続く幸せ
森の再生が果たされてから8カ月の月日が経った。
「か……」
「か?」
「可愛い……」
「やっぱり」
予想通りの言葉に、聞いた王太子が小さく息を吐く。
竜の卵が孵ったと知らせを聞いたアリアンナは、翌日朝一番で竜舎にやって来た。1年経っても孵る様子がなかった卵を、皆で心配して見守り続けた2カ月後、真夜中に孵ったらしい竜の赤子は白銀色だった。
「ジョエル兄様、どうしよう」
「ん?どうした?」
「可愛すぎてクラクラするわ」
「はいはい」
すっかり目がハートになっているアリアンナを見て笑う王太子とドマニ。
「これは、竜たちよりもアンナが一番、溺愛しそうですね」
ドマニの言葉に王太子が大きく頷く。
「そうだな。まあ、そのまま3カ月後の結婚式を忘れてしまうならいいんじゃないか?」
「出た。父親発言」
ドマニが王太子を見ながら呆れたように肩をすくめる。
「うるさい」
王太子は拗ねたように言い返した。
「ジルヴァーノなら認めるってずっと言っていたくせに。いざとなると渡したくなくなるなんて……本当に父親のようですね」
そう言ったドマニに、今度は王太子が肩をすくめてみせた。
「本当の父親は、毎晩のように泣いているけどね」
「あははは」
王太子とドマニが軽口を叩いていると、ジルヴァーノが竜舎に入って来た。
「アンナ」
甘い声でアリアンナを呼ぶジルヴァーノを、二人が睨みつける。
「王太子である私を完全に無視か?小舅になっていびり倒してやる」
「そうですね。私も参戦します」
そんな二人をアリアンナが笑いながら宥める。
「もう二人とも、そんな意地悪な顔しないで。イケメンが台無し」
「じゃあアンナ、私たちとジルヴァーノ、どっちがイケメンだい?」
王太子の質問に返事をしたのはジルヴァーノだった。
「くだらない質問はいいですから。先程から王妃殿下とドメニカ様がお二人を探しておられましたよ」
「はっ、もうそんな時間か。でもジルヴァーノとアンナを二人にさせるのは……竜たち!こいつがアンナに不埒な真似をしないように、しっかり見張るんだ。わかったな」
王太子の言葉に、竜たちがクウと鳴く。まるで了承したようだった。
「よし、これでいい。行くぞ、ドマニ。アンナ、昼食は一緒に食べような」
そう言って、王太子とドマニは去って行った。
「全く……こういう時だけ竜たちと意思疎通が出来る殿下って何者なんだ」
ブツブツ言うジルヴァーノの頬に、笑いながら手を寄せたアリアンナ。
「ふふ、ジルったら」
腕を伸ばしアリアンナの腰を抱き寄せ、頬に置かれた手に自身の手を重ねるジルヴァーノ。アリアンナの掌にキスを落とし、そのまま顔を彼女に近付けた。
互いに目を閉じ、あと少しという所で弾力のある物に邪魔をされる。
「キュッ」
二人の間で、可愛らしく鳴いたのは白銀の仔竜だった。銀の竜の鼻先に乗り、邪魔をするという遊びに、まだ自力で飛べない翼をパタつかせながら楽しそうに鳴いている。
「くそっ、本当にどいつもこいつも」
悪態をつくジルヴァーノに笑みを零すアリアンナ。
「ふふ、本当に可愛いわ」
仔竜のまだ伸びていない鼻先を撫でる。仔竜は、気持ち良さそうにキュルルと鳴いた。
「そういえば、仔竜の名前を考えたの」
「どんな?」
「ムートってどう?」
「ムート……いいな」
猫掴みで銀の竜から降ろした仔竜に向かって、ジルヴァーノが話し出す。
「今日からおまえの名前はムートだ。ムート、分かったか?」
ジッとジルヴァーノを見つめていた仔竜は、嬉しそうにキュウっと鳴いた。
「ふふ、気に入ってくれたみたいね。これだけ人慣れしているなら、私たちの結婚式には参列出来そうね」
アリアンナの言葉にジルヴァーノが眉を下げる。
「果たして俺は、式が終わるまで生きていられるだろうか……」
森の再生を果たした後、ジルヴァーノとアリアンナは正式に婚約した。そして3カ月後、正式な式の前に親族と竜たちの前で、一足先に式を挙げる事にしたのだ。王族としての結婚式はそこから更に2か月後に、王都をあげて大々的に行われる。アリアンナはどうしてもその前に、竜たちの前でジルヴァーノとの愛を誓い合いたかったのだ。
「ふふ、大丈夫。式が終わるまでは、服は破かないでってロワにお願いしておいたもの」
「ロワが我慢出来るとは思えない」
「そんな事ないわ。ロワも他の竜たちも、皆いい子だもの」
「はっ、アンナに限ってになるがな」
そう言ったジルヴァーノは、一瞬のスキをついてアリアンナの唇を奪う。勿論、その後には竜たちの抗議の鼻息攻撃が待っていた。
「はあ、早く一緒になりたい」
アリアンナの肩に顔をうずめたジルヴァーノがポツリと呟く。
「私も」
ジルヴァーノのアイスブルーの髪にキスを落としたアリアンナ。
「キュウ」
ちゃっかりジルヴァーノの肩に収まった仔竜も鳴いた。
「ムートもだって」
「ははは、あっという間に屋敷に入りきらなくなる」
仔竜を構うジルヴァーノを見つめるアリアンナ。
『こんなに幸せになれるなんて……』
数年前には考えもしなかった。笑い方さえ忘れてしまったあの頃には諦めていた。自分に降り注がれた目の前の幸せを噛みしめる。そんなアリアンナをそっと抱きしめたジルヴァーノ。
「アンナ。まだまだこれからだ。俺はアンナを誰よりも幸せにしてみせる」
ジルヴァーノの言葉に、胸が熱くなったアリアンナの宝石のような青い瞳から涙が零れた。
「ありがとう。私もジルを幸せに出来るように頑張る」
「ああ、とっくに幸せだがな」
二人はまだ知らない。竜たちには勿論、国中から祝福された二人は2年後には素晴らしい息子に恵まれ、更に3年後には美しい娘に恵まれる。そして息子はムートと絆を結び、娘は竜の姫神子として竜たちに愛される存在になるという事を。そんな幸せがこれからも続いていく事を……
ジルヴァーノが、抱きしめている腕に力を入れた。そしてアリアンナの耳元でくすぐるように囁いた。
「アンナ。愛している」
ジルヴァーノの心地良い低音が、耳から一気に身体中を駆け巡る。
『この声にいつか慣れる日が来るのかしら?』
ドキドキと早鐘のように胸を打つ心臓を押さえながら、アリアンナは美しい笑みを浮かべた。
「私だって。愛しているわ」
当然のように邪魔をしてくる銀の竜の鼻先を押さえながら、二人は唇を重ねるのだった。




