食い違い
アリアンナの真っ青な瞳が霞んでいきかけたその時。
「違う」
低く地に浸透するような声が、アリアンナの真っ白になった頭を現実に引き戻した。
「本当に昔、領地が隣同士で仲の良かった親たちが冗談で言っていた事だ。ピアはそんな冗談話、いつまでも真剣に受け止めなくていい」
「あら、私の両親は楽しみにしているわよ。ジル様がプロポーズするのはいつだろうって」
「では、私から手紙を出す事にする。あくまでもあれは冗談だったのだと。そもそもピアは一人娘なのだから婿を取る立場だろう。互いの両親もノリで話をしたまで。実際、あれ以来一度もそんな話はしていないだろう」
そう言ったジルヴァーノは、何故かアリアンナを見た。アリアンナも、ジルヴァーノの見つめてしまう。
「ふふ、そんな事言って。ジル様は王都に行く前に私に約束してくれたわ。私が成人しても気持ちが変わらないでいたら、結婚を考えようって。私の気持ちは勿論変わっていないわ」
ニッコリと微笑むピア。逆にジルヴァーノは大きく溜息を吐いた。
「あれは、結婚するって約束してくれなきゃ嫌だって泣いて駄々をこねたからだ。あの場にいた誰もが本気になんて捉えてなかった」
「私は本気だったわ。勿論、今も本気よ」
にこやかな表情から一転、ピアの表情が真剣なものになった。
「はあぁ」
またもや大きく溜息を吐くジルヴァーノ。
「これ以上はここで続ける話ではないな。だが、私の気持ちは変わらない」
「私の気持ちも変わらないわよ」
ニコニコ笑顔に戻ったピア。
「頑固だな」
「ふふふ」
気が抜けたように穏やかな顔になるジルヴァーノを見たアリアンナ。彼を簡単にそんな表情にさせる、ピアの存在に言い知れぬ不安を覚える。
『私ではあんなに穏やかな表情にはさせられない』
チラチラと胸の中に、小さな火が揺れているような感覚を覚える。未だ握られている手に無意識に力を入れてしまう。
「アリアンナ様?」
その手をくいっと軽く自分の方へ引いたジルヴァーノ。
「あ……えっと……何だったかしら?」
「なんだか心ここにあらずのようでしたが?」
「いえ……なんでもないです」
「そうですか?なんだかお顔の色も優れないようですが」
「大丈夫。少し疲れてしまっただけなので」
「では、お部屋までお送りします」
「いいです、大丈夫。ジルヴァーノ様もまだお仕事があるのでしょう。どうぞお戻りになって」
アリアンナが言うと、ジルヴァーノの眉が下がった。
「私ではエスコートは役不足ですか?」
いつの間にかピアはいなくなっていた。
「違います、そうではないの。少し座れば大丈夫だから」
「分かりました。ではこちらへ」
離れたいけれど離れたくない。自分の感情を持て余しているアリアンナは、ジルヴァーノの顔をまともに見る事が出来ない。
そんな彼女の様子に気付かないジルヴァーノは、アリアンナをイスに座らせた。
「アリアンナ様」
アリアンナの座っているイスの向かいに跪くジルヴァーノ。
「ロワの見つけたブルーダイヤモンド。ちゃんと身に着けて下さってありがとうございます。本当によく似合っている……本当にアリアンナ様の瞳の色そのものですね」
意図してなのか、ピアの事には触れず、全く別の話をし出した。
「ええ、本当に。お母様も驚いていました。今までどんなに探しても見つからなかったのにって。これからも、常に身に着けたいと思っています。これは私の宝物です」
そう言って笑ったアリアンナは、もういつものアリアンナに戻っていた。
「それは良かった……アリアンナ様。タイミングがなく、言うのが遅れましたが改めて。デビュタントおめでとうございます」
銀の瞳を優し気に細めたジルヴァーノ。
「ありがとうございます」
嬉しくなったアリアンナは、全ての人を魅了してしまうのではないかと思える程の最高の笑顔を見せた。
「!」
まともに見てしまったジルヴァーノの耳が、真っ赤になっていた。
「これからまたお仕事なのですよね?」
「はい。北東の動向が気になるので」
「そうですか……どうかお気をつけて下さい」
「はい、ありがとうございます」
ジルヴァーノがアリアンナの手を取り、甲にキスを落とす。
「ではまた」
そして颯爽とホールを去って行った。
キスをされた手をジッと見つめるアリアンナ。
『胸がドキドキする……』
ジルヴァーノの唇が触れた辺りをそっと撫でる。
『私……ジルヴァーノ様の事……』
「アリアンナ王女、是非、私とダンスを踊ってください」
いつの間にか男性たちに囲まれていたアリアンナは、思考をそこで停止させた。




