姫神子であるならば
「これは……」
二人とも言葉を失ってしまう。自分たちの記憶にあった痛々しい傷跡が、美しい竜を模った紋様に変わっているのだ。驚かないではいられなかった。
「確かに竜の紋様だな」
国王の言葉に王太子が同意する。
「そうですね、あの痛々しかった傷がこうも変化するとは……本当にアンナは姫神子なのかもしれません」
「ありがとう、アンナ。もう着替えておいで」
国王の言葉に「はい」と返事をしたアリアンナは、すぐに着替えを済ませ戻って来た。
「でも、物語のように世界が壊れるような事は何もないはずです。アンナが姫神子であるとしたら何故?」
王太子の疑問に国王が答える。
「アンナが姫神子だと仮定すると、隣国が竜を捕まえようとしている事と関係あるのではないだろうか」
「なるほど。竜の危機、という事ですか。確かに隣国からの密猟者たちは増える一方ですからね。最近は密猟者だけでなく、冒険者までやって来るようになっていて、ほとほと困っていたんですよ」
王太子は言いながら肩をすくませる。
「なりふり構わなくなっているな」
呆れたように言う国王に、王太子が頷く。
「そうなんです。まあ、竜たちが簡単に捕まる事はないですが、いい加減こちらの我慢も限界だったので。アンナが竜の姫神子だったとして……アンナの見た夢がこれから起こる予兆であったとしたら、奴らを一網打尽にするチャンスですね」
「よし、ドマニと宰相を呼べ。あと竜騎士団長と騎士団長もだ」
真剣に話しながら、二人はアンナの部屋を後にした。
「本当に正夢になると思う?」
アリアンナが王妃に尋ねる。
「ふふ、私はなると思うわ」
王妃は笑顔で返したが、アリアンナの顔は不安そうに沈んでいた。
「不安なのね?」
「ええ。夢を見た時は、これから起きるかもと思っていたけれど……」
「今は確信が持てないのね」
「そうなの」
「アンナ」
そんなアリアンナに王妃が優しく呼び掛ける。
「正直に言えば、アンナが竜の姫神子かどうかは、誰にもわからない。きっとわかっているのは竜たちだけなのよ。その竜たちはアンナを溺愛している。アンナも竜たちを大切に思っている。そうよね」
「ええ、勿論よ」
「ならば、信じなさい。自分の事を。例え、何事も起こらなかったとしても、それはそれでいいじゃない。竜は襲われずに無事だったと喜びましょう。無駄足を踏むんじゃないかと心配しているなら必要ないわ。実際に行って、竜たちが無事だったと確認出来る事を無駄足とは言わないでしょ。どっちに転んだっていいのよ。この国の騎士たちに、そんな事で文句を言うような腰抜けはいないから」
王妃は優しくアンナの頭を撫でた。
「少なくとも母様は信じているわ。お父様もジョエルもよ。それだけではダメ?」
アリアンナは笑った。
「全然。ダメなんかじゃない。これ以上ないくらい心強いわ」
「ふふふ、良かった。さ、私たちはお茶にしましょう」
王妃とお茶の時間を終えた後、アリアンナは竜舎に向かった。
「団長はまだ会議中ですよ」
事務所に入ると、開口一番に言われる。
「あ、いいの。竜たちに会いに来たから。いいかしら?」
「それは勿論、俺たちが行くよりも喜ばれる事間違いなしですよ」
「ふふ、ありがとう」
竜舎に入ると、いつも通りに歓迎される。皆の鼻筋を一通り撫でてやった後、ロアの前に立つ。
「ロア……私はあなたたちの姫神子なの?」
ジッと見つめる銀の竜。
「昨夜ね、竜がたくさんの冒険者たちに襲われる夢を見たの。その前にも見たわ。とても怖かった。どんなに声を上げても、どんなに走っても襲われている竜には届かなかった。まだ子供の竜だった……私にはどうする事も出来なくて。それでもなんとかしたくて助けてって思いっきり叫んだの。そうしたらね、銀の竜が降りて来たのよ。ロワって呼んだら振り返った。あれはロワだったの?」
銀の竜は、金色の瞳をゆっくり閉じた。そしてアリアンナを見つめ、彼女の頬にすり寄った。
「ロワ……」
銀の竜の鼻先に抱きつく。
「私はあなたたちの為に何が出来る?何をしてあげたらいい?」
銀の竜はくいっと首を伸ばす。すると他の竜たちが集まり出した。皆、アリアンナに撫でてもらいたくてすり寄って来る。
「ふふふ、待って。ちゃんと皆を撫でるから。順番よ」
鼻筋や、首を撫でる。竜たちは皆、気持ち良さそうに目を閉じた。
「これが、あなたたちがして欲しい事?」
銀の竜の瞳が閉じた。
「そっか。きっとこれから他にも出てくるのかな。私、皆を喜ばせられるように頑張るね」
竜たちは賛同するように、一斉に首を伸ばした。