心配を余所に
冷たい銀の瞳に見つめられたピアの瞳には、今にも溢れそうな程に涙が浮かんでいた。しかし、ジルヴァーノの瞳の冷たさは変わらない。そして、低く響く声でこう言った。
「ピア、今度こそもう無理なのだとわかったな。これ以上ロワの神経を逆なでるような事はしないでくれ。危うく大ケガする所だったんだぞ」
「だって……」
それだけ言ったピアの頬に涙が零れた。とめどなく流れ落ちる涙に、ジルヴァーノの姿が霞む。
「ジル様」
慰めを必要としていたピアの手が、ジルヴァーノに伸びた。しかしジルヴァーノがその手を取る事はなく、彼は母親に彼女を託すと銀の竜へと向かって行ってしまった。
険しい表情のジルヴァーノが銀の竜たちの近くまで行くと、竜たちの前にアリアンナが立ちはだかる。
「お願いです、ロワを怒らないでください」
しかしジルヴァーノは何も言わず近付いて来る。あっという間にアリアンナの目の前まで来た。銀の瞳が怒りからなのか揺れている。表情を変えぬまま何も言わない彼に少しだけ怯えるも、銀の竜を守りたい一心で決してどかないアリアンナだったが、尚も距離を縮めて来た彼の気迫に思わず目を瞑ってしまった。
『え?』
怒られると思っていた彼女の身体は、大きな熱に包み込まれるように拘束された。ゆっくり目を開けるとジルヴァーノに抱きしめられている。
「良かった……」
アリアンナの頭上からボソリとジルヴァーノが呟いた。
「えっと……ジルヴァーノ様?」
「はい?」
今の状況がさっぱり理解出来ないアリアンナが戸惑いつつ彼の名を呼ぶと、思っていたより柔らかい声が返ってきた。
「あの……」
どうして?と聞こうとしたが、遮られてしまう。
「アリアンナ様」
「あ、はい」
「何処もなんともありませんか?」
「なんとも?何がでしょう?」
質問の意図が全くわからない。何かあったのはピアの方であって、アリアンナではないのだ。
「ロワの咆哮を真下で聞いてしまったでしょう……耳は?ちゃんと聞こえますか?身体は?何処か痛めていませんか?」
ジルヴァーノが抱きしめていた腕をほどき、あちこち確かめるように彼女を見た。どうやら咆哮を間近で浴びたせいで、何か悪影響を及ぼしているのではないかと思われているようだ。
「大丈夫です。多分、ロワが何かしてくれたのだと思います。咆哮も小さく聞こえただけですし、何ともなっていません」
アリアンナの返答に安心したジルヴァーノが、大きく息を吐き出した。
「はあぁぁ。本当に良かった。あなたに何もなくて」
そう言いながら、再び抱きしめる。
「あ、あの、心配してくださってありがとうございます」
また抱きしめられてしまい、アリアンナの頬に熱が宿る。照れた自分を誤魔化すように礼を言ったアリアンナを、拘束するジルヴァーノの力が強くなった。
「本当です。全く……竜とあなたのセットは、私の寿命を縮ませてばかりですよ」
「う……ごめんなさい」
大きな溜息と共に吐き出された言葉に、心当たりがあり過ぎる彼女は謝る事しか出来ない。
すると、不満だとでも言うように銀の竜が、ジルヴァーノに向かって鼻息を吹きかけた。
「文句を言える筋合いか。アリアンナ様が真下にいると言うのに咆哮など」
ジルヴァーノの叱責に対抗するように、再び鼻息を吹きかける。
「おまえ……反省してないな」
彼の言葉に、銀の竜はフンとそっぽを向いた。それからアリアンナの頬に甘えるように鼻先を押し付ける。
「私は何ともないですから、もう許してあげて下さい」
アリアンナは銀の竜の味方としての姿勢を徹底している。そんな彼女の姿にジルヴァーノは小さく笑みをこぼした。
「全く……アリアンナ様は、ロワに甘いですよ」
ところが彼女はまるでわかっていないようで、キョトンとするだけ。
「そうですか?」
「はあぁ、無自覚か……」
本当は銀の竜をもっと叱責するつもりだったジルヴァーノだったが、完全に毒気を抜かれてしまい大きな溜息を吐いたのだった。
一方、イスに座らされていたピアは、自分の事を忘れて楽しそうに談笑しているジルヴァーノたちに腹を立てていた。
『なによ、なんなのよ!私がこんな状態になっているのに』
そうなったのは自業自得なのだが、ピアにとっては何もかもがアリアンナのせいだという思いしかない。
『許嫁である私を差し置いて、二人で抱き合ったりして……本当に許せない』
そう思いながらアリアンナを睨んでいると、銀の竜と目が合った。