86話 探偵、魔王とナルリスの攻略法を語る 7
<前回のあらすじ>
「ナルリスに強制チェスリルをかけ、『魔王の玉の部屋で勝負したい』と言えば、魔王のところに行ける」
とジュニッツは推理した。
なぜなら、ナルリスは『魔王の玉の部屋』の場所を知っているからだ。
チェスリルの決闘作法では、場所を知っている側が案内する義務がある。
ナルリスは案内せざるを得ない。
逆らえば、強制チェスリルの力で死ぬからだ。
この推理に対し、アマミとルチルは次の4つ疑問を投げかけた。
1.町の住民が騒ぐのでは?
2.ナルリスに強制チェスリルなんてかけられるの? 抵抗されない?
3.ナルリスが宝石人達を操って何かしてこない?
4.決闘後にナルリスが暴れるのでは?
アマミとルチルの疑問に、俺はこう答えた。
「どれももっともな疑問だ。が、問題ねえ。全てクリアできる。その方法は……」
そこで俺は間を置いた。
別段、演出の効果を狙ってのものではなく、単にのどが少し枯れただけである。
アマミがいつの間にか用意していた茶を一杯飲むと、話を続ける。
「まず、町の住民が騒ぐ問題について話すか。有名人のナルリス相手に、チェスリルの決闘を挑んだら目立つ。町の住民達が騒ぎ出す。まずい。それがルチルの疑問だな?」
「うむ、そうじゃ」
「確かに町中なら騒ぎになるかもしれねえな。だったら答えは簡単だ。町中以外で強制チェスリルを使えばいいのさ」
「む? ど、どういうことじゃ?」
ルチルは疑問符を浮かべた顔をする。
「地下迷宮だよ。迷宮の中でナルリス相手に強制チェスリルを使えばいいんだ。それなら、騒ぎ立てる町の連中もいないだろう?」
「い、いや、地下迷宮は誰でも入れるのじゃろう? なら、町の連中も迷宮にいるのではないか?」
「普段はな。だが、明日は違う」
「というと?」
「明日はナルリスが地下迷宮を貸し切りにするんだよ」
「あっ!」
今日、タスマンはこう言っていた。
――「ええ……まあ、明日は丸1日ずっとナルリスさんが迷宮を全部貸し切りにするらしいッスねぇ……ナルリスご一行以外は迷宮は立ち入り禁止っス。で、この入り口から宝石人達を全員引き連れて入るみたいッスよ……」
「わかるな? 明日は迷宮内には、ナルリスと宝石人達しかいない。町の連中に邪魔されることなく強制チェスリルを使えるってことさ」
先ほど言ったように、ナルリスには仲間もいないし、誰も信用していない。自分が操っている宝石人以外を迷宮に連れてくることもないだろう。
「し、しかし、貸しきりということは、迷宮は立ち入り禁止なのじゃろう? ジュニッツ殿も迷宮に入れぬではないか」
「じゃあ、質問だ、ルチル。俺とアマミは今、こうやって妖精の森にいる。どうやってここに来たと思う?」
「どうって……転移門を使ったのじゃろう?」
確かに転移門があれば、自由に妖精の森と行き来できる。
4日前にも、こう説明した。
――例を挙げれば、転移門という、2つの門の間を一瞬で行き来できる道具が手に入る。実際、この門を使って、俺は以前助けた妖精たちに時々会いに行っている。門の1つは妖精の森に設置し、もう1つの門は必要な時に取り出して設置することで(門は異界と呼ばれる空間から自由に取り出せるし、自分の近くにある門なら異界に収納もできる)、いつでもどこでも妖精の森と行き来できるのだ。
問題は門の場所である。
「その転移門はどこにある? 1つは妖精の森だが、もう1つはどこだ?」
「どこって……町の宿屋ではないのか?」
「違う」
「じゃ、じゃあどこに……ま、まさか!」
ルチルが何かに気づいたかのように目を見開く。
「そうだ、地下迷宮だ」
俺は今日、タスマンに迷宮を案内された。
そうして、タスマンを先に帰している。
――「ナルリスを批判したのはお互い様だろ。言わねえさ。ほら、さっさと奥さんのところに行ってやれよ。俺たちはゆっくり迷宮から出て行くからさ」
――「ありがとうッス!」
――タスマンは出口へと小走りに駆けていった。
そして実のところ、その後、俺もアマミも地下迷宮から出ていない。
町では行方不明、ということになっているだろうが、別に騒ぎにはなっていないだろう。
今日の昼飯時にアマミが説明してくれた通り、迷宮から出て来ないやつがいたとしても、放置されるだけだからだ。
――≪もっとも委員会と言っても、あまり仕事はないみたいです。出入り口の管理くらいで。帰ってこない人がいても、よくあること、で済まされて放置だそうです。いちいち救出なんか行きません≫
そうして、俺たちは地下迷宮内に転移門を設置し、妖精の森まで来たというわけだ。
「そう、転移門は地下迷宮にある。だから、俺たちは今、いつでも地下迷宮に行ける。迷宮の入り口が封鎖されて立ち入り禁止になっていようと、関係ねえってことさ」
「じゃ、じゃが、それはつまり転移門が迷宮に置きっ放しということじゃろう? 誰かに門が見つかったら、やっかいなことにならぬか?」
「安心しろ。ちゃんと見つからねえようにしているさ」
俺とアマミは今日、こんな会話をしている。
――≪この迷宮の壁って、どこも同じだろ? 灰色で石造りで。その壁とそっくりの見た目の壁を土魔法で作れるか? たとえば、この扉を覆うような壁だ≫
――≪そうですね。あまり大きな壁は無理ですが、幅と高さが5メートルくらいの大きさまでなら、10分くらいかければ、そっくりの見た目の壁を作れると思います≫
そう、アマミは迷宮の壁を偽造できる。
アマミが作れるのは、上述したように最大で5×5メートルまでの壁だ。
一方で、地下迷宮の通路は、どこも5×4メートルの幅と高さである。
――おまけにどの通路も、見てきた限りは全部、幅は5メートルほど、高さは4メートルほどで統一されており、ますます見た目の変化に乏しい。
「要するに壁を偽造すれば、通路を丸ごとふさぐことができるんだ。
あとは、適当な通路の行き止まりを壁でふさぎ、その奥に転移門を設置すればいい」
上から見るとこんな具合だ。
■が本物の壁、□が偽造した壁である。
■■■■■■■■
■門□
■■■■■■■■
「な? これならそう簡単には見つからねえだろう?」
「じゃ、じゃが、迷宮にはトラップがあるのじゃろう? うかつに変なところに行ったら、トラップにかかるのではないか?」
「トラップがあるのは地下3階からだ。地下1、2階は安全さ」
タスマンもこう言っている。
――ほどなくして、地下3階に降りる階段に着く。
――「ここから先はトラップ、つまり罠があるんで、気を付けるッス」
「まとめるとこうだ。
俺は今日、迷宮の地下1階で、偽造した壁の奥に転移門を設置して、妖精の森まで来た。
そして、明日、その転移門で再び迷宮に戻る。
迷宮は貸し切りで、ナルリスと宝石人しかいない。
だから、町の連中に邪魔されることなく、強制チェスリルをかけられるってわけさ」
「な、なるほどなのじゃ……」
ルチルは納得したようにうなずいた。
◇
「では、2つ目の疑問。ナルリスに強制チェスリルをかけようしたら抵抗されねえかって反論だな」
俺の言葉にルチルは「うむ」とうなづいた。
「そうじゃ。やつが大人しく強制チェスリルを食らってくれるじゃろうか?」
「可能さ。そもそも、強制チェスリルは、地下迷宮のどこで使えばいいと思う?」
「む? それは……ナルリスが必ず通る場所、じゃろうか?」
「その通りだ。じゃあ、それはどこだ?」
「む……むむ……わ、分からぬのじゃ……」
「1つずつ順に考えていこう。まず、ナルリスが明日、どこから迷宮に入るかだ」
これについてはタスマンが教えてくれた。
一番広くて目立つ入り口……俺たちが今日迷宮に入った時に使った入り口だ。
――「ええ……まあ、明日は丸1日ずっとナルリスさんが迷宮を全部貸し切りにするらしいッスねぇ……ナルリスご一行以外は迷宮は立ち入り禁止っス。で、この入り口から宝石人達を全員引き連れて入るみたいッスよ……」
「この入り口から入ると、どうなるか? しばらく一本道が続いた後、広い部屋に出るんだ」
迷宮に入った時、俺はこう説明している。
――案内、と言っても、最初はただ広い一本道が続いていくだけである。
――さえぎるものが何もない真っ直ぐな通路がしばらく続く。
――1分ほどでずいぶんと広い部屋に出る。
――一辺が100メートルほどある正方形型の部屋である。部屋というより巨大なホールというべきか。
「広い部屋……」
「そして、この部屋には出口が多数存在している」
――異様なのは、部屋の出口が何十もあるということだ。
――部屋の四方を囲むすべての壁のいたるところに、部屋の出口が多数、不規則に並んでいる。
「正解の出口は1つだけ。部屋の南端から北端まで縦断するルートだけが正解だ。他の出口から出ても、数メートルで行き止まりになっている」
――「今いるところって部屋の南側なんッスけど、あっちの北側の壁の真ん中の出口。あれが正解ッス。他の出口から出ても、すぐ行き止まりッス」
――そう言われて適当な不正解の出口をよく見てみると、なるほど確かに、その不正解の出口につながっている通路は、5メートルほど行ったところで行き止まりになっていた。
俺は、部屋を上から見た図を紙に描いて見せた。
『入口』『出口』と書いてあるのが、正しい出入口。
そして矢印は全部ハズレの出口である(概略図なので本当はもっとハズレの出口は多い)。
出
口
↑ ↑■ ■ ↑
■ ■ ■ ■■ ■■
← →
■ ■
← ■
■ →
■ ■
← →
■ ■
■ ■
← →
■■ ■■ ■ ■ ■
↓ ■ ■ ↓ ↓
入
口
「これが部屋の概略図だ」
「む……たしかに出口がいっぱいなのじゃ」
「そう、いっぱいだ。これを利用するんだ。まず、たくさんあるハズレの出口のどれか1つに、アマミの偽造壁を設置してその奥に隠れる」
上から見ると、このようになる。
■■■■■■
■俺□
■■■■■■
ハズレの出口は、先ほども言ったように5メートルくらい進んだところで行き止まりである。
偽の壁があっても、奥行きが4メートルくらいになるだけだ。
何十とある出口の奥行きの1つが1メートルだけ短くなったからと言って、気づかれる可能性は低いだろう。
「そして偽物の壁に小さな穴を開けておく」
「穴を?」
「ああ、偽の壁なら、簡単に穴を開けられるからな」
アマミ自身がそう言っている。
――≪ただ、本物と違って、簡単に穴を開けたり、壊したりできちゃいますよ?≫
「そんな風にして、小さな穴の開いた壁の裏に隠れる。そこへナルリスがやって来て、部屋を縦断する。そこに強制チェスリルをかけるんだ」
強制チェスリルは目で見て念じるだけで発動する。
説明文にもそう書いてある。
――50メートル以内にいる10歳以上のヒト種なら、誰でも決闘相手にできます。
――貴方は、決闘したい相手を直接見て念じるだけでOKです。
――貴方とその相手との決闘がすぐ始まります。
であれば、偽の壁に空いた小さな穴からナルリスを見て念じればよい。
それだけで、チェスリルの決闘ができるというわけだ。
「じゃ、じゃが、部屋は広いのじゃろう? 強制チェスリルの射程距離は50メートルらしいが、届くのじゃろうか?」
「届くさ。部屋の大きさは100メートル四方しかないからな。隠れる場所さえ間違えなければ、問題なく届く」
――一辺が100メートルほどある正方形型の部屋である。部屋というより巨大なホールというべきか。
「し、しかし、地下迷宮じゃろう? 暗くて50メートル先など見えぬのでは?」
「見える。100メートル先だって見えるさ」
迷宮に入った時、俺はこう言っている。
――壁や床や天井は白に近い灰色の石造りで、どういうわけか光っていて明るい。まるで太陽光が十分に射し込んでいるかのようである。遠くまでよく見える。100メートル離れていても見えるだろう。
「……じゃが、穴から見える視界は広くないじゃろう? 念じている間にナルリスが通り過ぎてしまうなんてことはないじゃろうか?」
「問題ねえ。念じるといっても時間がかかるわけじゃねえからな。一瞬さ」
――経験上、念じることで発動する能力は、本当にまばたきするくらいの一瞬で発動する。説明が難しいが、言葉で念じるというよりは、気持ちを一瞬の間に込めて念じるとでも言うべきか。
「しかし……ナルリスはS級冒険者じゃろう? 気づかれる心配はないか?」
「大丈夫さ」
4日前、俺とアマミは静かな森の中で、ナルリスをこっそり見ていた。
距離は50メートルだった。
――1度目は、森の中で50メートルほど離れた場所から街道を進むナルリスを見た。
そして、気づかれなかった。
アマミが気配隠蔽の魔法をかけてくれていたというのもあるだろうが、ともあれ気づかれなかった。
であれば明日も、50メートル離れた壁の奥に、気配遮断の魔法をかけてもらった上で隠れれば、気づかれる可能性は低いだろう。
「むう……」
「納得したか?」
「……いや、あと1つだけ聞きたいことがあるのじゃ」
「なんだ?」
「ナルリスの姿を見ることはできるのじゃろうか? やつは宝石人達を大勢引き連れているのじゃろう? 宝石人達に囲まれて、姿が見えないかもしれぬではないか?」
つまり、ナルリスが下図のように大勢の宝石人に囲まれながら歩いていたら、ナルリスの姿は見えず、強制チェスリルもかけられないのではないか?
そうルチルは言いたいのだ。
宝宝宝宝宝宝宝
宝宝宝宝宝宝宝
宝宝 宝宝
宝宝 ナ 宝宝 →
宝宝 宝宝
宝宝宝宝宝宝宝
宝宝宝宝宝宝宝
ナ:ナルリス
宝:宝石人
「いい質問だ。だが、問題ねえ。今日、迷宮でナルリスに会った時、やつは宝石人を真後ろに一列に引き連れていた」
――後ろには、宝石人を5人、行列のように縦一列に引き連れている。
つまり、やつはこんな風に歩いていたということである。
宝宝宝宝宝ナ →
「どうしてこんな歩き方をしていたと思う?」
「む? ……ぜ、全然わからぬのじゃ。どうしてなのじゃ?」
「ナルリスは操る時、簡単な命令しかできねえからさ」
ナルリスの操りにはこのような制約がある。
――まとめると、ナルリスの操りは、
――・大きな声で命令しないとダメ
――・複雑すぎる命令はダメ
――・一度命令したら、再度命令するまで取り消せない
――という制約があるようである。
「やつは複雑な命令はできねえんだ。そんな中、迷路になっていて、通路の幅も限られていて、おまけにトラップまである地下迷宮を、大勢の宝石人を引き連れて進まないといけない。むろん、安全にだ。宝石人がトラップに引っかかったら、自分もまきこまれてしまうかもしれないからな。なら、どんな命令がいい?」
「むむ……見当もつかないのじゃ……」
「『1列になって、私の後をついてきなさい』さ」
これなら、全員に同じ命令を1回出すだけで、宝石人達を引き連れていくことができる。
「1列なのか? 2列や3列ではダメなのじゃろうか?」
「ダメだ」
迷宮には、通路の端を歩かないとトラップに引っかかる場所もあるのだ。
2列以上で歩かれたら、トラップに引っかかる可能性がある。
――そうして、タスマンは俺たちを案内し始めた。
――トラップがあるためか、余計なことは言わない。
――時折、「こっちの道は罠ッス。こっちが正解ッス」などと言うだけである。
――複雑な動きは必要なく、時折、通路の端を歩いたりすればいいだけである。
「つまり、ナルリスは明日も1列になって迷宮を進む。当然その姿はよく見えるし、強制チェスリルも食らわせられるってことさ」
「なるほど……うむ、納得したのじゃ。ありがとうなのじゃ」
◇
「3つ目の疑問にいこうか」
ナルリスが宝石人達を操って何かしてこないか? という疑問である。
「さっきも言ったように、宝石人達は『1列になって、私の後をついてきなさい』という命令をナルリスにされている」
この命令自体は、俺たちにとって無害である。
ナルリスの後をついて行かれたからと言って、どうにかなるわけではない。
問題は、「あの人間共を攻撃しなさい」などとナルリスが命令を変えた時である。
とはいえ、繰り返しになるが、ナルリスの操りには次の制約がある。
――・大きな声で命令しないとダメ
――・複雑すぎる命令はダメ
――・一度命令したら、再度命令するまで取り消せない
つまり、命令を変えようと思ったら、声に出してもう一度命令をしないといけないのだ。
「だが、ナルリスは声を出すことはできねえ」
先ほども述べたように、強制チェスリルをかけるのは一瞬だ。
ナルリスが声を出すヒマはない。
そして、強制チェスリルにかかった後は、もう決闘が始まっている。
決闘中に、余計な私語を発したら死罪になることは、すでに言った通りだ。
声など出せない。
「声が出なければ、命令の変更はできねえ。宝石人達に与えられた命令は『1列になって、私の後をついてきなさい』のままさ。無害だ」
「そ、そうか! なるほどなのじゃ!」
ルチルは、ひときわ安堵したように、そう言った。
◇
「さて、最後の疑問だ。これまでの疑問は、3つともルチルのものだったが、最後のはアマミの疑問だったな」
「ええ、そうです」
アマミの疑問は、『決闘後にナルリスが暴れないか?』というものである。
強制チェスリルの効果が働いている間は、ナルリスは私語も暴力もできない。やったら死罪だからだ。大人しくチェスリルの決闘をするしかない。
しかし、決闘が終わったら、ナルリスは自由である。何をやっても死罪にならない。
「ナルリスはきっと激怒して、わたしたちを攻撃してきますよ。わたしたちの誰よりも強いナルリスがそんなことをしたら、正直みんなの命は保証できません。せっかく魔王のところに行けても、すぐに死んじゃいますよ?」
アマミは心配そうな顔で言う。
「確かにな。もっともな疑問だ。だが、安心しろ。極めてシンプルな解決方法がある。
そして、この解決方法こそが、俺たちの身の安全を守るだけでなく、宝石人達を解放することへとつながるのさ」
「うーん……ダメです、わたしには全然思いつかないですよ。いったいどんな解決方法なんです?」
4章の謎は次の3つです。
1.魔王のところにどうやって行くか?
2.宝石人達をどうやって救出するか?
3.魔王をどうやって倒すか?
今話で1がほぼ明らかになりました。
次話で2が明らかになります。




