感じる幸せ
誕生日を祝う会から1週間ほど経っていた。
「アンナは、ダンスのレッスンはどうしていたの?」
朝食の席で、何気なく王妃が問う。
「ダヴィデお父様が生きていらした時から家庭教師の先生に教わっていたわ。でも亡くなってからは、いつの間にか先生はいらっしゃらなくなって……その少し後にはボノミーアの……ボノミーアの伯父様が家庭教師とダンスの先生を……ナターラお母様のようにと……」
「そう……辛い事を思い出させてしまってごめんなさいね。アンナは今年、デビュタントだから気になったの。そうね、じゃあこの後。ジョエルと踊ってみましょうか?」
王妃の提案に男性二人が喜んだ。
「私で良ければ喜んで」
「私とも練習しようか?」
「ダニエレ……公務が滞ると宰相に怒られてしまうわよ」
王妃が窘めるが国王はごねる。
「じゃあ、せめて見学だけでも。少し見たら仕事に戻るから」
「ふふ、仕方のないお父様ですわね」
結局は許してしまう。王妃も甘いのだった。
朝食の後、休憩を取ってからダンスを始める。その場には、怒るはずの宰相も見学に来ていた。
「これはこれは」
「いいな」
「綺麗だわ」
アリアンナは特に飾りもない質素なドレス、王太子も絹のシャツにパンツというシンプルな格好であるにも関わらず、二人の周辺は煌いて見えた。
「とても上手よ、アリアンナ。デビュタントで一番になるのは間違いないわ」
王妃は自分の息子と娘の美しさに満足しているようだった。
「とびきりのドレスを用意しなくてはいけないな」
国王もニマニマしている。
「ちょうどいい歳の息子がいればと、思わずにはいられないほどです」
宰相までもが褒め称えていた。
アリアンナが出来るのはダンスだけではなかった。淑女としての礼儀やマナー、勉強も学校を卒業するレベルにまでなっている。
「新たに学ぶことは特にはなさそうね」
「そうですね。これだけ優秀ならば、私の仕事を手伝ってもらいたいくらいだ」
王太子の言葉に反応したのはアリアンナ本人だった。
「ジョエル兄様のお手伝い、出来るのであればさせて欲しいわ」
「ホント?ならば、時々手伝ってもらおうかな」
「はい、いつでも言ってくれたら喜んでやるわ」
「うん。その時はお願いするよ」
王太子は優しい笑みを見せながら、アリアンナの頭を撫でた。
「アンナがジョエルのお手伝いをするのは追々として。まずはこの招待状を片付けましょうか?」
王妃の後ろにいる侍女が持っている盆には、山になった招待状があった。
「成人した途端、貴族と言う貴族から招待状を頂いたようよ。流石に全てに参加する事は出来ないから、選別するところからお勉強を兼ねてやってみましょうか?」
「はい」
その日の夜。アリアンナは夢を見た。以前見た夢に似ていた。父親のダヴィデと母親のナターラが微笑みながらアリアンナに向かって手を振っている。
「お父様、お母様」
走って近づこうとするが、やっぱり距離は縮まらない。アリアンナもそれがわかっていたから、すぐに追うのを止めた。その代わり、二人に聞こえるように大きな声を出す。
「お父様、お母様。私は今幸せよ。ダニエレ伯父様とマッシマ伯母様が新しいお父様とお母様になってくれて、ジョエル兄様も本当の兄様になってくれたの。ドメニカ伯母様とドマニもとても優しくしてくれるわ。お父様とお母様の傍に行きたい思いはまだ消えないけれど……二人の傍に行くのは少し先になりそう」
涙が溢れる。寂しい気持ちが胸を苦しくさせる。それでもアリアンナは笑った。
夢の中のアリアンナは、ちゃんと笑う事が出来ていた。アリアンナの笑顔を見た二人は、優しさに満ち溢れた表情を浮かべたままスーッと消えていった。
目覚めたアリアンナの目元は濡れていた。
「どうしました?怖い夢でも見てしまいましたか?」
サマンサが心配した面持ちでアリアンナの顔を覗き込む。
「違うの。とてもいい夢だったの」