62話 探偵、ナルリスのスキルを知る
町に着いた翌朝、俺とアマミは宿で目を覚ました。
「さあ、出かけるぞ、アマミ」
「んにゅ……」
俺にひっついているアマミを引き離し、身支度をして朝食を済ませると外に出る。
情報収集のためである。
俺たちがこの町に来た目的は2つある。
1つは、町のどこかにいる魔王を探し出して倒すこと。
もう1つは、ナルリスによって操られている宝石人たちを救い出すことである。
特に2つ目の目標は、時間が無い。
ぼやぼやしていると、ナルリスがまた宝石人達を引き連れて、出かけてしまうかもしれない。
そして、出かけた先で魔物を狩るために、宝石人達を操って自爆させてしまうかもしれない。
そうなる前に片をつけてしまう必要がある。
とはいえ、露骨にナルリスのことを聞いて回るわけにはいかない。
魔王の情報なら、知らないのは恥ずかしいことだという共通認識が世間一般にあるから、聞き回っても不自然ではないが、ナルリスは魔王ではない。
あまりやつのことをさぐると、「なんでそんなにナルリスのことを気にするんだ?」と変に思われてしまうかもしれない。下手したらナルリスに俺らの存在がバレてしまう可能性だってある。
あくまで、さりげなく情報を集めないといけない。
もっとも、昨日酒場に顔を出したおかげで、多少はナルリスのことがわかった。
なんとなくそうではないかと予想していたが、ナルリスは自己顕示欲の強い男らしい。
宝石人の少女ルチルも、ナルリスがこんなことをしたと言っていた。
――広大な屋敷を買い、自慢した。
――高価な服を身にまとい、「ふふん」と鼻を鳴らした。
こういう風に自己顕示欲の強い男だからか、町にいる間は毎日のように宝石人達を大勢引き連れて、通りを出歩いているらしい。
ナルリスという男は、街道を多数の宝石人達と共に歩いていたことからもわかる通り、自らが宝石人の集団を配下に置いていることを隠す気はない。むしろ、堂々と見せびらかしている。
「誰にも従わないあの宝石人達を、わたしは従えているのですよ」と自慢しているのだ。
そのナルリスの姿を、俺は今から見ようと思っている。
目的は、やつのスキルを知り、推理の手がかりとするためである。
2日前、俺はこんなことを言った。
――この世界では、魔物を倒すとポイントが手に入る。ポイントを消費すると、神の祝福と呼ばれている恩恵が手に入る。
――例を挙げれば、転移門という、2つの門の間を一瞬で行き来できる道具が手に入る。
――(中略)
――他にも、若返ることができたり、人のスキルを限定的に見抜くことができたりと、恩恵は様々だ。
そう、神の祝福を使えば、人のスキルを限定的にではあるが見抜くことができるのだ。
具体的には、このような祝福である。
『情報屋』
情報屋から情報を買うことができる。価格は3500ポイント。
現在売っているのは『人のスキル情報』のみ。
目で見て指定した人物のスキル情報を、誰にも知られることなく購入できる。
ただし、一度に情報を購入できるスキルは1個のみ。
どのスキルの情報が欲しいかは、(あいつが最後に取得したスキルを知りたい)などと念じることで指定できる。
※手に入る情報は、スキルボードに記載してある情報よりも詳しい。
※この祝福は1ヶ月に1度だけ使うことができる。
※魔物相手には使えない。人間やエルフや宝石人などのヒト種にのみ使える。
≪情報屋……ですか?≫
アマミが俺に念話でそっとたずねてくる。
≪ああ、そうだ。探偵に情報屋はつきものだからな≫
殺人事件の容疑者の過去の経歴や、被害者の交友関係など、情報屋はその名の通り様々な情報を持っている。
前世では俺も、そんな情報屋達から色々な情報を買っていた。
無論、買った情報だけで謎が解けるわけではない。
自分で調べないと分からないことだってあるし、何より最後は探偵である俺自身が推理をしなければ事件は解決しない。
だが、推理をするための材料の一部は手に入る。
今回も、俺はこの『情報屋』を使い、推理の材料の1つであるナルリスのスキル情報を得るつもりだ。
≪ナルリスのスキルの情報ですか?≫
≪そうだ。やつの持っているであろう『宝石人達を操るスキル』の詳細が知りてえ≫
宝石人達はナルリスに操られている。
ルチル自身が「わらわは操られていた」と証言している。
だが、人を操るスキルもアイテムも、俺は聞いたことがない。
ルチルと出会った時、俺はこう言っている。
――何しろこの世界には、そんな風に人を操る手段など存在しないと考えられているからだ。
――人を操るスキルなど、昔から今に到るまで見つかっていない。
――人を操るアイテムも発見されていない。あるとすれば、よほどレアなものだろう。
――俺自身、そんなスキルもアイテムも聞いたことがない。
そうなると、ナルリスが宝石人を操る方法として考えられるのはこの2つ。
1.ナルリスは人を操るレアなアイテムを持っている
2.ナルリスは人を操るレアなスキルを持っている
このどちらかだろう。
もっとも、スキルというのは基本的に、全人類共通のスキルボードにのっているスキルしか取得できない。
そして、俺はスキルボードを全部見たが、どのスキルも、どう使ったところで人を操れそうになかった。
つまり、『人を操るスキルなど取得できない』ということになる。
ただし、例外としてユニークスキルというものがある。
これは、ある特定の人間にしか取得できない特殊なスキルである。
たとえば伝説の勇者アーサーは七星剣というスキルを持っていたらしいが、これは普通の人のスキルボードには載っていない。アーサーしか使えないユニークスキルである。
≪俺はナルリスが、人を操るユニークスキルを持っている可能性が高いと考えている≫
≪確かに。その可能性は十分ありますね≫
≪ああ。そのスキルの詳細を知りてえのさ。『情報屋』は相手を見ないと使えねえが、ここは交易都市だ。流れの冒険者や交易商人といった旅をする連中も多い。そんな中、ナルリスのやつが、珍しい宝石人達を大勢引き連れてぞろぞろ歩いていたら、初めて見る旅人なら興味を持って見るだろう。1人や2人じゃねえ。たくさんの旅人がやつを見る≫
≪なるほど。その旅人達に混じって、ジュニッツさんもナルリスを見て、ついでに『情報屋』を発動させるんですね≫
≪そうさ≫
先ほども言ったように、ナルリスは『町にいる間は毎日のように出歩いている』。
いつ出歩くかは突発的で、誰も分からないらしいが、ともかくしょっちゅう出歩いているという。
彼は大勢の宝石人達を引き連れているから、通るとしたら大勢で歩ける大通りだろう。
俺とアマミは、大通りに面した広場に置かれた簡易なテーブル席の1つに座り、待ち伏せる。
設定としては、『稼ぎのある仕事を求めて大きな交易都市であるエルンデールにやって来た冒険者兄妹だけど、兄のほうが、旅の疲れを癒やすためと称して酒を飲んでいて、そんな兄をしっかり者の妹があきれながらも待ってあげている』というものである。
冒険者というのは、死が身近であるせいか、享楽的で刹那的なところがあり、金がなくなるまで飲んだくれていて、懐が寂しくなったらようやく冒険を再開するといった者も珍しくない。
俺もそういうよくいる冒険者の振りをする。
「ああ、うまい。ここの酒はずいぶんとうまいじゃねえか」
「もう、お兄さまは仕方ないですねえ」
などとアマミと会話をしながら、目は広場を見張る。
俺はあまり酒に酔わないほうなので、頭のうちは冷静なまま、じっと見張る。
《なかなかナルリスは現れませんね》
《まあ、我慢してじっと張り込むのも探偵の仕事さ》
結局その日、ナルリスは現れなかった。
◇
翌日、また広場で張り込みをする。
表向きは陽気な酔っ払いを演じる。
が、内心では少し焦りを覚える。
(このままナルリスが出てこなかったらどうする? やつのスキルを暴くのはあきらめるか? ……だが、やつのスキルが分からないまま動くと、最悪、俺とアマミまでやつに操られてしまう事だってありうる。そうなったら、終わりだ。……ナルリスが現れるまで、待つしかないか)
俺は木のコップに入ったエールをぐいっと飲む。
その時である。
アマミがぴくりと反応した。
わずかな反応だが、付き合いが長い俺はわかる。
≪なにかあったのか?≫
念話でたずねる。
≪ナルリスです≫
≪どっちだ?≫
≪左です≫
≪見ていいか?≫
≪今すぐ見ると早すぎて不自然です。わたしが合図をしたら見てください≫
≪わかった≫
心の中でこのような会話をしながら、口では全く別のことをしゃべる。
器用に思えるかもしれないが、慣れれば案外できるものである。
そうして、とりとめのない話を30秒ほどした頃である。
≪見て大丈夫です≫
アマミが言った。
俺は視線を左に向けた。
ナルリスがいた。
きらびやかな服を身にまとい、整えられた淡いブラウンの髪を風になびかせ、すらりとした白馬に乗って大通りのど真ん中を歩いている。
その後ろを宝石人達がぞろぞろと歩いている。
本来、この町の大通りの中央は、馬車のような乗り物専用の道らしく、馬に乗ったナルリスはともかく、お供の宝石人達が徒歩で歩いている時点で罰せられるべき案件なのだが、衛兵達は素知らぬ顔をしている。
町の名士であり、高レベルのS級冒険者であるナルリスのやることだから、許されているのだろう。
首にスカーフを巻いた地元民達は、そんなナルリス達を見慣れた様子で見る。
だが、そうでない者たちの多くは、「なんだなんだ」と驚いたように見る。
俺も、驚いたふりをして見る。
そして、『情報屋』を発動させた。
するとどうだろう。
目の前に小さな……ぬいぐるみくらいの大きさの男が現れた。
男は全身に黒いローブをまとい、頭から黒いフードをかぶっている。そんなにかぶって前が見えるのかと思うくらい、深々とかぶっている。
顔は見えない。男だと判断したのも、フードの下から見えるあごに、短く刈りそろえられたヒゲが生えているからである。
そうして、ふわふわと宙に浮いている。
男の姿は俺にしか見えていないようだ。
アマミに聞いても、目の前の男のことは見えないと言うし、俺たちの近くを通りがかった通行人達も、誰も男を気にした様子がない。
小さな姿といい、彼は人間ではないのだろう。
精霊か、あるいは神の眷属の類かもしれない。
神の祝福を使用して、このような存在が目の前に現れたことは初めてだったので内心驚いていると 黒フードの男が宙に浮いたまま、ぼそぼそと声を出した。
「……どんな情報が欲しい? ……言ってくれ」
もう少し男を観察してみたり、話を聞いてみたりしたいという好奇心もあるが、下手なことをして帰られても困る。
俺は本来の目的を果たすべく、用意していた通りに念じた。
(ナルリスの持つスキルのうち『人を操ることのできるスキル』の情報が知りたい)
だが、不発だった。
男は、ぼそりとこう言ったのだ。
「悪いが……『○○できるスキル』という指定の仕方は禁止している……」
情報屋の男は、そう言って断った。
理由を聞くと、『○○できるスキルの情報が知りたい』という質問がOKなら、極端な話、『魔王を倒すことができるスキルの情報が知りたい』という質問もOKになってしまうからだそうだ。
さすがの情報屋も、どのスキルで魔王を倒せるかまではわからないし、推理力もないから「どのスキルをどう使えば魔王を倒せるだろうか?」などと推理することもできないらしい。
仮に推理できたとしても、そこまで重大な質問に答えることは、情報屋の職分を超えている。彼にできるのは、あくまで辞書的な情報を渡すことだけ。彼自身も詳しいことはわからないが、魂のあり方として、そうなっているらしい。
そういった事情から、『○○できるスキル』という指定の仕方を認めると話がややこしくなるので、一律で禁止しているそうだ。
(なるほどな)
別段、不快な気持ちにはならなかった。
もとより俺は情報屋からは辞書的な情報が得られれば十分だと思っている。そこから先を推理し、最終的な答えを導き出すのは探偵である俺の仕事だからだ。
(じゃあ、情報屋に依頼し直すか)
俺は、より単純かつストレートな言葉で念じ直した。
(ナルリスのユニークスキルが知りたい)
すると、今度は情報屋の男は「わかった」とうなずいた。
と同時に、俺の視界にスキルの情報が浮かび上がる。
そこには、このように書かれていた。
『アイテム発動』
亜人限定ではあるが、触れた相手に対し、覚えたアイテムの効果を瞬時に発動できる。
このスキルを使うには、まずアイテムを覚える必要がある。
覚えたいアイテムから30センチ以内の距離に近付き、手をかざすことで、覚えることができる。
覚えたアイテムは1ヶ月間、亜人相手に発動できる。
発動方法は、亜人に触れて力をこめるだけ。それだけで、アイテムの効果が瞬時に発動する。
たとえば回復薬を1個覚えておくだけで、1ヶ月間、何度も触れた相手の傷を回復させることができる。
1ヶ月経つと、アイテムを忘れる。
アイテムの効果が持続型の場合、忘れたタイミングで効果も切れる。
忘れたアイテムは、また覚え直すことができる。
※アイテムとは、鑑定スキルを使った時にアイテムと見なされる道具である。また、本スキル使用時に発動するアイテムの効果は、鑑定スキルをそのアイテムに使った時に『人に使用した時の効果』として表示される効果である。アイテムの効果が持続型かどうかも、鑑定スキル使用時に『持続型』と表示されるかどうかで判断できる、
※同じ相手には、1日1回までしか効果を発動させることができない。
※同時に覚えられるアイテムは1つまでである。
2022/5/13 誤字脱字修正