〜0日目〜
みなさま初めまして。
このお話は私が以前リリースしたゲームアプリであるミミのお店屋さんを小説として再構成したものになります。
原作であるゲームは1日目から始まっていますので、ここではその前の段階となる0日目から書いていこうと思っています。
しっかりと書くのは初めてで拙い文章ではありますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
「ちょと待ってマスター!つまり私に冒険者ギルドの長をやれと!?」
長きに渡る冒険から帰ってきたばかりの獣人族のミミを部屋に呼び付け、ギルドマスターは気遣うどころか無慈悲な要請を持ちかけてくる。
冒険者ギルドは現在世界中に十一の支部があるが、特にこの本部は人使いが粗い事で有名だ。
あまりの理不尽さにミミの頭にある大きな猫耳がシャキっと天を向き、目も丸くなっている。
外観は普通の人間とさしたる相違もないが、感情の表現が素直に耳や顔に出てしまうのは獣人族の特徴の一つであり、時折出てくる口の悪さはミミの特徴の一つだ。
思い掛けず出てしまった大声は執務室の外にまで響き渡り、廊下にいた冒険者たちが中の様子を探ろうと扉の前で聞き耳を立て始める。
まるで周囲の様子も含めこのような反応が返ってくる事を予見していたかのようにマスターは淡々と話を続けた。
「ああそうだ。ミミにはギルド長になってもらう。当然だがこの本部ではないぞ?新しく設立する支部の…それも臨時のギルド長だ」
背丈に合わぬ立派な椅子に腰掛けているマスターと呼ばれた人間の青年は、そこはかとない気品さにどこか幼さの残る顔で不敵な笑みを浮かべ真っ直ぐにミミの目を見つめている。
存在感を示す黒い髪と同色である力強い瞳に思わずたじろぐミミだったが、このまま彼のペースに流されてはいけない事は明白でありどうにか反撃の糸口を掴もうと必死になった。
「よく考えてよマスター!んにゃ、考えなくても分かるでしょ!?私は冒険専門であって事務やら外交やらは児戯と同レベルなんだぜ!?そんなヤツにギルドマスターなんて務まるわけがないでしょ!」
絶え間なくピョコピョコと動く耳から見て取れるように自らの無能さをこれでもかとアピールするも、マスターの目に変化の兆しは見られない。
相変わらず机に両肘を付き、組んだ手の上に顎を乗せながらじっとミミを見続けている様子から推察するに、これはもう決定事項なのだろう。
「気は済んだかな?それでは本題に入ろう。ミミはブリランテ公国を知っているか?世界地図では北に位置するピアーニ島にある小国の一つだ」
最早何を言っても結果が覆る事はないと諦めが付いたミミの耳はシュンと垂れ下がり、さながら悪さをし怒られた時の犬の様相を呈している。
無論ミミは怒られているわけではないので、これはどちらかと言えば不貞腐れている感じに近い。
「ピアーニ島?ブリランテ公国?どっちも知らん」
「だろうな。ピアーニ島というのはこの世界の女神ニスフォルが生誕した地であると噂の場所だ。ブリランテ公国はその島にある国の一つだが、外界が海に囲まれているという地理的な制約もあって外交に関しては殆どない」
「ふぇ〜…。んで、どうしてそんな場所に私を?まさか左遷かっ!?あの時のつまみ食いがついにバレたのか!!」
「またやったのか?獣人族が普通の人の何倍も多い量を食べる事は分かっているからそこについては何も言わないが、ミミのつまみ食いはそんな表現で納まるものではないだろう?冒険者ギルド内で餓死者を出したくないなら我慢するんだ」
「それじゃ私が餓死するし。っていうか、その件じゃないならどうして私が行かなきゃいけないのさ!」
「そうだな…理由を挙げるとするなら、僕の直感というところだろうか?」
マスターの含みのある言い方に心当たりのない者は、この冒険者ギルド内にはいないだろう。
先見之明と皆は呼んでいるが、所謂未来予知のような力がマスターにある事は周知の事実だ。
上級冒険者ともなればスキルを持つ者も少なくないが、これ程の能力を有するとなると世界でも数えるほどしかいない。
しかしマスター自身がそれを認めたことがないため、この話は噂止まりなのだった。
「つまり、私が行けば支部の設立は確実に成功するって事ね?」
「さぁ?僕は預言者ではないから約束はできないがそんな気はするんだ。とはいえミミ自身が先程力説した通りキミはギルド長には向いていない。そこでもう一人ブリランテ公国に行ってもらおうと思う。アドル?そこにいるんだろ?入っておいで」
マスターが執務室の扉の外に向かって声をかけると、他の冒険者と一緒に聞き耳を立てていた一人の男性がばつが悪そうに入って来る。
栗色のツンツン頭にゴーグルをかけ冒険者というよりは探検家に近い格好をしているアドルと呼ばれた男性は、恐る恐るミミの隣に並んだ。
「さてアドル。話は聞いていたな?」
「ああ…いやその。すみませんでした」
「いや、どうせキミにも話をするつもりだったから手間が省けた。そういうわけでミミと一緒にブリランテ公国に行き冒険者ギルドの支部を設立してもらう」
「それは構わないけど、詳細を聞いてもいいのか?」
「言わずともいずれ理解するさ。急で悪いが明日には旅立ってもらう。今日中に準備を済ませてくれ」
「あ、明日!?俺明日はトレジャーハn…」
「探し物見つからずだ。良かったな」
「よくねぇよ!!ちっくしょー!!」
椅子から立ち上がったマスターはアドルの肩に軽く手を置くと、残忍酷薄な言葉を囁き去って行った。
突然発動した先見之明と思われるマスターの一言によりアドルの明日の予定は白紙になり、ミミと共に旅立つ事が決定したのだった。
この出来事からわずか一年で二人は見事に冒険者ギルドのブリランテ支部を設立し計画通り順調に事を運んだのだった。
ーーー
本部を除き冒険者ギルドとして十二番目となるブリランテ支部の設立から一年が経つ頃。
物語の舞台はマスターの話にあったピアーニ島にあるブリランテ公国へと移動する。
そこは世界地図において北部にある比較的小さな島であり君主が統治する旧態依然とした貴族階級の小国なのだが、資源が豊富な事と女神生誕の地として広く知れ渡った事により、近年世界中から注目される国の一つとなっている。
女神ニスフォルの地であるが故この島に住む人の7割はニスフォル教徒であり、教会が貴族以上の権限を有している事も特徴の一つだろう。
小高い山の形状をそのまま利用し開拓されたこの国はその街並みも階級と同じようになっており、最上層に君主の城を構え、上層には貴族たちの邸宅があり、中層は一般市民が暮らしている。
北方に位置するブリランテ公国は通年気温も湿度も比較的低く、もうすぐ初夏になろうかというのに降り注ぐ日差しは温かい。
そんな心地の良い光を真上から浴び、公国の人々はそれぞれの目的を抱いて今日を逞しく生きる。
王への謁見を望み城門で衛兵と言い争う者。
貴族に取り入ろうと怪しげな晩餐会を企てる者。
観光客として純粋に市場の雰囲気や商品を楽しむ者。
そしてーー
「おう!そこのターバンの姉ちゃん!恰好からすると…姉ちゃんも商人かい?こいつぁ北の村でしか取れない珍しいリンゴだ!一つどうだい?」
「あら紺碧の髪の別嬪さん!キョロキョロと何かお探しかい?うちの魔法道具を見てってくれよ!」
世界各国の様々な商品や露店に彩られた公国の商店街は今日も活気に満ち溢れていて、道行く人々の心にも活力を漲らせてくれる。
ミミとアドルが冒険者ギルドを設立してから二年ほどで、公国は見違えるほどの成長を遂げた。
この先より一層大きくなるであろうこの国では時折悪さをする者も現れるが、衛兵の目は行き届いており概ね治安は良いらしい。
発展途上の独特な熱気に満ちた周囲の光景や人々に対し目を輝かせながら、商人風の一人の女性が品定めをするかのように商店街を歩いていた。
「アレは冒険者…そっちは観光客で…ほぉ。市場に貴族まで来るとはな。それだけ治安が良いという事なのか、或いはそれ程の価値のある商品が市場に出回っているという事なのか。いずれにしても、この国にも我ら商人ギルドの店を出すべきであろうな。」
通りを吹き抜ける心地の良い風も相まって満足そうな笑みを浮かべながら引き続き露店を中心に巡っていると、不意に懐かしい声が彼女を呼び止める。
「おや?そこの…もしかして商人ギルドのエイルちゃんじゃないか?久しぶりだなぁ!ギルドを立ち上げて長をやっているんだって?」
確かに聞き覚えのある声にハッとなり動揺したエイルは、呼び掛けに気付いていない素振りをして早足でその場を去っていった。
「あっぶな〜…そうか、ここはブリランテ公国だった。アイツもいるんだよな」
エイルが振り返った視線の遥か先には、市場に並んでいる店とは比較にならない荘厳とも言える程の店が見える。
公国において唯一貴族との繋がりを持ち、周辺諸国の権力者とも取引のあるドルチェ商会の本店だ。
「そのうち挨拶に行かないと…か。だが、それはそれ!これはこれ!今は公国と商店街の視察だ!」
気持ちを切り替え露店巡りを再開するエイルは、平均より少し背が低く一見すると純粋に買い物を楽しむ子供のように見えるのだが、時折髪と同じ色の瞳が鋭さを増し一般には注目に値しないような箇所に目を配っている様子も見て取れ、普通の観光客ではないことが窺えた。
無論冒険者でもないことは、腰に下げているエイルの背丈には不釣り合いな大きさの大剣が証明している。
最初のうちは商店街の雰囲気などを楽しんでいたエイルだが、一通り把握すると次第に難しい顔へと変化していく。
「大凡の露店は観光客狙いの個人商店だ。それは商品・価格・従業員の有り様を見れば一目瞭然。彼らは我々商人ギルドの競合たり得ない。露店以外の店についてもギルドどころか組合すらないようだから個人経営が主流と見ていいだろうな。我らが培ってきた経験や資金力があれば商業区で覇権を得るのは容易い。だが問題は誰に店を任せるか…だな。話題性は当然欲しいがコストをかけるには懸念点がある」
エイルは往来の中心で立ち止まり腕組みをしながら、ここを任せるに相応しい人物について考え込む。
周囲の妨げになっている事を気にもかけず、何やら小声で呟いている光景は非常に目立っていた。
「商人ギルドとしての公国での最終目標は上層にいる貴族との繋がりだ。故に商人ギルドと貴族を結べそうな人物が…ん?ギルド?そういえば公国には一年前から冒険者ギルドがあったよな。確かギルド長は…」
エイルは指をパチンと鳴らすと歓喜して躍り上がった。
「そうだミミだ!ここはミミに任せよう!アイツならどちらの条件に対しても申し分ない!」
一転して真剣な面持ちを見せたかと思えば次の瞬間には再び笑顔になるエイルを見て、通りにいる誰もが不信感を抱いたのは言うまでもない。
そんな人々の視線など気にする様子もなく、エイルは賑やかな昼下がりの通りを鼻歌交じりに歩く。
軽快なステップに合わせて、腰の大剣がリズム良く地面を叩く様子はまるで音楽隊のようでもあった。
「臨時とはいえ冒険者ギルドの長が商人ギルドの店を任されたとなれば、世界三大ギルドの内の二つのギルドが協調したと思わせる事ができる。そしてミミは金銭には疎いからいくらでも誤魔化す事が可能だ!ふふふ…そうと決まれば早速明日にでも交渉してみるか!」
意外にも美しいエイルの鼻歌は周囲の人々を魅了しつつ、その姿は商店街の出口へと向かって行く。
「さて商人ギルドの長としての商店街の視察は終わったわけだが…まだ時間もある事だ。ついでだし貴族連中にも会ってみるとしよう」
もちろん約束などしていないエイルは、赴くままに高貴な方々が住まう公国の上層方面へと消えて行った。
ーーー
ブリランテ公国の街が暗がりに覆われるまで視察と観光を楽しんだエイルは、上機嫌で宿に戻り夕食を楽しんでいた。
質素で小さな木のラウンドテーブルと椅子が並ぶだけの宿の食堂は、国内外を問わず様々な人で溢れており雰囲気は悪くなかった。
空腹なエイルは端の方の席に着き、運ばれてきた料理を食べながら今日の出来事を振り返っている。
「しっかし上層へと入れなかったのは予想外だったが、この国では商人ギルドとの取引がまだ何もないのだから当然と言えばそうだな。世界三大ギルドとは言ってもまだその名の通じぬ地域があるということか」
場違いな程に上品に食事をするエイルに自然と注目が集まっているが、商人ギルド長として各国の要人や貴族との会食に出席する彼女にとっては食事のマナーは必須のスキルである。
「だが上手く事が運べば公国の貴族共へのコネクションもできる。私腹を肥やす事しか頭にない貴族と、世界の流通を牛耳る商人ギルド。そして島に眠る豊富な資源!なんと相性の良い事か!ここを攻略して絶対に商人ギルドの名を、この国にも知らしめてやる!」
公国の特産品であるワインと肉料理に囲まれ、エイルの穏やかな夜の時間は流れていった。
明らかに不自然な視線がいくつか彼女に向けられていたが気付いた様子はなく、ある程度お腹が満たされると無警戒に部屋に戻り施錠も忘れ、そのままベッドに倒れ込み朝まで爆睡したのだった。
エイルが目覚めたのは翌日の昼頃、前日に冒険者ギルドの受付でミミ宛に出した手紙では、そろそろ商業地区の中央広場にてミミと会う約束になっていた。
「まずい!もうこんな時間じゃないか!!アイツを怒らせると面倒だ…急がなければ!!」
慌てて身なりを整えるとエイルは宿を飛び出し、中央広場に向かって走り出した。
「よう!ミミ!急に呼び出してすまなかったな。」
息を切らした彼女は、綺麗な桜色の髪と不機嫌そうな耳をした獣人族のミミに挨拶をする。
人間と比べたら長寿な種族である彼女は実年齢よりもかなり若く見え、人間で例えるなら18〜20歳と言ったところだろうか。
猫耳ではあるが仕草や表情の豊かさは子犬のようで愛嬌があり、可愛らしい声も相まって老若男女問わずとても好かれやすい。
そしていかにも冒険者という風貌から読み取ることができる通り、三度の飯よりも冒険が好きという変わり者である。
「おいおいエイルさんよー。まだ早朝だぜ?こんな時間に呼び出して一体何の用なのさ。臨時とはいえ冒険者ギルド長として忙しいんだ。いくら商人ギルドの長でも突然の約束は困るぜ?」
目を擦り大きなあくびをしているミミとは違い、エイルは商人ギルドを創設した本物のギルド長だ。
エイルにもミミと同じようにいつか立派な冒険者になるんだと夢見ていた時期もあったが、彼女は邪神に呪われているかの如く絶望的な程に冒険者には向いていなかった。
自身が扱えない大きさの剣や、周囲の視線に気付かぬ洞察力のなさなどがそれを物語っており、失敗続きで路頭に迷ったエイルは、生活するために仕方なく冒険者時代に手に入れたアイテムを売る商売を始めた。
ところがこちら側では女神に祝福されたかのように才能が開花し、あっという間に現在の地位まで上り詰めたのだった。
そんな世界的にも有名なエイルだが冒険者時代にはミミの世話になったこともあり、長らく続いてきた親交によって既に気の置けない仲となっているので、いつものミミの文句にも慣れたものだった。
「あのなミミ?今はもう昼過ぎだ。その大きな目で周りを見てみろ?太陽は真上だし、人々はこんなにも精力的に活動しているだろう?」
「ふにゃ~…ああ、ホントだ。何だか温かいね。お腹も空いてきたよっ!」
呆れ顔で話すエイルに対しさっきまでの不機嫌さが嘘のような可愛い笑顔を向けるミミ。
ピョコピョコと動く耳と鼻の先には美味しそうな香りが漂うお店が立ち並んでおり、さながら御馳走を目の前にした子犬だ。
こんな時間に約束をした事を後悔し頭が痛くなったエイルは、ミミがお昼ご飯を要求している事を察した。
「はぁ…まぁいい。それよりこっちだ。ついてきてくれ」
「やったー!何食べようかなっ??やっぱり肉かな!肉だなっ!この鼻の奥に残るスパイスと濃厚な肉の香り!どこから来るんだろう?」
目を輝かせ涎を垂らしそうな勢いの表情でミミが案内されたお店は、商業地区中央広場の一番端にポツンとある飾り気のない簡易的な天幕の張られた露店だった。
前を歩いていたエイルは突然振り返り、不思議そうな耳と表情のミミにありったけの笑顔で告げる。
「さぁ!今日からここがお前のお店だ!じゃ!後は任せた!」
言うが早いか全速力で逃げていくエイルを呆然と見つめ、次いで目の前にある露店を視界に入れたミミはようやく我に返り、下を向きながら何やら呟き始めた。
「はっ!?今日からここが私のお店?そんなのって………!」
表情は窺えないが、突然お店の経営を丸投げされたら困惑するか憤りを感じるのは当然の反応だろう。
と普通はなるのだが…。
「おっもしろそー!!やるぞー!!」
このお気楽な獣人族にとって重要な事は責任やリスクなどではなくそれが楽しいかどうかであり、ミミにしてみればこれは子供が行うお店屋さんごっこと何ら変わらない。
誰もが一度は経験した事があるであろうこの遊びを実際のお店でやって良いというのだから、ミミの好奇心が大いにくすぐられたのは言うまでもない。
さて何をしたら良いのかと早速妄想を膨らませるミミだったが、ふと机の上に厚みのある本が置いてあった事に気付き手に取った。
表紙に描かれている齧りかけの金色のパンは商人ギルドの標章である事から、この書物が商人ギルドに関連している事は間違いない。
ものぐさな態度でペラペラとページとめくると商売に関するマニュアルのようであったが、生憎とミミは雨と勉強が大嫌いなのであった。
最後までめくり終えると乱雑に書かれたメモが挟まっていた事に気付き流し目で読む。
<詳しくはアドルに聞いてくれ!>
ミミは目を瞑るとため息混じりにそっと本を閉じた。
そして一呼吸置くと先程エイルと通ってきた中央広場の入り口へと視線を向ける。
察知能力は勿論だが聴覚もとても優れている獣人族のミミはエイルと合流してから後、周囲からドルチェと呼ばれている女の子が尾行している事に気付いていた。
数十メートルも離れている人混みの中から魔導具を使っていたドルチェはまさかバレるとは思いもしなかったのだろうが、この程度はミミにとって雑作もなく捕捉ができる範囲だ。
彼女の方向に向き直ると、まるでドルチェが近くにいるかのように話しかける。
「おーいドルチェー?私に何か用?」
普通の人間がこの距離で後を追っていたのであれば間違いなく魔導具を使用している事も、冒険者として経験を積んできたミミにはお見通しだった。
ギョッとしたドルチェは脱兎の如く逃げ出す。
本職は冒険者、しかも人よりも身体能力が圧倒的に高い獣人族の彼女が一般人のドルチェを追いかけて捕まえる事など容易い事であったが一つ気がかりがあった。
「やっぱりさっきのお肉…いいニオイだなぁ。結局エイルには逃げられたし好きなもの食べて帰ろっと!」
お腹が空いて限界だったミミが香りを辿って食べ物屋の方へ消えていくのを確認すると、ドルチェは落ち着いて息を整える。
「な…何なのアイツ!?あの距離でしかも人混みの中にいる私に気付くなんておかしいわよ!確かミミって呼ばれていたわね。ちょっと調べてみましょう」
元々追ってきてはいないミミから逃げるかのように執拗に周囲を警戒しながら、ドルチェは急ぎ足で人混みの中へと消えていった。
ーーー
先程エイルと待ち合わせた場所で嗅いだ刺激的なスパイスの香りが広がる肉料理を探しに、ミミは商店街の中でも飲食店が軒を連ねる区画へとやってきた。
どこの露店でもそうだが特にこの区画ではミミの人気は絶大であり、彼女を見かけた店員はすかさず声を掛けてくる。
「おうミミちゃん!お昼時だな!お腹減ってるならうちの店どうだい?」
「やあミミ!この前は助かったよ!良かったら獲れたての海の幸でも食べていくか?」
「嬢ちゃん、今日も元気そうだな。お目当ては…ほっほ。うちの肉じゃな?」
冒険者ギルドとしての仕事が評価されている事ももちろんだがミミ自身の好奇心旺盛で明朗快活な性格も受けがよく、一般区にいる者は商人から騎士までみんな彼女を慕っていると言っても過言ではない。
エイルが逃げた理由の一つでもあるが獣人族である彼女の食事量は人間の比ではないため、特に料理店の界隈ではミミ争奪戦が起こる程の凄まじい人気を誇る。
一流冒険者であるが故に懐具合もとても良く、商売人たちにとってミミはまさに福の神なのであった。
そんな神が今回御所望の品は、年相応に痩せ細った老店主が営んでいる露店の骨付き肉だ。
「おっちゃんよく分かったね!その堪らない程に食欲をそそる肉をいただくぜっ!」
ウィンクしながら笑顔で親指を立てるミミに店主も「いくつ欲しい?」などと野暮なことは聞かず、あるだけ全部を袋に詰めて渡すと、既に空腹の限界を超えていたミミは早速その場で頬張り始めた。
噛み締める程に肉汁と旨味が溢れるこの熟成肉自体は公国内でも有名なのだが、肝心なお店の方は店主の事情によって殆ど知られていない。
んま〜ひっ!!と、至福の表情で肉を口の中いっぱいに詰め込むミミを見て、つられて笑顔になった店主は寂しそうに告げる。
「ほっほ。最後の客が嬢ちゃんで良かったよ。近頃は年のせいか思うように体が動かんでね。今日で店を畳もうと思っておったんじゃ。」
長い間冒険者をやっていれば別れを経験する事など当たり前で、いつしかそれにも慣れてしまい感覚が鈍くなる。
より長寿な獣人族なら尚の事なのだが、この瞬間ミミは確かに寂しさを感じ、同時に最後に巡り合えた事に深く感謝をした。
「そっか。ご馳走様っ!世界一美味い肉だったぜ!」
屈託のない笑顔で応えるミミに満足そうな顔の店主は、一礼をすると店の奥から一枚の古ぼけた紙を持ってきた。
書式こそ現在とは違うものの、そこには冒険者にとって馴染みのある文面が並んでいた。
「随分と古いけど…これはクエストの依頼書だよね?どうして未だに持ってるの?」
「ほっほ。嬢ちゃん冒険者ギルドの長なんじゃろ?ちょっとコイツを見てくれんかね?」
差し出されれば受け取るというのはあまり物事を深く考えないミミには当然の行為なのだが、依頼書を受け取るということは正式に依頼を引き継いだという事を意味する。
店主の口元が微かに緩んでいる様子からして恐らく彼には分かっていての行動だろうが、ミミがクエスト内容を確認しようとすると注意を別の方向へ誘導するかのように語り掛ける。
「いやいや裏面じゃよ、この肉のレシピが書いてあるのじゃ。先程の嬢ちゃんの心から美味しそうに頬張る様子と笑顔を見てアンタに譲る事に決めたんじゃ。」
「なにぃ!?このんまい肉のレシピだとっ!?」
まるでミミの扱い方を熟知しているかのように依頼内容から遠ざけられた彼女は、レシピに目を通すや否や途端に目の色が変わる。
「この肉…本当にガルガンチュアの……!?」
「うむ、それこそが最大の理由じゃな。もう在庫がないのじゃよ。作りたくとも…な。」
それが1匹いれば国が滅ぶとも言われる最強にして最悪の魔物ガルガンチュア。
城にも匹敵する程のとてつもない巨体で、大凡でガルガンチュアの指の第一関節から先が人間の成人男性と同じくらいの大きさになり、全身は鋼よりも硬く布のように柔らかな体毛で覆われ剣も魔法も殆ど効果がない。
何よりも戦闘時間が長引く程にその強さが上昇していくというスキルが厄介であり、その上不死の如き体力と再生能力までをも有している。
故に実際に討伐できたという報告は一例もなく、とある国が総力を以て戦いを挑み地図から消え去ったという逸話まであるくらいだ。
にわかには信じがたいが先程の肉はこのガルガンチュアが使用されているとレシピには記されてあった。
珍しく真顔で考え込むミミだったが、少し経つといつもの表情へと戻り得意のポーズを決めて店主に伝える。
「なるほど、肉のためだ!おっちゃん、コレ私が預かるぜ!」
未知への挑戦はこれ以上ない程にミミの心を躍らせる最高のスパイスだ。
知らず知らずのうちに冒険者ギルドの長として引き継いでしまった依頼書をミミは上機嫌で持ち帰った。
表に書かれている事が世界の均衡を破る程の内容である事を確かめもせず。
ーーー
一日の活動という名の遊びを終えて昼間の熱気もすっかりと静まり返った頃、ミミは冒険者ギルドのブリランテ支部へと戻ってきた。
本部だけは違うのだが支部に関しては協会時代から受け継がれている伝統的な造りに従って、ギルドの一階部分は誰もが通える大きな酒場になっている。
種族も職業も昼夜でさえも関係なく騒々しいフロアにミミが入ってくると、それに気付いた周りの客からすかさず飲みの誘いが来る。
「アンタがミミさんか?初めましてだな。良かったら一緒に食事でもどうかな?」
「よおミミ!一杯どうだい?たまには色々と冒険の話を聞かせてくれよ!」
「おー帰ってきたな!コッチ来いよ!ここだよ!ほら、座れよ!」
冒険者ギルド長と関わりを持ちたいという野心家もいれば、冒険者としてのミミに憧れを抱き話を聞きたがる者もいる。
中にはタダ酒が飲みたいだけの者もいるが、そういう連中の上手な断り方をミミは心得ていた。
「いいけど、お前の奢りだぜ?」
彼女がそう返すと、ほとんど全ての客はまた今度な!と去って行く。
それもそのはずで、獣人族が満足するまで飲食させたら上級騎士が使用するような二級鍛冶士のオーダーメイド武具が買えてしまうのだ。
奢ることはあっても奢られる事はほとんどないミミは、不満気な耳と顔をしながらドカドカと足音を立てて二階の部屋へと消えていった。
「あ~もう!絶対アイツらに奢ってやらないんだから!」
支部の二階にあるギルド長の執務室に入ると、荒々しく椅子に腰掛け不満を爆発させた。
ミミの苛立ちは最もであり、奢るとまではいかずとも何も出さない輩は大概だ。
そんな彼女に淹れたばかりの温かいハーブティーを差し出し、胸部にプレートアーマーを、下にはスカートを着た騎士風の女性が話しかけてくる。
「今日のミミは随分とご機嫌斜めですね。耳もすごくギザギザしていますよ」
耳がギザギザとは言い得て妙であり、実際にそんな形をしているわけではないが逆立った毛が確かにそのように見える。
「そりゃ怒りたくもなるよ。そういえばアドルはドコ行ったの?」
「アドルならいつもの通り、伝説のお宝を探しに出かけています。明日には戻るそうです」
「へー。どうせ見つからないのにね。じゃあリシアん!代わりに私の話を聞いてよ!」
アドルに愚痴を言おうと思っていたミミだったが、彼が不在であったためリシアと呼んだ騎士風の女性に今日の出来事を話始めた。
「それでエイル様からのご依頼は受けてしまったのですか?」
「受けたっていうか押し付けられたんだよ!!」
「では商人ギルドに抗議しましょう。必要ならば武力行使も…」
「ちょ~待ってリシアん!!私が受けた!面白そうだから引き受けたっ!!」
ミミですら慌てふためく相手のリシアは、冒険者ギルドブリランテ支部の副長で元騎士だ。
常に冒険者らしからぬ鎧を身に着け凛とした表情と態度を崩さず、ミミよりも高い背丈も相まって威圧感があるが、貴族令嬢のような品性と冒険者とは思えない程に美しく手入れが行き届いた新緑色の長い髪は魅力的だ。
剣の実力もミミに次ぐと言われる腕前でギルド員のみならず市民からの信頼も厚いのだが、騎士の名残か致命的に融通が利かない性格であり、先程の言葉にしても必要ならば本当に実行しただろう。
リシアはやれやれといった様子で首を振りながら話を続けた。
「はぁ、まったく。良いようにエイル様に利用されましたね。大変な事にならなければ良いのですが」
「ごめんて。ちゃんと冒険者ギルドの仕事もするから〜」
「いえ、こちらはミミが居なくても何も問題はありません」
「ふぇ!?いやいやギルド長が不在っていうのはマズイよね?ね??」
「お言葉ですが、ミミは執務室で普段何をしていますか?」
少々ムッとしたミミは、面白い形に耳を曲げ必死に何かを言い返そうとするものの、いくら悩んでもリシアを納得させる程の何かは出てこなかった。
あまりにもおかしな形に耳が曲がるのでリシアは思わず微笑んでしまったが、すぐに気を引き締め直すとミミにキツイ一言をくらわせる。
「…ええ、そうです。ブリランテ支部の運営に関わる全ての事は私に丸投げです。冒険者ギルドの長としてはミミは何もしておりません。ですので居なくとも一向に問題はありません」
ぐうの音も出ないとはこの事だろう。
頭を使う事が滅法苦手なミミは何かと理由を付けては外に出ていってしまうため、当然ギルド長の仕事は溜まる一方であり、常々それを代理で行っているのがリシアである。
「うぅ…リシアんのばかぁ!」
半泣きのミミが子供のように不貞腐れ執務室を飛び出して行くと、嵐が過ぎた後のように途端に部屋は静寂に包まれる。
「ホント…仕方のないギルド長ですね。」
優しい目で荒々しく開け放たれた重厚感のある扉を見つめリシアは呟いた。
気持ちを切り替え自由気ままなミミが残していった仕事を片付けようと机に向かう彼女は、そこにミミが老店主から渡されたレシピ置いてあった事に気付き手に取って内容を読む。
「ガルガンチュアの肉…?まったく、食べ物の事となると想像力が豊かですね」
ミミの落書きだと気にも留めなかったリシアが何気なく反対側を確認すると、優しかった彼女の目はまるで戦場にいるかのように鋭さを増していく。
「これは…!?一体どこでこんなものを!?」
意図せず机に強く両手を叩きつけると何かを考え込む彼女だったが、そもそも考える必要すらないくらい内容は明白なものであった。
だがそれ故に真偽を掴むことができず、この旧式の依頼書はリシアを大いに悩ませた。
しばらくすると鎧を外し正装に着替え、貴族街と揶揄されるブリランテ上層へと赴く事を決意する。
「これが事実だとすれば私だけでは到底対処できない…。レナ様にご報告しなければ…!」
リシアはギルドの受付に出かける旨を伝えると、闇に包まれてている街中を急いだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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