35 黒衣の魔導師再び
解析魔法を使ったのは周囲の敵をおびき寄せ、短期決戦に持ち込むという目的もあったが、同時にある程度の敵を殲滅すれば自ずと"他の魔物と違う動きをする"敵の存在も炙り出しやすくなる。
魔物の目的は人間の排除が最優先であるため、人間の存在に気が付けば基本的に積極的に戦闘を仕掛けてくる。
裏を返せばこちらの位置をなんとなく理解しながら攻撃を仕掛けてこない敵というのは、特殊な魔物か魔物以外の敵対的な存在意外にあり得ない。
「追いかけて行き止まりまで追い詰める! ナビゲートは頼んだぞ!」
「お腹空いた~」
「あともう少しの辛抱だ! 後で好きなだけ食え!」
幸い場所は廃坑。
追い詰めるための行き止まりは数多く存在するため、アンドリューの情報を基に環状になっていない道へと追い込んでゆく。
「この先が行き止まりですね。……そしてずっと逃げ回っていた敵の反応がこの先にあります」
「てことはやっと黒衣の魔導師様と初のご対面ってわけだな。よし、一旦ドットを起こしてくる。敵に動きが無いか見張っててくれ」
そう言ってアンドリューの身体に縛り付けていたドットを開放し、付近にもう黒衣の魔導師以外の敵が存在しないことを確認してからその場から少し離れる。
索敵範囲内に検知可能な敵の存在が記されなくなった事で、解析魔法の効果でドットを敵視する存在も居なくなるとドットはすぐに意識を取り戻した。
「皆さんご無事ですか!?」
「ちょいと疲れちゃいるが全員無事だ。後は黒衣の魔導師を叩きのめすだけって所だな」
「分かりました。申し訳ないですが後はいつも通りワワムに自分を縛り付けてください」
そう言ってドットはナイフを取り出すと、少しだけその切先を見つめた。
『今追い詰めているのが本当にあの黒衣の魔導師である可能性は正直なところ薄い。だとしても、僅かでも動きがあったのなら……私の憶測は現実のものとなる。もしそうなのだとしたら……黒衣の魔導師の真の目的は一体何なのか。それを知る切欠になりえるのだろうか……?』
「ナイフなんて見つめてどうした? 俺達もあんまり余裕が無いんだ。さっさと終わらせるぞ」
「え? あぁ……。すみません。お願いします」
まだこの旅には多くの謎が残されている。
黒衣の魔導師の正体に始まり、ドットの正体不明のユニークスキル、ライオネッタ達ドットのパーティに加わっている一行の身や世界各地で少数ながら目撃されている異常事態の数々。
全てとまではいかなくても、その謎の一端に触れる事ができればドット自身のスキルや一行の身に起きた異常を解く鍵になるかもしれない。
少しだけそんな希望を乗せながら、ドットはまたナイフを当てるという事に意識を集中させてライオネッタに運ばれ、皆に合流した。
「動きはどうだ?」
「不気味なぐらいないわね……。追い詰められてるのが分かっているのならなりふり構わずにかかってきそうなものだけれど……」
「勝機があると踏んでいるか、こちらに隙が生まれるのを待っているか……どちらにしろただの魔物とはわけが違いそうだ。いつでも攻撃できるように警戒しときな。ワワム、ドットを担いでくれ」
「分かったー!」
ワワムがそう言って暗い洞窟の先から意識を外したほんの一瞬の隙だった。
暗闇から黒い影が飛び出し、アンドリューの少し上辺りで照らしていた光源魔法を跳び越すように逃げ出したのだ。
『しまった!? 奴が警戒していたのはワワムだったのか!』
その速度は暗闇を飛び回っていたワワムの速度に匹敵し、とてもではないが薄暗い中を黒い敵が動き回られると人間の目では捉えるのは困難である。
「バインド!!」
だがその逃亡を警戒していたマリアンヌは目ではなく、魔力で敵の位置を捉えていたため惑わされる事なく正確に拘束魔法を発動した。
「ディスペル」
「嘘でしょ!?」
しかし黒衣の魔導師もすぐさまマリアンヌの魔法に対応し、魔法陣から伸びる無数の魔力の鎖がその身体に触れる前に全て崩れ去る。
本来拘束魔法も解呪魔法も詠唱にもっと時間のかかる魔法であるため、熟達したマリアンヌの魔法と同レベルの魔法使いである上に、マリアンヌがその魔法を使ってくるという事を予め想定して行動したという事であるため、相手はただ追い詰められて苦し紛れに一瞬の隙を突いて飛び出したというわけではないという事だ。
「聖なる輝き!!」
だが警戒していたのは何もワワムやマリアンヌだけではない。
攻撃可能な存在の隙を突いて飛び出し、見事に出し抜いたと思っていたのだろう。
アンドリューの眩い閃光が辺りを真昼間のように照らし出し、警戒していなかった黒衣の魔導師はその光をもろに受け、地面へと墜落した。
「アンドリュー! お前なら今敵の状況が見えているな!?」
「はい! 動けます!」
「防壁魔法を奴の上にかけろ!! 絶対に逃がすな!!」
全員が突然の閃光で動けない中、ライオネッタはすぐにアンドリューにそう指示を出した。
聖なる加護である防壁魔法は解呪魔法では解除する事ができないため、ライオネッタの判断は今取れる最良の判断だっただろう。
すぐにアンドリューもその意図を理解し、地面で悶える黒衣の魔導師のほぼ真上に防壁魔法を発動し、立ち上がれないように光の壁を生み出した。
「ワワム! 見えるようになったらすぐにドットを背負ってこっちに来い!」
そう言ってライオネッタが真っ先に動き出し、同じように混乱が解けた黒衣の魔導師が防壁魔法の下から抜け出そうとしているところをすぐに盾で押さえつけ、今度こそ完全に身動きを封じた。
「今度こそ初めましてだな!! よくもこの俺を女騎士と入れ替えやがったなこん畜生が!!」
「バ、バインド……!」
押さえつけられたまま黒衣の魔導師は今度はマリアンヌと同じ拘束魔法を唱えてきた。
しかしその魔力の鎖はライオネッタの身体に触れると同時に全て弾かれるように空中で霧散してゆく。
「んなもん予測済みだ! 拘束も含めた妨害は今の俺には効かん! もう一度指先でも動かしてみろ! 次は首を刎ねる」
逃げ出した時点で反撃を予測していたライオネッタは自らに妨害耐性を予め唱えて反撃に備えていた。
そのまま背中を盾で押さえつけ、自らの剣を黒衣の魔導師の首元に当てる事で最後の勧告を行うと、黒衣の魔導師は激しく身体を動かして抵抗する。
恐らく抵抗してもライオネッタが手を下せないであろうとの考えの元だったが、抵抗を見てすぐにライオネッタは刃先を首に当てて斬り付けたが、まるで霞でも斬ったかのようにその身体には傷一つ付いていない。
『予想はしてたが、混沌の魔獣共はドット以外からは一切攻撃を受け付けないわけか……! だったら!』
「ちょ、ちょっと!? 何やってるの!? 殺したらそいつの正体も何も分からないでしょ!?」
「死なないからこうしたんだよ。混沌の魔獣が今まで誰にも倒せなかった本当の理由はどうやらこの不死性の方らしいな」
逃がすぐらいならとライオネッタは致命傷を与えて相手の選択肢を断つつもりだったが、一切攻撃が効いていないのを見てライオネッタは迷わずその喉元を貫いて、自らの剣を地面まで突き刺して魔法の詠唱と身動きの両方を封じ込めた。
そうしてワワムの回復と共に黒衣の魔導師にドットの刃先を当てて黒衣の魔導師の混沌の力を解除したが、そこにいたのは黒衣の魔導師などではなく、魔導師のような装飾に身を包んだゴブリンの姿だった。
「なんだ? 随分と偉そうなゴブリンだな」
「偉そう、ではない……私は本来崇高なるゴブリンの教祖だったのだ……」
混沌の力を失った事でそのゴブリンは遂に観念したのか抵抗を止め、大人しく拘束されたが、ライオネッタの言葉に対して反論してきた。
だがそれだけでドット達を驚愕させるには十分すぎた。
「魔物が……喋った……!?」
「ということは、このゴブリンは魔族……」
「いいや。私はれっきとしたゴブリンだ。貴様ら数が多いだけの矮小な生物と我ら魔物を同一視して考えてもらっては困る」
ドット達にとって最も衝撃的だったのはそのゴブリンが自らをただの魔物と称しながら、"言葉を発した"という事実にだった。
魔物は生物を模倣しているだけの存在であるという考えに至った最大の理由は、例外なく魔物は言語を使える程知能が発達しないからというところにあった。
言葉を発する……つまり人間が使っている言語と同様の声を発する事が出来るのは、人間から魔に堕ちた存在である魔族のみとされていた。
「そんな魔物文献でも見た事がありません。ただ声を真似ているのか、幻覚魔法でも使っているとしか……」
「お前達の言う『文献』に載っていないのは当然だ。お互いそうだろう?」
「お互い……という事は、やはりお前は……いや、お前にその混沌の力を与えた黒衣の魔導師は、私のこのスキルの事について知っているのだな?」
「今すぐ話せ。洗いざらいだ。黒衣の魔導師に関する事だけじゃない。お前が知っている事を全てだ!」
ドットの言葉を制するようにライオネッタが自らの剣先をゴブリンの額に向けたが、先程躊躇無く刺された事も意に介さないとでも言うように、一つ鼻で笑って見せただけで答える気は無かった。
「お前達が黒衣の魔導師と呼ぶ奴はただ私に言伝を頼んだだけだ……。初めから私がお前達に敵わないと分かっていた上でな……何とも腹の立つことだ」
「答えろ!!」
「私が答えるのはただ一つ。『これ以上混沌の魔獣に関わるな』それが黒衣の魔導師に関する事で私が伝える唯一の情報だ。気が済んだのなら殺せ」
その言葉を聞くとライオネッタは怒りで歯を鳴らしながら、そのゴブリンの首を刎ねた。




