82話 探偵、魔王とナルリスの攻略法を語る 3
「キーロックは、宝石人としてありえない行動をとっている。それを説明するには、まず宝石人の性質について話す必要がある」
そう言うと、俺はルチルの方を向いた。
「ルチル、確認したいことがある」
「む、なんじゃ?」
「今から俺が言うことは合っているか?
宝石人は『仲間』という言葉を、本気で仲間と思っている相手にしか使わない。たとえば『わらわとA殿は仲間じゃ』と言えば、本心からA殿を仲間と思っている。宝石人は誰もが皆、必ずそうだ」
「うむ、合っておるのじゃ」
事実、昨日ルチルはこう言っている。
――「……その……自分で言うのもなんじゃが、宝石人は誰もが皆、軽々しく仲間という言葉は口にせぬ。宝石人が仲間と口にすれば、必ず本気で仲間だと思っているということじゃ……」
「で、この『仲間』という言葉、キーロックも使っている」
「む? そ、そうじゃったか?」
「ああ。魔王の玉を見つけた時、キーロックはこう言っていただろ?」
――「おいおい、レコ。オレたちゃ仲間だろ。お前の気持ちくらい、言わなくてもわかってる。行こうぜ」
「分かるな? つまり、キーロックはレコを本気で仲間だと思っているんだ」
「う、うむ、確かにそうなるのじゃ……」
ルチルは俺の言葉にうなずいたが、まだ俺が何を言いたいかピンと来ていないようだ。
俺は今度はアマミの方を向く。
「さて、このことを踏まえた上でだ、アマミ」
「はい」
「キーロックの死の間際の行動を振り返ってくれ」
「死の間際ですか? わかりました。ええっと……」
アマミは、記憶を掘り起こそうとしているのか、さらさらの銀髪に覆われた頭に手をやり、うんうんと思い出すように唸りながら、こう話した。
「えっと……キーロックさんが魔王の部屋に入った後にやったことを、順番に並べるとこんな風になります」
<キーロックの最後の行動>
1.レコと2人で魔王に近づいて攻撃するが、勝てないと判断して撤退を開始
2.撤退中にケガをし、バリアの中でレコから治療を受ける
3.治療後、レコと別れて1人で魔王に向かう
4.魔王の近くまで行くが、スミに落ちる
5.破壊の粒子に突っ込んで死ぬ
「ああ、それで合っている。ありがとう。さて、これを見て何かおかしなことに気がつかないか?」
アマミは「ううん……何か変でしょうか?」と首をかしげる。
一方で、ルチルは「あっ!」と声を上げる。宝石人である彼女は気がついたようである。
俺は答えを言った。
「キーロックのおかしな行動。それは自爆しようとしなかった、ということだ」
「自爆……」
「そうだ。宝石人というのは仲間のためなら自爆する。例外なく、みんなそうだ。自爆は彼らの本能だからだ」
ルチルが、故郷をナルリスに襲われた話をした時、こんな話が出てきている。
――宝石人は仲間思いである。『自由と仲間のためなら自爆する』という考えが本能レベルで全ての宝石人に根付いているほどである。
4日前、アマミもこう説明してくれた。
――自由と仲間を害そうとする敵がいて、普通に戦って勝てそうにないなら、宝石人は正気である限り、必ず即座に自爆する。
全ての宝石人は、仲間のためなら本能で『必ず』自爆する。
『必ず』とは、随分と強い言葉である。
人間なら気合で本能を押さえ込める場合もあるかもしれない。
が、宝石人は必ず自爆する。
宝石人の自爆したいという本能は、人間の本能よりも遙かに強烈なのだろう。
そして、キーロックも、その強烈な自爆の本能を持っている。
「とはいえ、無論、むやみに自爆するわけじゃねえ。自爆、という行動を起こすには、条件がある」
条件は、さっきも出てきたこの文章に書かれている(条件に『』をつけた)。
――『自由と仲間を害そうとする敵がいて』、『普通に戦って勝てそうにない』なら、宝石人は『正気である』限り、必ず即座に自爆する。
これら3つの条件が全て当てはまれば、宝石人は必ず自爆する。
キーロックは、3つとも当てはまっていただろうか?
まず、『自由と仲間を害そうとする敵がいる』は、問題なく当てはまる。
仲間であるレコは、敵である魔王から殺されようとしていた(実際、最終的にレコは魔王に殺された)。
キーロック自身も、「今のオレたちじゃ、普通に戦っても魔王には勝てそうにない。それどころか普通に逃げても死ぬだろう」と言っており、このままでは2人とも魔王に殺されてしまう状況だと理解していた。
条件に合致する。
次に、『普通に戦って勝てそうにない』というのも当てはまる。
さっきも触れたが、キーロック自身が勝てないと言っている。
――「今のオレたちじゃ、普通に戦っても魔王には勝てそうにない。それどころか普通に逃げても死ぬだろう」
最後の『正気である』も、少なくともレコと別れた時点では、レコはキーロックに対して特に異常を感じていなかった。
「自爆の条件は3つとも満たしている。だろう、アマミ?」
「確かに……そうですね」
「さっきも言ったように、条件を満たせば宝石人は『必ず』自爆しようとする。人間より遙かに強烈な本能で、絶対にそうする。この時のキーロックもそうだった」
おまけに相棒のレコは人間である。レコ自身がこう言っている。
――「わたしに聞かないでくれ……。理由など分からん。そんな難しい話が分かる人間じゃないんだ、わたしは」
人間である以上、レコは自爆などできない。
なおのこと、キーロック自身が自爆するしかない。
無論、自爆で魔王を倒せる可能性は低い。
が、自爆を食らわせれば魔王がひるむかもしれない。多少はダメージを与えられて一時的に動きが鈍るかもしれない。レコが逃げる時間を稼げるかもしれない。
そうやって可能性を賭けて、強敵相手でも自爆するのが宝石人である。
――自爆が効きそうにない強敵相手でも、かまわず自爆する。
要するに、キーロックは『宝石人なら必ず自爆しようとする状況』だったのだ。
実のところ、レコを逃がすだけなら、要は時間さえ稼げればいいのだから、自爆以外にも色々とやりようはある。
だが、そんなことは関係ない。
人間より遙かに強烈な本能で、キーロックは「準備が整い次第、絶対に即座に自爆する」と決意を固めていたのだ。
「なるほど……」
「とはいえ、自爆したくても、すぐにできるわけじゃねえ。高くジャンプするには膝を曲げる必要があるように、自爆にも事前にやらなきゃならねえことがある」
ルチルが、故郷をナルリスに襲われた話をしていた時、こんな話が出てきた。
――もっとも自爆は無条件で自由に使えるわけではない。
――息を30秒以上止めた状態じゃないと発動しない。
――それに、食らわせたい相手が30メートル以内の距離にいる時に、その相手を直接目で見ないと発動しない。
つまり、この3つをやらないと自爆できないのだ。
・30メートル以内の距離に近付く
・息を30秒止める
・相手を直接見る
キーロックは、これら3つができたか?
まず距離だが、キーロックは死の寸前、破壊の粒子のすぐ手前にいた。
――それを何度か繰り返し、魔王を覆う破壊の粒子のすぐ手前(ちょうど、ついさっき、わたしたちが一番魔王に近づいた時にいた場所)までたどり着いた時である。
これは魔王まで何メートルの距離か?
レコは『ちょうど、ついさっき、わたしたちが一番魔王に近づいた時にいた場所』と書いている。
2人が魔王に一番近づいた場面を読み返すと、こう書いている。
――そうして、あとちょっと。
――魔王まで、ほんの25メートルくらい、というところで。
――「っ!」
――嫌な予感を感じて、わたしは足を止める。
――キーロックもほぼ同時に足を止める。
そう、25メートルである。
キーロックは死の寸前、魔王まで25メートルの距離にいた。
自爆の射程距離は30メートルだから、射程圏内である。
距離はOKだ。
「じゃあ、息を30秒止めるのはどうか?」
キーロックの身体能力がどの程度のものかは分からないが、30秒くらいなら息を止めながら、魔王の攻撃を防いだり避けたりすることはできてもおかしくない。
あるいは、魔法のバリアを使うという手もある。
キーロックは、念じるだけで魔法のバリアを1分間発動できる石をレコから受け取っていた。
――「これは?」
――「魔法のバリアを1回だけ発動させる石だ。発動時間は1分と短いが、それ以外はわたしが今発動させているバリアと同じだ。何かの時にでも使ってくれ」
――「っ! ありがたいっ!」
――「ポケットに入れておけば、バリアと念じるだけで使える。念じ間違えるなよ?」
魔法のバリアは、魔王の風の刃を防ぐことができる。
――現に今、わたしたちに向かって風の刃がいくつも飛んできているが、バリアにぶつかると全て弾け飛んでしまっている。
つまり、バリアを発動させれば、落ち着いて息を止めることができる。あとは1分後、バリア解除と同時に自爆すればいいのだ。
呼吸を止めるのもOKだ。
「では最後の条件、魔王を直接見る、はどうか?」
実のところ、これだけは満たされていない。
キーロックの視界はスミでふさがってしまっていたからだ。
――バシャッ、と頭から地面にたまったスミに突っ込む。
――キーロックの視界が黒くふさがれてしまった。
――目つぶしのスミで両目ともに見えなくなってしまったのだ。
「キーロックはなんとしてでも自爆したい。なのに自爆できねえ。さて、こんな状況になったら、ルチルならどうする?」
「どうにかして目を見えるようにして、何が何でも自爆するのじゃ」
ルチルは即答した。
さっきも言ったように、キーロックは『宝石人なら必ず自爆しようとする状況』なのだから、ルチルの回答は当たり前のものである。
「そうだな。スミがどの程度目つぶしになるかは分からねえが、とはいえ、キーロックは何が何でも自爆したい状況だ。目が見えるようになるために、できる限りのことはするはずだ」
「できる限りのこと、ですか?」
アマミが問いかける。
「そうだ。幸い、キーロックには念じるだけで使える魔法のバリアがある。だから、バリアを張った上で、目を洗うとか薬を使うとかするはずだ。冒険者である以上、水や薬くらいは持っているだろう。レコも回復薬を持ってきていると書いていたしな。
水や薬を持っていなかったり、持っていても目が見えないから使えない、という可能性も一応あるが、少なくともバリアの中で視力の自然回復を待つくらいはするはずだ。
無論、視力を回復させるのと並行して、息も止めておく。そうすりゃ、目が見えるようになったら、すぐ自爆できるしな」
魔王は、イカの一種であるリゾックに似ている。少なくともキーロックはそう認識している。
そのリゾックについて、キーロックはこう説明している。
――生き物が近づくと、リゾックはまずスミを吐く。このスミは目つぶしになるくらいでたいしてダメージにはならない。
リゾックのスミは、食らったところで『たいしたダメージ』にはならないというから、すぐに目は見えるようになるのだろう。二度と目が見えなくなるようなスミなら、たいしたダメージにならないなんて言えないからだ。
キーロックも当然、そのことは知っている。
であれば、「魔王のスミも、リゾックのスミと似たようなもの。食らっても、また目は見えるようになる」と考えるのが自然だ。
無論、魔王のスミだから、リゾックのスミより視界復活までに時間はかかるかもしれない。だが、だとしても、すぐにあきらめたりせず、自爆のために視力回復を試みるのが当然だ。
「なのに、実際にキーロックがとった行動はなんだ?」
彼はまず、ゆっくりと魔王に向かって行った。
すぐそばに破壊の粒子があると分かっているのに。
――そんな中キーロックが動いた。
――一歩一歩ゆっくりと歩いて行く。
そして、破壊の粒子に突撃して死んだのだ。
――キーロックは破壊の粒子に突っ込んだ。
「なぜこんな行動を取った?」
「えっと……スミで視界がふさがって自爆できないから、あきらめたとか……?」
「それはない」
キーロックは、あきらめるようなやつではないとレコは言っている。
――目が見えなくなったからといって、あきらめて自殺するようなやつじゃなかったはずなのに……
「じゃ、じゃあ、レコさんが考えていたように、自分の死体を魔王に食べさせて時間を稼ぐため、というのはどうでしょう?」
「それをやるにしても、まずは自爆するために、あらゆる手を尽くしてからだろう? さっきも言ったように、バリアを張って目を洗うとか回復薬を使うとかだ。そういうことを全部やってダメだったら、まだ分かる。だが、キーロックは何も手を尽くしていねえ。目が見えなくなったら、即座にあきらめて、破壊の粒子に突っ込んだ。ありえねえよ」
キーロックはこの時、
(仲間であるレコを守りたい! そのためには自爆しかない! なんとかして視力を回復しないと!)
という気持ちが激烈にあふれていたはずである。
「自爆以外にもレコを守る手段はあるのでは?」などと外野は言うかもしれないが、そんなことは関係ない。
繰り返すが、キーロックは『宝石人なら必ず自爆しようとする状況』だったのだ。
人間より遙かに強烈な本能により、絶対に自爆すると決意していたはずなのだ。
にもかかわらず、彼は突然、自爆をあきらめている。
「要するにキーロックは本能に逆らう行動を取っていたってことだ。宝石人の強い本能をくつがえすことができる方法なんて、これまで1つしか出てきていねえ」
「……あっ! ま、まさか……」
「そう、操りだ」
これまでに登場してきた手段の中で、唯一操りだけが、宝石人の本能に反する行動を取らせることができる。
――ここで言う『操る』とは、金や権力で人を意のままに操るとか、そういう弱い意味での操りではない。
――相手の脳を支配し、死ねと言えば即座に自殺させられるほど、絶対的に隷従させることを指す。言い換えれば、意思を奪うことを指す。
――でなければ、本能レベルで仲間思いの宝石人が、仲間を裏切ったりなどしない。
「しかもこの時、キーロックは魔王の命令に従っていた」
「え? 魔王が命令なんてしていましたっけ?」
「ああ、レコの記録を思い出せ。初めて魔王の姿を見た時の場面だ。彼女はこう書いている」
――おまけに、わたしたちがドームから出てからずっと「コッチニコイ……」という不気味な言葉を、延々と何度も発し続けている(わたしが最終的に魔王の部屋から撤退するまで、ずっとその言葉だけを発し続けていた)。
「分かるな? 魔王はレコが撤退するまでずっと『コッチニコイ』とだけ延々と何度も言っていたんだ。キーロックも当然、ずっとその言葉を聞いていた。そして、その指示通り、魔王を覆う破壊の粒子に突っ込んでいった。
要するに、キーロックは強烈な本能に反してまで、魔王の命令に即座に従ったんだ。
操られていたと考えて間違いねえさ」
「なるほど……」
アマミはうなずく。
「で、でも、ジュニッツさん。キーロックさんは、一体いつから魔王に操られていたんですか?」
「キーロックはスミに落ちる直前、魔王の風の刃を防いでいた。ここまでは操られていなかったと考えていいだろう」
――魔王の風の刃が途中で曲がり、キーロックの足下に襲いかかった。
――キーロックは慌てつつも、剣を下から上にすくい上げるように振ることで風の刃を防ぐ。
――「うおおっ!」というキーロックの叫び声がここまで聞こえてくるほどの気合である。
その直後、キーロックは体勢を崩して地面のスミに突っ込む。
キーロックがスミを食らったのは、これが初めてである。
――バシャッ、と頭から地面にたまったスミに突っ込む。
すると、なぜか魔王の攻撃が突然やむ。
――魔王も何もしない。
そして、「コッチニコイ」という言葉通り、キーロックは破壊の粒子に突っ込んだ。
キーロックが魔王の命令通りに動いたのは、魔王のスミを浴びた直後からである。
「じゃ、じゃあ……」
「そうさ。魔王のスミ。これこそが操りの手段だったのさ」




