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29 ワワムと故郷

 王宮への呼び出しの後、改めてドットがスライムを倒した事によって獲得した新たな能力を確認したが、《FPSViewed:Enable》という項目は増えているものの、肝心のその能力はよく分からずじまいとなっていた。

 これまでの感覚からしてパッとその効力が分からないものは良い影響も悪い影響も及ぼさない、と結論付けていたためドットは新たな能力に関してはそれ以上深くは考えない事にした。

 本題は残りの二体、『見えざる鋏の大蠍』と『絶対零度の蛇人』のどちらへ挑むかだが、かなり悩んでいた。

 この二体に関しては現れた時期自体が最も遅いというのもあるが、同時に脅威度の高さから多くの者が挑み、そして多くの者が命を落としていった強大な魔物であったからだ。

 それは偏に単純な魔物としての戦闘能力の高さと、混沌の力との嚙み合いの良さを意味している気がしてならなかった。

 ガルーダとスライムを討伐した今だからこそ、ドットはその混沌の魔獣と呼ばれる魔物達の真の恐ろしさを理解していた。

 ガルーダはまだしもスライムですら『自分の混沌の力を理解し、それを最大限活かせるように戦っている』という事だ。

 普通の魔物と違い、明らかにそれを理解できるだけの高い知能を有しており、その上で有利な戦場から動かない。

 わざわざ敵の得意な戦場にこちらから赴かなければならないというのは絶対的な愚策だが、混沌の魔獣が支配する土地はその全てが帝都へと続く重要な街道や村である。

 西方に続く大きな鉱山は魔石の主要産地であるマテリア山脈があり、東方にはドットの住むノウマッド領とその先に魔王城、そこから高い霊峰を挟んで北東には良質な木材と貴重な植物類が自生する豊かな森であり、ワワムの故郷でもあるミッドランド大森林が広がっている。

 どちらの魔物も通常個体の時点で群れを形成する知能の高さを有しているため、苦戦になる事は必至。

 だが、同種個体で群れを形成するナーガよりも一番強い個体が群れを率いるキングスコーピオンの方が多少はましだろう、という結論に至った。

 また本来はキングスコーピオンもナーガも帝都からかなり離れた場所にある砂漠地帯を生息域とする魔物であり、既に既存の個体と全く違う場所を活動拠点としているため、前回までのように事前に通常個体を相手に戦略を立てるといった手法を取る事が難しい。


「事前情報もほぼ無し、魔物対策も難しい……。いよいよもってライオネッタさんが言うように戦いの中で見極めていくしかなさそうですね……」

「まあその点は安心しな。そのために俺とアンドリューがいる。俺が敵を引きつけてアンドリューが皆を守り、マリアンヌが攻撃で敵の動きを封じてお前を担いだワワムが隙を突く。この先例えどれだけ敵が変わろうとこの基本戦術に変わりはない」

「守りに関してはお任せください。<br>それにいざという時は治癒や攻撃も行えるのが<br>神聖魔法の最大の強みですからね」

「なんか妙に息継ぎせずに一息で全部言おうとしてない? 気のせいかしら?」

「多分またおかしくなってますね……」


 混沌の魔獣との闘いの前後ではドットは意識してアンドリューに触れる様にしていたが、それでも定期的にアンドリューは今でも定期的に何かしらおかしくなっている。

 最早いつもの光景となったドットとアンドリューのやり取りを見届けてから、今一度マリアンヌが話し出す。


「じゃあ改めて、サンドスコーピオンの方なら私は戦ったことがあるから多少なら知識があるわ。とはいえ本来砂漠にいる魔物はほぼ全てが高温化で低温の攻撃をされると弱いって具合だから砂漠以外でもそうなのかは微妙なところね……」

「その辺りも要警戒ですね。即実戦となる以上、一度で確実に倒しきるのではなく何度か撤退し、対策を練るのも重要そうですね。申し訳ないですがその時はライオネッタさんに判断を任せます」

「どうせこれまでも殆どぶっつけ本番だったんだ。なるようにしてみせらぁ!」


 そうして今回は混沌の魔獣以外の依頼を受注せず、まっすぐにミッドランド大森林の前に存在したリプレ村へと向かった。

 存在した、というのは前回ガルーダが村を陣取っていたように、『見えざる鋏の大蠍』が今はその村の跡地を占拠しているためだ。

 元は様々な建物の木材となる木の切り出しと加工、そして貴重な薬草を作った万病に効くと言われる万能薬や様々な効能の薬品類の主な生産地でもあったため、冒険者の消耗品の高騰と不足や魔物や自然被害によって倒壊した橋や建物の復旧が長引いていた。


「そういえばドット。一度ノウマッド領には戻らなくていいのか?」

「ええ。まだ私自身が戦える状態ではない以上、大手を振って帰還できる状態ではありませんので。城の皆や領民を安心させるためにも私のステータスが元に戻るまでは戻るわけにはいきません」

「そういえばワワムちゃんの故郷は今向かっているその少し先なんでしょ? ワワムちゃんは家族に無事を伝えなくていいの?」

「大丈夫! だって内緒で出てきたからね!」

「おいおい……それは大丈夫ではねぇだろ」

「そうですねぇ……どうせ向かう場所も同じですし、せめてご家族には事情を説明しておきましょう」

「ダメだよ! 村の掟があるから獣人(ガルー)以外は多分攻撃されちゃうと思う」

「えらく物騒ね……。ワワムちゃんが説得する事とかって難しいの?」

「ワワムの友達、って言っても聞いてくれないと思う……。みんな人間が嫌いだから……」


 そう言うといつも元気が歩いているようなワワムの耳が垂れ、とても悲しそうな表情を見せた。


「……そうだな。私もあまりワワムの事情は詮索しないようにしていたが、思ったよりも根が深そうだ。解決できることならば解決したい。もう少し進んだら宿があるからそこで改めてワワムや獣人(ガルー)族の事について、しっかりと話そう」


 落ち込んだワワムの頭をドットが優しく撫でると、少しだけワワムは元気を取り戻したように見えた。

 それから歩くこと一時間ほど、ミッドランド大森林へと向かう途中にある冒険者愛用の宿屋へと辿り着いた。

 ホール内はミッドランド大森林へと向かう冒険者が数多く存在し、大森林での探索に備えて英気を養う者達でとても活気がある。

 森の中に出てくる魔物はどれも強く、それでいて森林という場を活用した三次元的な戦闘を得意とする魔物や擬態や罠、毒等でこちらの集中力が落ちた所を狙ってくる癖のある魔物等も多く潜んでいる。

 故に揃っている冒険者はベテランも多く、情報交換の場としても盛んである。

 本来はそこで『見えざる鋏の大蠍』の情報を少しでも集める事が目的だったが、ワワムの事情を聞く事を優先した。

 未だ謎多き少女、ワワムは狼獣人(ルゥ・ガルー)族と呼ばれる小さな部族の出身だと語った。


「改めて聞くけれど、獣人(ガルー)族とはどういう存在なんだ?」

「昔族長に教えてもらったんだけれど、獣人(ガルー)は遠い昔に人間と仲が良かった種族なんだって」

「私の知る限りではそのような文献は無いですね……ワワムさん、詳しくその昔話を教えてもらう事は出来ますか?」

「えっとね……。『遥か昔、(ガレア)慧者(ヒュール)、生き残りを懸けて争いたり。永き戦いは徒に命奪い、ただ滅びを齎したり。最中、(ガレア)慧者(ヒュール)の勇者、手を取り生きるべし、さなくば滅びる他無しと唱え、皆を導きたもう。之、我ら獣人(ガルー)の根源なり。恐れるなかれ、争うなかれ』だったかな?」

「急に小難しい話をよくもまあすらすらと……」

「小さい時からずっと族長に聞かされてた昔話だからもう耳に残っちゃってるんだよね」


 そう言うと呆れているのか感心しているのかどちらとも取れる言葉を投げかけたライオネッタにワワムは苦笑いしながらそう返した。


「……初めて聞く単語が存在するので不正確かもしれませんが、恐らくはその獣人(ガルー)族の神話のような伝承かと。正直伝承や古文書の解読が趣味の人間としては是非ともそのお話を現地の人に聞かせてもらいたいですね」

「でも変じゃない? ミッドランド大森林ってよく冒険者も立ち入ってる森だけれどそんな魔族みたいな種族? が生活しているなんて噂、ただの一度も聞いた事がないわよ?」

「確かに変な話だな。俺も長く冒険しててミッドランド大森林にも何度も行ったし、魔族絡みの依頼も請け負った事があるが、ワワム以外に友好的な魔族なんてのも見た事も聞いた事もない。部族が存在するってんなら噂になってなきゃおかしい規模だ」

「これも昔話だけど……魔王ってのが現れて、それまで仲良くしてたのに人間に攻撃されるようになったから絶対に人間とは関わっちゃダメ、って言われたんだよね」

「なのにその言いつけを守らなかったのか……」

「そう。だから多分、皆を連れて行くのは無理だと思う」


 そう言ってワワムはまたしょんぼりと気分を落としていった。

 口には出さなかったが、それはつまり故郷を捨ててでも外の世界を知りたかったという事になる。

 皆が想像していたよりも重たい覚悟の上で冒険へ出たのだと分かった事で、誰から言い出すでもなくその日はワワムにたらふく美味しいものを食べさせてあげる事にした。


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