王子の求婚
「アリアンナ嬢は、婚約者はおられるのですか?」
「いいえ、おりませんが……」
「心を寄せている方は?」
「……おります」
思わず本当の事を言ってしまう。黙って聞いていた王妃とユラが「まあ」と楽しそうな声を上げた。
「その方に想いは告げたのですか?身分的に釣り合う方ですか?」
グイグイ来る感じに少し眉が下がるが、フィガロ王子の言葉は止まらない。
「やはり王女ともなると、それなりに身分がある者でなければ、周りが納得しないでしょう?」
「それはないと思いますが」
そう答えたアリアンナが王妃の顔を見ると、笑みを浮かべながら小さく頷いた。ここにはいないが、国王だって王太子だってそんな事は気にしないと言ってくれるだろう。どうもフィガロ王子とは感覚的に合わないと感じたアリアンナは、これ以上会話を続けたくないと思ってしまう。だが、王子の方はますます調子付く。
「私はどうです?同じ歳だし、竜が好きな者同士、話が合うと思いませんか?」
独りよがりな王子の発言にアリアンナが困惑し始めると、見兼ねた王妃とユラが助け船を出した。
「フィガロ殿下は、アリアンナを見初めて下さったのかしら?」
王妃が問うと、王子は大きく頷いた。
「ええ、とても美しい上に、学力も兼ね備えている。とても素晴らしい。それに、宝石のような瞳の青。彼女であれば、王子である私とお似合いではないでしょうか?」
話しながらもアリアンナをじっと見つめるフィガロ王子の視線に、なんだか寒気がして思わず目を伏せる。
「まあ、大変!うちの息子もうかうかしていられないわ。もっと発破をかけてやるべきかしら?」
ユラがわざとらしく驚いて見せると、王妃も便乗した。
「ふふ、ユラったら。殿下、アリアンナにはライバルが大勢おりますよ。それに……親バカと言われるでしょうが、アリアンナを他国に嫁がせるつもりはありませんの。国王と王太子である息子が目に入れても痛くない程溺愛しておりますので。ふふ、それに……仮に他国へ嫁がせるなんて事をしたら、竜たちが暴れ出してしまいそうですもの」
遠回しだがはっきりと拒絶の意思を示した王妃に、フィガロ王子の顔が引きつった。
「竜が……ですか?」
「ええ、どんなに遠い異国だろうが、きっと取り返しに行くでしょうね」
「はは、流石に竜には勝てそうもありませんね。しかし……そんなに竜と仲が良いとは驚きです」
王子が肩を落としたように見えた。申し訳ないとは思いながらも、これで少し静かになるだろうと思ったアリアンナだが、どうやらその考えは甘かったようだった。
「そう言えば、若い竜が数頭入ったそうですね」
「え?」
若い竜たちの事は、王城内でしか知られてはいないはずなのだ。何処から漏れたのかはすぐにわかった。
「ピア嬢から聞いたのですね?」
すると、「ええ」と素直に答える。そんなフィガロ王子の返答に、王妃とユラも溜息を吐いた。
『いくら長年の友好国だからと言って、軍事の内容でもある話を他国の王族に言うなんて』
アリアンナはピアをチラリと見たが、本人には自覚はないようだ。溜息をついたアリアンナは、下手に嘘を吐く訳にもいかず話し出した。
「ええ、おります。銀の竜を始め、竜たちに守られておりますわ」
その瞬間、王子がニヤリとした。
「その竜たちはもう乗り手が決まっているのですか?」
「……いいえ」
「では、私でも選ばれれば、乗る事が出来るかもしれないと言う事ですよね」
突拍子もない王子の発言に、アリアンナだけでなく王妃もユラも驚きを隠せない。
「あの……殿下はそもそもこの国の方ではありませんから、試す事自体出来ないと思いますが?」
そう言ったアリアンナに、王子はまたもやぐいっと顔を寄せて来た。
「私は第三王子ですし、竜に乗る事が出来るのならこちらに移住する事も厭いません。常々、竜に乗りたいと思っていたんです」
そう言いながらテーブルに置かれていたアリアンナの手に、自身の手を重ねた。
「そして出来れば、あなたを妻として娶りたい」
ねっとりとした視線と、重ねられている手の熱にゾクリと背筋が寒くなる。そんなアリアンナの様子に気付く事なく王子は続けた。
「あなたを見た瞬間、美しさに心を奪われてしまいました。ですからどうか、私の妻に。そしてあなたから竜騎士団長に、私も竜に乗る事を試せるように掛け合ってみて下さいませんか?」
とんでもない求婚に、アリアンナの口がパカリと開いた。
『竜に乗りたいから、この国に留まりたいから私に求婚したという事?虻蜂取らずという言葉を知らないのかしら?』
しかし、お陰で冷静になれた。
「それは無理です」
「どうして!?」
断られると思っていなかったようで、激昂したフィガロ王子がアリアンナの肩をガっと掴んだ。一瞬、痛みに顔を歪ませたが、キッパリと言った。
「あくまでもこの国の竜騎士になる方を決めるのに、メアラーガ王国の王子殿下であらせられるフィガロ殿下が試す事は出来ません。それと、私は殿下の妻になるつもりもありません」
きっぱりと断るアリアンナに、フィガロ王子は衝撃を受けた。
『この私の求婚を、いとも簡単に断るとは……』
苛立つのと同時に、本気でアリアンナを欲しいと思った。最難関の問題に立ち向かうような気分になったのだ。
「アリアンナ嬢、私は真剣です。どうか私と」
興奮のあまり、アリアンナの肩を掴んでいた手に力が入ってしまう。
「!」
指が肩に食い込む。あまりの力に肩に痛みが走った時だった。