33話 探偵、潜入捜査する
「娘のメイはどこにいるのかもわからないのだぞ!? それなのに、どうやって娘のところに行こうというのだ!?」
エヴァンスの疑問に、俺はこう答えた。
「簡単さ。伯爵領の連中に連れていってもらえばいい」
「無理だ! あいつら、娘をどこに閉じ込めたか、全然教える気配がなかったのだぞ。ま、まさか力づくであいつらを脅して聞きだそうというか? それこそ無茶だ!」
「違えよ。わざと捕まるんだよ。探偵らしく潜入捜査をするのさ」
俺の答えにエヴァンスはきょとんとする。
「え? わざと捕まる?」
「ああ。あんた、さっき言っただろう? 『伯爵領では、低レベルの人間は全員ことごとく魔王の生け贄にされる風習がある』って。だったら俺も、伯爵領の連中にわざと捕まれば、生け贄として、あんたの娘と同じところに連れて行かれるはずさ」
エヴァンスの話によれば、衛兵は「これまで生け贄は全員檻の中に閉じ込めてきたが、1人として生き残った者はいない」と言っていたらしい。
つまり、魔王の生け贄にされた者は、必ず檻(魔王が作ったという不思議な檻)の中に閉じ込められる。
そして衛兵は「魔王様は不思議な檻を、荒野に1つ作っていてな」とも言っていた。
つまり、檻は1つしかない。
要するに、魔王の生け贄になれば、たった1つしかない檻に必ず閉じ込められる。当然そこには、同じ生け贄であるエヴァンスの娘もいるというわけだ。
「エヴァンス。あんたが『低レベルのゴミを捕まえた』と言って、俺を伯都に連れていくんだ。そうすれば向こうの連中が、俺を生け贄として、娘のいる檻まで勝手に連れて行ってくれる。あとは、俺が魔王を返り討ちにして、あんたの娘と一緒に脱出してやるさ」
衛兵は、今まで檻に閉じ込めてきた人たちについて「さんざん暴れたり、一生懸命スキルを使って檻から出ようとしたやつは大勢いたが、無駄な抵抗だったわけだ」と言っていた。
言い換えれば、檻には『暴れたり、スキルを使ったりできる程度には元気な状態』で閉じ込められるということだ。
元気であれば、魔王と戦うことだってできる。
「アマミはどうする? 留守番していてもいいぞ」
「もちろん、わたしもついていきますよ。ジュニッツさんの物好きに付き合うのがわたしの生きがいですからねえ」
「妙な生きがいだな。というか、いいのか? 嫌な目にあうかもしれないぞ?」
「ジュニッツさんを嫌な目になんてあわせませんよ。ちょうどいいスキルがあるんです」
俺とアマミが言い合っていると、エヴァンスが慌てたように声をかけてくる。
「ま、待ってくれ。わざと捕まるって、君たちがか? しかし、それでは君たちの命が……」
「俺を誰だと思っている。ジュニッツだぞ? 二度も魔王を倒した男だ。三度目もやってやるさ。安心しろ。すでに魔王を倒す見通しは立っている」
正確に言えば『魔王を倒せそうな予感がしている』というだけである。
具体的に倒す方法はまだ推理できていない。なんとなく倒せるだろうという直感がするだけだ。
だが、最初に魔王を倒した時も、二度目に倒した時も、俺はこの直感を感じていた。
だから今回も魔王を倒せると俺は信じている。
「し、しかし、私の娘のために君たちだけを危険にさらさせるわけには……せめて私も一緒に捕まって……」
「あんたじゃ、伯爵領の連中に顔を知られちまっているだろ。いいから俺たちに任せろ」
◇
アマミは「ジュニッツさんを嫌な目になんてあわせませんよ。ちょうどいいスキルがあるんです」と言った。
それはこういうことだった。
アマミの持つスキルの1つに『魂の部屋』というものがある。
一言でいえば『肉体を自動操作にして、魂はだらだらくつろぐ』というスキルである。
このスキルを使うと、まず肉体から魂が抜ける。
魂が抜けた肉体は、自動で動く。
意識はないが『本人が普通にやりそうな言動』を自動で行う。
親しい人でなければ違和感に気づかないくらい、自然に動く。
一方、魂は、現実世界ではない異界の部屋に送られる。
そこは、やわらかいソファがあり、ふかふかのベッドがあり、おいしいティーセットがあり、酒とつまみがあり、本やボードゲームがある。
魂は、現実世界の本人の肉体と同じ姿形をしているので、ベッドで寝転ぶこともできるし、酒を飲むこともできる。
だらだらくつろぐには最適な部屋である。
部屋には、大きな鏡も置かれている。
その鏡には、現実世界の肉体の周囲の光景が映る。現実世界の音も出てくる。
つまり、自分の肉体の現在の状態がわかるのだ。
要するに、魂は、やわらかいソファでくつろぎ、酒を飲みながら、現実世界の光景を演劇のように眺めることができる。
鏡のスイッチを切って、静かにした上で、ふかふかのベッドで気持ちよく寝ることもできる。
仲間と一緒に魂の部屋に来て、ボードゲームやカードゲームに興じることだってできる。
アマミが言うには「S級冒険者をやっていた頃、立場上、どうでもいいパーティーとか儀式とか会議とかに出る必要がありましてね。あまりにも苦痛なので、このスキルを取ったんです」とのことである。
確かにこのスキルを使えば、肉体は退屈なパーティーに参加し、あたかも本人らしく振る舞ってくれる。あくまで自動操縦だから、本人と比べれば判断力など色々と劣っているらしいが、普通にそれらしく振舞う分には問題ない。
そして、本人の魂は、異界のくつろぎ部屋で、だらだらできる。
嫌なことをスキップできるわけだ
今回、アマミはこの『魂の部屋』スキルを使った。
このスキルは、本人が承諾すれば、他人に対しても使うこともできる。
アマミは、彼女自身と俺に対して、このスキルを使った。
そして今、俺たちは異界の部屋のソファでくつろいでいる。
鏡には、現実世界の俺たちが映っている。
魂が抜け、本人らしく自動で動いているだけの意識のない肉体だ。
もちろん、現実世界の肉体が致命的な傷を負えば魂も死んでしまうのだが、アマミが言うには、
「防御魔法は2人ともかけていますし、いざとなったら現実世界のわたしが対応してくれます。自動操縦とはいえ、わたしはレベル120ですから、大抵のことは対応できます。それに、現実世界にはいつでもすぐ戻れますから」
とのことである。
それゆえ、俺たちは東方産のお茶を飲みながら、気を楽にして鏡の中の現実世界を眺めていた。
ちなみに、人の音声はオフにしてある。どうせ不愉快なことしか言われないだろうからだ。そのため、現実世界の人の声は、俺たちには一切聞こえない。代わりに、字幕モードというやつにしている。鏡の下部に現実世界の音声が、文章として表示されるのだ。
鏡の中の出来事であり、音声が聞こえず、字幕が表示されるということで、どこか現実感がない。演劇を見ているような気分である。
そんな鏡の中では、ちょうどエヴァンスと俺とアマミが、伯爵領の中心都市である伯都に着いていた。
「エヴァンスさんが、衛兵にわたしたちのことを説明していますねえ」
「みてえだな。えーと、なんだ。魔物に襲われて死んだ旅商人が街道に倒れていて、現場から逃げ出す足跡があったので追ってみたら、低レベルの奴隷が逃げていたから捕まえた、と俺たちのことを説明しているな」
「なるほど。わたしたちは外国の逃亡奴隷ですか」
「お、衛兵が俺たちに剣を突きつけているぞ。レベルボードを出せ、とか偉そうな顔で言ってやがるな」
「本当に偉そうな顔ですねえ。あ、現実世界のわたしが偽のレベルボードを出しました」
現実世界では、こんなレベルボードが表示されていた。
『ジュニー レベル3 25歳 奴隷』
『アミー レベル2 12歳 奴隷』
ジュニーは俺の偽名。アミーはアマミの偽名である。
「あらら、衛兵さんたちの目が冷たくなりましたねえ」
「虫けらを見るような目だな」
「なんか言っていますね。いつも通り広場で晒し者にするぞ、とか。わたしたち、晒し者にされちゃうみたいですよ」
字幕モードにしているおかげで、衛兵の言葉も字幕で表示されるため、妙な感じである。
茶を飲みながら、しばらく見ていると、場面は伯都の広場中央へと切り替わった。
「あー、まさに晒し者だな。俺もお前も、縛られて、左右を衛兵に見張られて、『私はレベル3です』と書かれた板を、首からヒモでぶら下げさせられていやがる」
「これは屈辱ですねえ」
「住民どもも、バカにしたような視線を向けてきているぞ」
「罵声も浴びせてきていますよ。なんか、ゴミとか、カスとか、早く死ね低レベル、とか言っていますね」
「レベル120のアマミに低レベルと言っているかと思うと滑稽だがな」
「ふふふ、かもしれませんね。おや、衛兵が住民たちに何か言っていますよ? ふーむ。わたしたちは『低レベルの分際で自殺もしなかったクズ』らしいですね。なので『魔王様の生け贄に捧げる前に、罰を与えたい』らしいです。で、それについて住民たちに、賛成するかどうか聞いていますねえ」
鏡の中では、住民たちが一斉に賛同の声を上げていた。
「この人たち、ノリノリですねえ」
「よっぽどレベルが低い人間をゴミかなんかだと思ってんだな」
「あ、罰が始まるみたいです。いつものように罰を与える、とか言っています。おや、剣を持っている人が出てきましたね」
「平気か? 剣で斬られたらヤバイだろ?」
「大丈夫です。あの人、そんなに強くありません。斬られても大丈夫ですよ。わたしたちには防御魔法がかかっていますから」
「そうか」
俺が茶をすすりながら、うなずいていると、鏡の中では剣を持った男が何やらしゃべりはじめた。
「えーと、なになに。どうも、伯爵領の人たちは『剣に誇りを持っている』みたいです。なので、『その自慢の剣で、これからわたしたちを斬る』ようです。ですが、ダメージの心配はないみたいですね。『剣で斬っても、いっさい傷がつかないスキルを使って斬る』みたいですね。剣闘大会で使うために取っている人が多いみたいですね」
「だが、傷はつかなくても痛みは一切軽減されないらしぞ。普通に斬られたのと同じ激痛があるらしい。ニヤニヤ気持ちわりい笑みを浮かべながら言ってやがる」
「うわ、ほんと気持ち悪い顔ですね」
茶菓子を食べながら、そんなことを言っていると、いつのまにか鏡の中で俺が斬られていた。
「あ、斬られた」
「わたしも斬られました。絶叫を上げていますね」
「住民どもがゲラゲラ笑ってやがるな」
「うわあ、ひどいですね、これは」
「もう1回斬れとか言ってやがる」
「あ、本当に斬りました。大盛り上がりですね」
「悪趣味だな」
「本当にねえ」
「それにしても……」
俺はため息をついた。
「どうしました?」
「いや、なに。さっき衛兵は、俺たちに対して『いつも通り広場で晒し者にするぞ』と言ってただろ? そして『いつものように罰を与える』とも言っていた。つまり、レベルが低い人たちを晒し者にするのも、こうやって斬り刻む罰を与えるのも、伯爵領の連中にとっては『いつも通り』ってことだ」
エヴァンスの娘のメイも、きっと『いつも通り』に拘束され、剣で斬られたのだろう。
まだ小さい子供だというのに、ただ低レベルだからというだけで、剣で斬られる地獄のような痛みを味わわされたのだろう。
痛みで苦しみ、泣き叫び、けれどもそんな彼女に対して、伯爵領の住民たちは哀れむどころか、「ざまあみろ」だの「もっと斬れ!」だのと罵声を浴びせてきたのだろう。
いや、エヴァンスの娘だけではない。
これまで伯爵領で低レベル者として生まれてきた人々は皆、剣による激痛で苦しめられた上で、魔王の生け贄にされてきたのだろう。
エヴァンスの娘が12歳で生け贄にされたことから考えると、過去に生け贄にされた者たちも、その多くが子供だったに違いない。
そんな子供たちの姿が、レベル1のG級冒険者として虐げられていたかつての自分と重なる。
(クソ野郎どもが)
ふつふつと怒りがわいてくる。
怒っていたのは俺だけではなかった。
住民の中に混じって、俺たち(正確には現実世界の俺たちの肉体)の様子を見ていたエヴァンスもまた、怒りに満ちた表情をしていた。
両手の拳を、血がにじむほど真っ赤になるまで握りしめている。
後でエヴァンスから聞いたところによると、
「何もできない自分に怒りを覚えた。そして何より、娘のメイがどんな目にあわされたかに気づいてしまい、住民全員を片っ端からぶん殴りたいほど激怒した」
とのことである。
「それにしてもなあ……」
「どうしましたか?」
「いや、レベル1の俺が立て続けに魔王を撃破していることは、神の知らせで、伯爵領の住民たちも知っているはずだろ? 低レベルでも活躍している人間がいるとわかっているのに、なんであいつらはレベルが低い者をこうも虐待するんだ?」
「あ、今ちょうど、現実世界のジュニッツさんが叫んでいますよ? レベル1でも魔王を倒している人がいるのに、なんでレベルが低い人間にこんなことをするのかって」
「ふむ」
俺は焼き菓子を口にしながら、鏡の中の光景を眺める。
「住民たちは、ちょっとうろたえてますね。あ、住民がなんか言っています。えっと『剣の勇者ガッフェンゲン様に比べたら、全然ランキングが下だ』と、強がった口調で言っていますね。そうだそうだ、とか賛同の声もたくさん上がっています」
「ガッフェンゲンというのは、世界活躍ランキング歴代3位の男か」
俺の言葉に、アマミはうなずいた。
「そうです。剣1本で幾多の魔王やドラゴンを倒した遠い昔の勇者です」
「そのガッフェンゲンに比べれば、俺なんてたいしたことないって言ってるのか」
「半分は強がりでしょうけれどね。ジュニッツさんは魔王を2体も倒しているんです。これは相当すごいことですよ。でも、それでもやっぱり、レベル1の人間が活躍したなんて、認められないんでしょうね。わざわざ歴代ランキングに載る伝説の勇者を持ち出してまで、ジュニッツさんを貶めるんですから」
「言い換えりゃ、歴代ランキングに載るくらい活躍しないと、世間の価値観はひっくり返せねえってことか」
魔王を次々と撃破して、歴代ランキングに名前を載せる。
あるいは、いっそのこと、ポイントをためて、神の祝福の1つである『願いの実現』を使って何か願いを叶える。
そうまでしないと、人間の価値観というものは変えられないのだろう。
「いいさ。元々俺は歴代ランキング1位を目指しているんだ。このまま魔王を倒し続けてランキングを駆け上がってやるさ」
「ふふふ、わたしも微力ながら協力しますよ。おや? 誰かが来たみたいですよ? 馬に乗った集団ですね」
「住民どもは伯爵様とか言って慌てているな」
「あれが伯爵ですか。あれは……かなり強いですねえ」
住民たちの視線の先には、ひときわ大きな白馬にまたがった男がいた。
年齢は50歳ほどだろうか。白髪をオールバックにし、口元は豊かな白ヒゲで覆われている。
筋肉が服を盛り上げており、たくましい体つきがうかがえる。
腰には、使い込まれた様子の大きな剣をぶら下げている。
「こいつが元凶か」
俺はつぶやいた。
『レベルの低い人間を魔王の生け贄にして殺す』という風習を作ったのは伯爵である、とエヴァンスは言っていた。
この男が30年前、伯爵位に就くと同時に、低レベル者を皆殺しにすることをはじめたのだ。
この男が、数多くの人々を『レベルが低いのが気にくわない』という理由で苦しめ、そして殺してきたのだ。
まさしく元凶であり、主犯である。
「もっとも住民たちもノリノリでわたしたちに罵声を浴びせていましたけれどね」
「だな。……ん? なんか伯爵が俺たちを見下ろしているぞ」
「死んだ毛虫でも見るような目ですね」
「伯爵の太い眉毛だって、毛虫みてえだろ」
「ふふふ、たしかにあれ、毛虫みたいですね。こっそり眉毛を剃って毛虫にすり替えてみたいです。あ、伯爵、なんか言っていますよ? えっと、わたしたちのことを『低レベルのゴミ』と言っています。で、『気持ち悪いから、魔王様の生け贄として処分しとけ』だそうです。あ、もうどこかに行くようです」
鏡の中では、伯爵が背を向けて立ち去っていく。
「完全に俺たちへの興味をなくしているな」
「ですね。目を向けようともしません」
「お、なんか、新しい衛兵が来たぞ」
「ドルンとか呼ばれていますね。この人がどうも、わたしたちを魔王の生け贄に連れていく人みたいですよ」
鏡を見ると、ドルンと呼ばれた衛兵が、現実世界の俺とアマミを広場の外へと追い出していた。
そのまま町から出て、魔王の生け贄の場所に連れて行こうというのだろう。
一方、広場では、衛兵たちも住民たちも、いつもの生活に戻っていた。
エヴァンスが俺たちのことを心配そうに見ている他は、誰もが俺たちのことを『もう終わった存在』として関心を失い、日常生活に戻っていたのだ。
なお、衛兵たちも住民たちも、そしてもちろん伯爵も、全員2日後には罰を受けることになる。




