59話 探偵、決断する
宝石人の少女ルチルが眠りについた後、俺はふとこう思った。
ルチルは、ナルリスによって家族と仲間を操られ、自爆させられた。
もし、俺が同じ目にあったら?
たとえばもし、アマミが操られたら?
(……ちっ!)
うっかり嫌な想像をしてしまい、心の内で舌打ちをする。
ヘドが出る気分だった。
無論、俺は探偵である。
推理の力であらゆる問題を解決する男として、決してアマミを操らせなどしない。
だが、それでも想像で嫌な気分になった。
想像だけでこれほど嫌な気分になるのなら、実際に被害を受けたルチルはどんな心境だろうかと思った。
◇
ルチルが目を覚ましたのは、その日の夕方のことだった。
目を覚ましたルチルは、ぼんやりとした顔で「ここが、あの世なのか……?」などとつぶやいていたが、すぐに、はっとしたように周囲を見回した。
彼女は俺を見た。アマミを見た。そして傷が綺麗に痕なくふさがった自分の体を見た。
「助かった……のか……?」
ルチルは改めて俺を見て問うてきた。
「ああ」
俺の返答に、ルチルは「わらわだけが助かってしまったか……」とうつむいた。
彼女の仲間は大勢死んでいる。生き残った者たちも、操られて苦しんでいる。
そんな中、自分だけが自由の身になってしまった。
そのことに罪悪感を感じているように見えた。
少しの間うつむいていたルチルだったが、すぐに顔を上げると、俺たちに向けて深々と頭を下げた。
「ありがとう。そなたらのおかげで、わらわは命を保つことができたのじゃ。今は何もできぬが、きっと礼はするのじゃ」
「治したのは、そこにいるアマミさ。それと、悪かったな、あんたの『遺言』を聞いちまって。話したいことを話させた方が治りもよくなるっていう俺の判断だ」
俺がルチルにそう返答すると、アマミが小声で「遺言を聞こうと提案したのはわたしなんですから、わたしのせいにしちゃえばいいですのに」と言う。
「バカヤロウ、助手に責任をかぶせる探偵がどこにいる」と俺も小声で返す。
そんな俺らに対し、ルチルはこう言った。
「わらわこそ、変な話を聞かせてしまって、すまなかったのじゃ。勝手にしゃべっておいて申し訳ないが、忘れて欲しい。それでは、世話になったのじゃ」
ルチルは改めて頭を下げると、立ち上がった。
「もう行くのか?」
「うむ。仲間たちが操られておる。また自爆させられるかもしれぬ。一刻も早く、なんとかせねばならぬのじゃ。命を助けられておいて本当に申し訳ないが、そなたらへの礼は後ほどとさせてほしいのじゃ。それでは」
そう言って、ルチルは立ち去ろうとする。
が、立ち去れなかった。
数歩歩いたところで、全身から力が抜けたように、ふにゃりと地面に倒れ込んでしまったのだ。
「な、なんじゃ? ち、力が入らぬのじゃ……」
とまどうルチルに、アマミが言った。
「ダメですよ、ルチルさん。さっきまで瀕死の大怪我を負っていたんですよ? 傷は治しましたけど、まだ全然本調子じゃありません。しばらくはまともに動けませんよ」
「し、しばらくじゃと……?」
「ええ、あと何日かは」
◇
パチパチと火の音がする。
アマミが夕食の準備をしているのだ(ちなみに、手伝おうかという俺の申し出は、「ジュニッツさんはそこで応援しててください」といつも却下されている)。
ルチルは焦る顔をしながらも、今は回復に専念すべきとわかっているのだろう。横になって目をつぶっている。もっとも落ち着かない様子の呼吸から、眠れていないのは明白である。
そんな中、俺は、
(さて、これから先どうしたものか)
と思った。
俺のやりたいことは魔王討伐である。
この近くにも魔王はいる。
魔王の話は2回耳にしている。
1つは、ナルリスがルチルを捨てた時に言ったこのセリフだ。
――「ゴミ掃除も終わりましたし、町に帰りましょうか。帰ったら町で魔王を探さないといけませんしね」
もう1つはルチルの『遺言』の中の、このシーンだ。
――「私たちの住む町に潜む魔王。やつを倒すのはこの私です!」と宣言し、喝采を浴びた。
整理すると、ナルリスが住む町のどこかに魔王が隠れ潜んでいて、ナルリスはそれを見つけて倒そうとしている、ということである。
もっとも『魔王が町に潜む』というのはよくわからない。
魔王が犯罪者のごとく、こそこそと屋根裏だの地下室だのに隠れ住んでいるというのか。
町の住民は、魔王のいるところになど住んでいて平気なのか。
疑問は尽きない。
ルチルに聞いてみたが、
「申し訳ないが、わらわも町のどこかに魔王がいるということくらいしか知らぬのじゃ……」
とのことである。
ともあれ、魔王が近くの町にいるのだ。
町の名はエルンデールというらしい。
まずはそこに行ってみるべきだろう。
そして倒す。
ここまではいい。
(問題はナルリスって野郎と、ルチルだ)
宝石人を操って自爆させる危険人物ナルリスもまた、魔王を探している。
「帰ったら町で魔王を探さないといけませんしね」と言っていたことから、ちょうど俺と同じくらいのタイミングで魔王探しを始める可能性がある。
魔王捜索中にかち合う可能性もあるだろう。
(もっとも、かち合ったしたところでナルリスのやつは俺の顔を知らねえんだ。トラブルになる可能性は低い)
一方のルチルはどうだろうか。
「ルチル、起きているか?」
「……どうしたのじゃ?」
ルチルは目を開け、上半身を起こして体をこちらに向ける。
「ルチルは元気になったらどうするんだ?」
俺の質問に、ルチルはこう答えた。
「決まっておる。わらわの自爆をナルリスに食らわせてやるのじゃ。ああいや、安心いたせ。そなたらへの礼は、仲間への遺言で頼んでおくのじゃ」
俺は後半の礼の話は無視して、こうたずねた。
「自爆といってもナルリスの居場所がわからないと、自爆のしようがないだろ。居場所は知っているのか?」
「エルンデールの町に帰るとやつは言っておったのじゃ。だから、町を歩き回って、やつを見つけ次第、自爆するのじゃ」
「ルチルの仲間はどうするんだ?」
「ナルリスが死ねば、たぶん……操り状態が解除されるのじゃ。そうなれば、みんな自由の身なのじゃ」
「たぶん?」
「……他に方法がないのじゃ」
ルチルの言い分はこうである。
今の彼女はたった1人、それもレベル17しかない非力な少女である。
故郷から5キロ以上離れているため、髪も短くなり、魔法もまともに使えない。
一方、ナルリスは強い。
おまけに、高レベルの魔物を次々と撃破してS級冒険者になった有名人であり、町の名士でもあるから、護衛も連れて歩いている可能性がある。
まともに戦っては勝てない。
である以上、できることは不意打ちの自爆くらいしか思いつかない。
そして、ナルリスが死ねば、操っている張本人が消えることになるため、もしかしたら仲間達の操り状態が解除されるかもしれない。
「わかっておる……。やつが死んだからといって、それで操りが解けるとは限らぬ。そもそも自爆が成功する保証もない。じゃが、それでも……わらわには他に仲間を救う方法が思いつかないのじゃ……」
そう言って、ルチルは力なさげにうつむいた。
俺は頭の奥がむずむずするような気分になった。
この感覚を何と言えばいいだろうか。
明らかに稚拙なやり方が目の前でおこなわれようとしているのを傍観している時の気分、とでも表現すればよいか。
(……俺ならもっと上手くやれる)
そんなことを思った。
俺は探偵である。
探偵は推理ができる。
推理すれば、ルチルの仲間を救う方法を導き出すことができる。自爆なんかより、はるかにマシなやり方を考え出すことができる。
それが探偵である。
だというのに「他にやり方がないのじゃ……」などと暗い顔で言って、自らの命を捨てて成功するかもわからない自暴自棄な自爆をしようとしているのを見ると、頭の奥がムズムズするのだ。
「誰も死なず、確実に仲間を救う方法を、俺なら推理できる」と思ってしまうのだ。
無論、ルチルの仲間を救わなければならない事情も義理もない。
ないが、一度、
(俺ならもっと上手くやれる)
と思ってしまった以上、何もしないで見過ごすのも気分が悪い。
それにルチルをこのまま放っておいて、町中で自爆なんてされたら、騒ぎになる。
しかも相手は、町の名士のナルリスである。なおのこと騒ぎになる。
そうなれば、町中の警戒も厳しくなり、俺自身も動きづらくなる。
今回の魔王討伐は、町のどこかにいる魔王を探すところから始まるのだから、肝心の町中での動きが制限されてしまっては、魔王を倒すどころではなくなるかもしれない。
一方、自爆に失敗する可能性もあるが、そうなったらルチルはナルリスに捕まるかもしれない。
当然、ナルリスはどうしてルチルが生きているのか疑問に思うだろう。
疑問を解消するため、再度ルチルを操って、情報を聞き出そうとする可能性は十分にある。
当然、俺とアマミの存在がバレる。人相もバレる。
そうなれば、ナルリスに目をつけられ、やっかいなことになる。
やはり、魔王を倒すどころではなくなる。
要するにルチルを放っておけば、かえって厄介なことになる可能性が高いのだ。
であれば、彼女は俺の管理下に置くべきだ。
ありていに言えば、言うことを聞いてもらう。勝手に自爆などさせない。
言う通りにさせるには、対価が必要だ。
対価は『ルチルの仲間の救出』である。
やり方はまだ思いつかないが、俺は探偵だ。答えは推理で導き出す。
下手にルチルを放置して変な騒ぎになるよりは、俺自身が彼女を管理したほうがやりやすい。
そもそも、はっきり言うと、俺はナルリスが気に入らない。
にやけた顔をしながら、
「低レベルで、中途半端な魔法と自爆しか能のない宝石人なんて、この世に存在していること自体が罪ですからねぇ」
とぬかす野郎である。
「レベル1のクズは生きているだけで害悪なんだよ」と言われ続けてきた俺としては、好きになりようがない存在である。
だったらルチルを助けるついでに、あのニヤケ面の野郎を片付けてやってもいいんじゃねえか、と思っている。
(……よしっ!)
俺は決断した。
ルチルの仲間救出を手伝う。いや、手伝うんじゃない。俺自身が責任をもって主導する。
無論、魔王も倒す。魔王討伐のついでに、仲間の救出もやるのだ。
俺はアマミに自分の考えを念話で伝えた。
そして、最後にこう聞いた。
≪アマミ、手伝ってくれるか?≫
≪もちろんです。魔王討伐のような大仕事をやるのがジュニッツさん。ジュニッツさんが大仕事に専念できるよう、雑用でも何でもやるのがわたしなんですから≫
≪そうだったな≫
俺はルチルに向き直った。
「ルチル」
「ん? なんじゃ?」
「自己紹介をしていなかったな。これが俺の名前だ」
俺はそう言うとレベルボードを見せた。
偽装などではない。本物のレベルボードである。
ルチルはそれを見て、はじめ目をぱちくりとさせた。
続いて驚いたように目を見開いた。
そこにはこう書かれていた。
『ジュニッツ レベル1 G級冒険者』
ルチルは俺の名前と俺の顔を交互に何度も見た。
目を何度も瞬かせ、口を何度もパクパクさせ、やがてこうつぶやいた。
「そなたが……ジュニッツなのか? 3度も魔王を倒した……あのジュニッツなのか?」
山奥の村でひっそりと暮らす宝石人であっても、「全世界にお知らせです。住所不定のジュニッツ(レベル1、G級冒険者)が剣の魔王を倒しました」という神の知らせは届くのだろう。
俺のことはちゃんと知っているようだった。
「そうだ。あのジュニッツだ。その上で、聞きてえ。俺にルチルの仲間救出を主導させる気はねえか? 安心しろ。俺は魔王を3度も倒した男だ。そんな俺が、ナルリス1人をどうにかできないと思うか?」




