5話 探偵、魔王を倒す 中編(ここまでが1章の問題編)
「わっ、ジュニッツさん! なんですか、これ!?」
「見ての通り、『月替わりスキル』さ」
俺のスキルボードには『月替わりスキル』と、はっきり表示されていた。
月替わりスキルとは、スキルの1つである。
その名の通り、月ごとに異なる能力が使えるようになる。
しかも、月ごとに使える能力は1個だけではない。1000個もある。
先月までは、この1000個の能力が使えていた。今月になると、全部使えなくなった。
代わりに今月から、別の1000個の能力が新たに使えるようになった。
こういう具合である。
これだけ聞くと悪くないスキルに思えるが、問題が2つある。
1つ目の問題は、他のスキルが封印されることである。
月替わりスキルの説明文には『このスキルを取ると、他のスキルは全て無効化される』と書いてある。
一度月替わりスキルを入手してしまったら最後、今まで取ったスキルが全て消えてしまうし、今後新しいスキルを取ることもできないのだ。
2つ目の問題は、そうまでして手に入れた月替わりスキルの能力が、どれもこれも役に立ちそうには見えないということだ。
たとえばこんな能力がある。
紙バリア:薄い紙きれ1枚ぶんの耐久力のバリアを張ることができる
右手透明:1回だけ、右手を10秒間透明にできる
傷薬購入:『かすり傷しか治せない傷薬』を金貨1枚で1個購入できる
能力は、どれもこれもこんなのばかりである。
世間一般の評価は、次の通りだ。
「戦闘の役に立てようと思っても、紙バリアのような弱そうな能力しかない」
「何か便利な能力がないかと探してみても、右手透明のような使い道のなさそうな能力しかない」
「物を購入する能力を使ってみても、いつも大事な金貨や銀貨が異空間に吸い込まれて、代わりに『かすり傷しか治せない傷薬』のような役に立たなさそうな物が出てくるだけ」
要するに「クズ能力ばかり」というのが世間一般の評価だ。
もっとも、過去には『顔が広くなる能力』や『どんな人間もあなたに歯が立たなくなる能力』といった、一見役立ちそうな能力が現れたこともあった。
しかし、これは罠であった。
『顔が広くなる能力』は、人間関係が広がる能力ではなく、厳密に言葉通り、顔の面積が物理的に広がる能力だった。
『どんな人間もあなたに歯が立たなくなる能力』は、無敵になる能力ではなく、厳密に字面通り、人間の歯による噛みつき攻撃“だけ”を防ぐ能力だった。剣や槍は防げないし、人間以外(たとえば魔物や動物)の噛みつき攻撃も防げなかったのだ。
どの能力も全部、このように字義通りに解釈されてしまうありさまである。
こういった事情から、月替わりスキルはゴミ扱いされている。
スキルボードは8歳になると使えるようになるが、真っ先に教えられるのは「月替わりスキルだけは絶対に取るな!」である。
それを俺は取った。
さすがに取る時は一瞬ためらいがあったが、それでも取った。
「え? え? ジュニッツさん、これ月替わりスキルですよね?」
アマミは、とまどいながら言う。
「ああ」
「ゴミと言われている、あの月替わりスキルですよね?」
「まるっきりゴミってことはねえさ。こいつを見ろ」
俺はスキルボードを操作した。
操作することで、スキルの詳細な説明を表示することができるのだ。
俺が指し示したのは、月替わりスキルで今月使える能力の1つだった。
1000個ある今月の能力の中で、たった1つ、役に立つと判断した能力だ。
そこには、こう書かれていた。
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『魔法薬購入』
以下の魔法薬の中から、どれか1個を購入することができる。
1.透明薬 … 飲み終えてから1秒間、透明になる
2.頑強薬 … 飲み終えてから1秒間、あらゆる攻撃を無効化できる
3.巨人薬 … 飲み終えてから1秒間、体のサイズが倍になる
※薬は購入者以外の人間が飲んでも同じ効果がある。
※薬の効果時間は、飲んだ量に比例する。たとえば全部飲めば1秒。半分飲めば0.5秒。
※購入には銀貨1枚以上に相当する対価が必要。ただし、他人の金・物ではダメ。
※購入後、この能力は消滅する。
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「こいつで魔王を倒す」
アマミは目をパチクリさせて「……え?」と言った。
「これで……ですか? どの薬もあまり役に立つようには見えないんですが……」
「安心しろ。この能力なら魔王にだって勝てる。……と言っても、推理が当たっていればの話で、勝てる確率は五分五分くれえだが……」
「魔王相手に五分五分で勝てるなら、大したものですよ?」
「ああ。俺はそれくらいの確率でいけると確信している」
アマミは「うーん……」と言いながらスキルの説明をじっと見る。
俺の言葉を信じて、どうやればこのスキルで魔王を倒せるか、マジメに考えているようだ。
しばらくして、彼女は言った。
「透明薬を飲んで、魔王にこっそり近づいて攻撃する……というわけじゃないですよねえ?」
「当たり前だ。1秒しか透明になれないんじゃ、近づくヒマもねえさ」
俺の答えに、アマミはなぜか「ふふふ」と笑った。
「何を笑ってやがる」
「いえ、透明薬って、服まで透明になるのかなって。体だけ透明になるなら、全裸になる必要があるわけでしょう? 魔王の目の前でマジメな顔して全裸になるジュニッツさんを想像したら、おかしくって、つい……ふふふ」
「やめろバカ。想像しちまったじゃねえか!」
「あ、でも、魔王も、いきなり目の前で全裸になられたら、意表を突かれて固まっちゃいますよね。そのすきに近づいて倒す、というのはどうでしょう? 名付けてストリップ作戦です。あれ、意外とこれが正解ですか?」
「そんなわけねえだろ!」
「ですよねえ」
アマミは、こほんと咳払いをして、こう言った。
「じゃあ、こういうのはどうでしょう。飲むとあらゆる攻撃を防げる頑強薬を飲んで、魔王に突撃するんです」
「1秒しか頑強になれねえのに、どうやって突撃するんだよ? 近づく前に殺されるだろ」
「飲むんじゃないんです。なめるんです」
「ああん? なんだそりゃ?」
「ほら、能力の説明に書いてあるじゃないですか。『薬の効果時間は、飲んだ量に比例する。たとえば全部飲めば1秒。半分飲めば0.5秒』って。つまり、薬をほんのちょっとだけなめるように飲めば、0.01秒くらい、一瞬だけ頑強になるわけでしょう?」
「なるな」
「その一瞬で、魔王の攻撃を防ぐんですよ。魔王の攻撃が当たる寸前に、薬をちょっと飲んで防ぐ。また攻撃してきたら、また当たる直前にちょっと飲んで防ぐ。そうやって近づくんです」
「無理だろ」
俺は否定した。
「そんなピンポイントで、攻撃を食らうタイミングと頑強になるタイミングを合わせられるわけがねえ。それに、さっきの魔王の攻撃を見ただろ。あいつは無数の触手で流星雨のように大量の攻撃をいっぺんにしてくるんだ。それを全部防ぐなんて無理だ」
「うーん、ダメですか……あっ、じゃあ、こういうのはどうです?」
アマミがまた何か思いついたように言った。
「これです、これ。『巨人薬』。こいつを使うんです」
「体のサイズが倍になる薬か。だが、レベル1の俺が倍の大きさになったところで、大して強くはなれねえだろ」
「ふふふ、ジュニッツさんが飲むんじゃないんです」
「じゃあ、誰が飲むんだ」
「魔王です」
「魔王?」
「ええ。ほら、能力の説明文を見てください。『薬は購入者以外の人間が飲んでも同じ効果がある』って書いてあるじゃないですか。つまり、魔王が飲んでも同じ効果があるんですよ」
「魔王をでかくしてどうするんだ?」
「あれだけ大きな魔王ですよ? 2倍になったら、自分の重さに耐えきれなくてつぶれちゃいますよ。大きなゼリーが勝手に崩れちゃうのと同じです」
「……なるほど、おもしろいな」
「でしょう? もちろん魔王が自重でつぶれるとは限りませんけど、やってみる価値はあると思いませんか?」
俺は首を横に振った。
「ダメだな。難点がある」
「えー、何ですか?」
「魔王にどうやって薬を飲ませるんだ?」
「えっと……ポイッて投げれば飲んでくれませんかねえ?」
「さっき俺が魔王に向けて石を投げたのを見ただろ。石はどうなった?」
「……触手で粉々に粉砕されましたねえ」
「そうだ。魔王は自分に近づくものを、ことごとく粉々に粉砕するんだ。薬も粉砕されるだけだ」
「うーん、これもダメですか……」
アマミは残念そうに言った。
実を言うと、アマミの案には、もう1つ致命的な難点がある。
もし彼女が、「石は粉砕されましたけれども、薬も粉砕されるとは限りませんよ? 薬だったら飲んでくれるかもしれないじゃないですか」と反論してきたら、そのもう1つの難点を言おうと思っていたのだ。
が、どうやらその必要はなさそうだった。
「うーん、うーん……」
一方、アマミは前足を組んで、うんうんと考えている仕草を見せている。
いろいろと頭を悩ませている。
が、ほどなくて、あきらめたらしい。
両前足を横に広げ、こう言った。
「降参です」
「そうか」
「はい。もうまったく、ちんぷんかんぷんですよ。ジュニッツさんはいったい、どの薬をどう使うんですか?」
俺は答えた。
「俺が使う薬は……」
俺が魔王を倒すまで、あと10分。
ここまでが1章の問題編です。
次話から解決編が始まります。