8話 探偵、世界活躍ランキング日間1位になる
「わたし、賢者だったんですよ」
アマミは言った。
俺たちは今、グーベンの町、つまりもと来た町に帰る途上にいた。
魔王が鎮座していたこともあり、このあたりには他に町も村もない。
結局、グーベンに戻ることにしたのだ。
もっとも、ただ戻るだけでは殺される恐れがある。
「どうやって俺を守るつもりなんだ?」
俺はアマミにたずねた。
その答えが「わたし、賢者だったんですよ」である。
賢者。
それは、あらゆる魔法を十分に使いこなし、近接戦闘もこなせる多能な者に送られる称号だ。
『1人で冒険できる者がいるとすれば、それは賢者だ』
そう言われているのが賢者である。
「ふふん、どうです。すごいでしょう?」
人間になったアマミは、そう言って薄い胸を張る。
顔は得意げである。
「お前が賢者ねえ……」
美少女ではあるが、子供にしか見えないこいつが賢者ねえ、という心境である。
「あっ、ジュニッツさん、疑ってますね」
「ああ、疑ってる。ホラ吹いてんじゃねえか、と思ってる」
俺がわざと挑発するように言うと、アマミはニヤリと笑った。
「いいでしょう。そこまで言うなら、見せてあげましょう。S級冒険者にして賢者のアマミリス・ウィンチェルの力というものを」
アマミは右手を高々と頭上に掲げる。
その手に赤い光が集まる。
と思った途端、手の光が弾丸状に発射された。
光の弾は高速で飛び、おおよそ200メートル先に着弾すると、巨大な火柱を上げた。
そこらの建物なら丸々包み込んでしまえるほど、大きな火柱である。
熱気もすごい。
離れているここからでも、十分に熱を感じられるほどだ。
中は恐ろしいほどの高温だろう。
「ふふふ、どうですどうです。ね? ね?」
アマミは、すごいでしょう、と言いたげに胸を張る。
俺はアマミの頭を撫でてやった。
ネコだった頃のアマミは、そうしてやると喜んだのだ。
「にゃあ~」
アマミは嬉しそうに顔をふにゃあと緩ませるが、はっとしたように我に返る。
「違います、違います! こんな子供をほめるみたいな感じじゃなくてですね」
「嫌なのか?」
「い、嫌じゃないですけど、ぜんぜん嫌じゃないですけど、でもですね……」
「いや、実際たいしたものだな。あれだけの炎をくらえば、たいていの魔物は一撃でやられちまうんじゃねえか?」
俺がそう言うと、アマミはパアッと自慢げに顔を輝かせる。
「ふふん。でしょう、でしょう? 実際ですね、あの火炎魔法はグリフォンすら一撃で葬り去れる程の威力があるのですよ!」
アマミいわく、彼女の強さはソロ冒険者としてはトップクラスらしい。
グリフォンやドラゴン相手にも勝てるし、そこらへんの騎士団相手にも勝てる。たいていの冒険者に対しても楽勝である。
だが、その強さはあくまで常識の範囲内だという。魔王を倒したり、勇者パーティーに勝ったり、本気になった国を丸ごと相手にして勝てるほど強くはないという。
「とはいえ、グリフォンを火炎魔法一撃で倒せるだけでも、十分大したものだと思うがな」
「えへへ、そうですかね。あ、じゃあ、こんな魔法はどうでしょう? これもなかなかの魔法ですよ」
そう言って、アマミは俺に手をかざす。
俺の体が……うまく言えないが、抵抗力が上がったような感じを受ける。
「なんだ、こりゃ?」
「防御力アップの魔法です。物理攻撃と魔法攻撃を防ぎます。さすがに魔王クラス相手なら何の役にも立ちませんけど、並の攻撃なら……そうですね、B級冒険者の攻撃くらいまでなら、だいたいこれで防ぐことができます」
B級冒険者のユリウスの野郎が俺を殺しにかかってきても、防げるということか。
「攻撃力を上げる魔法はかけねえのか?」
「他人の攻撃力や素早さを上げることはできないんです。上げられるのは防御力だけです」
「そういうものか」
俺はうなずいた。
「ちなみに、こういう補助魔法で他人から能力を底上げしてもらった状態で魔物を倒しても、レベルは上がりにくいですし、ポイントも入りにくいんで、気をつけてくださいね」
「かまやしねえよ。レベルなんざいらねえし、ポイントなんて魔王を倒す分で十分だ」
「あはは、マジメにポイントを貯めている冒険者が聞いたら卒倒しますよ、それ」
「俺はいつだってマジメさ。冒険者じゃなく、探偵ってだけでな」
「ふふふ、そうでしたね」
ちなみに、防御力を上げる魔法は普通は短時間しか持たないのだが、アマミのは常時発動型で、24時間常に作動しているという。
「ふふふ、どうです、すごいでしょう?」
アマミはドヤ顔で胸を張った。
実際すごい。
俺はまたアマミの頭を撫でてやった。
「にゃあ~」
アマミはネコが撫でられたみたいに、ゆるゆるに顔を蕩かせるのだった。
◇
「それでジュニッツさん、これからどうするんですか?」
たっぷり撫でられた後、アマミは俺を見上げながら言った。小柄なアマミは、俺の胸くらいまでしか背がない。
「ああん? 何言ってやがる。町に帰るんだろ。現に今歩いているだろうが」
「その後は?」
「その後?」
「ええ。ずっと町中でひきこもるわけじゃないでしょう?」
「そうだな……」
俺は考えた。
町に帰ってからどうするか、とアマミはたずねた。
これは言い換えれば、俺がこれからどう生きるかということだ。
実のところ何も考えていない。
つい今しがたまで、俺は荒野の魔王を倒すことで頭がいっぱいだった。
その先のことなど、何の思案もなかった。
そもそも魔王を倒そうと思ったのだって、倒し方を推理できたからであり、倒した後で何をするという考えはない。
が、何も考えてませんなどと言うのは癪である。
「……俺はレベル1だ」
何か思案があるわけではないが、俺は口を開いて言った。
しゃべっているうちに何か思いつくだろうと思ったのだ。
「ええ」
アマミは静かにうなずく。
「世の中の連中は、どいつもこいつもレベルが高いやつが偉いと思っている。俺のことはゴミか何かだと思っているか、そもそも眼中に入っちゃいねえんだ。そんな中で……そう、そんな中でレベル1の俺が誰よりも上だと示されたら、おもしれえと思わねえか?」
「上?」
「ああ、つまり……」
俺は少し考えてから、こう言った。
「世界活躍ランキングの歴代1位になるんだ」
世界活躍ランキングとは、毎晩、神の知らせのように、世界中の人々の視界に表示されるランキングである。
人類全員の中から、一定期間内に獲得したポイントの多い人間トップ10を、ランキング形式にして世界中に知らせるのだ。
ランキングは期間別に分かれている。
日間、週間、月間、年間、歴代の5つだ。
日間は過去24時間、週間は過去1週間、月間は過去1ヶ月、年間は過去1年、歴代は人類の歴史すべての期間が対象となっている。
ランキングに名が載ることは、この世界の住民にとってこの上なく栄誉なことである。
なぜなら、ランキングは、神が人類の活躍をたたえているものだと考えられているからだ。
名が載ることは、神に認められることに等しいのだ。
そして、今晩、俺は間違いなくこの栄光あるランキングに名が載る。
何しろ日間ランキングの1位は30から60ポイント程度。
年間ランキングでも、1位は1000ポイントを越えないのが普通だ。
魔王を除けば最強の魔物であるドラゴンが1体当たり100から200ポイント程度であり、しかも普通は仲間と一緒に戦って倒す。
仲間と倒せば、貢献度に応じてもらえるポイントが分けられるので、1人当たりのポイントはますます少なくなる。
おまけにドラゴンなんて、そんなにしょっちゅう戦える相手ではない。
年間ランキング1位ですら1000ポイント未満なのは、そういった事情による。
9200ポイントを獲得した俺なら、日間、週間、月間、年間の4つで1位になれるだろう。
アマミの呪いを解くのに2000ポイント使ってしまっているが、ランキングの対象となるのは獲得したポイントである。
いくら使おうが関係ない。
だから、こんな風に俺の名がデカデカとトップに載るはずだ。
1位 ジュニッツ(ザール王国グーベン在住、レベル1、G級冒険者) 9200ポイント
だが、明日には日間ランキングから名が消える。
1週間後には週間ランキングからも消える。
1年後には全てのランキングから名が消える。
人々の記憶からも消えていくだろう。
ならどうすればいいか?
歴代ランキングに名が載ればいい。
今の俺のポイントでは歴代ランキング10位すらほど遠い。
だが、ポイントを稼いでここに名が載れば、トップ10から陥落しない限りは、永遠に名が残り続けるのだ。
「考えてもみろ。人類の歴史が続く限り、毎晩毎晩、レベル1の俺がランキングに載るんだぞ。おまけにそれが1位だったらどうだ? レベル1の俺が1位だとこの先何百年、何千年と全人類が毎日見せつけられるんだ。レベル至上主義者どもがどんな面をするか想像してみろ」
アマミは目をパチクリさせた。
しばしのあいだ、呆然とする。
そして、「ふふふ」と笑い出した。
「ジュニッツさんはおもしろいですねえ」
「ああん?」
「歴代ランキングに載っている人達って、数多くの魔王を葬り去った伝説の勇者とか、膨大な数の魔物を討伐して国を築いた古の皇帝だとか、そんなレジェンド級の人達ばかりじゃないですか。彼らを追い抜くつもりですか?」
「俺は本気だ」
「ふふ、ジュニッツさんが本気なら仕方ないですね」
アマミはそう言って、楽しげに笑った。
「で、具体的にはどうやってポイントを稼ぐんですか?」
「今回と同じさ。魔王を片っ端から倒す」
「また売るんですか?」
「あれは一度きりだ」
『魔法薬購入』の能力は一度使えば消えてしまう。
そして、月替わりスキルでは、同じ能力は二度と出て来ない。
魔法薬購入はもう二度と使えないのだ。
物を買う別の能力を使ったとしても、魔王を売ることはできない。
魔法薬購入は『他人の金・物』以外は何でも対価にできたが、あれは例外だ。他の能力はどれも『金貨2枚』とか『銀貨3枚』のように対価がはっきりと限定されている。
要するに、同じ手はもう使えない。
「だからまた、魔王の倒し方を新しく推理する。推理して、倒す。そうやって、片っ端からぶちのめす」
「ポイントを荒稼ぎするんですね」
「そうだ。そして、レベル1の俺の名を歴代ランキング1位に永遠に刻み込んでやるのさ」
現在の歴代ランキング1位が、遠い昔の伝説の勇者アーサーで97521ポイントである。
10万ポイント稼げば、抜ける。
「いいですね。わたしもお手伝いしますよ。わたしは魔王を倒せるほど強くはないですが、そこらへんの魔物や盗賊には勝てますから護衛になりますし、野宿とかに便利な魔法もいろいろ使えます。ジュニッツさんが魔王討伐に専念できるよう、面倒な雑務はわたしが引き受けます」
アマミは薄い胸を叩いて、そんなことを言う。
俺が魔王攻略に集中できるよう、盗賊からの護衛や、野宿の準備など、面倒なサポートを引き受けてくれるのだという。
「つまり、助手になりたいってことか?」
「助手?」
「探偵を助ける相棒ってことさ」
俺がそう言うと、アマミは嬉しそうに顔を輝かせた。
「あ、いいですね。それです。わたしは助手です。相棒です。相棒としてジュニッツさんの歴代ランキング1位到達をサポートしますよ」
アマミはそう言うと、ふふっと笑った。
「なんだ?」
「いえ、もしジュニッツさんが1位になったら、みんなどんな反応するかなあって思って。ジュニッツさんもご存じかもしれませんけど、世界活躍ランキングって、ただの自慢するための順位表じゃないんですよ?
たとえば、世界各地の宗教の儀式では、ランキングの上位者が『高レベルのすばらしき偉人』として盛大に称えられます。歴代ランキングのトップ10は、『高レベルの選ばれし方々』として、世界中で神様のごとく崇められています。大人たちは『ランキングの上位者は全員高レベルだ。だからレベルが高い人間が偉いんだ』と子供たちに教えます。
つまり、ランキングは『レベル至上主義の象徴』なんですよ。
この世界を支配するレベル至上主義。その権威の象徴として深く根付いているランキングで、ジュニッツさんが人類史上1位になったら……ふふっ、すごいことになりそうですねえ。きっと世界が変わりますよ」
「世界が変わるか」
「ええ、どんな形になるかはわかりませんが、間違いなく変わります。ジュニッツさんは世界を変えた人物になるんです。未来の教科書に名前が載っちゃうかもしれませんねえ。今のうちに、美化した肖像画でも用意しておいた方がいいんじゃないんですか? ……おや?」
アマミは首をかしげた。
「どうした?」
「ジュニッツさん、もしかしてこれも狙っているんですか?」
そう言って、アマミがポイントボードの『神の祝福』の欄の末端を指差す。
見ると、そこにはこう書いてあった。
願いの実現:願いを1つかなえることができる(10万ポイント消費)
俺は二度、三度とまばたきをした。
確かにポイントボードの末端にそう書いてある。
10万ポイントを消費すれば、願いを1つかなえてくれると書いてあるのだ。
「なんだ、こいつは?」
「知らなかったのですか?」
「いや……そういえば、聞いたことがある」
酔った冒険者たちが「オレ、いつかポイントを貯めて神様に願いを叶えてもらうんだぜ」と口にしているのを何度か聞いたことがある。
だが、それは『ある日、勇者の力に目覚めて大活躍する』というような、決してかなわない夢物語であり、酒の席の冗談として交わされる類の馬鹿話であった。
何しろ10万ポイントなんて、人類史上誰1人として獲得したことのないポイントなのだ。
その前人未踏の世界に、俺はもしかしたら到達できるかもしれない。
だが……。
「願いねえ……」
「おや、興味ありませんか?」
「ねえな。俺は探偵だ。探偵ってのは自分で何とかするものさ」
「そうですか。でも、ふふっ、きっとおもしろくなると思いますよ?」
アマミはそう言って笑った。
「何がだ?」
「だって世の中の人達って、だいたいみなさん、レベルの低い人達に対して今までかなりひどいことをしてきているんですよ? そんな中、レベル1のジュニッツさんが10万ポイントを手に入れたら、願いを使って今までの復讐をされると思いますよ。きっと、ジュニッツさんのポイントが10万に近づくにつれて、震え上がっていくんじゃないですかねえ」