92話 ナルリス、倒される 3
<三人称視点>
現在の状況をナルリスの視点で見ると、次のようになる。
『宝石人達を始末するために、地下迷宮に潜った私は、謎の男の使った謎の力により、強制的にチェスリルの決闘をすることになりました。
謎の男のレベルは、私よりも高い145! 戦ったら絶対に勝てません。
ですが、男は愚かにも、賭けるものを間違えました。
結果、次のように圧倒的に有利な賭けにできたのです。
男がチェスリルに負けた場合:全スキルを差し出す
私がチェスリルに負けた場合:銅貨1枚を差し出す
しかし、まだ油断はできません。決闘の後、レベル145の謎の男が何をしてくるか分かりません。私に襲いかかってくるかもしれないのです。
勝利し、男の全スキルを奪って無力化しなければ!』
無論、これらは事実と異なる。
謎の男とはジュニッツだが、レベル145は偽装である。本当はレベル1だ。
そして何より、ジュニッツは賭けるものを間違えたわけではない。これはジュニッツの罠である。
だが、ナルリスはそんなことは分からない。
彼は今、気を引き締めながら、謎の男ジュリー(ジュニッツの偽名)の様子を観察している。
そのジュリーはというと、じっと黙っていた。
その顔は、どこか茫然自失としているようにも見える。
チェスリルの決闘では、賭けるものを決めた後は、決闘の場所を決めなければならない。
場所を決めるのは、挑戦者(つまり今回ならジュリー)である。
実際、ナルリスの頭の中には『挑戦者は決闘場所を宣言してください』と声が響いている。
ジュリーの頭の中にも、同様に響いていることだろう。
だが、ジュリーは動かなかった。
(きっとショックが大きかったんでしょうねえ)
とナルリスは思った。
ナルリスの視点から見れば、ジュリーは自らの愚かさゆえに、『チェスリルの決闘に勝っても銅貨1枚しか手に入らず、負けたら全スキルを失う』という圧倒的不利な条件で決闘をする羽目になったのである。
ショックを受けていてもおかしくない。
(やれやれ、愚鈍な男は大変ですねえ)
ナルリスは心の内で哀れむようにつぶやく。
ちょうどその時、ようやくジュリーが口を開いた。
決闘場所を告げるらしい。
場所はどこだろう?
ここだろうか?
それとも、意表を突いて町の広場だろうか?
だが、ジュリーの言葉は、ナルリスの予想を超えていた。
彼はこう言ったのだ。
「魔王の玉のある場所で、チェスリルの対戦をする」
ナルリスは最初、意味が分からなかった。
(……は? ……え?)
そうして何秒かしてようやく、ジュリーの言葉の意味が飲み込める。
(なっ……なな、なんですって!)
魔王の玉。
それは、触れることで、魔王の部屋に行くことができる玉である。
地下迷宮の奥深くにあり、具体的な場所はナルリスだけが知っている。
だが、そのナルリスだけが知っているはずの場所で、ジュリーは決闘をやると言うのだ。
(まっ、まさか、この男も魔王の居場所を知っているというのですか!?)
ナルリスはそう思った。
だが、それは違った。
頭の中で声が響き、対戦相手(ナルリスのこと)にこう告げたのだ。
『では対戦相手よ。決闘場所を知るお前が、先導して場所を案内せよ。道中の危険は全て排除するように』
ここまで来て、ようやくナルリスはジュリーの狙いを察した。
ジュリーは、魔王の居場所を知っているわけではない。
だが、どういうわけか、ナルリスが密かに魔王の所へ通っていることを知っていたのだ。
そして、チェスリルの決闘を利用して、ナルリスも魔王の場所へと案内させようとしているのだ。
何しろ決闘では、決闘する2人のうち1人でも決闘場所を知っていれば、知っている者が案内をしなければならない作法だからだ。
(くっ……ま、まさか……まさか私が魔王の居場所を知っている、という秘密を知る者がいるとは……)
ジュリーがどうやってナルリスの秘密を知ったのかは分からない。
だが、ジュリーの目的は想像がつく。
彼の目的は2つあるのだろう。
1.魔王を倒す
2.ナルリスのスキルを奪う
まず、チェスリルの決闘を利用し、ナルリスに魔王の居場所まで案内させる。
そして、チェスリルの勝負でナルリスに勝ち、そのスキルを全部奪う。
その後、魔王を倒す。
これがジュリーの計画だ、とナルリスは考えた。
(もっとも、『2.ナルリスのスキルを奪う』が実現することはないでしょう。
愚かなジュリーは、賭けの条件を間違えました。
チェスリルの勝負で私が負けたとしても、失うのは銅貨1枚だけ。スキルを奪われることはありません。
ですが……『1.魔王を倒す』は、実現するかもしれません……)
魔王を倒されると、ナルリスとしては非常にまずい。
なにしろ彼は、魔王の吐くスミが持つ『人を操る力』を利用して、S級冒険者になることができたのだ。
今後も魔王のスミは、おおいに利用するつもりである。
ナルリスは今日、宝石人達を魔王に向けて自爆させる予定ではあるが、これはあくまで魔王の強さを調べるための調査であり、自爆させたくらいで魔王を倒せるとは思っていない。
ナルリスに魔王を倒すつもりなどない。
魔王に死なれては困るのだ。
(……となると、ますますチェスリルで負けるわけにはいきませんね。
もし私が負けたら、そのあと、レベル145のジュリーは魔王を倒しに行くかもしれません。ジュリーのレベルなら魔王に勝てる可能性だってあります。魔王が殺されてしまいます。まずいです……)
つまり、ナルリスの視点では、自分がチェスリルで敗北した場合、次の2つの危険があるのだ。
・ジュリーに攻撃される
・魔王を倒される
(これらを防ぐには、チェスリルで勝ってジュリーのスキルを全て奪い、彼を無力化させるしかありません。無力化すれば、攻撃されても怖くないですし、魔王を倒されることもないですから。
このチェスリル、絶対に負けられませんね。私は、これからも亜人どもを使い捨てにしながら、活躍して、英雄になって、世間から賞賛されなければならないのですから)
ナルリスは改めて心を引き締めるのだった。
◇
地下迷宮の中をナルリスが先頭に立って歩いて行く。
すぐ後ろをジュリーとアマミ。
その更に後ろを、ナルリスに操られている宝石人達が一列になってついて行く。
ほどなくして一行は、地下20階に着く。
そこには、昨日ジュニッツとアマミがタスマンの案内で見た扉があった。
押しても引いても叩いてもビクともしない扉である。
扉の上部には、赤い宝石が縦5列・横5列で合計25個並んでいる。
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤
どの宝石も、触ると色が変わる。
赤、青、黄の3色のいずれかの色にすることができるのだ。
この色を正しく並べることで、扉が開くのではないか、と言われている。
そして、ナルリスは正解を知っている。
先祖の残した本に記してあるからだ。
模範解答を知っているのだ。
無論、本来は答えなど教えたくない。
ジュリーやアマミの目の前で見せたくなどない。
だが、チェスリルの決闘作法により、ナルリスはジュリー達を案内する義務がある。魔王の玉は、扉を越えてしばらく進んだ先にあるのだから、扉を開けないわけにはいかない。案内を拒絶すれば、決闘の妨害と見なされて死罪である。
ナルリスは嫌々ながら、正解の色に並べる。
青黄赤赤赤
赤黄赤青黄
黄青黄黄黄
赤赤青赤赤
青青青黄赤
最後の宝石の色を変えた途端、扉は静かに開いた。
ナルリスは扉をくぐり、中に入る。
直後、みょうなことをした。身を屈めて床の隅に置いてある何かを操作したのだ。
カチリと音がする。
トラップ(つまり罠)を解除した音である。
そう、実は、扉の向こうには罠がしかけられていたのである。
しかけたのはナルリスである。
ナルリスはジュニッツを嫌っていた。
S級冒険者である自分が魔王を倒せていないのに、G級冒険者であるジュニッツが魔王を3体も倒したことが許せないのだ。
そのため、ジュニッツに対して罠をしかけていた。
――それゆえ、ナルリスは『復讐』を考えていた。
――彼の住む国には魔王がいる。
――その魔王を倒しに、ジュニッツが近々やってくる可能性がある。
――そこに、罠をしかけるつもりなのだ。
罠は単純なものである。
――だが、実のところ、その罠はごく単純なものである。
――さほど凝ったものではない。
どんな罠か?
昨日、アマミは『罠には近づくだけで発動するものがある』と言っていた。
――≪トラップって2種類あるんですよ。人が魔物や動物相手に仕掛けるやつと、迷宮やダンジョンが生み出すやつ。どっちも基本的には同じです。近づいたり、踏んだりしたら発動します。トラップにかかると、死んだり、ケガしたり、丸1日眠らされてしまったりします》
その『近づくと発動する罠』を設置したのだ。
具体的には、近づくと矢を放つ罠である。
それを扉の向こうに大量に設置していたのだ。
無論、大量に設置している分、見え見えである。見れば気づく。
普通なら引っかかることはない。
では、なぜナルリスは、そんな罠のしかけ方をしたのか?
それは、ジュニッツが扉を越えて瞬間移動してくると思っていたからだ。
『神の祝福』の中には、ポイントを消費することで最大3メートル瞬間移動できるという祝福がある。
2日前、ジュニッツはこう言っていた。
――たとえば、瞬間移動できる祝福があった。
――念じればすぐに移動できる。
――必要なポイントは1000。十分足りている。
――ただし、移動距離は最大でわずかに3メートルである。
この祝福をジュニッツは使うとナルリスは思っていたのだ。
ナルリスはこう考えていた。
(もしジュニッツがエルンデールの町にやってきて、地下迷宮に入ったとしても、しょせんは愚か者です。
そんな愚かなジュニッツには、宝石の扉の謎を解くことはできないでしょう。
ですが、ジュニッツは、まぐれとはいえ魔王を倒しています。ポイントを大量に持っています。そのポイントを使えば、扉を瞬間移動で越えることができます)
そう、ナルリスは、ジュニッツが瞬間移動の祝福を使って、宝石の扉を越えてくると思っていたのだ。
昨日ジュニッツが言ったように、扉の厚みは10センチほどである。
3メートル瞬間移動できる祝福を使えば、楽に越えられる。扉の謎なんて解かなくてもいい。
――壁に設置された扉は、幅も高さも2メートルほど。叩いてみた時の音から、扉の厚みもせいぜい10センチ程度と分かっている。総じて、特別に巨大な扉というわけではない。
だが、瞬間移動には危険もある。
昨日、アマミは『罠のある部屋にワープしたら危険だ』と言っていた。
――≪ジュニッツさんがトラップの仕掛けられた通路に奇声を上げて全力で突っ込んだり、トラップのある部屋にワープしたり、壁をべたべた無警戒に触りまくったり、そういう変なことをしない限りは平気ですから≫
警戒しながら少しずつ進むのではなく、いきなり瞬間移動するのだ。
当然、罠にも引っかかりやすくなる。
そこをナルリスは突こうとしていたのだ。
ナルリスの企みをまとめると、こうである。
(ジュニッツが魔王を倒しに地下迷宮に来るとしたら、宝石の扉を抜けるしかありません。
無論、愚かなジュニッツごときに、扉の謎を解くことはできないでしょう。
ですが、彼はまぐれとはいえ魔王を倒しています。何万ものポイントを持っています。そのポイントを使って、瞬間移動で扉を越えてくるはずです。
であれば、ちょうど扉を越えた先に罠を大量に仕掛けておけばいいのです。瞬間移動で現れた先にいきなり大量の罠があれば、避けるのも難しいでしょうからね。
発動したら私にアラームで知らせてくれる罠にしておけば、すぐに分かります。
後は動けなくなったジュニッツを捕まえて、たっぷり拷問してあげるのです。うふふふふ)
無論、ジュニッツ以外の誰かが罠にかかる可能性もあるが、そんなのナルリスは気にしていなかった。
罠にかかるには、宝石の扉を越える必要がある。
越え方は、先ほども言ったように、扉の謎を解くか、祝福を使って瞬間移動するかのどちらかである。
扉の謎を解ける人は誰もいない、とナルリスは思っている。
なにしろ、ナルリス自身にも解き方が分からないのだ。彼はただ先祖の残した本に書いてある答えを見ただけである(答えだけしか書いておらず、解き方が分からなかった)。
「誰よりも賢い私が解けないのに、他の誰かが解けるわけがないでしょう」というのがナルリスの考えである。
一方、祝福を使って瞬間移動するとしたら、1000ポイント以上必要である。
それだけのポイントを持つ者などめったにいない。
要するに、扉を越えられる可能性は極めて低いのだ。
であれば、そんなわずかな可能性など気にしても仕方ない。
そうナルリスは考えていた。
彼が考えていたのは、ジュニッツの破滅である。
ナルリスは、ジュニッツが罠にかかることを夢想し、彼を拷問にかける様を思い浮かべ、(ふふふ、楽しみですねえ、ジュニッツはどんな声を上げて泣き叫ぶんですかねえ)と楽しく想像するのだった。
が、今や、その罠をナルリス自身の手で1つ1つ解除している。
決闘作法では、案内する側が道中の危険を排除しなければならないからだ。
2日前、ジュニッツ達が書庫で読んだ『チェスリル決闘こぼれ話集』でも、そう書いてあった。
――DはCの屋敷の場所を知らなかったが、Cは当然知っている。決闘の作法として、知っている側が道中の危険を排除しつつ、案内する。
(くっ……屈辱です。自分で仕掛けた罠を自分で解除しなければならないなんて……許しません! 絶対にチェスリルで勝って、ジュリーのスキルを奪って無力化して、そしてひどい目に遭わせてあげます!)
ナルリスはそう誓いながら、這いつくばって罠を1つ1つ解除するのだった。
ナルリスの破滅まで、あと3時間。
ナルリスは、次話で破滅します。
また、宝石の扉の謎の解き方は、何話か後で明かします。




