傷跡の変化
まともにジルヴァーノの顔を見る事が出来なくなってしまうアリアンナ。
「あ、あ、あの。今夜は……今夜はジルヴァーノ様もあの、舞踏会へいらっしゃるのですか?」
視線を外してなんとかそれだけ言う。
「はい、参加する予定です。よろしければ、ダンスを一緒に踊って頂けますか?」
「は、は、はい……あの……喜んで。で、では、あの、支度をし、しなくてはいけないので」
それだけ言うと、アリアンナは逃げるように事務所を後にした。
ドキドキと高鳴る心臓が鳴りやまないうちに、待ち構えていた二人にお風呂に入れられてしまう。
「お嬢様、これ……一体どうしたのです?」
背中を流していたベリシアが驚いた顔をした。
「これってなあに?」
「背中です。なんて綺麗なんでしょう……何を模っているのかと思っていたら……これって竜だったんだわ」
「え?本当!?」
サマンサも見る。
「本当だわ、竜です。羽を広げた竜です」
「これって……どういう事かしら?」
合わせ鏡でアリアンナも背中を見た。
「わかりませんが、王妃様にも見てもらいましょう」
サマンサが言うと「私、行って来ます」とベリシアが部屋を飛び出した。
間もなく、王妃が慌てたようにアリアンナの部屋に入って来た。
「一体どういう事なの?」
王妃が慌てた様子で浴室に入って来る。
「お母様……」
「アンナ、大丈夫だから見せてごらんなさい」
素直に背中を見せる。
「……本当に竜だわ……」
呟いた王妃は、不安げな表情になるアリアンナの肩にガウンを羽織らせて抱きしめた。
「心配しないで。きっと大丈夫だから。形が変わっていった経緯はわかる?」
「最初に気付いたのは、私が竜舎に初めて行った時だったわ。でもその時は、なんだか傷跡の形が変わっているように感じただけで、竜だとはわからなかったの。そして今日、ネックレスを見せに竜舎に行ったわ。そうしたら竜たちが一斉に鳴いたの。まるで皆で歌っているようだった。そうして戻って来たら……」
「竜の模様になっていたって訳ね……今日が終わったら、お父様たちに調べて頂きましょう。これは母様の勘でしかないけれど、悪い事ではない気がするわ。もしかしたら竜の加護、もしくは祝福を受けた証なのかもしれない。きっとアンナを守ってくれる、そんな気がするわ」
「実は、私もそんな気がしたの」
自分の考えが王妃と一緒だった事で安心感を覚えたアリアンナ。
「さあ、そうとなったらとびきり綺麗にならなくてはね。銀の竜たちがきっと見守ってくれているわよ」
「はい」
準備が終わり、控えの間へ移動する。既に国王、王太子、そしてドメニカとドマニも揃っていた。
「……」
「……」
アリアンナが入って来た姿を見た国王と王太子が固まってしまう。
「もしかしてどこかおかしい?」
何も言ってもらえない事で不安を覚えるアリアンナは、自分をあちこち見直してみる。
肩が大きめに開いた白いドレスは、胸元には見事なまでの銀糸の刺繍、スカート部分には重ね着のように、薄いブルーから濃いブルーのシルクのオーガンジーが重ねられ、ふわりふわりと空気が動く度に靡いていた。
胸元には全てがダイヤモンドで作られた豪華なネックレス。中心部分には、銀の竜から贈られたブルーダイヤモンドがはめ込まれていた。
「ふふふ、どこもおかしくないわ。二人ともアンナの美しい姿に言葉が出ないだけだから。綺麗よ、アンナ」
そう言いながら控えの間に入って来た王妃もまた、この世の物とは思えない程美しかった。
「天国とはこういう所かもしれないな」
ぼそりと呟いた国王。
「いやだ、しっかりしてくださいな」
王妃が笑いながら、国王の頬を軽くペチペチとする。
「いや、本当に。私の愛する妻も娘も、天上の女神の如く美しい」
そう言ってアリアンナのおでこにキスを落とし、王妃の唇にキスをした。
「本当に綺麗だよ、アンナ。あんなに小さかった子が……すっかり大きくなって」
「だから、それって兄ではなく父親の言うセリフですって」
傍にいたドマニが王太子に突っ込んだ。
「だって本当の事だろ。天使のような愛らしい娘が、女神のように変身を遂げた。これはきっと馬鹿みたいに男たちがわんさかと集まってしまう……ドマニ、剣を用意してくれ」
「はいはい、物騒ですから」
二人のやり取りをみているうちに、自然と緊張が解けて行くのを感じたアリアンナ。
『ロワ、見ていてね』
そっと心の中で呟いたのだった。




