊張感は無く、身体を休めるために寛いでいる兵士しかいない。

 急いで城の外へと出たが、そちらも前線基地故の緊張感こそはあれど、リンドヴルムと呼ばれたあのドラゴンが接近してきているような様子もなかった。


「すまない。今日は何日だ?」

「火の月の八日ですね。御父上ならば今日はノウマッド領にお戻りになられているかと」

「……そうか。助かる。私もノウマッド領に戻る。引き続きガットの守りを頼むぞ」

「お声掛け頂きありがとうございます。我々にお任せください」


 近くにいた兵士に状況を確認したが、そこで聞いた日付はドット達が作戦を決行した日よりもかなり前だった。


『時間すらも巻き戻っているというのか……? 確かナーガ討伐を終えた日だったはずだ。一旦ノードに向かってみよう』


 色々と疑問は残るが、現状を把握するためにドットは一度テレポートを使用してノードへと転移した。

 するとそこにはドットが予想していた通りナーガを倒した直後だったのか、ドットの姿を探すライオネッタ達の姿を見つけ、合流する事に成功した。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「するってーとあれか? その黒衣の魔導師と出会った途端、ドットだけはこの先に起きた事の記憶を持ったまま戻ってきた……と」

「世界の終焉というのも気になりますが……まさか黒衣の魔導師の方から場所……と呼べるかどうか疑問ですが、対話の場を指定してきたというのも不思議ですね」

「どう考えても罠でしょ!? 今までさんざん逃げ回ってた奴が接触してきた上にそのなんちゃらイベント? とかいう訳の分かんない場所を指定してくるなんておかしいわよ!!」

「でもその人優しかったよ? ドットと同じでワワムの事見ても信じてくれたもん!」


 その後、皆に事のあらましを話したが、やはり皆もドットと共に最終決戦に向かっていた記憶は残っておらず、ドットだけがその情報を知りえていたため喧々諤々としていた。

 マリアンヌの意見も一理あるが、既に二度直接対峙したドットからしても敵意や悪意のようなものは感じ取れなかった。


「どうするんだ? 大将。行くにしても行かないにしても黒衣の魔導師はお前の能力でないと行けないような場所を指定してきたんだろ?」

「……罠であったとしても行くしかないでしょう。全ての答えがそこにあるのにそれをみすみす見逃す手はありません」

「なら決定だ。今日はもうしっかり休んで敵の親玉との対峙に備えよう」


 ライオネッタが少々強引にそう言って意見を纏め、その日はしっかりと英気を養うためにしっかりと食事と睡眠を済ませた。

 来る翌日、ドットはステータス画面を開き黒衣の魔導師に教えられた方法を確かめる。


「成程……。この他の無数の謎の数字群の一つが切り替えられる項目の対象だったのか」


 能力名ではなく『DebugScreen』の能力によって現れた煩雑な文字の群れの内の一つが『StatusConfig』の能力同様に指で触れればその数値を変化させることができた。

 桁数などから推測し、対象となるであろう数値を全て指定された数値に合わせたため、後は能力名に触れるだけだ。


「……行くぞ!」


 ドットの声に合わせ、皆小さく頷いた。

 恐る恐る指を触れた瞬間、先日の黒衣の魔導師と会話した時のように即座に周囲の景色が変わった。


「ここは……何処だ?」

「魔王城の玉座の間だ。とはいえここには魔物も魔王も居ない」


 周囲を見回していたドット達から離れた位置、魔王の玉座と思しき巨大な椅子の前に黒衣の魔導師の姿があった。


「やっぱり罠だったわね!」

「いいえ。ここは謂わばハリボテの空間。魔王はおろか、私達以外には誰も存在しない空間」

「ならば閉じ込めるのが目的ですかね?」

「逆よ。今から私が話す内容はこの世界の理に反するようなもの。知ればその現実を無視できなくなる。だから貴方達だけを呼んだの」


 マリアンヌとアンドリューの言葉を聞いても黒衣の魔導師は決して語調を乱す事は無かった。

 ただ粛々と事実を話してゆく。

 そういった印象を受ける言葉遣いだった。

 黒衣の魔導師の様子を見て、ドットの方が先に動き、臨戦態勢のライオネッタやマリアンヌに武器を収めさせた。


「教えてくれ。世界の終焉とはなんだ? 私に与えられたスキル『デバッグ』とはなんだ?」

「世界の終焉とは……この世界の完成。それは即ち、不要な情報の切り捨て。そしてドット、貴方に与えられたスキル『デバッグ』は間違いなく創造主から貴方への祝福よ」

「もう少し分かりやすく説明してもらえると助かるのだが……」

「分かっているわ。ただ、あまりにも突拍子の無い話だから貴方達には理解できない可能性が高い。だから少しずつその突拍子も無い話への理解度を深めていってほしいの」


 そう言って黒衣の魔導師は話を遮らないようにドット達に釘を刺し、静かに語り始めた。


――この世界は創造主により生み出された。

 人も、台地も、そして魔物という存在も。

 そして生み出された草木も家々も国や山や湖でさえも、創造主の考えによりあり方を変える。

 それは同様に人々や生物、魔物でさえもそうなる。

 全ては創造主の望む世界の為。


「そして……その過程で生まれる創造主の望む世界に不要と判断された者達も多く存在する。私はそんな存在の内の一人だった」


 そう言って黒衣の魔導師は自らのヴェールを取ると、そこには髪も、肌も、瞳さえもが灰色一色に染まった女性らしき人間の姿があった。


「私に名前は無い。『Witch04』というモデルだそうだ。お前達にも分かりやすく説明するならば……マリアンヌ、私はお前と同じドットの同行者の一人の案として生み出されたが、早い段階で不要だと判断された存在だ」

「不要って……」

「そういうものだ。この世界の全ては創造主の物だ。ドット、お前がこの世界の中心であり、世界はお前のためにある。その為に世界は形を得て、人々は生を与えられる。これは全て主人公(ドット)の為の世界であり、物語だ。その中で私は幸か不幸か、触れた物に『バグ』と呼ばれる異常性を与えてしまう力と共に……私は意識を手に入れてしまった」

「やはりあの異常の数々は……」

「そう、初めは私も事情が分からずにいくつか生み出してしまったが、それ以外にもこの世界(ゲーム)はまだ未完成が故にそこら中に沢山のバグがあった。だが、世界の大筋が決まった事でドット、お前にこの世界を完成(しゅうえん)へと導くための力である『バグを修正する能力』であるデバッグを与えられたという事だ」

「完成すると……世界はどうなるんだ?」

「大きくは何も起きない。創造主にとって本来あるべき姿に収まる。だが、私を含めワワム、アンドリュー、ライオネス、マリアンヌ。彼等や言葉を発する魔物は全てこの世界に不要な存在とみなされた。故に存在していたという事を覚えていられる者はただの一人もいない。それはドット、お前であったとしてもだ」


 黒衣の魔導師は確かに言葉を発しているのだが、その唇は微動だにしていない。

 彼女の言葉の信憑性を高めるには十分すぎるその様相に驚かされながらも、予想外の真実にドットは大きく目を見開きながらゆっくりと皆の方を見た。


「続けるぞ。今お前が世界の異変を認識できるのはまだ世界が未完成であること。そして、お前にデバッグのスキルは今、一時的に与えられている。完成した世界には不要なスキル故、お前のスキルも正しい物になるだろう。それが完成した世界で不要となった存在を誰も覚えていられない理由だ」


 そうして黒衣の魔導師は言葉を続けた。

 世界が完成へと向かっているのはドットのせいではなく創造主の意志であり、これを止められる者は既にこの世界にはもう存在せず、ドットが行動しようがしまいが世界は少しずつバグが修復され続けているということ……。

 この世界が完成しないためには何かしらの物や人にバグを与えれば、それが修正されるまでの間延命することができる。

 だがバグがあまりに多すぎたり、影響を与えすぎるものであれば世界そのものが崩壊したり、修復不可能と判断され、不要と判断されるという事実も判明した。

 世界の完成を引き伸ばすために生み出した四体の『混沌の魔獣』がその際たる例である。

 それから黒衣の魔導師はいくらか策を打った。

 デバッグが付与される以前の物語(イベント)を探し出して接触し、その場から動けなくなるバグを与えたが、ドットの行動を制限する事は出来ずデバッグを与えられた事でバグは解消された。

 そこで黒衣の魔導師は次の手として、本来の仲間から様々な理由で除外された者達を呼び覚まし、こちらも軽微なバグを与える事でドットと接触するようにしたのだ。


「つまりお前のせいで俺達は……!」

「いや、逆だ。ワワム、お前は人間以外の種族と魔族、これらの整合性の為に種族と共に封印された。アンドリューはどれだけ修正を加えられてもバグが頻発するため。ライオネス、お前は女性キャラクターの方が人気が出るだろうと別案だったライオネッタと差し替えられた。マリアンヌもアンドリューと同じだ。装備したアイテムが全て別のアイテムIDに変更されるため。……それぞれ皆そう言った理由で不要となってしまったようだ」

「ドット……」


 その言葉を聞いてワワムは少しだけ不安そうな表情を見せた。

 だが、それを遮るようにライオネッタが間に割って入った。


「ドット。判断を誤るな。たかだかここにいる四人のために世界を乱し続けてる黒衣の魔導師や混沌の魔獣をのさばらせるつもりか? 結局はあいつ自身が生き延びたいから世界を滅茶苦茶にしてるんだぞ?」

「……ライオネスの言う通りだ。だが、偶然であったとしても私はこの世界を知ってしまった。知るはずの無かった世界の美しさを知ってしまった。もう少しだけ世界の片隅で……ただ生きていたかった」

「私もライオネッタさんと同意見ですね。黒衣の魔導師も悪気が無かったとはいえ、私達が存在する限り、世界が私自身のように無自覚な異常性に晒され続けるのなら、それはとても大変な事です」

「あ~ぁ……アタシ本気で玉の輿狙ってたのよ? でも私のこの変な呪いだと思ってたのも、元からあったバグなんだって分かったら諦めも付いたわ」

「……ワワムは、もっとドットと……みんなと一緒に旅がしたい……」


 皆が口々にドットを説得する中、ワワムはそう本音を口にしながら、涙を溢していた。


「ワワムはね? 昔の事、村の事、思い出そうとしてもよく思い出せなかったの……。ずっとドット達の冒険が楽しすぎるせいだって思ってたの。でも……ワワムには家族も村も思い出も無いんだ……って分かったら……せめてドット達と一緒に冒険したって事は……忘れてほしくないの!」

「ワワム……」


 ドットの胸に飛び込み、声を殺して泣くワワムの頭をドットはただ優しく撫でた。

 誰も口にはしなかったが、皆の震える声と啜り泣く音が何もない静寂の空間に、虚しく響く。


「……やはり、こんな手を使うべきではなかった。私の願いはただ徒に悲しむ人を増やしただけだ。ドット。終わらせてくれ。この未完の世界に(ピリオド)を」


 黒衣の魔導師の表情には起伏が無い。

 だがそれでも、思い詰めた結果の言葉なのだという事は、痛いほどに理解できた。

 そして黒衣の魔導師はそっと右手をドットの前へと差し伸ばした。

 黒衣の魔導師に触れる事で、世界はあるべき姿に


「つまり……貴女が少しずつバグを生み出して、私がそれを少しずつ治せば……誰も傷つかずに皆で……もう少しだけ旅ができるのですよね?」


 ドットに少しずつ近付けていた手から、ドットは一歩退きながらそう言葉にした。


「どうやら私は……世界全体よりも身近な五人を失う事を捨て置けない……。駄目な治世者のようです」

「駄目だ。永遠に引き延ばせるわけではない。ただ悲しみが深くなってゆくだけだ。私の決心を揺らさないでくれ」

「だからですよ。貴女がいなければ私はアンドリューさんに出会って、スキルの謎を追うために帝都まで旅に出ようとは思えなかった。ワワムに出会って、魔族との関わり方について考える事は無かった。憧れのライオネスさんに声を掛けて、久し振りにあんなに感情的に色々と言った気がするし、貴女の姿を探してマリアンヌと出会えたから、彼女の悩みを解決できたし、旅が終わった後の事も少しだけ考える事が出来た。そして……貴女が心を持って、世界に生きたいと訴えてくれたから……私は初めて、自分の意志で自由に旅が出来た。私にとってもこの旅は、とても、とても価値のある旅だったんです」

「生きていて……いいのか……?」


 表情は変わらなくても、その声は震えていた。


「だーっ!! もう! 大将が決めた事だ。だったらこれでいいんだよ! ったく……だったら俺の見た目も元の男前にしてくれってんだよ!」

「分からないですよ? 修復までに長い時間が掛かれば、もしかすると創造主様が修復してくださるかもしれませんか?」

「ならアタシもこの不便なバグ治してもらいたい! ついでに玉の輿に乗りたい!」

「ワワムはもっとみんなと一緒に旅ができるならなんでもいいよ!」

「みんな……そういう事です。私も貴女も、今はもう同じ秘密を共有する仲間って事です」

「仲間……私がか?」

「あ! それなら名前! いつまでも黒衣の魔導師じゃ素っ気無いでしょ?」

「い、いや。私に名前は」

「グレイってどう? 覚えやすいし」

「安直すぎやしねぇか?」


 困惑する黒衣の魔導師を他所に、ドット達は皆で彼女にグレイという名を与え、暫く話し込んでいた。

 しかし、暫くもしない内にグレイの足元から黒い雷が少しずつ湧き昇り始める。


「……どうやら限界のようだ。ドット、すまないが後でこのバグを修復しておいてくれ」


 そう言うとグレイはその場から立ち上がり、ドット達の輪から少し離れた。

 彼女のバグを生み出してしまう能力は触れるだけではなく、一所に留まり続けるだけでも引き起こしてしまう。

 故にずっと同じ場所に居続ける事は出来ない。


「もし、危険なバグが生まれてしまったら教えてください。私が必ず修復しますので」


 グレイは誰かと共に生きてゆく事は出来ない。


「お互いに達者でな。もし俺の見た目を元に戻せるバグでも見つかったら教えてくれや」


 ドットに触れる可能性や他の人や物に触れる可能性がある以上、仲間であっても近くにいない方がお互いの為になる。


「もしよければ今度は未実装になる予定の魔物を教えてください。知らないお話を聞けるのはやはり楽しいですから」


 これから先、世界が完成を迎えるその日まで、穏やかにその終わりゆく世界を楽しむのだろう。


「私も! もっと女子トークしたい! ワワムちゃんってその辺りの感性が違うからあんまり盛り上がれないのよねぇ」


 バグが増えすぎないように、そして減りすぎないように、未完成な世界で彼等は創造主にほんの少しの反抗をする。


「じゃあねー! グレイー! また遊ぼうね!」


 皆の言葉を聞き終えると、グレイは深く深く頭を下げて、忽然と姿を消した。

 そして床から広がり続けるバグにドットが触れると、それはこれまでのように霧散した。


「さて……。私達は何処に行きましょうか?」





「「「「どこでも!!」」」」





 彼等の誰も知らない旅は、まだ続く。


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