3人で夜会へ
ジルヴァーノの婚約者の噂が城内中、そこかしこから聞こえて来た。婚約者が毎日竜騎士団へと足を運んでいる。既に王都の屋敷に一緒に住んでいる。朝は同じ馬車で王城へ登城している。そんな内容だった。
「まあ、あれだけ毎日べったりしていたら、婚約者ではないと知っていても疑いたくなるよ」
王太子の執務室。明らかに不機嫌な王太子がそんな事を言いながら書類を片付けていた。ドマニは「そうですね」と軽い返事をしつつ、今日はいないアリアンナを想う。
執務室に銀の竜が現れたあの日。アリアンナは銀の竜に乗ったまま、陽が暮れても帰って来なかったのだ。銀の竜どころか一頭たりとも竜が戻って来ないという事実に、竜騎士たちだけではなく城内中が大騒ぎになった。ドマニも驚きはしたが、同時にアリアンナも竜たちと一緒にいるに違いないと確信を持っていた。国王と王太子は死ぬほど心配をしていたが、ドマニは竜たちといる限り心配はないだろうと思っていた。
そう思っていたのはドマニだけではなかった。王妃もまた、アリアンナは竜たちと一緒にいるのだろうと思っていた。夜中になってやっと戻って来たアリアンナは、明らかに泣いて腫らしたであろう青い瞳を隠すようにしていた。王妃も、アリアンナから話してくれるまでは待とうと、触れる事はしなかったが理由は何となくわかっていた。
自室に籠り、ぼうっと窓の外を眺めているアリアンナは王妃からお茶にしようと呼ばれた。本当は誰にも会いたくなかったが、辛い気持ちを吐き出してしまいたいと思う自分もいた。身支度を整え居間に到着する。中には王妃の他にドメニカもいた。目の前に置かれた紅茶を手に取るが、水面に映る自身の情けない顔に大きく溜息が出てしまう。ぼうっと紅茶を見つめるアリアンナに王妃は明るい口調で言った。
「アンナ、今夜、私たち三人で夜会に行きましょう」
「え?」
思ってもみなかった誘いを受けアリアンナが顔を上げると、そこには優しく微笑みかける王妃とドメニカがいた。
「私は……」
二人の顔を見た途端、何だか涙が出そうになり言葉を紡げなくなるアリアンナを、王妃が優しく抱きしめた。
「アンナ、今夜の夜会はね。侯爵家と公爵家しか参加しないの。皆、親しくしている者たちばかりよ。だからゆっくり出来ると思うわ。気分転換しましょ」
アリアンナは二人が、自分の落ち込んでいる理由を知っているのだと思った。ピアは伯爵令嬢であるから参加しないと、そう遠回しに言っているのだと思ったのだ。
「お母様、ドメニカ伯母様、私……」
理由も聞かず、ただ励まそうとしてくれている二人に我慢出来ずに溢れ出す涙。
嗚咽混じりに泣くアリアンナを強く抱きしめ直す王妃。
「泣きたいだけ泣いてしまいなさい。涙が辛い気持ちを少しずつでも流してくれるわ。そうしてたくさん泣けば、いつかは辛い気持ちが全部流れて行ってしまうから」
「そうよ。たくさん泣いたら、思いっきり着飾って思いっきり楽しい事をするのよ。たくさん美味しいものを食べて、たくさん踊ってたくさん笑いましょう」
そう言ったドメニカは、二人の覆うように抱きしめた。
「お母様、ドメニカ伯母様……」
アリアンナは二人に抱かれながら、声を上げて泣いた。
その日の夜。アリアンナと王妃とドメニカという三人の王族、元王族が参加した事で夜会は大いに沸いた。
赤と銀でまとめられたドレス姿の王妃。黒と銀でまとめられたドレス姿のドメニカ。青と銀でまとめられたドレス姿のアリアンナ。息を呑むほどに美しい三人に、男性も女性も酔ったように集まって来る。
「アンナ。踊って来ていいのよ」
ダンスの誘いを断り続けるアリアンナに王妃が声を掛ける。
「いいの。今日はお母様とドメニカ伯母様の傍にいたいから」
メイクで泣き腫らした目を隠したアリアンナが、フルフルと首を横に振る。娘の言葉に嬉しさを感じながらも、気分転換に連れ出した夜会なのだから楽しんで貰いたいと思う王妃。どうしたら楽しめるだろうと悩みかけた時。
「それならアンナ。私と踊ろう」
なんと、ドメニカがアンナをダンスに誘った。
「え?」
「この夜会は気楽な集まりなのだから。そんな余興もありでしょ」
そう言ってドメニカは、アリアンナの手を引いた。戸惑っているアリアンナの手を取りダンスエリアへ進むとちょうど音楽が鳴り出した。
「ほら」
ニカッと笑ったドメニカが男性パートを踊る。困りながらもリードに後押しされ、アリアンナは踊り出した。
「ねえ、見て。ドメニカ様とアリアンナ王女が踊っているわ」
たちまち注目の的になる二人。
「皆が見てるわ」
恥ずかしくて頬が赤くなるアリアンナにドメニカが笑う。
「ふふ、赤くなっているアンナは可愛いわね。兄上に会ったら自慢してやろうっと」
「もう、ドメニカ伯母様ったら」
照れながらも踊っているうちに、なんだか楽しくなって来たアリアンナは次第に笑顔になる。朗らかに笑いながらリードするドメニカにつられるように、気が付けば声を上げて笑っていた。
「どう?楽しかったでしょ?」
曲が終わり、最後をポーズを取りながら聞いてくるドメニカにアリアンナは大きく頷いた。そんな二人にたくさんの拍手が降って来た。
「何だか楽しそう。ねえ、私たちも踊ってみない?」
「いいわね、やりましょう」
二人に触発されて、女性同士で踊る人が続々出てくる。
「ふふふ、二人のお陰でとても楽しい夜会になったわね」
王妃が戻って来た二人に拍手を送った。
「とっても楽しかったわ」
アリアンナが言うと待ち構えていたのか、何人もの令嬢たちがドメニカを囲った。
「ドメニカ様、よろしかったら私とも踊っていただけませんか?」
次々と誘われるドメニカを横目に、王妃は笑いながらアリアンナの手を取った。
「ふふ、ドメニカは彼女たちに預けて、私たちはあちらで喉でも潤しましょうか?」
王妃に促され途中でドリンクを受け取りながら、奥のテーブルに向かったアリアンナ。ふと、視界に見覚えのある人物が入った気がした。




