34話 探偵、いけにえの少女と出会う
俺とアマミは、引き続き『魂の部屋』スキルで、現実世界の肉体を意識のない自動操縦状態にしながら、魂は異界のくつろぎ部屋でソファに寝転がっている。
鏡を見ると、現実世界では、俺とアマミが伯都を追い出され、南に向かって歩いている。
後ろからは、不精ヒゲを生やした衛兵ドルンが、俺たちを追い立てている。
「あの似合わないヒゲの衛兵野郎、やたらと俺たちを怒鳴りつけてるな」
「ですね。鏡は字幕モードにしてありますから、音声は聞こえませんが、絶対にうるさいでしょうね。あれ」
鏡の中では、ドルンがやたらと叫んでいる。
「なんか、逃げたら剣で斬ってやるとか言っていますね。斬っても傷はつかないけれども、痛みだけは与えられるスキルで斬ってやるとか言っています。激痛でしばらく動けないらしいですよ」
「本当に動けなくなったらどうするんだろうな。馬に乗せて運ぶのか? それはそれで大変そうだが」
「どうなんでしょうね」
「考えてなかったとしたら、ただのバカだな」
しばらく行くと、植物の生えない荒れ地があたりに広がるようになる。
今朝、エヴァンスが行き倒れていた辺りである。
鏡の中では、俺たちは街道を外れ、荒れ地の奥へと向かっていく。
恐らくこの先に、魔王の檻とやらがあるのだろう。
茶色い乾燥した大地のあちこちに、人の背より大きな岩がゴロゴロと転がっている。
5、6階の建物くらいはありそうな、ちょっとした岩山も林立しており、さながら岩の森である。
そんな中を、俺とアマミは歩いて行く。
そんな退屈な光景が、鏡の中で続いている。
俺とアマミは、やわらかいソファでくつろぎながら、それを眺める。
「そういえば、ジュニッツさん」
「なんだ?」
「魔王を倒す算段はついたんですか? エヴァンスさんに魔王のこと、色々と聞いていましたよね?」
エヴァンスは娘を探しに行く前、伯都で魔王のことをあれこれ聞き込んでいた。
冒険者である彼は情報の重要さを知っている。少しでも娘を探すヒントになればと思い、貴重な時間を使って聞き込んでいた。
それを俺に教えてくれていたのだ。
得られた情報は、次のようなものであった。
◇
剣の魔王とは、灰色の金属の鎧兜に全身を包んだ巨人型の魔王である。顔は兜ですっぽり覆っているため、わからない。
背丈は人の10倍以上ある。鎧の下に分厚い筋肉を隠しているのか、かなりゴツイ体型であり、横幅もかなり広い。
手には常に全長10メートルはあろうかという巨大な剣を持つ。
この剣を振るって戦う。
もっとも剣の魔王は、いつも活動しているわけではない。
普段は、姿を見せない。どこにいるのかもわからない。
魔王は存在しているだけで周囲の魔物を強化する存在であり、剣の魔王が姿を見せない時も魔物は強化されているので、どこかにいるのは確かである。
地中で眠っているのだとか、透明になっているだけでずっと同じところにいるのだとか、空に浮かんでいるのだとか、色々と言われている。
「姿を見せないんじゃ、こわくないんじゃねえか?」
俺がたずねると、エヴァンスはこう答えた。
「いや、魔王は月に2度、姿を見せるらしいんだ」
その言葉通り、魔王は月に2度、姿を現す。
魔王自身が作ったと言われれている檻の前に、どこからともなく現れると、檻を開け、中にいる人間を殺す。
毎月2度、半月の日に現れるので「月と同じように、人間も真っ二つにするという意味が込められているのだ」と言われている。もっとも、魔王が姿を見せるのは、月が静かに輝く真夜中ではなく、太陽が最も高い真っ昼間なので、本当かどうかは怪しい。いずれにせよ、ともかく檻の中の人間を皆殺しにする。
檻は、中に入ることは誰でもできるが、一度入るとどれほどの強者でも出られないらしい。
過去には、S級冒険者が「オレなら脱出してみせる」と言って中に入り、結局出られなかったことすらある。
檻が開くのは、魔王が檻の中の人間を皆殺しにするために、自ら開ける時だけである。正確には一時的に檻が消えるらしいが、いずれにせよ、その瞬間だけは自由に出入りすることができるようになる。
檻が開くと、生け贄たちは得体のしれない力で宙に浮き、魔王の足元まで運ばれる。
魔王は生け贄たちをじっと観察する。
脅える人間たち、震えながらも立ち向かおうとする人間たち、必死で逃げようとする人間たちをおおよそ10秒間、ギロリと眺める。
そして10秒が過ぎると、皆殺しにする。
立ち向かう者は、神速の剛剣で殺す。
逃げる者は、疾風のごとき速度で追いかけて殺す。
必死に許しを乞おうと、岩陰に隠れようと、とにかく殺す。
どれだけ逃げようと、どれだけ立ち向かおうと、生け贄は皆殺しにする。
「魔王の剣の腕前はどうだった?」
俺がそう質問すると、エヴァンスはこう答えた。
「伯爵領の連中が言うには、生け贄を殺す時の魔王様の剣さばきは、剣速・剣圧・剣技、どれをとっても見ほれるほどらしい。
少なくとも、今まで高名な冒険者だの、剣闘大会上位入賞者だのが、半月の日、魔王様が現れる瞬間を狙って何度も魔王様に挑んだが、誰1人として勝てなかったそうだ」
「伯爵領では、魔王は尊敬の対象にはなっているんだろ? 戦っても良いのか?」
「ああ。『魔王を倒せるほど強い者であれば、倒してしまって構わない』という考えらしいからな。だが、勝てた者は1人もいなかった」
その言葉通り、剣の魔王は強い。
魔法攻撃は一切通じない。槍だの弓矢だのも通じない。大賢者の火炎魔法も、槍使いの自慢の一撃も、一切通じなかった。
通じるのは剣による攻撃のみである。
だが、魔王は全身を鎧兜で覆われている。
唯一肌が露出しているのは首のみである。緑色のゴツゴツした肌が、そこだけむき出しになっている。
そこを剣で攻撃すれば勝てると言われている。
しかし、それは容易なことではない。
かつて、剣に特化したレベル118の男が、魔王の体を駆け上り、渾身の剣撃で首を突いたことがあった。
剣は魔王の喉にわずかに刺さり、魔王から血を流させた。
が、そこで剣は止まってしまった。
そして次の瞬間、暴風のごとき魔王の剣が剣士に襲いかかり、剣士は絶命してしまったのだ。
魔王にダメージを与えられた事例はいくつかあるが、どれもこんなものらしい。
もちろん、魔王はそんなかすり傷じゃ死なない。
そして、今も月に2度、生け贄を殺しているというわけだ。
◇
「それで、ジュニッツさん。魔王をどう倒すかはわかりましたか?」
魂の部屋でソファにくつろぎながら、アマミは改めて俺にたずねた。
「いや、まだだ。だが、あるていど目星はつけてある」
「というと?」
「『月替わりスキル』のどの能力を使えばいいか、おおよそ見当がついたのさ」
「おお、どの能力を使うんです?」
「これさ」
俺は今回使う予定の能力を、アマミに見せた。
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能力1
『剣の決闘』
剣による決闘を強制的におこなうことができる。
決闘相手は、能力使用者が会ったことのある相手であれば、自由に選べる。
※どちらかが死ぬまで決闘は終わらない。
※剣を持っていない相手には、決闘を挑めない。
※決闘中は、相手から100メートル以上離れることができない。
※5分以内に決着が付かない場合、双方共に死ぬ。
※この能力は1回使用すると消滅する。
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能力2
『しがみつき』
人や岩などに5秒間しがみつくことができる。
しがみつくことで能力使用者は動けなくなるが、しがみつかれた相手も動けなくなる。
しがみつく対象は、能力使用者の視界に入るものであれば、自由に選べる。
※能力を使用してから1秒以内にしがみつくことになる。
※しがみついてから5秒後、能力使用者は元の場所に1秒以内に戻る。
※この能力は1回使用すると消滅する。
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能力3
『身体性能アップ』
10秒の間、腕力、脚力のどちらか1つを向上させることができる。
※この能力を使っている間は、もう一度『身体性能アップ』を使用するなどして、使用者の身体に大きな変化を生じさせることができなくなる。
※この能力は、2回使用すると消滅する。
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「あの、ジュニッツさん……」
「あん?」
「能力が3つもありますよ?」
「ああ、そうだな」
「3つ全部使うんですか?」
「わからねえ」
「わからねえって……」
「いや、その3つの能力をうまく使えば勝てる気がするんだ。だが、どれか1つを使えばいいのか、どれか2つを組み合わせて使うのか、3つ全部を組み合わせて使うのか……そこが全然わからねえ」
アマミはソファに体を沈めながら「おやおや」と言った。
「大丈夫ですか? 魔王が殺しに来るのは2日後ですよ?」
「まあ、なんとかするさ」
「ふふふ、まあ、魔王の天敵であるジュニッツさんのことですからね。きっとなんとかしてくれるでしょう」
「なんだよ、魔王の天敵って」
「それはもちろん……おや、着いたみたいですよ」
鏡の中では、俺とアマミは、魔王の檻に着いていた。
「よし、そろそろ現実世界に戻るぞ。ここから先は、自動操縦には任せてはおけない」
「わかりました。戻りましょう」
こうして俺たちは『魂の部屋』から、現実世界の肉体へと意識を戻すのだった。
◇
現実世界に戻ると、目の前には魔王の檻があった。
もっとも、その姿は想像とだいぶ違っていた。
剣の魔王の檻は、檻というくらいだから、囚人が閉じ込められる鉄格子の箱のようなものを俺は想像していたのだ。
が、見てみると、思っていたのとは違っていた。
これは穴である。
乾燥した茶色い大地に、大きな四角い穴が開いている。
この穴が、魔王の檻らしい。
普通の穴と違うのは、穴の入り口が白い半透明の光の膜で覆われていることだ。
衛兵のドルンが剣を突き立て、早くこの穴に入れとか何とか言っている。
見ると、穴のすぐ近くの岩に鎖が結ばれている。
鎖は穴の中に伸びていっている。
これを伝って降りろということだろう。
≪ねえ、ジュニッツさん。本当に穴に入りますか? 今ならドルンを倒せますよ?≫
アマミが念話スキルを使って俺に話しかけてきた。
このスキルは、近距離であれば周囲に聞こえないように会話をすることができるものである。
俺はこのスキルを持っていないが、2人で会話をするぶんには、1人が念話スキルを持っていれば互いに会話が可能である。
そうやって、アマミはドルンに聞こえないように俺に話しかけてきたのだ。
アマミの問いかけに、俺も念話で答える。
≪倒してどうするんだ?≫
≪自由の身になれます≫
≪自由になってどうする? 自由が欲しいなら最初から捕まらなきゃいいだろ≫
≪でも、ほら、檻の場所がわかりましたよ? 檻というか、まあ穴ですが、とにかく場所がわかりました。エヴァンスさんを呼べますよ?≫
≪呼んでどうする? 悪いが、エヴァンスが居ても役に立たないだろ。あいつの仕事は、俺が救い出した娘を守ることだ。救い出すことじゃない≫
≪まあ、それはそうですが……でも、穴の中に入るより、外にいたほうが自由がきいて、魔王を倒しやすいんじゃないですか?≫
俺はこう答えた。
≪ドルンが戻ってこないことに気づいて、伯爵領の連中が様子を見に来るかもしれねえだろう。来たら魔王と戦うのに邪魔だから、そいつらも排除しなきゃいけねえが、もしかしたら伯爵自身がここに来るかもしれねえ。アマミは伯爵に勝てるか?≫
≪んー、正直あやしいですねえ……≫
≪なら、素直に穴に入りゃいいさ≫
≪ん、わかりました。ジュニッツさんがそう言うなら≫
アマミはそう言うと、鎖を伝って穴の底へと降りていった。
俺も後から追うように降りる。
穴を覆う光の膜は、何の抵抗もなくあっさりと通過できてしまった。
もっとも通過した後で、穴の内側から、頭上の光の膜に手を伸ばしてみたら、ビクともしないほど強い抵抗を感じた。
この光の膜は、穴の外から中へは何でも素通しするけれども、中から外へは何も通さないのだろう。まさに檻というわけだ。
魔王が檻を開け、中にいる俺たちを殺しに来るまで、あと2日。
それまで俺たちは穴から出られなくなったわけだ。
俺は鎖で手が痛むのを我慢しながら、少しずつ穴を降りていく。
穴はかなり深い。高さ20メートル、幅と奥行きは共に10メートルといったところか。
話に聞いている剣の魔王(人間の10倍以上の背丈があり、かなりごつくて横幅もある)が、直立した姿勢で、ちょうどすっぽりとおさまるくらいの大きさである。
そんな深い穴を少しずつ降りていく。
やがて底についた。
「じゃあな、お前ら。あと2日の人生だ。低レベルの分際で自殺もせずに生きてきたことを、たっぷりと反省しておけよ。あはははは」
穴の上からドルンの声が聞こえた。
ほどなくして、パカパカという馬の足音と共に立ち去っていく音がする。
伯都に帰っていったのだろう。
俺は穴の中を見渡した。
ゴロゴロと岩が転がっている。
そして、穴の壁も床も、白くて薄い光で覆われている。穴の入り口を覆っていたのと同じ光だ。触ってみると、やはり強い抵抗を感じる。壁や床を掘って穴から脱出する、というのは無理そうである。
まあ、過去にS級冒険者でも脱出できなかった穴なのだ。そんな簡単に脱出できるなら、とっくにやっているだろう。
穴の中には俺の他に2人いた。
1人はアマミ。
そして、もう1人、少女が両膝を抱えて穴の隅に座っている。
エヴァンスの娘、メイである。