9話 冒険者ギルド、罰を受ける 前編
三人称視点です。
グーベンの町の冒険者ギルドは、昼飯時ということもあり、にぎわっていた。
冒険者ギルドは酒場も兼ねていて、昼ともなれば午前中で仕事を切り上げたり、一段落させたりした冒険者たちが集まり、騒いでいるものである。
この日の話題の中心は、どのテーブルでも同じだった。
レベル1でありながら魔王討伐に向かった“愚かな”G級冒険者ジュニッツについてである。
彼らは、ジュニッツが魔王に殺されるか、それとも魔王と戦わずに泣いて逃げ出すかで賭けをしていたのである。
普段は『レベル1のクズ』など彼らは相手にもしない。
薬の材料になる青ネズミをゴミまみれの路地裏で追いかけるのが仕事のみじめなやつなど、眼中にも入れない。
相手にするとしたら、うさ晴らしでいじめる時くらいである。
しかし、今の時期は凶暴な魔物の発生も少なく、大多数の冒険者たちは退屈していた。
その退屈しのぎに、今回の賭けはちょうどよかったのである。
加えてホットなニュースもあった。
門番の話によると、ジュニッツは今朝早くから町を出て、北に向かったというのだ。
何でも、左右が白黒で色違いのヘンテコな服を着て、大した荷物も持たず、ネコ1匹を連れて真っ直ぐに北に向けて歩いて行ったという。
北には魔王のいる荒野しかない。
あの辺りは古くから魔王がいるせいで、町も村もない。大した荷物を持たないのであれば、遠出もできない。
ジュニッツの行き先は魔王しかない。
この知らせに『殺される』に賭けた連中はおおいに盛り上がった。
「ひゃははは、聞いたかよ。あのネズミ野郎、どうやら本当に頭がおかしくなったようだぜ。魔王に殺されに行ったってよ」
「どうやら賭けはあたしたちの勝ちのようね。残念だったわねぇ」
もっとも『逃げ出す』に賭けた連中も黙ってはいない。
「うっせぇ。直前で怖くなって逃げ出すかもしれないだろぉ? あいつはレベル1のチキンなんだからよぉ」
「そーだそーだ。まだ賭けは決着がついてないぜ?」
これに対し、殺される派は、
「何言ってんだ。あのネズミ野郎は、妙ちくりんな服を着てたって言ってただろ。頭がおかしくなった証拠だ!」
と言って反論する。
逃げ出す派も、
「あいつはG級のカスだぞ。魔王を見たらガタガタ震えて、『うわぁーん、ママァ!』って泣きながら帰ってくるに決まっているさ」
と言い返す。
両者の言い争いに決着をつけたのは、この町最強のB級冒険者ユリウスだった。
ユリウスは、さも公平な裁定者のような顔をしてこう言った。
「まあ、いいじゃないか。北には、よほど歩かないと町や村はない。大した荷物を持たないジュニッツ君は、逃げるにしてもこの町に帰ってくるしかないんだ。あのゴミが3日以内に逃げ帰ってくるかどうかで勝ち負けを決めればいいじゃないか」
この言葉に、冒険者たちは「ユリウスがそう言うなら」と納得した。
この世界ではレベルの高い人間が偉い。発言力も強い。
町で一番高レベルのユリウスの言葉に、みな、素直に従ったのである。
もっとも、ユリウス自身は『殺される』に賭けている。
死んだほうが愉快だと思っていたからだ。
『レベル1のゴミ』の分際で、自分と同じ冒険者をしているという時点で、ユリウスはジュニッツが嫌いだった。
そのジュニッツが今日死ぬかもしれない。
そう思うと自然と笑みがこぼれてくる。
そんなユリウスに、同席している少年少女たちが話しかけてくる。
「いやあ、ユリウスさん。あのG級のクズ、もう死んでますかねえ」
「ほんと、あんなの冒険者ギルドの恥さらしですからね」
3日前、ジュニッツをボコボコにした新人たちである。
彼らはこうして時折、ユリウスと同席していた。冒険者として生き残るため、この町ナンバー1の先輩に取り入ろうとしているのである。
ユリウスもユリウスで、自分の派閥を広げるべく、彼らの面倒を見ていた。
「なあに、ジュニッツ君も役立たずのクズだったけど、こうして最期にみんなの娯楽のネタになることができたんだ。きっと今ごろ地獄で泣いて喜んでいるさ」
「あはは、そうですね。『ゴミの俺でも、死ぬ前に、みんなを楽しませることができて嬉しいです』って言って、号泣してそうですね」
「ふふっ。だろう?」
ユリウスはそう言って笑うと、東方産の高級茶を飲もうとカップを口に傾けた。
その時である。
彼の視界に、こんなメッセージが流れた。
『全世界にお知らせです。ザール王国グーベン在住のジュニッツ(レベル1、G級冒険者)が荒野の魔王を倒しました』
「ぶはっ!」
ユリウスは驚きのあまり、熱い茶を顔面にぶちまけた。
町中だからと防御魔法もかけていないため、熱湯が直に顔面にふりかかる。
「ぶあっちゃあああ! 熱い熱い熱いいいいい!」
顔を派手に火傷し、椅子から落ちて床を転げ回るユリウス。
よほど驚いたのか、回復魔法を使うのも忘れて、「ひいい! ひいい!」と言ってのたうち回る。
のたうち回った挙げ句、別のテーブルにぶつかってひっくり返し、テーブルの上にあった熱々の鉄板ステーキを顔面に直撃させてしまう。
「あぎょぎゃぎいいいいい!」
さらに激しく顔面を火傷したユリウスは、悲鳴を上げて七転八倒する。
そんなユリウスの醜態を、誰も気にとめない。
それどころではなかったのだ。
何しろ冒険者ギルドにいる全員が、ユリウスと同じく、ジュニッツが魔王を倒したというメッセージを見ていたのだ。
彼らは皆、茫然自失としていた。
視界に映り、そして耳に聞こえるメッセージは、どう見ても神の知らせである。
前回の神の知らせは10年以上前であり、記憶が曖昧であるが、こんな風に視界にメッセージを出すだなんて、神以外に為しえない行為である。
加えて、耳に聞こえる声も、毎晩のランキング発表の時に聞く声と全く同じである。
どう考えても本物の神の知らせ以外にありえない。
だが、この内容はなんだ?
あのレベル1のクズが魔王を倒した? 下等なG級のゴミが、最強の魔王を討伐した?
意味がわからない! わけがわからない!
なんだこれは? 何の冗談だ? いったいなんなんだ?
あまりにも信じがたい内容に、誰もが唖然とし、言葉もない。
皆が皆、口をぽかんと開けて、言葉を失う。
「……な、なあ、なんだよ、これ……なんなんだよ……?」
ようやく誰かが、呆然としながら言う。
答えるものは誰もいない。
しばらくして、今度は別の誰かがこう言った。
「インチキだ……」
ぎょっとしたように、何人かが声のほうを向く。
発言した男は構わず続ける。
「インチキだ……こんなのインチキだ……ありえねえ……ありえねえよ!」
「お、おい……」
「そうだよ、こんなのインチキなんだよ! あのネズミ野郎が魔王を倒すだと!? 出来損ないのごくつぶしが魔王を倒す!? ありえないだろ! 神様をだましてやがるんだよ! きっとどこかのS級冒険者の手柄を横取りして……」
「やめろ!!!」
ひときわ大きい声がギルド内に響いた。
男の仲間が、男の胸ぐらをつかんで怒鳴ったのだ。
「それ以上はやめろ!」
「あ、あっ……ああ……すまない……」
この世界の信仰はこうである。
『神はだまされたりなどしない。神はいつだって正しい。だから、神の知らせに不正などなく、その内容は必ず真実である』
もし神が騙されたなどと発言したら、それは神の能力を疑う侮辱行為である。
神への侮辱は、死罪すらありうる。
そのことを男の仲間は指摘したのだ。
男も言われてそのことに気づき、口をつぐんだ。
だが、神が正しいということは、神の知らせが事実と認めるということである。
レベル1のジュニッツが魔王を倒したと認めるということである。
信じたくない。
『レベルの高い人が偉い、低いやつはゴミ』というのがこの世界の常識だからだ。
そして、そんな中でも、最もレベルの高い選ばれた一握りのエリートだけが勝利できるのが魔王である。
が、目の前の神の知らせは、そんな彼らの常識に真っ向から反している。
信じられない……。
でも、信じないわけにはいかない。
けれども、やっぱり信じたくない……。
そんな葛藤が皆の胸中に渦巻いている時である。
不意にピコン、という音が響いた。
3日前、ジュニッツをゲラゲラ笑いながらボコボコにした新人冒険者のランドも、その音に気づいた1人だった。
呆然としていたランドは、音に反応して、はっと目の前を見る。
彼の視界には、こんなメッセージが映っていた。
『ランドへ。
あなたは、今回大きな功績を挙げたジュニッツに対し、これまで不当にひどい行為を行ってきました。
その罰を下します』
◇
ちなみに、この時のジュニッツは、魔王を倒した直後の興奮で、アマミのネコの体を両手で高々と持ち上げ、くるくる回りながら「くくく、くはは、ははははは!」と楽しそうに笑っていた。