67話 探偵、決闘の模擬戦をする 前編
チェスリル・ギルドは、ボードゲーム『チェスリル』のとりまとめをおこなっているギルドである。
ルールの管理、大会や祭りなどイベントの開催と運営、盤や駒の販売、チェスリル本の出版、チェスリルの実力を示す段位の公認などが主な仕事である。
イベントの収入や、各種販売益、段位公認料、チェスリル好きの王侯貴族や大商人や高位冒険者からの寄付などを主な収入源としている。
それなりに大きな町であれば、ギルドの建物がある。
俺たちが今いるエルンデールの町にも、チェスリル・ギルドの看板が掲げられた建物がある。
もっとも冒険者ギルドや鍛冶師ギルドと比べると、建物は小さい。職員の数も少ない。冒険者ほど需要があるわけではないから当然か。チェスリル・ギルドが王宮よりも巨大、というのもおかしな話なのだから。
とはいえ、生きていく上で必須ではないチェスリルのギルドで、まがりなりにも建物が建ち、職員に給与が払えるほどの規模のギルドを維持できるのは、たいしたものである。
弱小ギルドなどは専用の建物などなく、酒場や広場に定期的に人が集まるだけで、職員は全員無給、というのも珍しくないからだ。
それだけチェスリルに人気があるということだろう。
「じゃあ、入るか」
「はい」
俺とアマミはギルドのドアをくぐる。
ルチルはいない。
彼女は妖精の森に置いてきた。
宝石人である彼女は、本能レベルで仲間思いなため、仲間たちを操っているナルリスと万が一出くわしたら、衝動的に襲いかかってしまうかもしれない。いずれ魔王との戦いの時は連れて行くと約束したが、それは今ではない。今、無用なリスクを負う必要は無い。
ギルドでは特筆すべきことは起こらなかった。
チェスリルのルールや決闘作法などの資料の閲覧を申し出て、手数料を払ってそれらを見てきただけである。
とはいえ、わかったことは多い。
宿の一室に帰った後、俺は言った。
「アマミ」
「はい」
「調べてわかったことを、まとめてくれ」
ギルドでは、俺とアマミは2人で資料を見ていた。
ただギルド内は静かであり、話をできるような雰囲気ではなかった。
お互いの理解が一致しているかを確認すべく、アマミの口からわかったことを聞きたかったのだ。
「わかりました。まず、わたしたちが見た資料は3つです」
そう言うと、アマミは次の通り、資料の名前を列挙した。
・決闘作法(パターン22)
・決闘作法(パターン13)
・チェスリル・ルールブック
「まずは最初の『決闘作法(パターン22)』から見ていきましょうか。これは、ジュニッツさんの月替わりスキルの能力『強制チェスリル』でチェスリルの決闘をやる時に適用される作法ですね」
「そうだな」
「といっても、そこまで複雑な作法ではありません。そうですね、実際にやってみましょうか」
「やってみる?」
「わたしが今からジュニッツさんに、この作法に基づいて決闘を挑むんですよ。設定としてはそうですね、ジュニッツさんは後継者修行もせずにギャンブルで遊んでばかりのダメな王太子です。そして、わたしはそんなジュニッツ王太子の性根をたたきのめすべく、決闘を挑む婚約者の公爵令嬢です。じゃあ、いきますよ」
「……ああん?」
アマミは俺の返事を待たず、宿の部屋から出ると、すぐにドアを開けてまた中に入ってきて、こう言い放った。
「ジュニッツ殿下。あなたは次期国王であるにもかかわらず、毎日毎日、悪い取り巻きとギャンブルばかりしているようですね。そんな有様では、まともな王にはなれません。婚約者として、そんなあなたを見過ごすわけにはいきません。わたしは今からあなたに決闘を挑みます。チェスリルのパターン22の決闘です!」
アマミは俺に指を突きつける。
チェスリルの決闘がいかなるものかを、アマミは実演しようとしているのだろう。
決闘には、
・決闘を挑む者(挑戦者と呼ぶ)
・決闘を挑まれる相手(対戦相手と呼ぶ)
の2人がいる。
今回で言えば、アマミが挑戦者で、俺が対戦相手だ。
決闘作法(パターン22)では、まず挑戦者が対戦相手を直接訪れ、決闘を要求する。
この時、代理人を派遣したり、相手を呼びつけたりしてはいけない。たとえ、挑戦者がどれだけ高位の立場の者であろうと、挑戦者みずからが対戦相手のもとに足を運び、顔を合わせて直々に決闘を要求しなければならない。
俺は黙って続きをうながした。
作法では、対戦相手は、挑戦者の要求を静かに黙って聞かなければならないからだ。
『要求』というのは「私がチェスリルで勝ったら、お前は○○をやれ!」と相手に突きつける要請である。「金を払え」とか「奴隷になれ」とか、まあそういうものだ。
この時、挑戦者は長々と要求を述べてはいけない。『要求は10分以内に述べなければならない』と定められている。
アマミの要求は10分どころか10秒で終わった。
彼女はこう言ったのだ。
「わたしの要求は1つ。ジュニッツ殿下のお父上である国王陛下の課す後継者修行に従うことです」
アマミはそれだけ言うと、じっと俺を見る。
作法では、挑戦者の要求を聞いたら、対戦相手は余計なことは言わず、自分の要求を告げなければならない。
ちなみに、先ほどと同じく、俺のほうも要求は10分以内に言う必要があるし、アマミも俺の要求に対して口をはさめない。
「俺の要求も1つだけだ。俺はギャンブルが好きだ。だが、父上は俺にあまりこづかいをくれない。だから、俺が勝ったら、ギャンブル資金として、月に金貨1万枚よこせ」
要求と言うより欲求と言うべきか。ダメ王太子という設定に忠実に従ったダメ要求である。
ともあれ要求は伝えた。
アマミは俺を見てうなずく。
俺もアマミを見てうなずく。
これでお互いの要求は決まった。あとは互いの要求を賭けて、チェスリルの勝負をするだけだ。
「え? 要求の交渉はできないの?」と思われるかもしれないが、できない。
決闘作法(パターン22)では、挑戦者も対戦相手も、お互いの要求を無条件で受け入れなければならないのだ。
相手の要求内容が曖昧だったら、このタイミングで質問することはできるが、要求自体を変えることはできない。「アマミの要求だが、後継者修行をずっとやるのは厳しいから、今後1年間だけにしてくれ。その代わり、俺のほうの要求も月に金貨1万枚から5千枚に減らすから」とか、そういった交渉は一切できないのだ。
さらに言えば、決闘自体を拒否することもできない。
挑戦者が決闘をしたいと言えば、対戦相手は決闘を断れない。
絶対に受けなければならないのだ。
こう聞くと、ずいぶん無茶な決まりに見えるかもしれない。
「そんなの、チェスリルの強いやつがいたら、気に入らない人のところに行って、『パターン22の決闘を申し込む。私が勝ったら、お前は死ね。パターン22だから断れないぞ』というように、やりたい放題できるじゃないか」と思うかもしれない。
が、実のところ、この決闘作法は『パターン22の決闘をやることをお互いに認める』という契約を事前に交わした2人の間でしか、やることはできない。それ以外は違法である。
たとえば俺とアマミが契約をしていれば、俺とアマミはパターン22の決闘ができる。しかし、俺とルチルとか、アマミとナルリスとか、そういう組み合わせではできない。俺とルチルは契約していないし、アマミとナルリスも契約していないからだ。
どこの国でも、法でそうなっている。
契約を交わしていない相手に対し、いきなりパターン22の決闘をやると言っても、それは違法なのだ。
もっとも、俺はそんな法律など知ったことではない。
本来、パターン22の決闘を違法におこなうと何が問題かというと、賭けを無効にできる点にある。
決闘に負けたのに賭けたものを支払わない相手がいたら、普通は裁判所に訴えれば強制的に賭けたものを取り立てることができる。
しかし、違法の場合は裁判所に訴えても無視される。
言い換えれば、賭けが保証されないのだ。
だが、俺の場合、決闘は『強制チェスリル』という能力でおこなう。
この能力を使えば、挑戦者・対戦相手ともに決闘作法(パターン22)を強制的に守らされる。当然、負けたら賭けたものを支払う義務がある。無視すれば死ぬことすらありえる。
能力が賭けを保証してくれるのだ。
ようするに、俺は契約なんてしないでも、強制チェスリルを使える相手(10歳以上のヒト種)なら誰とでもパターン22の決闘ができる、というわけだ。
そして、俺は決闘の対戦相手に対して好き勝手な要求ができる。もっとも、『強制チェスリル』を使った場合、能力の説明文にあったように、要求できるのは金・アイテム・スキルの3種類だけで、命とか利権とかは要求できない。それに対戦相手の方も、俺に対して好き勝手に要求してくるかもしれない。いいことばかり、というわけではない。
ちなみに、このパターン22の決闘の由来だが、元々は古い時代に、とある国の深く信頼し合う2人が、
「人間、内面はドロドロだ。お前達も親友ぶってるが、利益に目がくらめば裏切るに決まっている」
という挑発を受けた時、
「何を言うか。俺たちは絶対に裏切らない」
と言い、パターン22の決闘作法を作って、お互いにいつでも自由にこの作法で決闘を申し込める契約を結んだのが発祥とされている。
「こいつなら決闘で変な要求はしてこない」とお互い信頼し合っているからこそ、このような契約ができる。すなわち友情の証である、というわけだ。
国によっては、親友のことを『22の友』と呼ぶところもあるほどだ。
さて、これで賭けの内容は決まった。
ここからチェスリル勝負の開始である。




