恐怖
たくさんの祝いの言葉を受け取った後、アリアンナは王太子とドマニに挟まれて座っていた。
国王は、重鎮の者たちに捕まってしまい、何やら真剣に話し込んでいる。王妃とドメニカもご婦人方に連れて行かれてしまった。残っていた王太子とドマニは、男性たちを牽制しつつ、たくさんの令嬢方の誘いを断り続けている。
「これは失敗だったな。男たちがたくさん来ることは想定していたが、まさかこんなに令嬢方まで集まるなんて思っていなかった」
断る事に疲れた様子の王太子が、ぼやきながらサンドイッチにかぶりつく。
「いやあ、本当にね。社交シーズンが始まったような盛況ぶりだね」
ドマニも笑ってはいるが、少しばかり疲れているようだ。
「ごめんなさい。私を一人にしないために……」
アリアンナは申し訳ない気持ちになり、肩を小さくしながら謝ると王太子が首を振る。
「違うよ、アンナ。私たちがアンナと一緒に居たいんだ」
三人の席の周辺には声を掛けたくても、黒い笑みを浮かべている二人の兄に恐れをなして近付けないでいる男性たちがたくさんいた。何人か勇者が立ち上がったが、ドマニの口撃にことごとく敗北したのだった。
「気をつけなければ、アンナの周りに悪い虫が蔓延るからね」
王太子は苦笑いでそう言うが、アリアンナはキョトンとした顔になる。
「悪い虫?」
「そう。その辺にウロウロしているだろ」
悪い虫が暗喩の言葉だという事を知らないアリアンナ。毒蛾か何かがいるのかと、キョロキョロと周囲を見渡すが悪い虫どころか、虫そのものが見当たらない。
「ジョエル兄様、虫なんて何処にもいないわ。外に行けばいるのかもしれないけれど」
アリアンナの言葉に、王太子が天を仰いだ。
「アンナ。やっぱり危険だ」
そんな時、再び二人を誘う令嬢たちが現れた。
「ジョエル兄様も、ドマニも行って差し上げて。私はドマニのくれたケーキを食べて待っているから」
「でも」
「大丈夫よ。こんなに美しい皆様をお待たせしてはいけないわ」
これ以上、令嬢方を蔑ろにするのは確かに良くない。仕方なく二人は席を立つ。
「すぐに戻って来るから。そこから一歩も動いてはいけないよ」
「はい」
「絶対に動いてはいけないよ」
「わかってます」
「絶対だからね」
「はいはい」
渋々と席を離れて行く二人を見送り一人になったアリアンナは、皿に盛られたスイーツに集中する事にした。
『美味しい』
ドマニが持ってきたケーキは皆、どれも美味しそうだった。
『誕生日をまた祝ってもらう日が来るなんて……去年は死ぬ事しか考えていなかったのに、とっても幸せだわ』
しかし、小さいサイズのケーキを2つ口にしただけで、アリアンナの一人の時間は終わりを告げた。
「アリアンナ様、是非お話をさせて下さい」
1人の勇気ある男性が話し掛けた。それを皮切りに、どんどん男性たちが集まって来る。イスに腰掛けていたアリアンナは、外からではもう姿を見る事が出来なくなってしまった。
始めのうちは、笑わせようと面白おかしい話をしていた男性陣だったが、次第に賛辞を送る言葉へと変わっていく。
「アリアンナ様の銀の髪は、まるで絹糸のように美しいですね」
「白い肌も陶器のようだ」
「何と言っても国の至宝と言われる、真っ青な瞳。見ているだけで吸い込まれてしまいそうです」
白熱していく賛辞合戦。アリアンナは段々と怖くなって来た。
「アリアンナ様の好みの男性のタイプを教えて頂けませんか?」
誰かがそんな質問を投げかけた。
「それは是非お聞きしたい」
「これからの参考になりますね」
「え……」
正直、アリアンナは異性の好みなど考えた事がない。強いて言うなら父親であるダヴィデのような人か。それくらいしかないのだ。どう答えていいのかわからないアリアンナは固まってしまう。
「と、特に、これと言っては……」
そう答えたのがまずかったと思うのは数秒後だった。
「では、私でもいいのですか?」
「それを言うなら私でもいいという事ですよね」
「私、私はどうでしょう?」
「アリアンナ様、僕は?」
今度は男性たちの自己アピールが白熱していく。少しずつアリアンナを囲っている輪が、小さくなっている気がする。男性たちの熱気が、アリアンナの肌に纏わりつく感覚がした。恐ろしいという気持ちしか感じられなくなったアリアンナは、悲鳴を上げそうになる。
その時だった。
「どいてくれ」
低いけれど心地良く響く声がした。全方位囲われているアリアンナには、声の主の姿は見えない。けれどその一声で、アリアンナの目の前に道が出来上がった。




