51話 探偵、メイにプレゼントを贈る 1
<三人称視点>
ジュニッツ、アマミ、メイの3人は、伯爵領のとある町に向かって歩いていた。
メイの父エヴァンスと合流するためである。
メイを助けた後、その町で落ち合う約束になっているのだ。
もっとも、歩いているのはジュニッツとアマミの2人だけである。
メイはアマミの背中でぐったりしていた。
彼女は魔王の恐ろしい姿を間近で見てしまった。ぞっとするような殺意を向けられてしまった。そのショックで、気絶してしまっていたのだ。
≪なあ、アマミ≫
ジュニッツは、メイを起こさないよう、アマミに念話で話しかける。
≪なんです?≫
≪昨日、お前、こう言っていたよな。メイは本番に弱いって。緊張すると震えるし、驚くと動けなくなると≫
≪言いましたねえ≫
≪正確には、本番に弱いというより、胆力が弱いんじゃないのか?≫
ジュニッツの指摘は正しい。
メイは心が強くない。
それゆえ、肝心な時に震えるし、気絶もしてしまうのだ。
アマミも何となく察していたのか、そうですねえ、とうなずいた。
≪というか、ジュニッツさんが図太すぎるんですよ。毎回毎回、平然と魔王に襲いかかるんですからねえ。ふふふ、少しはメイさんの繊細さを見習ったらどうです?≫
≪何をわけのわからねえこと言いやがる≫
ジュニッツはそう言って凄んだ。
が、アマミの言うことは否定できなかった。
ジュニッツはレベル1でありながら、いつだって死の危険を覚悟で、魔王と戦う。
怖くないというわけではない。
ただ、前世を思い出す前、ジュニッツは、レベル1のゴミとして嘲笑と虐待を受けながらも、「バカにされたままで終われるか! いつか何かでかいことをやってやるんだ!」と自分に言い聞かせていた。
その『でかいこと』の第一歩として、まずは世界活躍ランキングの歴代1位を目指すと心に決めている。
1位になるには魔王を倒してポイントを稼ぐしかない。
(である以上、怖えだなんて言ってられるか。ぐだぐだ言わずに魔王と戦い続けるだけさ)
その先のこと――歴代1位になった後のことはまだ考えていない。
今からそんな皮算用をしても仕方ないと思っている。
≪まずは1位になる。人類全員の視界に毎晩表示される世界活躍ランキング。その歴代1位に俺の名を刻み込む。レベル至上主義のこの世界の連中に、レベル1の俺が1位だと突きつける。そのために旅をして、魔王を倒し続ける。それが俺の生き方さ。ただ……≫
≪ただ?≫
≪それはあくまで俺のやりたいことだ≫
ジュニッツは魔王を倒す旅がしたい。
アマミはそんなジュニッツを助けたい。
が、エヴァンスとメイは違う。
2日前、エヴァンスはこう言っていた。
――どこか自分たちが安住できる場所が欲しい。
――自分と娘が安心して静かに暮らせる土地が欲しい。
もともとこの親子は、レベルが低いという理由で住んでいた町を追われ、やむをえず放浪生活をしているだけである。
本当は、どこか平穏な土地に安住したい。
≪旅をしたい俺たちと、安住したいメイたち。進む道は別れるだろうさ≫
≪メイさんたちとはお別れですか……≫
≪だろうな≫
≪寂しいですけど、仕方ないですよね……ん? あれ?≫
≪どうした?≫
ジュニッツが聞き返す。
≪いえ……メイさん達はどこかに定住したいんですよね?≫
≪ああ≫
≪でも、もともとメイさんのレベルが低くて、どこの町に行っても追い出されてしまうから、あの親子は放浪しているんですよね?≫
≪そうだな≫
≪じゃあ、わたしたちと別れても、また放浪生活になるだけでは?≫
ジュニッツと別れたところで、エヴァンス親子はどこにも安住できない。
なぜなら、メイのレベルが低いという問題が解決していないからだ。
「だったら、別れる意味なんてないのでは?」とアマミは言っているのだ。
≪心配いらねえよ。そのへんはちゃんと考えてある≫
≪そうなのですか?≫
≪ああ。まあ、見てろ≫
◇
ジュニッツとアマミが念話で会話をしていた頃、メイはひそかに目を覚ましていた。
アマミの背中におぶさっていることに気づいたメイは、すぐに降りようとした。
このままでは迷惑だと思ったからだ。
(あ、あれ……!?)
が、体が動かない。
いや、動かないわけではない。ただ体が錆びついたように、重くぎこちなくなってしまっているのだ。
(ど、どうして……?)
そう思ったメイだったが、すぐに思い出した。
魔王と戦った時、心をやられてしまったのだ。
正確にはメイは魔王と直接は戦っていない。それをやったのはジュニッツである。メイはただその場にいただけだ。
だが、彼女は巨大な魔王を見た。圧倒的な死を連想させる魔王を見た。自分達に対して明確な殺意を向けてくる魔王を見た。
(魔王がわたしを殺そうとしている!)
そう思っただけで、心臓が凍るようなぞっとした気持ちになった。
氷の刃で胸を刺し貫かれたような、自分を支えてきた心の中の何かが折れてしまったような、そんな感触を覚えた。
そうして、そのまま「あ……あ……」とうめくように言いながら、気絶してしまったのだ。
アマミに抱きかかえられていなければ、倒れて地面に頭をぶつけていたに違いない。
体が動かないのは、その時の精神的ショックの後遺症である。
そのうち回復するだろうという感覚はある。
動かないと言っても、あくまで一時的なものだ。
けれども、魔王の恐怖は、メイの心に深く抉るように彫り込まれている。
魔王という存在が、トラウマとして心に刻み込まれてしまっているのだ。
もし、また新たなる魔王と戦おうということになったら……。
いや、魔王と戦わなくても、魔王を倒す旅をするというだけでトラウマがよみがえってしまうに違いない。そんな予感がはっきりと感じられる。
無理してジュニッツたちと旅を続ければ、日々トラウマが刺激され、精神を病み、しまいには廃人になってしまうだろう。そうなれば、きっとエヴァンスは悲しむに違いない。
(そっか、ジュニッツ先生と一緒に旅をするのは無理か……。うん、そうだよね)
メイはどこか、すっきりした表情でそう思った。
もとより平穏な暮らしを望んでいたメイだったが、「ジュニッツ先生にお願いして一緒に魔王討伐の旅をする」という選択肢もあるのではないかと、わずかながらに迷いがあった。
その迷いがなくなり、吹っ切れた気持ちになったのだ。
(やっぱり、ジュニッツ先生はすごいなあ。わたしと同じでレベルは高くないのに、あんなに堂々と魔王と戦うことができて。わたしなんて、1回魔王を見ただけでこんななのに。本当にすごいよ)
メイは改めてジュニッツへの尊敬の念を抱くのだった。
◇
<ジュニッツ視点>
「お、お、おおっ……!」
俺たちが町の宿屋に着くと、エヴァンスは震えた。
直後、全力でメイを抱きしめた。
「メイ! 無事でよかった! 本当によかった! ああ、私のせいでこんな目にあわせてしまって、すまない! でも……でも、元気でいてくれて、よかった!」
「お、お父さん、苦しい……」
町に着く頃には、メイは立って歩ける程度には回復していたのだが、とはいえ、いきなり大人に本気で抱きしめられては苦しいのだろう。
「あ、ああっ! す、すまない! 痛かったか!?」
「う、ううん、平気。だから……そっとぎゅっとして」
「ん……わかった」
エヴァンスは娘を優しく抱きしめた。
抱きしめるだけでなく、目からポロポロと涙を流して泣いた。
「ああ、メイ……よかった……よかった……」
メイも最初は、
「お、お父さん、泣かないで!? わたしは大丈夫だから」
と戸惑っていたが、すぐに感化されたのだろう。
「うわあああああ、お父さん! お父さん!」
そう言って、わんわん泣き崩れた。
エヴァンス父娘は2人して抱き合いながら、大泣きするのだった。
◇
エヴァンスとメイが泣き止み、落ち着くと、俺たちはこっそり町から出た。
何しろこの町ときたら、剣になってしまった人々がそこら中に散らばっており、町中がパニックだったのである。
宿の中も安全とは限らない。
野宿の方がマシという結論に達したのだ。
「いざという時は、わたしがみなさんを守って差し上げますから」
というアマミの言葉も、その決断を後押しした。
道中、エヴァンスはしきりに俺とアマミに礼を言った。
「ジュニッツさん達のおかげだ。本当にありがとう! なんとお礼を言ったらいいか……」
「ありがとうで十分さ」
「なら改めて何度でも言わせてくれ。ありがとう! こうして娘が無事に帰ってきたのも、何もかもジュニッツさん達が魔王を倒してくれたおかげだ。本当にありがとう! あなたは我々の英雄だ!」
「英雄って言われたのは初めてだな」
実のところ、俺とエヴァンスは、同じようなやり取りをもう3度もやっている。
エヴァンスは道中、ことあるごとに俺に頭を下げ、感謝の意を示したのだ。
1度目は俺を恩人と言い、2度目はすばらしい人と言い、3度目の今は英雄と呼んだ。
そのうち神様と呼ばれて、あがめ奉られるかもしれない。
俺はアマミに念話で話しかけた。
≪おい、アマミ。もう、このへんで野営できるんじゃねえか?≫
≪そうですね。そろそろ暗くなりますし、あのへんの岩陰で休みましょうか≫
アマミは土魔法で簡単な家を作り、魔物避けの結界をはると、アイテムボックスから食材を取り出した。
エヴァンスはその様子を「アマミさんもすごいんだな……」と目を丸くして見ていたが、すぐにハッとして「何から何まですまない」と頭を下げた。
「いえいえ、お気になさらず」
アマミはそう言って手を横に振る。
「アマミの言う通りさ。それよりメイも疲れているだろう? 今日はさっさと食って寝ちまおう」
俺の言葉に、メイはこくりとうなずき、エヴァンスも「わかった。ありがとう」と同意する。
俺たちは夕食を済ませると、2つの部屋に別れて眠りについた。
◇
翌朝、4人で朝食を終えると、俺はこう切り出した。
「俺とアマミは、今後も魔王を倒す旅を続ける。メイとエヴァンスはどうする?」
「わたしは……」
メイはエヴァンスと顔を見合わせ、互いにこくりとうなずき合った後、こう言った。
「わたしは、お父さんと一緒に、どこかで平穏に暮らせる場所を探したい。だから……先生とはここでお別れ」
「そうか」
俺は納得したようにうなずいた。
「なら、魔王討伐の分け前は、それにふさわしいものにしないとな」
俺がそう言うと、メイとエヴァンスは顔を見合わせた。
そして、そっくりな口調で、
「え?」
「え?」
とハモりながら言った。
俺はそんな2人を無視して、ポイントボードを開いた。
そこには『神の祝福』の一覧が載っていた。
魔物を倒すと取得できるポイント。
そのポイントを消費することで手に入るのが『神の祝福』である。アマミを猫から人間に戻したように、様々な恩恵をもたらす。
俺は『神の祝福』の中から、1つを選んだ。
そこには、こう表示されていた。
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<アイテム取得>
欲しいアイテムが1つ手に入る。
ただし、手に入るものの価値には上限がある。
手に入るものの例(これが上限)
・レベルを1だけ上げる薬
・3倍の速さで耕せる農具
・3日に1個、パンが湧いてくる壺
消費ポイント:3000ポイント
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このまま別れたところで、エヴァンス親子は元のつらい放浪生活に戻るだけである。
それでは後味が悪い。
俺はこの祝福を使って、彼らの望む静かで平穏な暮らしをプレゼントしようと考えていたのだ。