6話 探偵、魔王を倒す 後編
“――”で始まる文章は過去の話からの引用です。
「俺が使う薬はどれでもいい」
「え?」
「どれでもいいんだよ、使う薬なんて。はっきり言って、この3つの薬のどれを使ったって魔王を倒せねえさ」
俺は、はっきりと言った。
1秒だけ透明になる薬だの、1秒だけ頑強になる薬だのを使って、どうやって戦えというのか、逆に聞きたいくらいだ。
俺の言葉に、アマミは「え? え?」ととまどう。
「あの、どういうことです? 薬が役に立たないんだったら、結局、魔王は倒せないってことになっちゃいますよ?」
「倒せるさ」
「でも、薬は役に立たないんですよね?」
「ああ。大事なのは薬を使うことじゃない。買うことだ」
アマミは頭にハテナマークを浮かべる。
「えっと、どういうことです?」
「能力の説明をよく見てみろ」
俺はアマミに能力を見せた。
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『魔法薬購入』
以下の魔法薬の中から、どれか1個を購入することができる。
1.透明薬 … 飲み終えてから1秒間、透明になる
2.頑強薬 … 飲み終えてから1秒間、あらゆる攻撃を無効化できる
3.巨人薬 … 飲み終えてから1秒間、体のサイズが倍になる
※薬は購入者以外の人間が飲んでも同じ効果がある。
※薬の効果時間は、飲んだ量に比例する。たとえば全部飲めば1秒。半分飲めば0.5秒。
※購入には銀貨1枚以上に相当する対価が必要。ただし、他人の金・物ではダメ。
※購入後、この能力は消滅する。
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「重要なのは購入方法だ。なんて書いてある?」
「えっと、銀貨1枚以上に相当する対価が必要、と書いてますね」
「それから?」
「他人の金・物ではダメ、とも書いてあります」
「それを見てどう思った?」
「え? 当たり前のことではないですか? 薬の代金は、自分の金か物で支払えってことでしょう?」
俺は首を横に振った。
「月替わりスキルは、言葉通りなんだ」
さきほど、俺は月替わりスキルについて、こんなことを言った。
――過去には『顔が広くなる能力』や『どんな人間もあなたに歯が立たなくなる能力』といった、一見役立ちそうな能力が現れたこともあった。
――しかし、これは罠であった。
――『顔が広くなる能力』は、人間関係が広がる能力ではなく、厳密に言葉通り、顔の面積が物理的に広がる能力だった。
――『どんな人間もあなたに歯が立たなくなる能力』は、無敵になる能力ではなく、厳密に字面通り、人間の歯による噛みつき攻撃“だけ”を防ぐ能力だった。剣や槍は防げないし、人間以外(たとえば魔物や動物)の噛みつき攻撃も防げなかったのだ。
――どの能力も全部、このように字義通りに解釈されてしまうありさまである。
そんなことを言った。
ここからわかることは何か?
月替わりスキルの能力の効果は、どれも厳密に言葉通りに発揮されるということだ。
「厳密に言葉通り、ですか?」
「ああ。言い換えれば杓子定規ってことだ。だから『購入には銀貨1枚以上に相当する対価が必要。ただし、他人の金・物ではダメ』と書いてあったら、それは、まさに文字通り、こういう意味さ。『他人の金・物以外なら何でも対価にできる』」
「え、でも、それに何の意味が?」
「意味ならあるさ。例えば」
俺はビッと上空を指さした。
「太陽を対価にできる」
「え?」
「太陽さ。あれは『他人の金・物』じゃねえだろ? 太陽は誰の物でもねえ。だから太陽を対価に薬を買える。言い換えりゃ、太陽を売るってことさ」
俺はますます力強く上空を指す。
いささか格好つけてる感じではあるが、こういうのは思い切ってやるのが大事だ。
「太陽を売る……」
「そう、そして今、もうひとつ売れるものがある」
俺は上空に伸ばした指を真っ直ぐ水平に降ろした。
指の先には、黒い巨大なアメーバがいた。
「まさか……」
「そう。魔王を売る。魔王は『他人の金・物』じゃない。太陽と同じで誰の物でもない。対価にできる。
強いて言えば、魔王は『魔王自身の物』かもしれないが、だとしても魔王は人じゃないから『他人の物』には該当しない。問題ない」
月替わりスキルの能力の1つ『どんな人間もあなたに歯が立たなくなる能力』の『人間』は文字通り人類だけを指していた。
このスキルでは、人間と魔物は厳密に区別されているのだ。
だから、魔法薬購入の説明文の『購入には銀貨1枚以上に相当する対価が必要。ただし、他人の金・物ではダメ』の『他人』もまた人類だけを指す。
魔王は『人類の金・物』ではないから、対価として売り飛ばせるのだ。
ちなみに、アマミが先ほど提案した『魔王に巨人薬を飲ませて大きくして自重でつぶす』という案を俺が却下した理由も同じだ。
魔法薬購入の能力の説明文には『薬は購入者以外の人間が飲んでも同じ効果がある』と、わざわざ『人間』限定で効果があるとしか書かれていない。
厳密に言葉通りにしか発動しない月替わりスキルである。本当に人間にしか薬の効果はないのだろう。
つまり、魔王に薬を飲ませても効果がないのだ。
「もちろん魔王を売り飛ばそうと思ったら、魔王に銀貨1枚以上の価値がないとダメだ。スキルの説明文に『購入には銀貨1枚以上に相当する対価が必要』と書いてあるからな。しかし、それも問題ない」
ユリウスにボコられた時、俺は魔王について、こう言った。
――おまけに魔物は強ければ強いほど、角や心臓や体液などが、武器や薬の素材として高く売れる。最強の魔物である魔王の素材は、莫大な金になる。
この言葉の通り、魔王の心臓や体液は高く売れる。言い換えれば、魔王自身に莫大な価値があるのだ。
一方、銀貨については、ユリウスにボコられた翌朝、俺はこう言っている。
――薬を買うのは問題ない。銀貨1枚という値段は、庶民の日給程度だ。俺でも何とか払える。
この言葉の通り、銀貨1枚の価値は、庶民の日給程度でしかないのだ。
「要するに魔王には『銀貨1枚以上に相当する対価』としては十分すぎるほどの『莫大な価値』があるのさ。問題なく売り飛ばせる」
「うーん……」
アマミはうなった。
俺の言ったことの意味を考えているらしい。
ほどなくして口を開き、こう言った。
「……でも、売ったとして、魔王はどうなるんです?」
「難しい話じゃねえさ。月替わりスキルに対する世間一般の声を思い出してみろ。こんな声があったはずだ」
――「物を購入する能力を使ってみても、いつも大事な金貨や銀貨が異空間に吸い込まれて、代わりに『かすり傷しか治せない傷薬』のような役に立たなさそうな物が出てくるだけ」
「わかるか、アマミ? 月替わりスキルで物を購入すると、金貨や銀貨のような対価は、いつも異空間に吸い込まれるんだ。じゃあ、魔法薬購入で、魔王を対価として売り飛ばしたらどうなる?」
「……魔王は異空間に吸い込まれる?」
「ああ、そうさ。そして、異空間では魔王すら死ぬ」
勇者の英雄譚の話をした時、俺はこう言った。
――俺が小さい頃に聞いた英雄譚の主人公である勇者など、もっと苦労して魔王にたどり着いていた。
――どんな人間も溶かしてしまうマグマの池に落ちそうになったり、どんな生き物も中に入ると死ぬ空間である異空間に飲み込まれそうになったり、どんな勇者も一撃で吹き飛ばせる巨大ゴーレムにやられそうになったりしながら、やっとのことで魔王のもとにたどり着いていたのだ。
異空間では、どんな生き物も死ぬ。
そして、魔王は生き物である。
――荒野の魔王に限らず、魔王というのはどいつも恐ろしく強い生き物である。
「要するに、魔王を売れば、魔王は異空間に吸い込まれて死んでしまい、めでたしめでたし、と?」
「ああ」
「……本当にそうなります?」
「確証はねえ」
俺は正直に言った。
魔王を売ろうとしても、魔王が抵抗して失敗するかもしれない。
もしかしたら、魔王が抵抗して大暴れした結果、俺たちはそろって死んでしまうかもしれない。
物事に絶対はないのだ。
ただ論理的に考えて、一番確率の高いやり方を選んでいるだけだ。
「言ったろ、五分五分だって」
「なるほど。そういえばわたしはついさっき、こう言いましたね。魔王相手に五分五分で勝てるなら大したものですよ、と」
アマミはそう言ってうなずき、それから不意に「ふふふ」と笑い始めた。
「ジュニッツさんはおもしろいですねえ」
「ああん?」
「だって魔王を売るんですよ? そんな英雄譚、聞いたこともないですよ。歴戦の冒険者が聞いたらびっくりするでしょうねえ」
「俺は探偵さ。冒険者なんかじゃねえ」
「変な格好していますしね」
アマミは、左右白黒の俺のスーツを指して言う。
「言ったろ。これは探偵の正式なスタイルだ。白黒ハッキリさせるという意味がある」
「じゃあ、ぜひ白黒ハッキリさせてください」
そういってアマミは前を向く。
俺はアマミの視線の先を追う。
そこには魔王がいた。
10階建ての建物ほどの大きさを誇る巨大なアメーバの姿をした魔王だ。
歴戦のS級・A級冒険者たちを、ことごとく粉砕してきた魔王だ。
俺が少年時代、「いつか倒す!」と願い、けれども、いつしか倒すことを諦めていた魔王だ。
2日前、冒険者ギルドで「レベル1のお前ごときが魔王を倒せるわけないだろ」と笑われながらも、倒すと俺が宣言した魔王だ。
「行くぞ」
「いつでもどうぞ」
アマミは答えた。
彼女は既に覚悟を決めている。今さら「ここは危険だから、どこかに避難した方がいい」などと言うのは無用だ。
俺はスキルボードから『魔法薬購入』を選んだ。
選ぶことで、能力の使い方が頭に入ってくる。
ほしい薬をスキルボードから選択し、売りたいものを指差せばいいのだ。
薬は特に欲しいものもないので、適当に頑強薬を選ぶ。
そして、荒野の魔王をビシリと指差す。
緊張しているのか、指先が少し震える。
時間にしてどれくらいが過ぎただろうか。
長く感じられたが、実際は10秒にも満たなかったかもしれない。
突如、魔王の頭上に黒い大きな穴が現れた。
あらゆるものを、どこまでも吸い込んでしまいそうな、魔王よりも黒くて大きな穴。
その穴に魔王が吸い込まれていく。
魔王は突然のことで驚いたような声を上げた。
「アア!?」
自分の体が吸い込まれていっていると気づくと、叫び声を上げた。
「グオォォォォォォ!!!」
そして暴れた。
「コロス! ニンゲン、コロス! コロスコロスコロス!」
地獄の底から響くような声を上げながら、無数の触手をメチャクチャに振り回す。
鉄のように硬い地面が、衝撃音と共に容赦なくえぐれていく。
俺たちは息をのんだ。
触手は俺たちのところまでは届かなかったが、それでも迫力のある光景に、息をのまずにはいられなかったのだ。
だが、どれだけ暴れても、黒い穴は容赦なく魔王を吸い込んでいく。
魔王の巨体が浮かび上がり、少しずつ穴に吸い込まれていく。
魔王の声も少しずつ弱くなっていく。
「ガア……アッ……アッ……」
そして、おおよそ1分後、魔王は完全に穴の中に消えた。
後には宙に浮かぶ穴が残るだけである。
やがて、その穴も消える。
同時に、俺の目の前に小さな黒い穴が出現し、小瓶に入った薬がポトンと手のひらに落ちた。
頑強薬、と書かれている。
魔王の姿はどこにもなかった。
100年以上のもの間、魔王が鎮座していた地面が大きくへこんでいる。あちこちの地面に、魔王の触手がえぐった跡がある。
痕跡はただそれだけである。
あまたの強者・精鋭たちを葬り去ってきた荒野の魔王は、もはやどこにもいなかった。
俺とアマミは無言だった。
本当に魔王を倒したのか、実感がなかったのだ。
その時である。
ピコンという音と共に、視界にこんな文章が流れてきた。
『全世界にお知らせです。ザール王国グーベン在住のジュニッツ(レベル1、G級冒険者)が荒野の魔王を倒しました』
俺が魔王を倒したことが、世界中に知れ渡った瞬間だった。
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