舞踏会
貴族たちが全員入場を済ませた少し後。いよいよ王族が入場して来た。ホール中から盛大な溜息が洩れる。
「女神だ……女神が降臨した」
「美し過ぎて直視出来ない」
「私の命、あの方に捧げたい」
陶酔状態で皆が見つめているのは、王太子にエスコートされて入って来たアリアンナだった。女神ですら嫉妬しそうな笑みを浮かべている。
「笑っていらっしゃるわ」
「初めて拝見いたしましたわ。なんて神々しいの」
女性すらも虜にしてしまっている。
「一体、誰がアリアンナ殿下を笑わせたんだ?」
「くそっ、私が笑わせるはずだったのに」
男性たちからは、そんな声も聞こえていた。
「今宵、デビュタントを迎えた新たな紳士淑女の諸君。まずはおめでとう」
国王の挨拶にデビュタントたちが瞳を輝かせた。自分たちの新たな門出を、国王が直々に祝ってくれる事が誉れのように感じたのだ。
「そして既に紳士、淑女である諸君。今年も社交シーズンが始まる。皆の交流が、ひいては国の為になると自覚をしながら大いに楽しんでもらいたい」
国王の言葉に貴族たちが湧いた。
「そして」
柔らかい声色に変わった国王に、ホールがシンとなる。
「我が愛しき娘、アリアンナが過去を乗り越え、可愛らしい花の蕾から、美しい大輪の花へと咲き誇る事が出来た」
国王がアリアンナの手を取った。アリアンナは皆に向けて正に花のような微笑みを見せた。
再びホール中からため息が洩れた。
「さあ、今宵はとくと楽しむ事にしよう!」
舞踏会が幕を開けた。
国王と王妃、王太子とアリアンナが踊り出す。それを切っ掛けにデビュタントたちが踊り出した。
その後は、貴族たちとの挨拶を順に交わして、国王とダンスを踊る。
「疲れたか?」
労わるような声色の国王に、アリアンナは微笑んだ。
「いいえ、楽しくて疲れなんて感じないわ」
「そうか。だがあまり無理はするなよ」
「はい、お父様」
次はドマニと踊る。
「アンナ、本当に綺麗だね。他のデビュタントたちが霞んでしまうよ」
「そんな訳ないでしょう。身内びいきが過ぎるわ」
「はあぁ、そういうとこだよ。殿下じゃないけれど帯剣していた方が良かったかな。私とのダンスが終わった途端、誕生会の比ではないほど男たちが集まって来るよ」
「え?それはちょっと怖いかも」
あの時の恐怖を思い出す。
「じゃあ、踊った後もこのまま、私と飲み物でも飲もうか。休憩を兼ねてダンスに応じていい男性を見極めるというのはどうかな?」
「ええ、そうする」
踊りながら少しずつダンスエリアの端に移動する。曲が終わった途端、ドマニがアリアンナをダンスエリアからホールの端に連れて行った。途中で飲み物もしっかり手にする。
「ひとまずは安心だね」
「ふふ、そうね」
しばらく二人で休憩していると男性ではなく、数人の令嬢がドマニを誘いに来た。
「私は大丈夫。ここで大人しくしているわ」
「でも……以前はそれで囲われてしまっただろ」
そんな問答をしていると、入口の方から紺の騎士服の男性が歩いてくるのが見えた。
アイスブルーの髪が歩く度に揺れる。背の高い彼に盛装の騎士服はよく似合っていた。銀の瞳は真っ直ぐこちらを見ている。
「ああ、ナイトが来たね。なら大丈夫だ」
ドマニはすれ違いざま、彼の肩を叩いて離れて行った。
「ジルヴァーノ様」
「アリアンナ様……お美しいです」
ジルヴァーノの飾り気のない素直な賛辞に、アリアンナの頬が上気した。
「あの、ありがとう、ございます。ジルヴァーノ様も素敵、です」
アリアンナもはにかみながらもなんとか言うと、ジルヴァーノは微笑んで彼女に手を差し出した。
「約束です。踊って頂けますか?」
「はい」
アリアンナはジルヴァーノの手に、自分の手を乗せた。ジルヴァーノの手がアリアンナの手をキュッと握る。
ジルヴァーノは、ダンスエリアまでゆっくりとアリアンナをエスコートすると、彼女の背に手を置く。
『やっぱり熱いわ』
ジルヴァーノの手は大きくて熱くて、何故か安心感を覚える。反対に、アリアンナを見つめる銀の瞳は、彼女をドキドキと落ち着かない気持ちにさせた。
音楽が鳴り出す。二人は暫し無言で踊るのだった。