プロローグ
季節は夏。
高校野球選手権の真っただ中である。
甲子園を夢見る少年や、それを応援する人々。
そんな多くの人に囲まれる球場は最高潮の盛り上がりに達していた。
現在、笹倉高校と沼白高校が対戦しており、三-二で沼白高校が劣勢だ。
しかし今、野球のロマンである九回裏二アウトの状況でもあった。
――二塁に一人走者がいる。もし此処でホームランを打てば、サヨナラ逆転ホームランだ。
沼白高校の生徒なら、誰もがそう期待せざるを得ない状況で最後のバッターが登場した。
「嘘だろ……最後がなんであいつなんだよ……」
「ああ、もう終わりだ……」
「監督は正気なのかよ」
「さて、帰るか」
そのバッターの登場に沼白高校サイドから悲痛な声が漏れる。だが、それも仕方のないことだった。
登場した彼の名は水沼潤
。
沼白高校一、ベンチの座り方が上手いと揶揄される駄プレーヤーだ。
そんな蔑称が付いている彼に期待する者がいないのは当然だ、彼自身を除いては。
水沼は自信に満ち満ちていた。
敗色が濃くなった周囲の空気などものともしないほどに。その絶対なまでの自信を根底から支えているのは日々の努力だった。一日バッド素振り二十回、それを一か月続けていたのだ。
――絶対にいける。努力は裏切らない。だって本にそう書いてあったんだもん。
水沼のただならぬ気配を察知した周囲は――
「なんかあいつ、いつもと違くね?」
「そ、そうだね。もしかしたら……」
「あ、あの水沼だぜ? ま、まさかな」
口々に感情の声を漏らすも、なにかある、そう期待させてしまうほどの堂々たる出で立ち。
皆が固唾を呑む中、最後のゲームが始まった。
一球目。
最初の一球は様子見だ。
そう判断した水沼は、笹倉高校の投手が投げた球をそのまま見送った。
球は外角低めのストレート。
――ストライク!
二球目。
次も見送りだ。
またも同じ判断を下した水沼は二球目も見送った。
球は外角低めスライダー。
――ストライク!
三球目。
沈黙の帳が球場を覆う。
誰もが息を押し殺しながらの観戦モードだ。
いよいよ決着が着く。
球の調整をしていた笹倉高校の投手が投球フォームに入る。
そのフォームを見た水沼は内心舞い上がる。
――これは一球目と同じフォーム! よし、読めたぞ!
ボールは水沼の読み通り、外角低めのストレート――ではなく、角低めスライダーだった。
――え? あれ? ちがくね? どうしよう……。
いや大丈夫だ。だって努力は裏切らないもん! 適当に振ってもきっと当たる――はず!
そう確信した水沼は全力でバットを振るった。
カキーン!
ヤッタァアアアアアアアアアア――え!?
水沼は思い知る。
バットを一日二十回振った程度では努力と呼べないことを。
周囲は思い知る。
何が何でもあの男に期待するのは間違いだったのだということを。
奇跡的な角度でバットに触れたボールは勢いを殺すことなく水沼の顔面に直撃した。
そしてこの日、水沼は前歯と共に自信を喪失したのだった。