32話 探偵、父娘の事情を聞く
「何でもするから、娘のメイを助けてくれ!」
行き倒れの男エヴァンスは、興奮しながら言った。
そして、まだ回復しきっていないのに立ち上がる。
案の定、ふらついてぶっ倒れた。
「おい、落ち着け」
俺とアマミは、まずエヴァンスを落ち着かせた。
地面に座らせ、背中を岩にもたれかけさせる。「はやく娘を助けないと!」と焦るエヴァンスを「回復するまでにまだ時間がかかる。その間、事情を聞かせてくれ」となだめる。
エヴァンスもベテラン冒険者なだけあって、何を優先すべきか気づいたのだろう。
「あ、ああ……興奮してすまない……。私はエヴァンス・ライル。C級冒険者をやっている」
「いいさ。それよりエヴァンス。行き倒れていた事情を聞かせてくれ」
「事情か……どこから話せばいいか……」
俺はエヴァンスに「あんたの生い立ちから話してくれ」と言った。いきなり本題から入ると、また興奮しかねないと思ったからだ。
エヴァンスは「わかった」とうなづくと、自分のことを話し始めた。
下級貴族の四男として生まれたこと。家を継げる見込みはなかったが、幼い頃からレベルが上がりやすかったこと。騎士にも誘われたが、自由な雰囲気が好きで、冒険者になったこと。
そして、とある女性冒険者と仲間になったこと。2人とも冒険者にはめずらしく、パズルや論理問題のようなものが好きで(双方とも古代遺跡の謎解きがきっかけだったらしい)、それが縁で仲良くなったこと。やがて結婚して娘のメイが生まれたこと。
妻が病死してからは、男手ひとつで娘を大切に育ててきたこと。
「異変が起きたのは、メイが8歳になった時だった」
この世界の人間は8歳になるとレベルボード、スキルボード、ポイントボードといった各種ボードを使えるようになる。
これにより、自分のレベルがわかるようになるし、レベルアップによるスキル取得もできるようになるのだ。
たいていの町や村では、8歳以上の子供たちを集めて、大人たちの監督のもとで訓練をすることになっている。
子供たちはここで最低限魔物と戦えるようにレベルを上げ、戦い方を覚え、スキルについて学ぶのだ。
ぐんぐんレベルが上がるような優秀な子供であれば、冒険者ギルドなどから誘われることもある。
エヴァンス親子が暮らす町でも、訓練が行われた。
ところがそこで問題が起きた。
「娘のメイは……ほとんどレベルが上がらなかったんだ……」
子供はレベルが上がるのが速い。
特に最初の3年間は、年に3~4レベルは上がる。
だというのにメイは、最初にレベルが2に上がったっきり、あとは1年経っても2年経っても、まったくレベルが上がらなかった。
「エヴァンスのとこの娘は、まだレベル2らしいぞ」
「気合いを入れて訓練をしていないんじゃないか?」
「努力不足なんじゃ……」
ひそひそと交わされる声を聞くたびに、エヴァンスは激しい憤りに襲われる。
エヴァンスは娘のメイが誰よりも努力していることを知ってるからだ。
小さな体で一生懸命木刀を素振りしていることを知っている。
毎朝、走り込んでいることも知っている。
人一倍、努力家であることを知っている。
だが、それでも彼女のレベルは2のままだった。
「ごめんなさい、お父さん……。ダメな娘でごめんなさい……」
そう言って謝るメイを「レベルなんかどうでもいい。メイは私の大事な娘だよ」とエヴァンスは励ますが、それでもレベルは上がらない。
メイだけでなく、父親のエヴァンスに対しても「どういう育て方をしているんだ」と悪評が立つ。
エヴァンスは町を出て行く決意をした。
このままでは娘のメイに危害が加えられるかもしれないし、エヴァンス自身、娘をバカにする連中を殴りたい衝動をいつまで抑えられるか自信がなかったのだ。
放浪の日々が始まった。
どこかの町で冒険者活動をしても、ほどなくしてメイのことが噂になる。
なにしろ町に入る時、衛兵にレベルボードを見せなければならないのだ。その時、娘のメイのレベルボードも見られる。レベルがわかってしまう。侮蔑の目を向けられる。
侮蔑されるだけではない。衛兵の口から、町の人々に噂が広がっていってしまうのだ。
「おい、見ろよ。あれがあの……」
「12歳にもなるというのに、いまだにレベル2だとか……」
「うわっ……」
侮蔑と嘲笑の声。
やがて、いづらくなり、町から出て行く。
これの繰り返しである。
どこか自分たちが安住できる場所が欲しい。
自分と娘が安心して静かに暮らせる土地が欲しい。
そんなことを願いながら、エヴァンスは娘と放浪する。
「ごめんなさい……わたしのせいで……」と申し訳なさそうに謝る娘を慰めながら、旅を続ける。
そうして、今から3日前、ゴドフ伯爵領の中心都市である伯都(俺とアマミが今まさに向かっている町)に着いた。
ゴドフ伯爵領は、良質な金属が取れることから鍛冶が盛んである。刃物に向いている金属が多く産出するということもあり、特によく作られるのが剣である。
自然、伯爵領は剣であふれ、人々は誰もが剣を取って魔物と戦うようになる。武芸や剣術が盛んになり、強い剣士が持てはやされるようになる。
そして、エヴァンスは剣をもっとも得意としていた。
エヴァンスが伯爵領を訪れたのは、剣が得意な自分なら、この土地で稼げるに違いないと思っただけである。
ところが奇妙なことが起きた。
町の入り口にいる衛兵の反応が、今までと違っていたのだ。
「どう違ってたんだ?」
「妙に優しかったんだ」
メイのレベルが2しかないのを見た衛兵は、同情するような顔でこう言った。
「お前さんも大変だな」
衛兵は変に親切だった。「よく頑張ってきたな」とエヴァンスを励ましたり、宿屋を紹介したりしてくれた。
「今は人手が足りないからまた後でな」などとよくわからないことも口にした。
どういう意味かと聞き返しても「まあまあ、わかってるから」と返される。
「思えばあの時、私はすぐ伯爵領から出て行くべきだったのだ……。いや、そもそも、伯爵領に来る前に、この土地のことをもっとちゃんと調べておけば……くっ……」
だが、その時のエヴァンスは妙な感じを受けながらも、紹介された宿に入ってしまった。
異変が起きたのは翌日だった。
冒険者としての仕事を終え、宿に帰ってみると、留守番をしていたはずの娘のメイがいないのだ。
「どこへ行った!」
血相を変えて宿の主人に詰め寄ると「ああ、あの出来損ないの娘ですかい? 衛兵さんが連れて行きましたよ」と言う。
詰め所に行くと、衛兵はこともなげに笑いながら、こう言った。
「ははは、安心しろ。ちゃんと魔王様の生け贄にしてきたから」
魔王の生け贄、という言葉を聞いて、エヴァンスの頭は真っ白になった。
怒りにまかせて衛兵の襟首をつかんで「魔王の生け贄だと!? どういうことだ、おい!?」と怒鳴りつけたい衝動に駆られる。
が、寸前で思いとどまる。そんなことをしても逆効果だからだ。
エヴァンスは必死で怒りを抑えつけ、衛兵たちから情報を集めた。
結果、次のことがわかった。
この世界では『レベルの高い人間が偉い。低いやつはゴミ』が常識である。が、ゴドフ伯爵領ではさらに考えが『進んで』いて、『レベルの低いやつは積極的に殺すのが正義の行い』が常識になっている。
もっともこの世界では、不当に人を殺したり障害を負わせたりすると、加害者のレベルボードにドクロマークがついてしまう。つくとどうなるかは、いまだに解明されていないが、不気味だし、ドクロがつくと地獄に落ちるという話もある。簡単には殺せないのだ。
だが、これには抜け道がいくつかある。
例えば、殺したい人間を『剣の魔王』に殺してもらえば、ドクロマークは付かない。
剣の魔王、というのはゴドフ伯爵領にいる魔王である。鎧兜に身を包み、巨大な剣を持つ巨人型の魔王である。見た目は巨大な武芸者であり、剣を振り回して戦うこの魔王は恐ろしく強い。武芸者が尊敬される伯爵領では、この魔物は魔王であるにも関わらず、畏敬の念を込めて『魔王様』とさえ呼ばれている。
その魔王様に生け贄として捧げれば(つまり魔王に殺してもらえば)、どういうわけか誰のレベルボードにもドクロマークはつかないのだ。
「心配するな。お前さんのゴミ娘は、町の外の荒野のとある場所に、ちゃんと閉じ込めてある。そこに閉じ込めておけば、剣の魔王様が定期的に殺してくださるのだ。次は4日後だな。つまり、あと4日もすれば、魔王様が娘を処分してくださるのだよ。
ははは、これまでクズの娘を抱えていて大変だっただろう。やっと肩の荷が降りてよかったな」
衛兵はそう言って笑った。
他の衛兵たちも笑った。
その笑いには、バカにする様子も嘲笑する様子もなかった。
衛兵たちは、自分らがひどいことをしたとは思っていない。心の底から良いことをしたと思っているのだ。彼らは、エヴァンスが『低レベルのクズ娘であるメイ』を厄介者だと思っているに違いないと考え、『親切にも、クズ娘を代わりに処分してあげた』つもりでいるのだ。
エヴァンスは『伯爵領では、低レベルの人間は全員ことごとく魔王の生け贄にされる風習がある』ということを、この時初めて知った。
風習を作ったのは伯爵である。伯爵が今の地位に就いた30年前、レベルが低い人間を皆殺しにすることをはじめたのだ。
エヴァンスが伯都を訪れた日、衛兵が「今は人手が足りないからまた後でな」と言ったのは、「生け贄を魔王様のところまで連れて行ける人間が今は出払っているため、娘を生け贄にするのは後にしてくれ」という意味だったのである。
そしてその翌日、出払っていた彼らが戻ってきて、宿で留守中のメイを力づくで連れ出し、魔王の生け贄として、荒野の秘密の場所に閉じ込めたのだ。
「いやあ、お前さんの娘はずいぶん泣いたなあ。『おとうさん、助けて! いやあ!』とか何とか」
「ははは。低レベルのゴミ娘に助けろって言われても困るだろう。なあ?」
「まあ、安心しろ。4日後には、魔王様がちゃんと娘を殺してくれるからな」
衛兵たちは愉快げな顔で笑う。
エヴァンスは、はらわたが煮えくりかえりそうになった。
(ま、魔王の生け贄だと! メイが……私の大切な娘のメイが魔王の生け贄! くっ……よくも! よくもそんなことを! よくもよくもよくも!)
だが、エヴァンスは鉄の意志力でもって怒りを抑え込んだ。
ここで怒りをぶちまけては、拘束されてしまう恐れがある。
最優先すべきはメイの命である。衛兵たちの話によれば、メイが魔王に殺されるのは4日後。
衛兵は「お前さんのゴミ娘は、町の外の荒野のとある場所に、ちゃんと閉じ込めてある」と言っていた。メイは荒野のどこかに閉じ込められているのだ。4日以内に、閉じ込められているメイを見つけ出し、どうにかして救い出さなければならない。
(どこだ? メイは荒野のどこに閉じ込められている?)
エヴァンスは衛兵たちに精一杯愛想笑いを浮かべながら、メイが閉じ込められている場所を聞いた。
「ははは、娘が殺されるところを自分の目で見ないと心配か? だがなあ、下手に剣の魔王様を刺激するわけにはいかないんだ。ちゃんとうちの者が責任を持って閉じ込めておいたから安心しろ」
衛兵の1人がそう言うと、別の衛兵も笑ってこう言った。
「そうそう、それにな、普通に閉じ込めたんじゃないんだぞ。剣の魔王様の檻の中に閉じ込めたんだ。魔王様は不思議な檻を、荒野に1つ作っていてな。この檻は、中に入るのは誰でもできるが、外に出るのはS級冒険者の力でも無理なんだ。
唯一、檻を開けられるのは魔王様だけ。そして檻が開く時というのは、すなわち魔王様が中にいる人間を皆殺しにする時だ。もちろんこの時、魔王様を返り討ちにすれば助かるだろうが、低レベルのカスにそんなことできるわけがない。
これまで生け贄は全員檻の中に閉じ込めてきたが、1人として生き残った者はいない。さんざん暴れたり、一生懸命スキルを使って檻から出ようとしたやつは大勢いたが、無駄な抵抗だったわけだ。
あはは、ま、そういうことだ。安心しろ」
絶望的な情報にエヴァンスは顔を青くする。
つまり、S級冒険者すら破れない檻を破るか、魔王を倒すかしないと、娘は助からないのだ。
(くっ……だが……だが、あきらめるわけにはいかない!)
エヴァンスは、準備もそこそこに、町の外に出て荒野に向かった。
広い荒野のどこかに娘がいるのだ。今も閉じ込められているのだ。いつ魔王に殺されるかわからない中、震えているに違いないのだ。
エヴァンスは荒野をかけずり回った。
丸2日間、ロクに休まず、ひたすらに駆け回った。
そしてとうとうぶっ倒れ、ジュニッツ達に見つかった、というわけである。
「それで? 娘の手がかりは何か見つかったか?」
エヴァンスは首を力なく横に振った。
「残念ながら……娘がどこにいるかすらわからない……」
「そうか。なら、まず娘のところに行こうか」
「ああ……って、え? 娘のところ? どうやって?」