お祭りのその後
夏休みの8月上旬頃、俺は美咲と晶のうちにいた。
かつて高津家の当主をしていた美咲の元には、当時の関係者から大量の中元が届いたらしく、一部それを引き取ってほしいと俺に言ってきたのだ。
てかこの二人いつから同棲してたんだろ・・・。
「咲夜、これいるか?」
そう言いながら美咲がまた一つ、高級そうな包みの箱を持ってくる。
「何、これ。」
「え~と、恐らく食器か何かだろう。」
「てか、もらうのはいいけど、そんな大量に持って帰れないよ?」
「わかってる、多いなら送りつけようと思うから、とりあえず分けたいだけだ。」
まったく・・・。
晶はキッチンで夕飯の準備をしていた。
「うちのお父さんの別宅にも、松崎家宛ての中元が沢山来てたみたい。」
「だろうね・・・。もうさ、生もの以外は全部通販サイトにでも出しちゃいなよ。俺どちらかというと食べ物のほうが嬉しいよ?」
二人はちょっと残念そうにしている。
晶も美咲も親世代が所有する別宅などはすべて、使用人たちの住まいとして分け与えてしまったようだ。
彼らも二人宛てに届いたものは、本人たちに送り返すしかなかったんだろうな・・・。
「つっても馬鹿みたいな量だねぇ・・・。あれ、これワイン?こっちはウイスキーかな・・・。サーロインステーキとかないの?」
あれこれ箱の山をかき分けて、高級そうな酒を見つけた。
「酒は成人してる晶しか飲めないだろ。」
「いいじゃん別に・・・誰が咎めるわけでもなし・・・。こういう贈り物の類ってさぁ・・・本人たちの趣味とか無視だもんなぁ・・・。」
そんなことを話しながら、中元の山をあれこれ手に取っていると、晶がふと思い出したように言った。
「そういえば贈り物で思い出したけど、こないだの小夜香ちゃんの誕生日には、二人とも何をプレゼントしたの?」
すると美咲は中元の箱を分けながら答えた。
「俺は小夜香ちゃんの趣味がわからないから、以前紅茶の話をしていたし、イタリアの茶葉のセットを贈った。」
「そうなんだ、いいね。咲夜くんは?」
「え・・・・。」
俺は二人からの視線が刺さって、目を白黒させた。
美咲からの視線が、何やら鋭くなっていくのをひしひしと感じる。
「いや、だって!小夜香ちゃんの誕生日知らなかったし!」
「ほう・・・。島咲家のご令嬢の誕生日、知らなかったのかお前・・・。」
美咲はまるで息子を責める父親のような目をする。
「知らなかったならしょうがないね・・・。」
晶はそう言ってどこか哀れんだような目をする。
「いやいやいや、だって向こうだって俺らに贈ったりしてないでしょ?」
「そりゃ去年までは俺たちは当主だったからな。どこの家の者であっても、当主に贈り物をするのは禁じられている。だけど小夜香ちゃんは毎年メールはくれてたぞ。お前のところにはどうか知らんけど。」
「私には今年、本家から出た後、四月が誕生日だからプレゼントくれたよ。」
晶は優しくニコリと笑う。
「お・・・れは、連絡先交換したのもつい半年前くらいだし・・・。てか、お祭りに皆で行った日に、小夜香ちゃん一言も誕生日のこと言ってなかったよね・・・。二人も触れてなかったよね!?」
「まぁ・・・」
美咲が何か言い淀むと、晶は相変わらずニコニコして答えた。
「あの時は小夜香ちゃんお祭りに随分はしゃいでたし、私たちの浴衣や屋台に夢中で落ち着かない様子だったから、誕生日よりも小夜香ちゃんが走り出して迷子にならないかちょっと心配だったの。」
「何歳児の扱い・・・?」
「とにかく、お前だけプレゼント渡してないのは事実なんだから、きちんと贈っておけよ。」
美咲は腕組みして俺をじろりと睨む。
「いいけど・・・。遅れて渡すのって失礼じゃないかなぁ・・・。」
「そんなこと言ってたら、12月になって俺たちの誕生日の時、小夜香ちゃんがプレゼントくれたら何て言うつもりだ・・・。」
ぐうの音も出ない・・・。小夜香ちゃんは実はかなり義理堅いタイプだ・・・きちんと用意してくるだろう。
何も言えずにいると、晶は俺をフォローするように声をかけた。
「小夜香ちゃんは気にしないと思うな、遅れて渡したとしても。もちろん渡さずにいたとしても。二人の誕生日をきっちり祝った時でも、咲夜くんが何もくれなかった、なんて言う子じゃないよ。そうでしょ?」
「まぁ・・・そうだろうね。」
確かに、小夜香ちゃんはそんな嫌味を言う子じゃない。細かいことは気にしないだろうし、自分が祝いたいからしてるだけだ、ってスタンスで俺にプレゼントくれるだろう。
すると美咲はため息をついて立ち上がった。
「いや晶、咲夜を甘やかさないでくれ。咲夜、いいか、更夜様は俺たちの命の恩人と言っても過言じゃない。自身の家庭がありながらも、当主として俺たちを支えてくれていただけでなく、本家解体後も、すべての面倒を見てくれようとする程のお方だ。あの人は13歳から当主でいらっしゃった、更夜様がいなかったら、俺たちは今頃存在していない。それくらい俺たちの両親を心身ともに助けてくれた人だ。だがその努力の裏で、小夜香ちゃんは寂しい思いをして成長していったはずだ。きっと小夜香ちゃんより、俺たちの方が更夜様と一緒にいた時間が長いだろう。更夜様が当然だ、と思いながら俺たちを助けてくださるなら、俺たちも当然のように、小夜香ちゃんを支えてあげるべきだ。あの子は・・・母親と誕生日ケーキを囲む幸せすら知らない・・・。」
美咲はそう言って、悔しそうに俯く。
「美咲は、俺以上に小夜香ちゃんに負い目を感じてるわけだ・・・。」
晶は俺たちの間に入ろうとそっと歩み寄ってきた。
「でもさ美咲、それは違うんじゃないかな。俺も似たように考えていたけど、小夜香ちゃんお祭りの時に言ってたよ。小百合様が亡くなったことを、誰かのせいだなんて思っていないし、思いたくないって。そんな風に責任を感じても、お母さんは帰ってこない、って。確かに更夜様の父親としての時間が一族のせいで、もしくは父さんのせいで奪われていたのは事実だと思う。でもさ、更夜様も小夜香ちゃんも、それが父さんのせいだ、とか俺たちのせいだ、なんて一度も思わなかったはずだよ。美咲は本家で当主をしていたから・・・小百合様がどうして殺されなきゃいけなかったんだ、ってつらかったのはわかる。でも小夜香ちゃんに対して、いつまでも同情して哀れむのは違うよ。母親を亡くしたのは不憫だけど、それを言うなら俺も美咲も晶も、同じく両親亡くしてるわけだし、勝手に可哀想だなって思うのは失礼だよ。少なくとも、小夜香ちゃんは俺たちをそんな風に哀れんだりはしてない。」
俺がそう言うと、二人は黙ってしまった。
わかる・・・わかるけど・・・。俺はどうしても、二人に小夜香ちゃんを哀れむように見てほしくなかった。
すると晶が静かに口を開く。
「そうだよね・・・。咲夜くんの言う通りかも。小夜香ちゃんはただ、私たちと仲良く過ごしたい、っていう気持ちで一緒に居てくれるもの。そんな小夜香ちゃんを可哀想だから、なんて思っちゃダメだね。」
「そうだな・・・。けど咲夜、何となくわかると思うが、小夜香ちゃんのあの明るい振る舞いの裏には、努力があったはずだ。小夜香ちゃんがつらそうにしていたり、寂しそうにしているのを察したら、何かしろとは言わん。だけど、らしくないじゃないか、とかそういうことは決して言うなよ。あの子は元々小さい頃は、誰にも心を開く子じゃなかったし、とても人見知りで、人の視線を異様に怖がっていた。」
それを言われて、俺は何となく思い当たるふしがあった。
「そうだね、元々は結構引っ込み思案な子なのかも。今は素直に甘えてくれるから嬉しいけど・・・。二人は異性だし、気を張って接しちゃうときもあるかもしれないね。」
晶はそう言ってキッチンに戻った。
「美咲もなかなか小夜香ちゃんのこと、よく見てるんだね。」
「お前はふとした瞬間に失礼なことを言いそうで怖いんだ。」
美咲は吐き捨てるようにそう言った。
「・・・プレゼントはちゃんと買って送るよ。」
俺は小夜香ちゃんを思い浮かべて、何がほしいだろうかと考えた。
似合うものってなんだろう。
お祭りのときのはしゃぎ倒してた小夜香ちゃんが蘇る。
小百合様の浴衣を着た小夜香ちゃんは、想像以上に大人っぽくて素敵だった。
だけどその雰囲気とは裏腹に、無邪気な笑顔を向けられる度に、何とも子供らしい可愛らしさも感じて、何でも許してしまいそうだった。
でもその可愛らしさの裏に、時々俺を見透かすような芯の通った強さを見せる。
いつからなんだろう、覚悟が決まったような雰囲気がしてた。
俺がそんなことを思いながらいると、スマホにメッセージの着信があった。
噂をすればなんとやら・・・小夜香ちゃんからだ。
そこには、「みてみてーツインテールにしてみた!」と無邪気なメッセージとともに、可愛い自撮りが送り付けられていた。
「はは・・・可愛いな、もう。」
何とも食えない子だ。