41話 探偵、剣で決闘する 前編
『身体性能アップ』の実験を終えた俺たちは、続いて『剣の決闘』のテストを始めることにした。
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『剣の決闘』
剣による決闘を強制的におこなうことができる。
決闘相手は、能力使用者が会ったことのある相手であれば、自由に選べる。
※どちらかが死ぬまで決闘は終わらない。
※剣を持っていない相手には、決闘を挑めない。
※決闘中は、相手から100メートル以上離れることができない。
※5分以内に決着が付かない場合、双方共に死ぬ。
※この能力は1回使用すると消滅する。
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「なんだか怖い能力だね……」
メイが、本当に怖そうな顔をして言う。
「ですよねえ。うっかり現実世界で使ったら、死人が出ますよ」
アマミも、めずらしくまじめな顔をして、そんなことを言う。
彼女の言うことは事実である。
『剣の決闘』の能力説明欄にはこう書いてある。
『どちらかが死ぬまで決闘は終わらない』
『5分以内に決着が付かない場合、双方共に死ぬ』
つまり、この能力を使ったら、5分後には最低1人は死ぬのだ。
この能力は絶対に裏世界で使わないといけない。
裏世界なら、何をやっても1分後には現実世界に戻り、裏世界での出来事は全部なかったことになる。
『剣の決闘』を使ったとしても、その事実はなかったことになるのだ。
「アマミ、メイ。『剣の決闘』の手順を決めるぞ」
「手順ですか?」
「ああ。うっかり現実世界で使ってしまわないよう、毎回必ず決められた手順で能力を使うようにするんだ」
「了解しました。具体的にはどうするんですか?」
「穴の壁を触ろう」
魔王の檻であるこの穴は、穴の内側が白い光の膜で覆われている。
穴の壁を触ろうとしても、光の膜に邪魔されて触れない。
しかし、裏世界に行けば光の膜が消える。
壁を触ることができる。
「能力を使うのは、壁を触った後とする。これなら裏世界じゃないと使えないだろ?」
「ほうほう。では、お互い壁を触ってから決闘開始といきましょうか」
「うん? お互い?」
「ええ。ジュニッツさんとわたしが決闘するんですよね?」
「……確かに、そういうことになるな」
アマミに指摘されるまで、俺は決闘は2人でするものだという意識が抜けていた。
確かに決闘は1人ではできない。
だが、アマミと決闘?
俺が?
どうにも違和感しかない。
「あの、先生、わたしも! わたしも、先生さえよければ決闘するよ?」
気がつくと、メイまで小さな手をせいいっぱい高く上げて、そんなことを言い始める。
「なら、2人と交互に戦うか。最初は俺とアマミ、次は俺とメイ、後はその繰り返しだ」
「ふふふ、わかりました」
「う、うん、わかった。わたし、役に立てるよう、がんばるから!」
アマミは嬉しそうな顔で、メイは決意を込めた顔で、それぞれうなずいた。
◇
決闘を開始する時の、お互いの初期位置も決めておくことにした。
俺たちが今いる穴は、おおよそ縦横10メートル、深さ20メートルの直方体の形をしている。
穴の底は、だいたい縦横10メートルの正方形の形である。
この正方形の各辺は、それぞれほぼ東西南北の方角を向いている。
そこで俺は南側の辺、俺の決闘相手(つまりアマミかメイ)は北側の辺を決闘の初期位置とすることにした。
真上から見た図にすると、こうなる。
北
■■■■■■■
■ 〇 ■
■ ■
西 ■ ■ 東
■ ■
■ ☆ ■
■■■■■■■
南
■は穴の壁。
〇はアマミかメイの初期位置。☆は俺の初期位置である。
決闘を始める手順はこうだ。
まず裏世界に行く。
着いたらすぐ、俺は南に、俺の決闘相手は北に移動する。
俺は穴の南側の壁を手で触る。裏世界であれば、白い光の膜が消えていて、土がむき出しになっているはずだ。当然、手が土で汚れる。
汚れた手を見ながら(つまり、ここが間違いなく裏世界であることを、きちんと確認しながら)、『剣の決闘』能力を使い、決闘を始める。
こういうルールである。
最初はアマミと決闘することにした。
剣を持ち、裏世界に行き、土の壁を触る。
「じゃあ、行くぞ」
「ええ。いつでもどうぞ」
俺は自分の汚れた手を見ながら、アマミを決闘相手だと念じて『剣の決闘』を発動させた。
とたん、俺の体が瞬間移動した。
「え?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
理解できたのは、たっぷり10秒も経ってからのことである。
俺の体が約4メートル、前に移動したのだ。
さっきまで、俺とアマミは穴の南端と北端にわかれて、向き合っていた。
距離はおおよそ9メートルといったところだった。
ところが今の俺は、アマミの正面から5メートルの位置に立っている。
一瞬にして4メートル、前方に瞬間移動したのだ。
下図でいうと、☆の位置から×の位置にワープしたのだ。
北
■■■■■■■
■ 〇 ■
■ ■
西 ■ × ■ 東
■ ■
■ ☆ ■
■■■■■■■
南
「わっ、わっ、先生がワープした!」
メイが驚きの声を上げた。
目を白黒させ、「ど、どういうことなの?」とびっくりしてる。
俺は何となく答えに気づいていた。
「……たぶんだが、この能力を使うと、決闘相手のところに瞬間移動するんだ」
「決闘相手のところ?」
「ああ。能力の説明欄をよく見ろ。『決闘相手は、能力使用者が会ったことのある相手であれば、自由に選べる』って書いてあるだろう?
いいか、ともかく誰であろうと『会ったことのある相手』でさえあれば、決闘相手に『自由に選べる』とわざわざ書いてあるんだぞ。これがどういう意味かわかるか?
要するに、近くにいるやつじゃなくてもいいんだ。遠い海の向こうにいるやつでもいい。とにかく『会ったことのある相手』でさえあれば、決闘相手として『自由に選べる』んだ」
「で、でも、それが瞬間移動にどうつながるの?」
メイが困惑した顔でたずねる。
「簡単さ。説明欄に『決闘中は、相手から100メートル以上離れることができない』と書いてあるだろ? だが、能力を使った時、決闘相手が初めから100メートル以上離れたところにいたらどうなる? 説明欄にわざわざ『100メートル以上離れることができない』と書いてあるのが嘘になっちまうじゃねえか。
だから、決闘相手が近くにいようが、遠くにいようが、とにかく決闘能力を使ったら、能力を使ったやつは強制的に、決闘相手の正面から5メートルの位置に瞬間移動するんだ。
説明欄に『剣による決闘を強制的に行うことができる』と書いてある通り、ともかくもそうやって強制的に決闘の準備を整えるのさ」
まだ1回しか実験していないから断言はできないが、おそらくは、そういうことだろう。
今回、俺はアマミと9メートル離れた位置から決闘を始めた。
だから、5メートル離れた位置まで瞬間移動したのだ。
「メイ、助かった」
「え?」
「瞬間移動するなんて、実験しなきゃわかるはずがねえ。裏世界のおかげさ。ありがとな」
「わ、わ、そ、そんな、わたしなんて……」
メイは顔を赤くして照れる。
「ん……現実世界に戻ったみてえだな」
気がつくと、穴の内側を覆う白い光の膜が復活している。
現実世界に帰ってきたのだ。
「決闘だというのに、お互い向かい合っていただけでしたねえ」
アマミがそう言って笑う。
「だな。次はちゃんと決闘するか」
◇
5分後、俺たちはまた裏世界に来た。
今度はメイと決闘する番である。
まず、能力の説明欄に書いてある『剣を持っていない相手には、決闘を挑めない』という事実を確かめるべく、メイを手ぶらにして決闘を挑んでみる。
「行くぞ」
「う、うん」
俺は決闘能力を使った。が、能力は発動しなかった。
能力の説明に『この能力は1回使用すると消滅する』と書いてある通り、決闘能力は一度使うと消える。が、この時は消えなかったのだ。能力が発動しなかった証拠である。
「やっぱり剣を持っている相手とじゃねえと決闘できねえか」
とはいえ、レベル2で体も小さいメイには、普通の剣は重くて危ない。
そこで代わりに小さめの短剣を持たせることにした。
「が、がんばるから!」
短剣を手にメイが言う。
が、いきなりの決闘に緊張しているのか彼女の手足は震えて動かない。
俺とアマミがしばらくのあいだ、メイの緊張をあの手この手でほぐした。
そうしてメイがどうにか落ちついたところで、俺は決闘能力を使った。
今度は発動した。
アマミの時と同様、俺の体がメイの正面から手前5メートルの位置に瞬間移動する。
俺とメイは、互いに剣を構え、決闘を始めた。
もっとも決闘と言っても、殺し合うわけではない。
剣と剣を軽くぶつけ合うだけで、本気で斬り合ったりはしない。
「傷つけたり、ケガをさせたりするのは無しだ」
俺はそう、アマミとメイに事前に宣言している。
血を流すのは無しである。
無論、実験という意味なら、せっかくの裏世界なのだから、殺し合ってみるべきだという考えもあるだろう。
つまり、俺とアマミとメイが裏世界で決闘中に殺したり殺されたりしたらどうなるかを、テストしてみるのだ。
だが、これから魔王と一緒に戦おうというもの同士で、実験とはいえ、殺し合いなどしたら、雰囲気がギスギスする恐れがある。
それどころか、精神を病む可能性すらある。
そうした理由から、俺は決闘の実験において、殺し合いどころか、わずかでも傷つけることすら禁止したのである。
もっともアマミのやつは念話で、≪ジュニッツさんはやさしいですからねえ。わたしたちを傷つけたくないんですよね≫とクスクス笑いながら言いやがったのだが。
≪なにが『やさしい』だ。俺は魔王を倒すためなら何でもやる冷徹な男だぞ≫
≪はいはい、そうですね≫
そんなことを念話で言い合いながら、俺たちは決闘を続けるのだった。