7話 探偵、美少女に覚悟を求められる
『全世界にお知らせです。ザール王国グーベン在住のジュニッツ(レベル1、G級冒険者)が荒野の魔王を倒しました』
俺の視界には今、こんな文章が流れている。
耳には、この文章を読み上げる中性的な声が聞こえてくる。
「神の知らせを聞くのは久しぶりですねえ」
アマミが言った。
この世界では、何か大きな業績を打ち立てると、その成果が世界中に知らされる。
誰がどんな功績を立てたのか、全人類の目と耳に届けられるのだ。
この現象は『神の知らせ』と呼ばれている。
神が偉大なる功績をたたえて世界中に伝えている、と考えられているからだ。
今、俺が目にし、耳にしているのがまさに神の知らせである。
「ふふふ、今ごろ、世界中は大騒ぎですよ」
「あん?」
「そうでしょう? 何しろ、レベル1のG級冒険者が魔王を倒してしまったんですからねえ。大騒ぎになりますよ」
「インチキだ、と騒いでいるんじゃねえか?」
この世界の人間は、どいつもこいつも『レベルの高い人間が偉い、低いやつはゴミ』と考えているのだ。
レベル1の男が魔王討伐を成し遂げただなんて認めるはずがない。
「それは宗教的にありえませんよ。神への不敬に当たります」
アマミは言った。
神の知らせは、文字通り神からの言葉だと考えられている。
そして、神の言葉である以上、間違いは無いとも考えられている。
かつて、こんなことがあった。
とある魔王が勇者パーティーによって討伐されようとしていた時、人間の王様が割り込んできたのだ。
家臣たちがボロボロの勇者らを取り押さえているうちに、王様は瀕死の魔王にとどめを刺した。
功績をひとりじめしようとしたのだ。
ところが実際に神の知らせで、魔王討伐者として名前が呼ばれたのは、勇者だった。
それどころか、王様は手柄を横取りしようとした卑劣なやつだと、神の知らせの中で激しく糾弾されたのだ。
つまり、神は不正を見抜くし、不正を嫌う。
神の知らせは常に正しいのだ。
これを疑うということは、神を信じない異教徒ということになる。
異教徒は処刑すらありうるこの世界で、それは許されざる行為である。
(今ごろ、世界中の連中はパニックになっていやがるだろう)
と、俺は思った。
連中はレベル至上主義だから、レベル1の俺が魔王を倒しただなんて認めたくない。
が、一方で神の知らせを疑うわけにもいかない。
俺は世界中の人間が慌てふためく様子を想像し、(ああ、俺はそれだけのことをやったんだな)と思った。
そうだ。
俺は魔王を倒したんだ。
本当に倒したんだ。
本当に……。
「くくくっ」
気がつくと、俺は笑っていた。
魔王を倒したと実感したとたん、笑いがこみ上げてきたのだ。
「何を笑ってやがる」
アマミが俺の真似をして、からかってくるが気にならない。
むしろますます笑ってしまう。
「くくくっ、くははっ、はははははは!」
すると、アマミも笑った。
「ふふふ、ふふふふふ! 本当に! 本当に魔王を倒しちゃったんですね!」
「そうだ! 倒したんだ! ははっ、倒したんだよ! ははははははは!」
「そうです! びっくりです! まさか! まさかですよ! ふふふふふ!」
「はははははははは!」
「あはは、あははははははは!」
2人して笑った。
俺はアマミのネコの体を高い高いするように両手で高く持ち上げ、笑いながらくるくる回る。
「ふふふ、何するんですか、もう、あはははは!」
「くはははははははは!」
そのまま地面をゴロゴロと転がる。
2人して笑う。
笑って、笑って、笑い転げた。
かつて荒野の魔王がいたこの場所で、こうまで笑ったのは俺たちだけだろう。
◇
「……さて、帰るか」
ひとしきり笑った後、俺は立ち上がった。
「いつまでもここにいても仕方ねえしな」
「そうですね。そろそろ帰り……って、ちょっと待ってください!」
アマミが慌てたように言う。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも……ジュニッツさん、今、町に帰ったら殺されますよ?」
「ああん? 何を言って……」
「冷静に考えてみてください」
アマミの言葉に、俺は浮かれた頭を落ち着かせ、考えてみる。
この世界の人間は、ほぼ全員がレベル至上主義者だ。
レベルの高い人間が偉い、低いやつはゴミ、という価値観だ。
そんな彼らにとって、レベル1で魔王を倒した俺はどう映るだろうか?
「ジュニッツさん、あなたはなんてすばらしい人だ! 我々が間違っていた。レベルなんて人間の価値とは関係なかったんだ。レベル1でもすごい人はすごい。今日から心を入れ替えて、あなたをたたえよう!」
こう言って、俺とアマミをパレードで出迎えるだろうか?
ありえない。
人間がそう簡単に主義主張を変えるわけがない。
むしろこう考えるのではないか。
「レベル1のあいつが魔王を倒すなんてありえない! とにかくありえないったらありえない! あんなやつ、存在が目障りだ! 殺してしまえ!」
そうなった場合、俺にあらがうすべはない。
何しろ俺はレベル1なのだ。
ちなみに、魔王を倒してもレベルは上がらない。昔からどういうわけか、そういうものであったし、現に俺は今もレベル1のままである。
だから、本気で殺しに来られたら、抵抗しようがない。
もっとも、この世界では、一応殺しはご法度である。
というのも、正当防衛のような理由もなしに、人を殺したり、後遺症の残るケガを負わせたりすると、レベルボードにドクロマークがつくのだ。
レベルボードとは、ポイントボードと同様、誰でも自由に空中に出せる半透明の板である。名前やレベルや職業が書かれている。
そのレベルボードにドクロマークがたまっていく。マークがつくと死後、地獄に落ちると言われている。
俺が今まで殺されずに済んだのも、このマークの存在のおかげだろう。
とはいえ、それでも殺人は頻繁に起きている。
盗賊による強盗殺人だって起きるし、戦争だって起きる。
人間、殺す時は殺すのだ。
今回がその『殺す時』でないと、誰が断言できようか。
何しろ、皆パニックになっているに違いないからだ。
何をされるか、わかったものじゃない。
「ちっ、確かに殺されてもおかしくねえな」
俺は舌打ちした。
そうなると、この場にいるのだってまずい。
荒野の魔王が倒されたとなれば、それを確認しに人が来るはずだ。
うっかりそいつらと遭遇したら、どんな目に合うかわかったものじゃない。
要するに、ここにいるのもダメ、町に帰るのもダメ、というわけである。
おまけに、このあたりは他にめぼしい町も村もない。離れたところにはあるが、水も食糧もないし、レベル1の俺とアマミじゃ、辿り着くまでに魔物に殺されてしまう。
八方ふさがりである。
うかつだった。
魔王を倒すことで頭がいっぱいで、その後のことをまるで考えていなかったのだ。
(さて、どうする……)
そう俺が考えていた時である。
「それでですね、ジュニッツさん。お願いがあるんですが……」
アマミが何やら言いにくそうに、もじもじしていた。
「なんだ?」
「その……わたしを用心棒にしませんか?」
「ああん!?」
ネコが何を言いやがる、と思ったが、アマミは存外マジメな顔である。
「わたしが元は冒険者で、魔女の呪いでレベル1のネコにされた、という話は前にしましたよね」
「ああ」
「あれ、本当なんです」
「……そうか」
俺は意外と冷静に受け止めていた。
なんとなく本当かもしれないと思っていたからかもしれない。
何しろネコがしゃべるのだ。そんな過去があってもおかしくない。
「もう100年以上前になりますか。アマミリス・ウィンチェルと言えば、若きS級冒険者で、ちょっとした英雄だったんですよ?」
S級冒険者というのは初めて聞いた。
今まで言わなかった理由は何となくわかる。G級の俺に気をつかっていたのだろう。
「それで、俺にどうしろと?」
「その……ポイントで呪いを解いてほしいんです」
「ポイント?」
「魔王を倒しましたよね? かなりのポイントが入っているはずです」
ポイントというのは、主に魔物を倒すことで手に入る点数のことである。
魔物が強ければ強いほど、たくさんのポイントが手に入る。
ゴブリンなら、30年間倒し続けてようやく1ポイントになる程度。
ミノタウロスなら、100匹倒して1ポイントになる程度。
S級やA級冒険者が相手にするグリフォンほどの魔物になって、ようやく1匹倒して1ポイントになる。
俺はポイントボードを出現させた。
ポイントボードとは、スキルボードと同様、自分の意思で空中に表示できる板である。
これを見れば、現在のポイントがわかる。
俺のポイントはこれまで0だった。
ところが今、俺のポイントボードにはこう記されていた。
9200ポイント
間違いなく、荒野の魔王を倒した結果である。
「これだけのポイントがあれば、神の祝福も購入できるな」
俺は思わず口にした。
神の祝福とは、ポイントを消費することで手に入る様々な恩恵である。
たとえば、こんなのがある。
若返り:1歳若返ることができる(1000ポイント消費)
完全治癒:あらゆるケガ・病気を治すことができる(1000ポイント消費)
レベルを上げるとか、戦闘用のスキルを手に入れるとか、そういう直接戦いに役立つものはないが、人々が欲しがる様々な恩恵が手に入る。
そんな神の祝福のリストの中に、こんなのがあった。
呪い解除:あらゆる呪いを解くことができる(2000ポイント消費)
なるほど。アマミが言っていたのはこれか。
「もちろん、そのポイントはジュニッツさんが命がけで手に入れたものです。わたしなんかに使ってもらうからには、それ相応の代償を支払う覚悟はあります。具体的には、今後ジュニッツさんを命がけで守ります。そして、ジュニッツさんには絶対服従を誓います。血の契約も交わします。……いえ、わたしなんかに誓われても全然足りないかもしれませんが、でもジュニッツさんを守るためだったら……」
アマミは何やらごちゃごちゃ言っているが、俺は無視してポイントボードを操作する。
呪い解除を選択し、『2000ポイントを消費し、呪い解除を使いますか?』という質問に『はい』を選択する。
そして、呪い解除の対象にアマミを選択した。
とたん、白いやわらかい光がアマミを包み込む。
「ちょっ! え!? え!?」
アマミが何やら叫ぶが、光はおさまらない。
真っ白な光の塊となったアマミの体の形が、ネコのものから徐々に大きくなっていく。人間の形になっていく。
やがて光が完全におさまった時、そこには1人の小柄な可愛らしい少女がいた。
歳のころは12、3歳程度か。
銀色の長い艶やかな髪に、形のよい青い目、すっと通ったきれいな鼻。
まぎれもない美少女がそこにいた。
ちなみに服は着ている。
魔法使いが着るようなローブを動きやすく仕立て直したような、そんな格好だ。
魔女に呪いをかけられた時の服装のままなのかもしれない。
アマミはしばし呆然とした様子で自分の体を見ていたが、不意に顔を上げ、俺を見て叫んだ。
「もうっ! ジュニッツさん! もうっ!」
「なんだ、牛みてえに」
「ポイントですよ、ポイント! ジュニッツさん、今、ポイントを使ったでしょう!」
「使ったな」
「なんで使ったんですか!?」
人間になったアマミは、頬を膨らませて怒る。
さて、なんでだろう。
ここまでついてきてくれたことへの感謝の表れかもしれないし、単に人間のアマミを見たかったからかもしれない。
自分でもよくわからない。気がついたら使っていた。
いずれにせよ、妙なことを言うやつである。
「お前が使えって言ったんだろうが」
「違います! わたしはきちんとした取引をしたかったんです! きちんと契約を交わして、ジュニッツさんに忠誠を誓って……」
「知らねえよ、そんなこと」
「知ってください! ポイントですよ、ポイント! 冒険者が命を削って、戦って戦って、やっと手に入る活躍の証。血と命の結晶。それがポイントなんですよ! それをジュニッツさんはあっさりと……」
「ああ、もう、うるせえ!」
俺はどなった。
「俺は探偵だ! 冒険者じゃねえ。そんな理屈、知ったことか。俺が使いたいから使ったんだ。お前は今まで通り笑いながら『ふふふ、ジュニッツさんはバカですねえ』とか言ってりゃあいいんだよ!」
アマミは目をパチクリさせた。
口を開こうとして、パクパクさせ、言葉が出て来ない。
そして、何とも言えぬ顔をした後、「もうっ!」と叫んだ。
「もうっ! もうっ! ジュニッツさんは、本当に……本当に……もうっ!」
「また牛の真似か?」
「いいですよ、もう! これから先、たっぷりジュニッツさんを守ってあげますから! 覚悟していてくださいね!」
そう言って、小さな体で指をビシッと俺に突きつけて宣言するのだった。
◇
余談だが、俺がレベル1なのは呪いではなかった。
かつてG級冒険者の先輩が言っていたみたいに、人間には生まれつきレベルの上限があり、俺の上限は極端に低い、というのが正解なのかもしれない。
もっとも、俺はすでに月替わりスキルを取ってしまっているので、レベルが上がったところで新しいスキルを取得できず、意味はないのだが。