54話 探偵、メイにプレゼントを贈る 4(3章完結)
『メイの裏世界スキルを使って、レベルを2上げる方法』は推理できた。
後はレベルの上げ幅を増やせばいいだけである。
何度か試行錯誤した末、このような薬を取得することに決めた。
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<取得するアイテム>
レベルを32上げる薬(1錠)(マイナス効果つき)
※薬を1錠飲むと、体内に紋章が刻まれる。紋章は基本的に無害だが、紋章が刻まれた状態でさらに薬を飲むと死ぬ。紋章は100年経つと消える。
※薬は『同じ薬を過去に1錠以上飲んだことがあるという本物の記憶』がある状態で、さらにもう1錠飲んだ時にはじめて効果がある。
※飲むと、まずレベルが18上がる。それから7年かけて、半年ごとに1ずつレベルが上がる。
※35を越えてレベルを上げることはできない。
このアイテムを取得しますか?
はい
いいえ
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飲むと、初めにレベルが18上がり、その後7年かけてレベルが14上がっていく薬である。
『一気にレベルが32上がる薬』にしなかったのは、それをやるとレベル2のメイは、12歳にしてレベル34になってしまうからだ。
年齢の割には高レベルである。目立つ。冒険者ギルドからも誘いが来るだろう。
だが、メイはそんなことは望んでいない。
そのため、このような薬にした。
最終的には19歳でレベル34になる。それくらいなら目立つこともない。
ちなみに、レベルを33以上上げる薬は、どうやっても取得できなかった。
色々試してみたが、どうもアイテムにつけられるマイナス効果には限度があるらしい。
あまりにも大きなマイナス効果をつけると、こんな風に『害が大きすぎるため、取得できません!』とメッセージが出てしまうのだ。
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<取得するアイテム>
回復薬
飲むと傷が回復する。
ただし、不老不死になり、何もない真っ暗な異界の中に未来永劫閉じ込められることになる。
害が大きすぎるため、取得できません!
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思い返してみると、『アイテム取得』の説明欄には『使用者にとって害が大きすぎるアイテムは取得できない』と書いてあった。
神の好みだろうか。理由はわからないが、悪い効果を持つアイテムが好きではないのかもしれない。
いずれにせよ、マイナス効果に限度があるということは、プラス効果にも限度があるということである。
取得するアイテムにマイナス効果をつけることで、代わりにそれに見合うだけのプラス効果をつけよう、というのが俺の案だからだ。
要するにレベルの上げ幅には限度があるのだ。
とはいえ、32もレベルが上がれば十分である。
この世界の平均レベルは30。
メイのレベルが32上がれば34。そこまでいけば、奇異の目でも侮蔑の目でも見られることはない。
その事実が理解できたのだろう。
エヴァンスが感嘆の声を上げた。
「お、おおっ! す、すごい! すごい、ジュニッツさん! この薬があればメイは……」
だが、俺は首を横に振った。
「いや、まだ喜ぶのは早い」
「え?」
「万が一、ということもある。この薬の最終テストをしたい」
「テスト?」
エヴァンスが聞き返す。
「そうだ。テストの手順はこうだ。まず裏世界に行き、『アイテム取得』で薬を取得して飲む。現実世界に戻ったら、また裏世界に行き、同じことを繰り返す」
つまり、こういうことである。
1.裏世界に行く。
2.俺がアイテム取得を使い、薬を入手する。メイが薬を飲む(体内に紋章ができる)。
3.現実世界に戻る。俺のアイテム取得が復活する。メイの紋章は消えるが、薬を飲んだ記憶は残っている。
4.もう一度、裏世界に行く。
5.俺がアイテム取得を使い、薬を入手する。メイが薬を飲む。薬を飲んだ記憶があるので、メイはレベルアップする。
最後の5でメイのレベルが上がれば、テストは合格である。
あとは現実世界に戻って、5をもう一度やればいい。
万が一、メイのレベルが上がらなくても、テストはすべて裏世界でおこなっている。
全部なかったことになる。
何がまずかったのかを検証して、またやり直せばいいだけの話だ。
さっそくテストしてみた。
結果は成功である。
メイのレベルは20になっていた。
「おお……」
裏世界とはいえ、18も上がったメイのレベルを見て、エヴァンスが感嘆の声を上げる。
「じゃあ、本番行くぞ。準備はいいか?」
現実世界に戻った俺は、一同にたずねる。
アマミがうなずく。
エヴァンスがうなずく。
メイだけが、うなずかなかった。
小動物のように、俺を見上げて、こう言う。
「あの……わたしなんかのレベルを上げていいのかな……」
「今さら何を言いやがる」
「でも……アイテム取得って1回しか使えないんだよね? そんな1個しか手に入らない貴重な薬なら、わたしなんかよりも、先生のレベルを上げるに使った方が……」
俺は首を横に振った。
「意味がねえさ。俺は『月替わりスキル』を取っちまっている。もう他のスキルは取れない。レベルを上げたって、仕方ねえさ」
俺の意思が固いのを悟ったのか、メイは「……わ、わかった」とうなずいた。
俺はポイントボードに手をかざす。
レベルを上げる薬を念じ、『このアイテムを取得しますか?』という問いに『はい』を選択する。
もう、後戻りはできない。
「メイ」
取得した薬を、メイに渡す。
薬を受け取ったメイは、じっと見つめる。
手の中にある小瓶が、この先の自分の一生を大きく変えてしまうものだということを実感しているのか、緊張したように凝視する。
不安そうな顔で俺をちらりと見る。
俺は、できるだけ自信に満ちた顔でうなずいてやる。
メイは覚悟を決めたように、ふたを開ける。
ごくりと喉を鳴らす。
そして、一気に飲み干した。
「メ、メイ……」
エヴァンスが心配するように声をかける。
メイは、震える手でレベルボードを開いた。
レベルが上がっていれば成功。上がっていなければ失敗。
人生が決まる瞬間である。
レベルボードには、こう表示されていた。
『レベル20』
成功である。
メイのレベルは上がったのだ。
「せ、先生……」
メイは、あふれ出る感情をどう表現していいのかわからない顔で、俺を見た。
それから父親を見た。
「お父さん……」
「メイ……メイ! ああ、これでやっと……やっと……」
「うん……うん……」
2人は涙を流しながら喜び合った。
思い返すと、魔王の檻からメイを救い出し、エヴァンスのもとへ連れて行った時も、2人は泣いた。
(よく泣く親子だ)とは思わなかった。
何しろ、4年間散々苦しめられてきたレベル差別から、これでやっと解放されたのだ。
喜びがあふれ出るのが自然だ。
もっとも、喜びのあまり、2人から「ありがとう……ありがとう!」と泣きながら感謝と感激の言葉を降らせ続けられ、あげくにはエヴァンスから、
「ジュニッツさん、あなたは神様だ!」
などと言われたのには困った。
「おやおや、ジュニッツさんは神様でしたか。知らずとは言え、これまで数々のご無礼、失礼しました。ふふふ」
アマミがわざとらしく俺を拝みながら、くすくすと笑う。
俺はそんなアマミに「うるせえよ」と言いながら、なおも感謝し続ける親子が泣き止むのを待つのだった。
◇
ひと月が過ぎた。
その間、俺たちは伯爵領を出て、隣の貴族領の町にまで移動した。
移動しただけではない。
メイの将来についても、話し合った。
何しろ、メイはいきなりレベル2から20になったのだ。
レベルが上がると手に入るスキル点も、たっぷり入手している。
スキル点を消費して、どんなスキルを取るかを決めなければならない。
もっとも俺自身は、普通の人間がどんなスキルを取得するものなのか、あまり詳しくない。
メイのスキルのことは、メイがアマミとエヴァンスに相談した上で決めればいいと思っていたし、メイ自身にもそう言った。
ところが、メイは、
「その……できればいいんだけれども……先生が相談に乗ってくれると嬉しい」
と言う。
エヴァンスも、
「そうだな、神さ……ジュニッツさんがいてくれると本当に助かる」
と賛同する。
特段、断る理由のない俺は「まあ、構わんが……」と言って、話し合いの話に加わる。
俺は2つの案を出した。
1つは、どんなスキルを取るにしろ、まず裏世界で試しにスキルを取得してみることである。
結局のところ、どのようなスキルが自分に合うかなど、実際に使ってみないとわからない。
なら、裏世界に行って、スキルを試しに取ってみればいいと提案したのだ。
もう1つは、『日替わり魔法』というスキルを取ることである。
俺の持つ『月替わりスキル』と名前は似ているが、内容はだいぶ違う。
1日3回、上級クラスの魔法を使うことができるのだ。
ただし、どんな魔法が使えるかは日によって異なり、使ってみないとわからない。
回復魔法、炎魔法、加速魔法の3つかもしれないし、氷魔法、分身魔法、光魔法の3つかもしれない。
使ったからといって、欲しい魔法が発動するとは限らないのだ。
魔物に向けて攻撃するつもりで放った魔法が回復魔法だったりしたら、目も当てられない。
おまけに、10回に1度は、ハズレ魔法を引くこともあり、これを引くと魔法を使った本人が一定時間動けなくなるという負の効果をもたらす。
要するに、かなり使い勝手の悪い、高リスクのスキルなのである。
だが、メイならリスクを回避できる。
毎朝、裏世界で日替わり魔法を3回使えば、その日の魔法が何であるかがわかるからだ。
上級クラスの魔法など、冒険者になるわけでもなければ日常で使うものでもないが、いざという時のために取っておいて損はない。
俺のこの2つの案に対し、一同は「なるほど!」だの「確かにその通りですね」などと感心し、即座に賛成した。
そうして、何日か話し合いと実験を続けた末、メイの取得するスキルが決まる。
決まったら、今度は練習である。
普通の人は、長い歳月をかけて少しずつスキルを取るが、メイは一気に18レベル分のスキルを取ってしまったのだ。
きちんと使い方を学ばないと危険である。
練習は、万が一ケガをしても大丈夫なよう、裏世界でおこなう。
何度も裏世界に行き、アマミとエヴァンスを相手に何度も練習する。
はたから見ていても練習は楽なものではなかったが、メイはつらそうな顔をするたびに俺の方を見て「……よし、がんばろう」と言い、また練習に戻っていった。
なぜ俺を見て、がんばる気になれるかはわからない。
ただ、そうやって俺を見るたびに、少しずつ目に強い光を宿していき、ひと月が過ぎる頃には、ケガしない程度にはスキルを使えるようになっていた。
「ここまでできれば、あとはメイさんとエヴァンスさんの2人だけでもやっていけますよ」
アマミは、そっと俺に告げた。
そろそろ頃合いだと思った。
◇
翌日の早朝、俺とアマミは、滞在している町の宿を出た。
ここからはまた2人旅である。
メイとエヴァンスには、昨日のうちに別れを告げてある。
2人ともしんみりした顔をした。
それから改めて俺に向けて「今まで本当にありがとう」と頭を下げた。
そうして、翌朝の今、俺たちは町から出て行こうとしている。
「お2人の安住の地が見つかるといいですね」
町の門に向けて歩きながら、アマミが言った。
メイとエヴァンスはまだしばらくこの町にいると言っていた。
ここが平穏に暮らせる安住の地になるかどうかはわからないが、しばらく住んでみるつもりだと言う。
「そうだな、見つかるといいな」
ほどなくして、町の門が見えてくる。
あれをくぐれば、町の外だ。
と、その時である。
「先生! アマミさん!」
後ろから、声がする。
「ん?」
とたん、妙な感覚に包まれる。
現実が現実でなくなったような奇妙な感覚。
ここ1ヶ月少し、何百回となく味わってきたものだ。
嫌でもわかる。
「これは……裏世界か」
俺は振り返った。
そこには予想通りの人物がいた。
「メイ……」
少し離れたところにメイが立っていた。
走ってきたのか息を切らしている。
俺は、何か声をかけようと口を開く。
その時である。
メイが右腕を高々と上げた。
そして、大きな炎の弾を上空に向けて放った。
赤い光があたりを照らす。
ついひと月前までは使うことすらできなかった火炎魔法。
それを今、メイはこうして放つことができていた。
「先生!」
メイが叫んだ。
「先生、わたし、強く生きるから! がんばって強く生きるから!」
少女の声が静かな町に響き渡る。
俺は何も言わなかった。
ただ笑ってうなずいた。
裏世界が解け、現実世界に戻る。
俺とアマミは背を向ける。
そうして、背中に見送るメイの視線を感じながら、俺たちは次の魔王を倒すべく、町の外に向けて歩いて行くのだった。
3章はこれで終わりです。
次話から4章「ジュニッツを罠にかけようとしたエリート冒険者を返り討ちにする話」が始まります。
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