青い林檎
さて、ザイードにするか、オーバルにするか・・・。
ザイードだと、やっぱラパスよね。
う〜ん・・・。でも、ラパスは長官が先に行っちゃってるからなぁ——。やっぱ、オーバルの人工都市にするか。あそこはけっこう面白い街だもんね——。
オーバルは、硫化水素とアンモニアの激しい嵐に包まれた海の惑星だ。ところどころに顔を出した岩礁を足がかりに、その嵐の海に浮かぶように建設されたドーム状の人工都市だけが、唯一人間の住める場所である。
畢竟この星の人口は少ないが天然資源が豊富で、その分経済的にも豊かで、都市には活気があった。
オーバルの人工都市には、ある種の混沌がある。おしゃれな店が並ぶ街角があるかと思えば、1本道を逸れると怪しげで危なっかしい店が並んでいたりする。
ファミリーなショッピングゾーンのすぐ隣に、ギンギンの若者向けミュージッククラブがあったりもする。
それでいて、お互いに干渉し合うわけでもなく、狭いエリアの中を上手く棲み分けているのは、人工都市ならではの都市生態系というものなのだろう。
そんな街角を、1人の少女がはずんだ足取りで歩いてゆく。紅い髪。片手にアイスクリーム。
(すっかりオバサンが板につき始めてたんだけど・・・・、三十路を前にして、また10代が楽しめるなんて思ってもみなかったな。)
最新の若者ファッションが並ぶ店の前で足を止める。
・・・が、中には入らない。
(う〜ん・・・、こういうのが買えたら楽しいんだろうけど・・・・。流行りモノは賞味期限も短いし、来年はもう使えないってんじゃマズイよね。一応、公費なんだし——。)
ちょっと残念そうな表情で店の中を眺めている。
(やっぱ、無難にブランドものでいくか・・・。長持ちするし。 あ——っ、体は10代でも、思考はすっかりオバサンだわ!)
気がゆるんでたんだろう。『イツミ』の能力をちゃんと使っていれば、そんなことありえないことなのだが・・・・
考えながら振り向いた拍子に、他人の服にアイスクリームをつけてしまった。
「ごっ、ごめんなさい! ぼんやりしてて・・・。」
驚いたような顔をして立っていたのは、『イツミ』と同じくらいの年恰好の少年だった。アイスクリームのことよりも、イツミを前にしてどぎまぎしている。
「ほんとにごめんなさい!」
イツミ(サラ)はウエットシートを出して少年の胸を拭こうとした。
少年が、見る間に顔を赤らめた。
(か・・・かわいい、この子! それに、よく見たらモロ好みの顔だわ♡)
・・・・・・
(い・・・いかん、いかん。いかんぞ、オバサン。)
「ごめん。服、汚れちゃった。」
「い・・・いいよ、こんな服。・・・べ・・・別に、・・・安物だし!」
少年の胸の鼓動が『イツミ』の能力を使わなくても聞こえてきそうだ。少年は、ひと目でイツミに魅かれてしまったようだった。
(どうしよう・・・。かわいい!)
サラは、ふとイタズラ心を起こした。
ひとときの、仮想の、10代のかわいい恋を楽しんでしまおうか。
(これって、犯罪じゃないよね? 一応、体はおんなじ10代前半なんだし、肉体関係まで行くわけじゃないんだし・・・。)
こんな機会めったに・・・いや、もう絶対あるはずないじゃないか。
このあと、どんな形だろうと『イツミ』のワードローブの更新さえできればミッションは完遂したことになるんだし——。
サラは少年が物怖じしないよう、さらりとした感じで少年の手を引っ張った。
「ちょうどわたし、今、服買おうとしてたところなの。ねぇ、よかったらお詫びに1着プレゼントするから、一緒にわたしの服選び手伝ってくれる?」
少年は頬を赤らめたままだったが、少女の引っ張るままについてきた。
(デート、デート! デートだぞぉ。ふっふっふ・・・・。)
少年の名は、ティモシー・フォア・アレンといった。
「君は?」
「イツミ。・・・・ロン・ミマナ。」
店に入ると、イツミは「わあ♪」と言って、もうティモシーのことは忘れたみたいに展示してあるブランドの新作シリーズに駆け寄った。
ティモシーは店の入り口で、ちょっと戸惑ったように佇んでいる。
もちろん、ティモシーを放ったらかしたわけではない。それは中身のオバサン(サラ)の計算のうちだ。
店員に2種類のスーツを取ってもらうと、それを両手に持ってくるりと少年の方にふり返った。
「ねえ、ティモシー! あ、ティムって呼んでいい?」
まるで幼なじみを相手にしているような、思いっきり無邪気な眼で少年に問いかける。
「どっちが似合うと思う?」
「あ、え・・・と。う〜ん・・・」
ティモシーは本人が気づかないまま、ほとんど強引なほどの勢いでイツミの空間に引きずり込まれた。
30分もしないうちに、2人はもう昔からの知り合いみたいにうちとけていた。このあたりのリードの巧さは、さすがに中身が海千山千の29歳だからだろう。
もちろん、別にサラはティモシーを弄ぼうとしているわけではない。サラ自身が10代のイツミになりきって、ティモシーとの時間を楽しんでいる。
ただ、そうは言っても経験値の差は自然に現れてしまうし、むしろ、それが2人の間に心地よい空間を創り出してもいた。
「ね ♪ これなんか、ティムに似合うと思うけど。どう?」
イツミが、カジュアルなオーバーシャツを手にとってティモシーに見せる。ざっくりとした作りの中にさりげなく貝殻をあしらった、カジュアルと言えども上品さを持ったシャツだ。
タグを見ると、シグ・モントォの銘が入っている。新作らしい。
「だ・・・だめだよ、こんな高いの。僕のこれは、ただのユニクレンの安物だよ?」
「いいの、いいの。気にしない。汚しちゃったの、わたしだし——。このカードの分は好きに使っていいって、パパにも言われてるから。」
パパ → フォー・クセス長官
(マズイかな? 公費だし・・・。まあ、あとでなんか言われたら自費で補填すればいいか——。)
イツミは結局3着の新しいスーツを買い込み、それをデートの荷物になるから、と街角のコインクロークに預けた。扉を閉めた瞬間に、『イツミ』の基地へとテレポートさせている。
ティモシーには新しいカジュアルシャツに着替えてもらい、アイスクリームのついたシャツの方はコインランドリーの上級クリーニングコースに入れた。
出来上がりを待つ間、2人でクレープを食べながら他愛もない会話を楽しむ。
「ホクロがあるのね。」
「あ、これ・・・」
ティモシーの首の横には、今どき珍しくホクロがあった。
「ママが自然派で・・・・。生命にかかわらないようなことなら、遺伝子変換する必要はないって——。ママにも同じところにあるんだ。・・・変?」
「ううん。わたしはチャーミングだって思うな。ステキなお母様ね。」
ショッピングモールの外壁を這うように築かれたミニコースターに乗り、5Dシアターで歴史物のアクションビューを鑑賞し・・・・。
「なんだかわたしたち、昔から友達みたいに気が合うね。」
「そう言えば、イツミ。君って、どこに住んでるの?」
「わたしね、パパの仕事についていろんな星を回ってるの。ここも、今日だけしか居られないんだ・・・。あと3時間もしたら、パパのところに戻らなくちゃ。」
「・・・そう。」
ティモシーの顔が曇った。
「ずっと遠くの星に行くから・・・、たぶん、もうティムとも会えない。」
2人の間に、ちょっと切ない空気が流れた。
ただ、サラの方はこの切なさ自体も楽しんでいる。
(うん、いい展開 ♪ ドラマチックだわぁ。こうして甘酸っぱいひと時の恋は、2人の中に永遠の思い出となってしまい込まれるのよ ♪ )
おい、こら、オバハン!
「ねえ、次は何する?」
イツミが、少し湿った空気を吹き払うように明るい声でいうと、ティモシーは真っ直ぐにイツミの目を見返してきた。
そのあまりにも綺麗な碧色の目は、イツミの黄金色の瞳を突き抜けて、サラの鳶色の瞳も突き抜けて・・・、そのままサラの心臓を鷲掴みにしたように感じられた。
「君にとっておきの場所を見せてあげる! この星を忘れないでいてほしいから。」
・・・・・・・
ああ・・・、と、サラは察した。星ではなかろう。自分を忘れないで——と言いたいんだ。
ズキン。 とサラの胸のどこかが痛んだ。
「あ・・・わたし・・・」
(ちょっと・・・悪ノリし過ぎちゃったかな・・・。)
でも、打ち明けるわけにはいかない。連邦軍最高の超機密なんだから——。
「海なんだよ。オーバルの海が見渡せるところがあるんだ。」
ティモシーはイツミの手を引いて歩き出した。