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ATM

作者: 中沢みこと

何やってんだろうな。

もう手元にお金を引き出してしまってからいつも思う。

5万円。

大した額じゃない。

でも。

毎月5万円借金してたら、絶対返せないよね。

普通に考えて。

でも、会いたいから。

そんな単純な理由。

だって、何をしてても考えてしまうから。

買い物に行っても、食事をしても、映画を見ても、隣に彼が居たらと思う。

この服似合うだろうな。インテリアはどんなのが好きかしら。この小物似合いそう。こういうご飯は好きかしら。美味しいから食べてもらいたい。いつもコンビニとか牛丼とかそんなものばっかりだろうから作ってあげたいな。今度持って行こうかな。迷惑かな。映画を一緒に並んで見てみたい。手を繋いだり、肩に頭を乗せたりして。

でも。

そうするためにはお金を払わなくちゃいけないのだ。

1時間1万円。

彼とそういうことをするためにいつも2時間。交通費と指名料とホテル代でプラス1万円。

2時間3万円。

映画を見たければ6万円かかる。今日は食事をしたいから5万円。

初めは、こんな贅沢なこと一生に一回でいいと思った。

でも2回目彼を呼んだのは5日後だった。

その後も1ヶ月に1回にしなければと思いながら2回、3回と回数が増えていき、今では毎週が基本。週2回になることもある。

給料は16万円しかない。家賃が6万。絶対に無理だ。だから一生の思い出として1度だけだと思っていたのに。


彼とデートするには可愛い服がないと。ホテルで会うだけならお洒落しなくても、と思っていたけれど、彼と会う時には可愛いと思われたい。そんな欲がで始める。買わなくてもいい。レンタルで。毎回違う服が着れるし。それが月額3万円。それを利用するようになって確実に可愛いと言ってもらえる回数が増えた。そう思う。彼はひと回り以上年下だし、可愛いしかっこいいしスタイルがいいし、並んでたら歩いていることの優越感はお金に変えられないものなのだ。

お金を払っているから、彼はその時間、私のものになる。手を繋いでといえば繋いでくれる。腰に手を回してと言えばそうするし、彼氏として振る舞ってと言えばそうする。混雑した街中で「キスして」と言っても。

皆振り返る。

なんでこんなおばさんと?

このブランドものに身を包んだ女は何?

こんなかっこいい若い子に守られて。

なんでなの?と。


待ち合わせ。

それがいいのよ。

そう。

その為にお金を借りるのだ。

「お待たせ」

彼が来る。手を振って小走りに。私に向かってくる。

ほら、他の待ち合わせしている女たちが見てくるわ。めっちゃかっこいい人来たと思ったらこのおばさんと?って顔に書いてある。

さぞ胸糞悪いでしょうね。

でもいいの。

これよ。

この為に私は借金を重ねるんだわ。

何やってるんだろうじゃないよ、私。


見せてあげたい。いつもそう思ってた。

昔の私に。

見た目も性格も人間関係も、仕事も未来も何もかも気にしていなかった自分に。

どうでもいい。

そう思っていた。

どうせこのまま歳をとって死ぬんだわ。

誰にも愛されずに。

でも彼と出会って変わったのよ。

彼は私の体を愛でてくれるの。

手で触ったり、舐めたり、指を入れたりしてくれる。

全身を。愛でてくれるのよ。

そうしたら、変わったの。私。

化粧も洋服も体型も気にするようになったし、歩き方や姿勢まで。

どう思う?昔の私が見たら。

変わったでしょう?

綺麗になったとは言わないけど、変わったよね?

ねえ。今男の人と歩いてるよ。

この後ホテルに行くの。

信じられないでしょう?


彼と待ち合わせする、その時を思いながらATMに入り金額を押す。

するとピーという異音が耳を不快に刺激する。

何?

画面を見ると限度額を超えています。ご利用いただけません。と書いてある。

限度額?

いや、いやいや。この後待ち合わせなのよ。

お金が無いと困るのよ。

お金がないと。

何度もカードを入れ直す。何度も同じ異音がする。

お金がいるのよ私は。

とにかく彼に遅れるように言わないと。

「あ、あのユウトいます?」

お店に電話をかける。

「失礼ですがお客様のお名前よろしいでしょうか」

「今日予約してるモカです!常連なんだけど」

「モカ様ですね。いつもありがとうございます。ユウトとのお待ち合わせ時間が後5分程度でございますがいかがなさいましたか?」

「あの、ちょっとさお金の用意が間に合ってなくて、少し遅らせてもらえない?」

「どのくらいお時間かかりますでしょうか?」

「ちょっと会社に調べさせたりとかしないとだからー。1時間とかかかるかも知れないんだけど、ユウトに直接話せない?分かってくれると思うからさ。私が時間押えてるんだからいいよね?」

「お客様、現金払いだけでなくともクレジットカードでの対応もできますのでそちらに変更されてはいかがでしょうか?」

「カード持ってないのよ私。なんか作れないし。ユウトに電話できない?」

「それは出来かねます。お支払いがない状態でキャストのスケジュールを確保することはできませんので、一旦キャンセルのお手続きとなります。当日キャンセルは合流前ですのでコース料金の50%をお支払い頂きます。本日ですと2万円5千円でございますね」

「はあ?ちょっと待ってよ。私がどれだけ常連だか分かってんの?待ってくれたら払えるんだからユウト待たせといてよ!」

「いえ、それは出来かねますので…」

「なんて融通の効かない店なの?!信じられない!ユウトに直接言うから!」

折角ユウトの顔を立てるためにお店に電話したっていうのに。

彼にメールする。

メールといってもSNSを介してのものだが。

電話番号は知らない。

『ごめん、ちょっと遅れるんだ。待っててもらってもいい?』


そのメールは既読にならなかった。

何時間経っても、待っても、既読にすらならない。


お金は、もう借りられないところまできた。

金融会社からは沢山連絡が来る。

借金を返せる余裕なんてない。

もともとお金なんてないんだから。

でも、これで終わりなの?

私と彼の関係って、そんなものだったの?

彼との関係も、私の人生も。


いつまで経っても既読にならないメール画面を見ながら、どこへも行く気になれずに佇んだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 女性の心理描写が旨く表現されていて良いですね。 金で男を買う女性の悲哀が伝わってきます。 自分の虚ろな心を満たすためだけに愛のない逢瀬を重ね、そのために借金を繰り返す愚かさが切ないです。 …
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