30話 探偵、旅立つ
自分が何をやりたいかは、決して忘れてはいけない。
そう俺は考えている。
俺がやりたいのは『世界活躍ランキング歴代1位になること』である。
そのためには、世界中を巡り、魔王を倒してまわらないといけない。
定住してのんびり暮らすという選択肢はないのだ。
何が言いたいかというと、俺は今、困っているということだ。
「嫌です、ジュニッツ様! 行っちゃ嫌なのです!」
「ううっ、どこでも行かないでくださいなのです……ずっと一緒にいてほしいのです……」
「お願いなのです! 何でもするのです! だから……ここにいてほしいのです……」
子供らしい可愛らしい顔をした妖精たちが、泣きながら俺にすがりついてくる。
ゲルダー王国軍を撃退した後、俺は自分の役割が済んだことを悟った。
そうして妖精たちに別れを告げたのだが、そのとたん、これである。
族長のリリィも、最初のうちは、
「ほ、ほら、ジュニッツ様が困っているのです。最後は笑って見送るのです」
などと言っていたが、だんだん涙声になり、今では、
「うわああああん! どこにも行ってほしくないのです! いなくなったら嫌なのです!」
と誰よりも号泣している。
「どうするんです、ジュニッツさん?」
アマミが、きれいな青い瞳を何とも言えない形にして(心なしかやきもちを焼いているようにも見える)、たずねてくる。
「さて、どうしたものか……」
妖精たちをふりほどいて、妖精の森から出ていくのは可能である。
が、それでは後味が悪い。
ここまで首を突っ込んできたんだ。最後はすっきりと終わらせたい。
だが、どうすればいいか?
妖精たちは、この森の中でしか生きられない。連れて行くことは不可能である。
俺も旅立ってしまえば簡単には森に帰ってこられないし、そもそも魔王邪竜を倒せば森の結界が復活するから、森に入ることすらできない。
八方ふさがりだ。
困った時はスキルである。
俺は『月替わりスキル』の能力一覧を開き、何か役に立つ物はないかと探した。
「何か役に立つ能力はありましたか?」
「いや……何もねえな」
「ダメですか」
「いや、まだ『神の祝福』がある」
魔物を倒すことで手に入るポイント。
このポイントを消費することで、恩恵が得られるのが神の祝福である。
アマミをネコから人間に戻した『呪い解除』をはじめ、様々な祝福が存在する。
「お、ちょうどいいのがあるじゃねえか」
俺はぴったりな祝福を1つ見つけた。
<転移門>
転移門を最大2つまで設置できるようになる。
転移門をくぐると、自分が別の場所に設置した転移門まで、一瞬で移動できる。
くぐれるのは、自分が許可した人(相手の合意も必要)と、その人の衣服・持ち物のみ。
転移門は自分の近くに設置できる。
一度設置した転移門を回収し、別の場所に設置し直すこともできる。
消費ポイント:1000ポイント
「これを使うんですか?」
「ああ。まず、1つ目の転移門を、妖精の森に設置しておくんだ。で、旅先で妖精に会いたくなったら、その場で2つ目の転移門を設置すれば、いつでも森に来られるだろ。森から旅先に戻ってきたら、2つ目の転移門は回収して、必要な時にまた使う。これでいつでも何度でも妖精に会えるってわけさ」
「なるほど……。ふふふ」
アマミは艶やかな銀髪を風にゆらしながら、何やら楽しげに笑っている。
「なんだよ?」
「いえね。冒険者にとって、ポイントというのは命がけで戦って戦って、それでようやく一握りの人間だけが『神の祝福』1回分のポイントを手に入れられるものなんですよ。だから、普通は祝福を手に入れる時は悩みます。一生に一度の買い物ですから、悩んで悩んで悩み抜きます。
なのに、ジュニッツさんは、チーズでも買うみたいに気楽に使っちゃうんですからねえ。ふふふ、冒険者たちが聞いたら卒倒しますよ」
「バカヤロウ。そこまで気楽じゃねえよ」
何はともあれ、まずは実験である。
妖精の森の結界が緩んでいる今のうちに済ませないといけない。
俺はポイントを支払い、転移門の祝福を買う。
これで残りは6200ポイントである。
次に、森の中に転移門を1つ設置する。
手を突き出して力を入れると、さほど大きくもない石造りの門が出てくる。見た目は地味である。言われなければ、誰もこれが転移門だなどとは気づかないだろう。
それから「行っちゃ嫌なのです!」と泣く妖精たちを「大丈夫だ、すぐ帰ってくるから」とどうにかなだめ、森の外に出る。
「外は久しぶりですねえ」
「ひと月ぶりだな」
思えばこの1ヶ月、ずっと妖精の森にいたのだ。
外は変わらず、まばらに草が生えるばかりの荒れ地である。
人の姿は無い。静かである。
色々あったのが嘘のようである。
俺はもうひとつの転移門を設置した。
「じゃあ、行ってくる」
「ふふ、行ってらっしゃいませ」
アマミを見張りに残し、俺は転移門をくぐる。
くぐった先は妖精の森だった。
「ふぁあああ! ジュニッツ様ぁ!」
「おかえりなさいなのです!」
「待ってたのです!」
さっそく妖精たちが俺にすりついてくる。
10分も離れていないのに、大した歓迎ぶりである。
何にせよ、これでいつでも妖精の森に来ることができるようになったわけだ。
これでもう何もやることはない……いや、大事なことをひとつ忘れていた。
「リリィ」
「は、はい!」
俺にすりついていたリリィが、はっとしたように慌てて顔を上げる。
「邪竜を倒しに行くぞ」
「あ、は、はい! お供するのです」
俺たちは邪竜のもとへと向かった。
邪竜はいまだに結界の中に閉じ込められていた。
「コロス……コロス……ゼンブコロス……」
流血のように赤い目を殺意でギラギラさせながら、すべてを破壊するために生まれてきたような声で、魔王邪竜はうめいていた。
その邪竜に妖精たちは一斉に魔法を唱える。
白い光が邪竜を包み込む。
「ゴアアアアアアアアアア……!」
邪竜が断末魔を上げる。
やがて白い光が消え……邪竜は無数の赤い花になっていた。
風が吹き、かつて邪竜だった赤い花が舞い散る。
妖精たちを苦しめてきた邪竜の姿は、もうどこにもなかった。
「やったのです!」
「勝てたのです!」
「ジュニッツ様、ごほうびにスリスリさせてほしいのです!」
妖精たちのはしゃぐ声。
その声をバックに、ピコンと音がして、視界にこんな文章が流れる。
『全世界にお知らせです。ゲルダー王国妖精の森在住のジュニッツ(レベル1、G級冒険者)が魔王邪竜を倒しました』
神の知らせであった。
討伐者の名が俺になっているのは、ここまで妖精たちを主導してきたのが俺だからだろう。
魔王討伐の最大貢献者が俺だと判断されたということだ。
何にせよ、これでもう本当にやることがなくなった。
後は別れるだけである。
妖精たちは寂しがったが、定期的に会いに来るからと言うと、ようやく泣き止み、出立の宴会を開いてくれた。
宴会にはアマミも呼んだ。
転移門の見張りについては、土魔法で即席の地下室を作り、そこに門を隠すことで解決した。
宴会は、ひと月前の歓迎会を彷彿させた。
夜空の下で、妖精たちの光魔法である白い星が輝いている。
そんな中、妖精たちは料理を囲み、食べ、歌い、踊った。
歓迎会の時は、どこか『悲しい気分を吹き飛ばそう』という雰囲気があったが、今は『ジュニッツ様を笑って見送ろう』という雰囲気になっている。
はしゃぎ、さわぎ、そして笑った。
妖精王の料理も振る舞われた。
こちらは相変わらず、まずかった。
何しろ、ここ1ヶ月、妖精たちの魔法を強化するのに精一杯であり、料理にまで手は回らなかったのだ。
まあ、妖精たちとはまた会う機会がある。その時にそれとなく改善させればいい。
妖精王作曲の『光よ、我と共にあれ』という歌も、歓迎会の時に引き続き、また披露された。
歌詞はないが、美しいメロディの曲である。
リリィはこの曲を「代々聞き伝えられてきたのです」と言っていた。
料理や魔法のように劣化していないということは、妖精たちは『書き伝える』のは苦手でも、『聞き伝える』のは得意なのかもしれない。
妖精王の作品のうち、魔法書でも宣言書でもなく、歌だけが後世に正しく伝わった、と考えるとなんだか不思議な気持ちになる。
最後に『妖精王の宣言書』がリリィの手で読まれた。
誤字だらけで、もはや元の文章がなんだったのかはわからないが、それでも妖精たちが大事に書き伝えてきた宣言書だ。静粛に聞く。
読み終えると、妖精たちは一斉に「わー、わー」と拍手をする。
宴会は終わった。
……と思いきや、リリィはこんなことを言い出した。
「そして、本日から『ジュニッツ様の詩』を読むのです。これはジュニッツ様を称える詩なのです。これから先、未来永劫、妖精王の宣言書と一緒に読み上げることに決まったのです」
「……は?」
リリィは朗々たる声で、美化した俺を荘厳華麗な言葉で賞賛する詩を読み上げた。
自分を称える詩をよく響く声で大まじめに読み上げられ、それを200人もの観客がうっとりした顔で聞き入っているのを見て、俺がどんな気持ちになったのかは言わないでおく。
ちなみに、アマミは宴会の後で「ジュニッツさん、顔が真っ赤でしたよ、ふふふ」と笑い、俺からデコピンを食らわされた。
◇
「それじゃあ、行くからな」
翌朝、俺とアマミは転移門の前に立った。
これをくぐれば、いったんお別れである。
「いつでも来てほしいのです。ウェルカムなのです」
「ずっとずっと待っているのです。いつだって待っているのです」
妖精たちは口々にそう言う。
「ジュニッツ様。本当に……本当にありがとうございました。わたしたちがこうして生きていられるのも、ジュニッツ様のおかげなのです」
リリィが深々と頭を下げる。
周りの妖精たちも「ありがとうございました!」と頭を下げる。
「ああ。じゃあ、またな」
俺は左右白黒スーツをバサリとなびかせながら背を向け、軽く右手を挙げながら、転移門をくぐった。
門をくぐると静かになった。
荒れ地の地下である。もう妖精たちの声は聞こえない。
階段を上がり、地上に出る。
すぐ近くに妖精の森が見える。それに背を向け、俺は歩き出した。
アマミもすぐ横を歩く。
しばらくのあいだ、俺たちは無言であった。
ざっ、ざっ、という足音だけが静かな荒れ地に響く。
「……いい子たちでしたねえ」
アマミがぽつりとつぶやく。
「まあな」
「あのまま妖精の森で暮らしても良かったんですよ? 平和だし、みんないい子たちだし、万々歳じゃないですか」
「バカヤロウ。俺は探偵だ。自分の本分は忘れちゃいねえさ」
「世界活躍ランキング歴代1位になるんですよね。そういえば、今回はどれほどポイントが入ったんですか?」
見ていなかった。
俺はポイントボードを開く。
累計獲得ポイントは19500ポイントとなっていた。
歴代ランキングに載るにはまだ遠いが、少しずつ近づいてきている。
ちなみに邪竜を倒す前が9200ポイントだったから、今回は10300ポイント獲得したことになる。
「あれ?」
アマミが怪訝な顔をする。
「どうした?」
「魔王を倒すとだいたい10000ポイントをもらえるとしたら、今回10300ポイントもらったジュニッツさんは、ポイントを独り占めしているってことですか? 妖精たちも邪竜討伐に参加したんですよね? 普通、戦った人たちでポイントを分け合うものでしょう? おやおや、いけませんな、ズルですか?」
アマミが笑いながら、からかう。
「違えよ! 妖精たちはレベルボードもスキルボードも使えねえって言ってただろ? たぶんポイントボードも使えねえんだよ。だから、ポイントがもらえねえのさ。対象外にされちまうんだよ」
「ああ、なるほど。うーん、がんばってもポイントをもらえないんですか……ちょっとかわいそうですね」
俺は首を横に振った。
「そいつはどうかな」
「どういうことです?」
「妖精は確かにレベルもスキルも無い。だが、その代わり、魔王すらザコ扱いできるほどの強力な魔法を編み出すことができた。ある意味、最強なんだ。
だからな。もしかしたら、妖精ってのは人間側にいるわけじゃないかもしれない。神の側……神の眷属とか天使とか、そういった類の連中かもしれねえんだ」
神の側だから、神の恩恵は受けない。
それゆえ、神からの恩恵であるレベルやスキルが使えない。
代わりに神の眷属にふさわしい強力な魔法が使える、というわけだ。
「……本当ですか?」
「ただの思いつきさ。確証は全然ねえ。神の眷属にしては魔法抜きだと全然弱いし、そもそも神が実在するかどうかもわからねえんだしな」
「うーん。でも、もし妖精たちが神の眷属だとすると、彼らを救った我々にも何か恩恵があるんですかねえ」
「いらねえよ、そんなの。ポイントだけで十分さ」
実際のところ、今後俺たちが妖精から受ける実利的な恩恵(俺と一緒にまた魔王を倒してくれるとか)は、おそらく何もない。
たとえば、転移門を使って、今後出会う魔王を妖精の森に連れて行き、妖精たちに瞬殺してもらうというのは無理だ。転移門は人間しか通れないし、合意のない相手を無理矢理通らせることはできないからだ。
妖精の力で、俺たちを強化してもらうのも無理だ。彼らは、俺たちが使えるような武器や魔道具は作れなかったし、人間の能力を下げる魔法は使えても、上げる魔法は一切使えなかった(実際に試した)。
これは俺の直感だが、おそらく『スキル』や『神の祝福』のように人間に直接恩恵を与えられるのは神(あるいは神に類する何か)だけで、仮に妖精たちが神の眷属だとしても、そういうことは一切できないのだろう。
だが、それでいいのだ。
今回、妖精たちは邪竜を倒してくれた。
それだけで十分である。
俺は別段、妖精たちにこれ以上実利的な何かを求めているわけではないのだ。
「ジュニッツさんは無欲ですねえ」
「バカ言うな。俺は強欲さ。自分の推理で、また魔王をぶっ倒してやりてえって気持ちが今も沸き立っている。さあ、行くぞ、アマミ。次の魔王が、俺に倒されるのを待っている!」
2章はこれで終わりです。
次話から3章「いけにえにされた少女を救い出し、犯人どもを叩きのめす話」が始まります。
面白いと思っていただけましたら、
↓の評価欄【☆☆☆☆☆】を押して応援していただけると、執筆の励みになります!